▽こんこん13-3 公園で集合
商業地区の外れにある大型公園。
いくつかのスポーツ用コートを取り囲む幅の広い遊歩道。灰色の舗装にはかすかな弾力があり、隅々までマットが敷かれているような感触。
空には第一衛星の陰鬱な輝き。ピュシスに比べればパッとしない昼がやってこようとしている。
カヅッチたちはガラクタ広場の裏道から工場地区を抜けて、商業地区の外縁を迂回するようなルートで公園に到着していた。道中で半人になりたての凶暴な連中に何度か遭遇していたが、襲われるようなことはなかった。
というのも、ヴェロキラプトルが睨みを利かせると、皆、一様に尻尾を巻いて逃げ去るのだった。半端ものたちとはまったく異なる完全なる動物。がっしりとした脚での二足歩行。両手両足の鋭い爪。足には巨大なシックルクローもついており、歩くたびに杭を打つような威圧的な音を立てる。肉を噛み千切り取るのに最適な牙と顎。その体は研究所で投与されていた促進剤の影響で限界超えて成長しており、ウシやウマよりも巨大。動物の肉体にふり回され、冷静さを失っている新人半人たちであっても、本能的な危機意識が働きでもするのか、恐るべき動物、恐竜の行く手を阻むなどという愚行に走る者はいなかった。
完全なる動物でありながら、ラプトルは奇妙なことに人間らしくジャケットを着こんでいる。トラの半人に連れられて研究所の飼育室を脱出してから、銃をふり回す狩人から逃げる途中に立ち寄った服飾店で拝借したもの。
そんなラプトルの背中でゆられながら運ばれているのがカヅッチ。トムソンガゼルの半人。頭から節のある角が生え、つばが後ろに向けられた古い帽子を突き破っている。目元には涙が流れた跡のような黒い毛衣。蹄から靴がすっぽ抜けたので、いまは裸足だ。その体には両腕がない。いずれも義手だったが、半人化の進行と共に接合部が歪んで外れてしまった。脳に埋め込まれたふたつの中継器が、悍ましい痛みの根源となって、カヅッチの命を苛んでいる。
いつ死んでもおかしくはない状態。意識は常に朦朧としている。最後の望み、ゆっくりと街を見たいという願いをかなえるため、広々として視界が開けた公園を目指していた。
周囲にはカヅッチの無茶を見かねて付き添う者たち。
ラプトルの背中にはカヅッチと一緒にムササビの半人のスウが乗っている。かなり動物に近づいた姿。太い尻尾を後ろに垂らして、ふっさりとした毛衣に包まれた手で、後ろからカヅッチのぐらつく体を支えている。
さらに、恐竜の両脇にはチーターの半人のクユユと、ブラックバックの半人の探偵ノニノエノ。このふたりはまだ人間に近い形態。クユユは手足の末端がわずかな毛衣におおわれて、牙と爪はすっかりネコのものだが、外見的にはそれ以外にチーターの特徴はあらわれていない。ノニノエノは足が蹄になりつつあるが、手の指は健在。ブラックバックの螺旋状の角がリーゼントを挟み込むように伸びており、顔は人間のままなので、どこか悪魔めいた雰囲気もある。
公園は静寂に満ちていた。
カヅッチを恐竜の背中からおろして、座らせる場所を探していると、ベンチにはすでに先客。
そこには二本の樹が生えていた。ふたりの半人。いずれも植物になりかけ。そっくりな顔。双子のようだ。
髪の毛に混ざる若葉。未熟な花と、ちいさくて青い果実。肌の表面にはうっすらと木肌を思わせる亀裂。手は枝っぽくなって、細く伸びた指先が絡み合い、ふたつの樹木をつないでいる。
四人掛けのベンチの中央に腰かけ、まるで眠っているようだ。けれども半人ということは、眠っているのではなくログイン中なのだろう。
ノニノエノが蹄を鳴らしながら近づく。双子の顔を覗き込むと「あっ」と、声をあげた。
「ネポネ君じゃないか」
「だれ?」と、クユユ。
「知らない?」螺旋角をくるんと回して「学生なのに作曲とかしてる子。俺、ファンなんだ」
以前にこの公園で偶然に出会い、お気に入りの中折れ帽子にサインをしてもらった。と、ドリルみたいに固められたリーゼントに手を伸ばしたが、その帽子はアフリカゾウの子供にプレゼントしたことを思い出す。
ついでに冠もないので曲を聞かせることもできない。
宙に漂わせた手を、まあいいか、と頭にのせ、
「この子もプレイヤーだったのか。隣は双子のお姉さんの、なんて言ったかな。プパタンちゃんだっけか」
顔を確認しながら、ふとベンチの裏に視線を落として、
「うわっ!」
驚いて後ずさる。声に反応してラプトルが動いたので、恐竜の体にもたれかかっていたカヅッチが倒れそうになった。クユユとスウが支える。
「どうしたんですか?」カヅッチが平気だと主張するように震える声を張った。
「だれかが倒れてるんだ」
ノニノエノはおそるおそるベンチの裏へ。小汚い恰好の男。がっしりとした体つき。長身。フードを深くかぶっているので顔は見えない。けれど、フードの上部がつっぱったようになっていることから、どうやら頭に角があるらしいと分かった。半人だ。口元にはこの双子からもぎとったと思われる、小粒な果実がひとくち齧った状態で落ちている。
「息はあるみたいだ。草食動物っぽいな」
触らずに、耳を近づけて呼吸を確認。口角に泡。
「食べかけの実が落ちてる。まさか、毒でもあったのか?」
双子にふり返る。いずれも似たような果実を稔らせており、どちらからとったのかは判別できない。
「そのぐらいの半人だと、まだ見た目での種の判別は難しいですよ。花や実の大きさや形も不十分ですし」と、カヅッチはしゃべりながらベンチまで歩いて、双子の横の空いているスペースに腰かけた。背もたれに体を預ける。
「たとえ毒があったとしても、完全な毒じゃないでしょうから、倒れるだけですんでいるんでしょう」
ベンチの裏を横目に見ながら話し終わると、にわかに襲ってきた苦痛に耐えるようにくちびるを噛む。閉じかけたまぶたを無理やりに開き、カヅッチは灰色の世界を一心に眺めた。
隣で双子の、どちらがどちらか分からないが、片方の髪がほんのすこしゆれた気がした。若葉から緑の香りが漂う。痛みが和らぐ気がする。
――ここは、ちょうどいい死に場所だ。ここで死にたい。
と、カヅッチは思う。
だれもが口をつぐんで、カヅッチが投げかけている視線の先を追った。ラプトルも同様に灰色の建物群に目を向ける。
機械惑星。灰色の惑星。自然が失われた場所。惑星コンピューターと三つの機械衛星、第一衛星、第二衛星、第三衛星によって厳正に管理されている世界。
停止したかのような時間が流れる。
そんななか、
「おーい」
急にスウが叫んで走り出した。少女の体が跳ねて、体をくるんでいるローブの裾からこぼれたムササビの太い尻尾がばたばたと地面をたたく。
向かっている先には二人組。こちらに歩いてきている。人間か、人間以外か。もしも後者、それも肉食動物の半人だったら危険だ。スウは狩人に襲われたばかりだというのに、まるで警戒心がない。ノニノエノが子供の背中を追いかける。
螺旋の角が追いつく前に、スウと二人組が接触。前を歩いていたほうに、ムササビの少女が飛びついて、
「ワニくん!」
「なんだ? なんだ?」と、困惑声。
ワニと呼ばれただけあってワニっぽい爬虫類の面影がある少年。後ろには、それより年下らしい鳥類めいた男の子がいて、杖をついて歩いている。
はしゃぎまわる子供の扱いにどうしたらいいのか分からないという様子。引きはがそうとしつつも、乱暴にはしないようにという気遣いで、手がわたわたとふられている。危険はなさそうだと見て、ノニノエノは歩を緩める。
「お前……、ムササビ?」
と、言った少年の正体に、ノニノエノは思い当たる。
ムササビと知り合いで、仲が良かったワニ。ブラックバックの自分がトラの群れにいたときに副長を務めていた。
「君はイリエワニか」
イリエワニの半人はノニノエノの特徴的な角を見て、
「ブラックバック?」
種が即座に見抜かれて困ることはないのだが、目立ちすぎる名刺を常に見せびらかしているというのはどうにもむずがゆい気分。ノニノエノは角をなでながら、
「そう。俺はブラックバック。君たち大丈夫か? とりあえず向こうで集まろう」
と、カヅッチたちがいるベンチへと誘った。