●ぽんぽこ13-49 イリエワニは?
中立地帯を流れる小川のそば。そこに元々あった花畑にまぎれ、黄色い花を咲かせているスイセンの植物族の元にヤブイヌが駆けてきた。
「イリエワニはどこにいったの?」
「ログアウトしました」と、スイセン
「もう?」
「ひどく慌てている様子でした」
「なにかあったのかな」
短い尻尾がぺたんと垂れて、心配げな表情。
「分かりません。ただ、なんだか煩悶しているようでした。”なんてことを”とか”急がないと”というようなことをくり返していました」
「ふうん」
腰をおろしてヤブイヌが丸くなる。そのまま横に倒れて花畑にうもれる。芳しい香りを胸っぱいに吸い込むと、暖かな朝の陽射しもあいまって、もやもやした気分がやわらいでいく。
ごろんと一回転して、足元に咲いていたタンポポ、植物族ではなく自生植物、の綿毛を、ふう、と空に舞わせて、
「風が吹かなかったら勝てたかな?」
そんなもしもを尋ねてみる。
スイセンは「どうでしょうね」と、ゆっくりと言って考えながら、
「風に種子が運ばれていなくても、川は常に流れているものです。川を利用して進まれていた以上は、いつかはゴールに到達されたでしょう。わざと倒木させた肉体で橋をかけたりもしていたようですし、他にも隠し玉があったかもしれません」
「でも最後のあれがなかったら、まだマシだったのになあ。枯れ草の毛玉がぶわああって降ってきたときにはどうしようって思っちゃった」
「僕はあのタンブルウィードにつぶされて戦闘不能になりました」と、スイセン。「大変な勢いでしたね」
「わたしも身動きがとれなくなって、もがくと棘が刺さってくるしで、もうっ!」
溜息まじりの息をはいて、
「強かったねー」
「そうですね。次は勝てるように勉強しておきます」
参謀として皆を動かしていた手前、責任を感じていそうな声。ヤブイヌは、気にしなくてもいいのに、と思ったが、特に言葉をかけたりはせず、花畑をごろごろと転がった。
毛衣を花びらだらけにして立ち上がり、大きく身震いしていると、遠くにサーバルキャットの姿が見えた。
すこし前に試合結果の確認をして帰っていったが、また戻ってきたらしい。ライオンとホルスタインの試合は、当然というべきか、ライオンが勝ったようだ。
サーバルがギンドロの梢の下へ。
話し合いをしている。決勝戦に向けて防衛側と攻略側を決めているのだろう。
構成員のほとんどが植物族であるギンドロの群れは、今回の試合で攻略側でも十分に戦って見せたが、やはり待ち構える防衛側のほうが得意には違いない。逆にライオン側としてはそんなところに攻め入りたくないのも想像ができた。お互いに防衛側を希望しているはず。
落葉樹のスミミザクラが葉っぱを落とすようだ。
葉っぱの裏表当てをしようとしている。
ルールはコインの裏表当てと同じ。
植物族が葉っぱを落として、相手が地面に落ちた葉っぱの裏表を予想する。
真っ白い桜の花を咲かせたスミミザクラ。枝の一部には濃赤色のさくらんぼの実がぶらさがっている。
明緑の葉の一枚が、梢を離れた。
ひらひら。ひらひら。
地面に……、と思ったら風に飛ばされてしまった。
花畑のなかに落ちて行方不明に。
ギンドロが群れ員の小鳥たちを呼ぶ。タゲリとケツァール。鳥たちが翼を広げることで、すこしでも風よけに。
もう一回。
ひらひら。ひらひら。
今度はまっすぐ落ちてくる。
みんなが一斉に地面を覗き込んだ。
サーバルがうなだれて、タゲリがみゃうみゃうと鳴いて喜ぶ。ギンドロ側が決定権を手にしたようだ。
「決勝戦は渓谷でおこなわれることになったみたい」
ヤブイヌがスイセンに言うと、いつの間にかそばにいたカニクイイヌが、
「どっちが勝つかなあ」そわそわと落ち着かない様子。イヌとキツネのあいだぐらいの顔つき。全体的に濃灰色の毛衣。カニクイ、という名前だが、カニ以外も食べる雑食性。
花畑に腰をおろすと、スイセンに、
「イリエワニは?」
と、ヤブイヌと同じことを聞く。
「ログアウトしました」
返答も同じ。
「もう?」と、このやりとりまでもが同じ。
それからも、オオサンショウウオ、バイカルアザラシ、アオサギなど、入れ代わり立ち代わりやってきてはイリエワニのことを聞いてきた。ウマヅラコウモリもきて、試合中に忽然と消えてしまったムササビことを気にしていたが、こちらも状況が分からなかった。
スイセンも心配はしていた。けれど、自分たちは所詮ゲーム内の知り合いでしかない。現実世界に戻れば見ず知らずの他人。ログアウトすれば切れるような細いつながり。いくら心配しても、どうにかできるわけではない。
できることといえば、再びログインしてきたときに、温かく迎えることぐらい。
スイセンはこれまで、こうして不意にいなくなり、そのまま引退してしまったプレイヤーを何人も知っている。そうなってほしくはないと思いながらも、ただただ待つことしかできないもどかしさを抱えて、可憐な花をちりんとゆらした。