●ぽんぽこ13-48 準決勝、河川地帯、その後
イリエワニの縄張りである河川地帯と、ギンドロの縄張りの渓谷の中間あたりに位置する中立地帯。
小川が流れる花畑に、バビルサがうずもれていた。
バビルサはイノシシ科。イリエワニの群れの一員。そそり立つ四本の牙。下顎の二本と、鼻と額のあいだあたりから生えているもう二本。後者は上顎の牙であり、上方向に伸びて皮膚を突き破り、顔面に向かって反り返っている。いまにも眼窩に突き刺さりそうな牙の切っ先を、バビルサはじっと眺めている。
その頭のなかでは、先程までおこなわれていた試合の内容が、くり返し思い起こされていた。
試合の流れは非常にゆっくりとしたものだった。序盤、敵がまったく攻め入ってこないので、多くのプレイヤーが退屈し、かつ油断もしていた。
防衛ラインを広げることにして、外へ外へと輪ゴムを引っ張るように、戦闘要員が足をのばす。
河川地帯にはその呼称通り多くの河川が存在している。シマウマの縞模様のように川と陸とが入り交じり、プレイヤーの往来を阻む。泳いで渡ろうと水に入れば、そこには水生動物たちが待ち構えており、敵を水中に引きずり込むという布陣。
しかし、ギンドロの群れは植物族の集団であり、植物族はそもそも泳がない。
広い川の水底で待機していたバイカルアザラシやオオサンショウウオ、マルスッポンは水中で暇を持て余していた。太陽が高くなると、マルスッポンは川の小島に体を乗りあげて、子供ぐらいなら寝そべれるサイズの甲羅を甲羅干ししはじめた。
のどかな時間。
それを切り裂くような、オオサンショウウオの叫び。
異変。体力が減少している。スリップダメージ。毒だ。
川面を流れる林檎に似た果実。全身が猛毒という毒樹マンチニールのもの。実だけでなく毒の樹液が上流から注がれている。
陸を目指してオオサンショウウオやバイカルアザラシが急ぐ。鯢大明神のスキルによって巨大化した肉体が波をつくり、怪物バニップに姿を変えたバイカルアザラシが筋肉質な肉体でもって、うねりを越えて力強く泳ぐ。
小島に取り残されたマルスッポンは立ち往生。そこに、矢が飛んできた。
危険を察知し、甲羅のなかに頭を隠す。が、飛来した矢は硬い甲羅を突き破り、スッポンの脳天に鋭い切っ先を深々と突き刺した。
それはヤドリギの植物族であった。ヤドリギは他の植物の枝や幹に根を張って成長する寄生植物。自らを矢にして撃ち放つミストルティンの神聖スキルの効果による攻撃。
ミストルティンとはヤドリギを意味する言葉。万物に愛されていたバルドルという光の神がいたが、悪神ロキに騙された弟神ヘズが投げたヤドリギが矢となって突き刺さり命を落とした。そうして光の神を失った世界は、世界の終末ラグナロクへと導かれてしまったのだという。
マルスッポンは崩れ落ちるようにして毒川に呑み込まれる。甲羅が水中に没する前に、ヤドリギはまた己を矢にして敵に向かって発射した。
やっとのことで岸に到着していたオオサンショウウオのぬめりを帯びた体に、ヤドリギが突き刺さる。
スッポンも、サンショウウオも、アザラシも、いずれも肉食属性であり、植物族に対して相性不利。ヤドリギの矢で受けるダメージは甚大。
毒によるダメージの蓄積もあわさって、矢傷が致命傷に。オオサンショウウオが倒れると、続いてバイカルアザラシが狙われた。
アザラシはバニップからセルキーのスキルに切り替えて、装備品の鎧を着こんでこれを防御。セルキーは人間に変身できると伝えられるアザラシの妖精。ゲリュオンの牛と同じく、装備品のデメリットがなくなる効果。
矢を弾き、地面に落ちたヤドリギをアザラシが噛みつぶす。捉えさえすれば脆弱な植物の肉体でしかない。
しかし、ヤドリギは植物族であり、一本の矢が折られても、まだまだ大量の残基が存在していた。
その後、毒樹マンチニールの毒で川からあぶりだされ、ミストルティンの矢で撃たれるというコンボによって、何名ものプレイヤーが倒されてしまった。
ヤドリギは寄生植物だけあって、素の状態で同属性の植物族に対しても強いという特性を持っており、川沿いに並木を作って防衛していたミズヤシの植物族も刈られて防衛ラインが押される。
矢の射程はそれほどでもない。飛び石のように移動してくるので、足がかりになるものがなければ進攻してこれないかと思われたが、シロバナワタの植物族のスキルで生成された植物羊バロメッツを足場にすることで、矢はどこへでも運ばれた。
イリエワニの縄張りはあちこちから切り込まれて、窮屈な防衛戦をしいられるという展開に。
植物族プレイヤー全体の基本的なルールとして、群れ戦においては、他プレイヤーによって運ばれた種は芽吹かないというズル防止の処置がある。なので、あくまで自分自身の力で種を飛ばし、芽吹かせなくては植物族は前に進めない。
だが、河川地帯に吹く豊かな風と、雄大な川の流れが、植物たちの領域を広げる助けとなっていた。
植物族で形成された壁は強固。一度制圧された地点を取り戻すことは困難。イリエワニの群れの肉食プレイヤーの多さが仇となる。数少ない草食のムササビ、ウマヅラコウモリは連絡役で忙しい。アルダブラゾウガメでは足が遅すぎて対応しきれない。雑食のヤブイヌ、カニクイイヌ、ビントロング、バビルサなどが頑張るが、倒しきれない。しかも敵の植物族には毒性のものも多く、下手に手出しをすると返り討ちにあってしまう。
とはいえ、風は気まぐれ、川の流れも一定ではない。ギンドロの群れの進攻にはムラがあり、植物たちの歩みは遅々としている。ゴールに到達するのに間に合うかは微妙なところ。
不安定な攻めに対して安定した防御で対抗していたイリエワニの群れだったが、途中、副長のムササビが行方知れずに。第二試合以降姿を見せていないヒクイドリともども心配されて、仲間たちのあいだには動揺が走った。
太陽が昇って沈み、交代に月が空に浮かぶ頃、すこしずつ切り崩されていた戦線が、楔を深く打ち込まれたように大きく崩壊しはじめる。複数の残基を持つ植物族による密度の高いパーティが押し寄せてくる。動物たちのパーティであれば三名なら三体のパーティに決まっているが、植物族の三名だと十体、二十体、三十体のパーティ規模になるという、なんともでたらめな差。
参謀を務めるイリエワニの群れの副長、スイセンの植物族にも焦りが見えはじめる。自身も戦場に出たいが、視覚のない植物族相手では、見たプレイヤーを誘引するナルキッソスのスキルが効かない。この試合については戦力としてはほとんど役立たず。
押し込められるように本拠地である湖畔に集結するイリエワニの群れの面々。
まだ大丈夫、朝まで踏ん張れば勝てる、と励まし合う。
雲が近づいてきた。低気圧により発生した分厚い雲。
それは、強い風をも運んできた。
竜巻のような強風。
動物たちの毛衣が巻きあげられた次の瞬間。
風に乗った植物の洪水が、ゴールに集まる面々に激しく襲いかかってきた。
ロシアアザミの植物族の大群。いわゆるタンブルウィード、回転草と呼ばれる植物のうちの一種。タンブルウィードとは、毛玉のように丸くなって絡まった枯れ草のこと。転がることで遠くに運ばれ、種子をまき散らして生育範囲を広げる。
棘のある植物玉が雪崩のようにのしかかり、動物たちの体力を削り取る。タンブルウィードは自然災害。地球においては寄り集まって道を封鎖し、家すら埋もれさせ、棘は分厚いタイヤをも貫通し、枯れ草のため発火しやすく、火事を誘発した。
逃げ惑う。
風はどこまでも残酷であった。
だが、ゴールではひとり、持ちこたえているプレイヤーがいた。
硬い鱗の装甲で身を守っているイリエワニ。この群れの長。
イリエワニは水神金毘羅のスキルでゴールを水に沈めて、アメミットのスキルで自己強化をすると、敵を絶対に通さないという強固な意志でその場に踏みとどまった。
ワニの頭、ライオンのたてがみと上半身、カバの下半身を持つ怪物アメミットの肉体。
タンブルウィードをものともしない巨体。
虚を突くようにミストルティンの矢が飛来してきたが、ライオンの瞬発力で叩き落とし、草食であるカバの足で踏みつぶす。
鉄壁の門番。
これにはギンドロの群れの者たちもてこずって、膠着状態に。
太陽が近づいていた。
朝日が昇れば、試合が終わる。そこまで守り切ればイリエワニの勝利。
明け方のまばゆさにまぎれるようにして飛んできた一羽の鳥。
色鮮やかなオレンジの胴に黒い翼を広げた小鳥。
毒鳥ピトフーイの一種、ズグロモリモズが、アメミットの大口へと身を投じた。
自らの命を顧みない特攻。
猛毒が、アメミットの全身に回る。
ピトフーイが死亡し、イリエワニもほどなくして体力が尽きた。
悠々と遊歩する植物が巨大なワニの死体のそばを通り抜ける。マンドラゴラのスキルを使う、同名植物マンドラゴラの植物族がゴールを踏むと、ギンドロの群れの勝利が決まった。