表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
305/466

●ぽんぽこ13-49 イリエワニは?

 中立地帯を流れる小川のそば。そこに元々あった花畑にまぎれ、黄色い花を咲かせているスイセンの植物族ドリュアスの元にヤブイヌが駆けてきた。

「イリエワニはどこにいったの?」

「ログアウトしました」と、スイセン

「もう?」

「ひどく慌てている様子でした」

「なにかあったのかな」

 短い尻尾がぺたんと垂れて、心配げな表情。

「分かりません。ただ、なんだか煩悶はんもんしているようでした。”なんてことを”とか”急がないと”というようなことをくり返していました」

「ふうん」

 腰をおろしてヤブイヌが丸くなる。そのまま横に倒れて花畑にうもれる。かぐわしい香りを胸っぱいに吸い込むと、暖かな朝の陽射しもあいまって、もやもやした気分がやわらいでいく。

 ごろんと一回転して、足元に咲いていたタンポポ、植物族プレイヤーではなく自生植物オブジェクト、の綿毛を、ふう、と空に舞わせて、

「風が吹かなかったら勝てたかな?」

 そんなもしもをたずねてみる。

 スイセンは「どうでしょうね」と、ゆっくりと言って考えながら、

「風に種子が運ばれていなくても、川は常に流れているものです。川を利用して進まれていた以上は、いつかはゴールに到達されたでしょう。わざと倒木させた肉体アバターで橋をかけたりもしていたようですし、他にも隠し玉があったかもしれません」

「でも最後のあれがなかったら、まだマシだったのになあ。枯れ草の毛玉がぶわああって降ってきたときにはどうしようって思っちゃった」

「僕はあのタンブルウィードにつぶされて戦闘不能になりました」と、スイセン。「大変な勢いでしたね」

「わたしも身動きがとれなくなって、もがくととげが刺さってくるしで、もうっ!」

 溜息まじりの息をはいて、

「強かったねー」

「そうですね。次は勝てるように勉強しておきます」

 参謀さんぼうとして皆を動かしていた手前、責任を感じていそうな声。ヤブイヌは、気にしなくてもいいのに、と思ったが、特に言葉をかけたりはせず、花畑をごろごろと転がった。

 毛衣もういを花びらだらけにして立ち上がり、大きく身震いしていると、遠くにサーバルキャットの姿が見えた。

 すこし前に試合結果の確認をして帰っていったが、また戻ってきたらしい。ライオンとホルスタインの試合は、当然というべきか、ライオンが勝ったようだ。

 サーバルがギンドロのこずえの下へ。

 話し合いをしている。決勝戦に向けて防衛側と攻略側を決めているのだろう。

 構成員のほとんどが植物族ドリュアスであるギンドロの群れクランは、今回の試合で攻略側でも十分に戦って見せたが、やはり待ち構える防衛側のほうが得意には違いない。逆にライオン側としてはそんなところに攻め入りたくないのも想像ができた。お互いに防衛側を希望しているはず。

 落葉樹のスミミザクラが葉っぱを落とすようだ。

 葉っぱの裏表当てをしようとしている。

 ルールはコインの裏表当てと同じ。

 植物族ドリュアスが葉っぱを落として、相手が地面に落ちた葉っぱの裏表を予想する。

 真っ白い桜の花を咲かせたスミミザクラ。枝の一部には濃赤色のさくらんぼの実がぶらさがっている。

 明緑の葉の一枚が、こずえを離れた。

 ひらひら。ひらひら。

 地面に……、と思ったら風に飛ばされてしまった。

 花畑のなかに落ちて行方不明に。

 ギンドロが群れ員クランメンバーの小鳥たちを呼ぶ。タゲリとケツァール。鳥たちが翼を広げることで、すこしでも風よけに。

 もう一回。

 ひらひら。ひらひら。

 今度はまっすぐ落ちてくる。

 みんなが一斉に地面をのぞき込んだ。

 サーバルがうなだれて、タゲリがみゃうみゃうと鳴いて喜ぶ。ギンドロ側が決定権を手にしたようだ。

「決勝戦は渓谷でおこなわれることになったみたい」

 ヤブイヌがスイセンに言うと、いつの間にかそばにいたカニクイイヌが、

「どっちが勝つかなあ」そわそわと落ち着かない様子。イヌとキツネのあいだぐらいの顔つき。全体的に濃灰色の毛衣もうい。カニクイ、という名前だが、カニ以外も食べる雑食性。

 花畑に腰をおろすと、スイセンに、

「イリエワニは?」

 と、ヤブイヌと同じことを聞く。

「ログアウトしました」

 返答も同じ。

「もう?」と、このやりとりまでもが同じ。

 それからも、オオサンショウウオ、バイカルアザラシ、アオサギなど、入れ代わり立ち代わりやってきてはイリエワニのことを聞いてきた。ウマヅラコウモリもきて、試合中に忽然こつぜんと消えてしまったムササビことを気にしていたが、こちらも状況が分からなかった。

 スイセンも心配はしていた。けれど、自分たちは所詮しょせんゲーム内の知り合いでしかない。現実世界に戻れば見ず知らずの他人。ログアウトすれば切れるような細いつながり。いくら心配しても、どうにかできるわけではない。

 できることといえば、再びログインしてきたときに、温かく迎えることぐらい。

 スイセンはこれまで、こうして不意にいなくなり、そのまま引退してしまったプレイヤーを何人も知っている。そうなってほしくはないと思いながらも、ただただ待つことしかできないもどかしさをかかえて、可憐かれんな花をちりんとゆらした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ