●ぽんぽこ2 タヌキとライオン
その日、ライオンの群れは大きな混乱に見舞われていた。縄張りに敵性NPCが襲撃してきたのだ。単一の群れがピュシス全土を支配したりするような状況にならないように、不定期に強力なNPCがこうして領土を削り取ってくる。応戦して追い返せれば縄張りの一部を奪われずに済むが、そう簡単にはいかない。敵は非常に高い戦闘能力を有しており、ピュシスにおいて数少ない野生値が上限に達しているプレイヤーであるライオンをもってしても、一対一でまともに戦った場合、辛うじて撃退できるだろうという強さ。そんな相手が複数体の集団で襲い掛かってきたのだ。
ライオンは玉座代わりの草の葉の上に横たわりながら、無理をする必要はないと考えていた。最大の縄張りを持つ群れ、その長として、どっしりと腰を据えて状況を判断する。NPCに奪われた土地は精鋭がログインしている時を見計らって、適切なチームを組んで取り返せばいい。縄張りが狭まった状態では群れ戦の防衛戦で不利になるが、弱めのNPCが所有している土地を探し、そこを殲滅して拡充してもいい。手っ取り早い反面、リスクもあるが、隣接している別の群れに縄張り戦を挑んで奪い取るという選択肢もある。
敵性NPCの攻撃で体力が尽きると、群れ戦などで他のプレイヤーに倒された場合とは比べ物にならないほど膨大な命力を失う。キャラクターをロストする最大にして唯一と言ってもいい要因。ログアウトして逃げてもいいが、ログアウトにはCTが設定されており、即座ではなく数秒の時間を要する。戦で敵と相対した場合に現実世界に逃げるような行為を防止するため。それに、もしログアウトでオートマタから逃げたりすれば、その場所に居ついて、ログインした瞬間を狙ってくるという、厄介かつ執念深い特性を持っていた。なので遭遇した場合は全力で安全な場所まで逃げるか、迎撃するかのどちらかを選ぶしかないと言われている。
ライオンは鳥類を集めて指示を送る。腕に覚えがある者は現場に急行し、敵性NPCに襲われている者たちを救援。しかし決して深入りしてはいけない。そうでない者はできるだけ戦闘区域から離れるように。鳥たちは一斉にライオンが治める広大なサバンナの各地へ向かって飛び立ち、青く澄み渡った空を翔け、装備しているスピーカーを使って片っ端から伝達していく。
重たい腰が上げられると立派なたてがみが、ぶわり、と広がった。たてがみが濃い色をしているのは強者の印。大きな体格を更に大きく見せるだけでなく、首元を守る強力な盾の役割もある。鞭のような尻尾が、ぶんっ、と振られると、尾の先についた房状の毛が岩を叩き、力強い音が響いた。
丈の高いイネ科植物に取り囲まれた岩場。ライオンの群れの本拠地。群れ員であるバオバブの植物族が丁度ログインしており、本拠地の傍に控えている。バオバブの幹は長大な体を持つニシキヘビやアナコンダでも締め上げられないほどに太く、太陽の光を一部も漏らさないというように、びっしりと枝を広げていた。乾季で落葉していて少々能力値が下がっているが、それでも万が一の場合に本拠地の守りを任せるには十分な防御力。複雑に枝分かれした影が、強固なフェンスのように辺り一帯を覆っている。
本拠地を仲間に任せ、黄金色の覇気すら感じる大柄な獣が出陣する。
ピュシスの王がサバンナを駆けた。
オポッサムはひたすらに逃げていた。毛の生えていない耳と長い尻尾をばたばたと振りながら、全力で背の低い若緑色の草たちをかき分ける。パラボナアンテナのような丸い耳をあちこちに向けると、敵性NPCの威嚇するような足音が複数迫っているのが分かった。地面を掘って、三角形にとんがった鼻先を突っ込もうとしたが、踏みとどまる。相手は強力なセンサーを備えているのだ。土の下に隠れたとして、見過ごしてくれるわけがない。
オポッサム、の正体はそれに化けているタヌキだった。キングコブラの群れでは、他に裏切り行為を行っているものがいないかを確認するという名目で、ワタリガラスによる構成員の一斉調査がはじまり、とても留まることはできなかった。群れに留まるためにキツネを見捨てた己にとっての皮肉な結末を、タヌキは自虐と共に嘲笑わざるを得なかった。
別の群れを探して辿り着いたのはライオンの群れ。ピュシス最大の群れであり、ライオンは王者の威厳をもってあらゆるプレイヤーをその庇護の元においていた。
以前のタヌキであれば、かつての群れの仲間だったプレイヤーに出会ってしまう可能性が高い大規模な群れは好まなかったが、もしかしたらキツネがいるのではないかと思い、身を寄せたのだった。オポッサムに化けたまま、中立地帯のオアシスにいるNPCの岩から申請すると、すぐにライオンの群れからの使いのトムソンガゼルが迎えにきた。ぴょんぴょんと跳ねるように走る俊足のトムソンガゼルに置いていかれそうになりながら、ねじ曲がって天を向いた角を追って移動すると、ライオンの縄張りの外周付近でブチハイエナが待っていた。ブチハイエナは副長と名乗り、簡単な面談がはじまる。種族名、食性、基本的な運動能力、特筆すべきスキルがあるかどうか、それらの質問が終わるとその場で群れ員の証をアイテムトレードで渡される。あまりにあっけない。こんなに簡単に縄張りに足を踏み入れていいものかと思いはしたが、タヌキの心配するようなことではなかった。
ライオンの縄張りは広大かつ、構成員も多かった。そのなかでタヌキと同じように化けているであろうキツネを探し出すのは不可能に近い。そもそもキツネがここにいるのかどうか、それ以前にあの追放劇の後、無事にピュセスのなかで生き長らえているかすら定かではないのだ。馬鹿げていると分かっていても、タヌキはキツネの姿を追い求めずにはいられなかった。再び友に会って謝りたい。ふかふかとした毛衣を洞のなかで寄せ合い、語り、空を流れる雲を眺め、持ち寄った木の実を齧り合いたい。その願いはタヌキの心のなかで膨れ上がり、破裂寸前であった。
そうしてライオンの縄張りのなかでも身を隠しやすい場所を巡っては、そこが新月時の隠れ家として使われていないかと、キツネの痕跡を探していた。そんな時、敵性NPC、ヒトを模した機械、オートマタの集団が襲撃してきた。
現実世界であれば頼もしい存在。街のあちこちで見かける姿。人々を守り、施設を警護し、ノモスのいたるところを見回っている。人の形に、人を超えた動き。二本の足は淀みなく動き、地を蹴り、野を駆ける。手は指先が広げられ、獲物を捕まえようと伸ばされている。鬼ごっこの鬼のよう。武装していないのが唯一の救いだが、そのようなものがなくとも、強靭な金属のフレームは獣の牙や爪を容易には通さず、生半可な体当たりなどものともせず、万力でもってプレイヤーをいとも簡単に縊ることができる。
銀色のボディが光を受けて、つややかな金属光沢を放って輝く。”自然”ではない動く物。ノモスの守護者。ピュシスの死神。
鳥類に化けて逃げる選択肢もあるが、オートマタは飛行するものに対して石を投擲して攻撃する性質がある。本職の鳥にはまるでかなわない飛行技術でその剛速球を避けることを考えれば、地を行く方がまだ逃げれる望みがあった。しかし、走り続けるとこちらのスタミナは切れるのに対して、相手は無尽蔵。一体ならなんとか振り切れそうなものの、複数体が包囲するように隊列を組んでいる。更には高度なセンサーを備えていて、どこに隠れようがまっすぐに向かってくるのだ。機械相手に狸寝入りが効くはずもなく、お手上げ状態であった。
遥か彼方にキリンの頭が見えた。草原にまばらに生えた低木の枝葉を越えて首を伸ばし、オポッサムが走ってくるのに気がついたようだった。その後ろにいる襲撃者の存在にも。
キリンが、モー!、とウシに似た鳴き声を張り上げ、装備しているスピーカーから大音響が発せられる。
「オートマタが来る!」
一帯のざわついた空気がオポッサムにまで届いてきた。
「背中に乗って!」
恐怖に駆られた小さな動物たちがこぞってキリンに飛び乗った。満員の背を揺らしながら走り去っていくキリン。オポッサムの後ろからは三体のオートマタが迫っていたが、キリンの動きに反応したかのように、右手後方に位置するオートマタが前傾姿勢で速度を上げて走りはじめた。オポッサムは見たことがないオートマタの積極性に驚く。そもそもこんな多数で攻め込んでくることも今までになかった。プレイヤーたちが熟練してきたことで、オートマタの襲来も楽になったと言われ出した矢先の出来事。ピュシスが難度のバランスを調整しているのかもしれないと、オポッサムは考える。
キリンは陸生動物で最も背が高く、非常に図体が大きいが、それによって動きが鈍いなんてことはない。すらりと長い脚を使った走力は全動物のなかでも高い部類。例え生身の人間がいかに鍛え上げたとしても到達できない野生の速さの領域。だが、背中に大荷物を抱えているとはいえ、オートマタは易々とそれに追いつこうとしていた。
このままではキリンがオートマタの容赦ない攻撃に晒されてしまうのも時間の問題だった。その背にはたくさんの群れ員が、頭を伏せて祈るようにしながらしがみついている。その集団にの片隅に、小麦色の毛衣に被われたキツネに似た姿があるのを、オポッサムの瞳は捉えていた。
オポッサム、タヌキは考えるより先に体が動いていた。コマドリに化けて空を飛ぶ。キリンを追うオートマタに向かって羽ばたく。後ろから来ている二体のオートマタが素早く石を拾い上げて、コマドリに向けて投擲を行った。今度はコマドリから、細っちょろい体をしたシシバナヘビに化けることでそれを回避。礫は風を切って宙を飛び越え、前を走るオートマタの背面左と右足にぶつかる。大きな金属音と共にオートマタが転倒。その間にキリンは一切振り向くこともなく全力で逃げ去っている。オートマタは立ち上がって、体勢を整えるが、キリンが攻撃圏内から離れてしまったことを確認すると、唯一残っているターゲットに照準を定める。
タヌキはオポッサムの姿で接近し、コマドリに化けて飛び上がると、立ち上がったオートマタの肩にとまっていた。再び後ろから二つの礫が矢のように飛んできて、今度は頭に見事命中。頭部を完全に撃ち抜く。衝撃で吹き飛ばされながら、またシシバナヘビに化けたタヌキが地上に降り立つ。
キリンたちはうまく逃げれただろうかと、タヌキは考える。一体は運よく仕留められたが、後二体残ったオートマタは猛然とやって来る。キリンよりも足が早いトムソンガゼルに化ければ逃げ切れるかもしれないが、トムソンガゼルには一度会ったきりなので、うまく化けれる自信はない。最速の陸生動物であるチーターもライオンの群れの構成員。まだタヌキはお目にかかったことがなかったが、会って化けれるようにしておくべきだったと、この土壇場で後悔してしまう。ただ、姿を同じに化けれても、その体の性能を余すところなく発揮できるわけではない。体を大きく曲げたり伸ばしたりするチーターの走り方は簡単には真似できない。それにチーターは瞬発力こそ凄まじいが、持久力がないので一分も経たずにバテてしまう。どちらにせよキリンより早く走ってみせた上に、無尽蔵の体力を持つオートマタを振り切るのは無理かもしれなかった。
サバンナはじりじりと熱い乾燥した平地がどこまでも広がっている。ここら一帯、起伏は見当たらない。樹の密度も低く、視界が大きく開けている。こんな場所では地形を利用することも叶わず、純粋な走力勝負をするしかなくなる。それはあまりにも分が悪すぎた。
二体のオートマタはお互いの手が届きそうなほど近い位置にいるので、同じ戦法は使えない。コマドリの姿で二体の間の狭い隙間に突っ込みでもすれば、すぐに捕まってしまうだろう。キリンはもう視覚にも、聴覚にも、嗅覚にも引っかからない場所にまで逃げていった。もう足止めする必要はない。タヌキはオポッサムに化けて逃げ出す。しかし二体のオートマタは容赦なく追いついてくる。同時に手が伸ばされて、オポッサムの頭と尾っぽをそれぞれが引っ張って、裂こうとしていた。
ポン、と大きな白煙が立ち昇る。煙のなかから現れたのはカバ。コブラの群れでよくカバの背中を借りて日向ぼっこしていたので、うまく化けれるぐらいにはっきりとその姿形を把握している。本来のカバであれば太く大きな牙で機械の体を貫くことも可能かもしれないが、タヌキの咬合力ではそれも不可能。オートマタの二十倍はあるであろうカバの体重も、タヌキの体重そのままなので押し潰すこともできない。ただし体積は膨張できたので、突如出現した巨獣に跳ね飛ばされるような形でオートマタが左右に押される。しかし転ぶことはなく、オートマタは後ろ足で踏ん張って、巨獣の四肢をもごうと手を伸ばした。タヌキはまたシシバナヘビの姿に戻る。銀色の手は空を切ったが、すぐさま地に落ちたヘビへと向きを変える。
転倒させた隙に逃げる作戦だったのだが大失敗だった。二体に挟まれた状態で身動きがとれず、シーソーのようにカバとシシバナヘビの姿を行き来するしかない。膨らんでは縮む風船に押される二体の起き上がり子法師のような光景がくり返される。化けるのはノーコストではない。スキルの使用には命力を消費する。これではヘビの生殺し状態だった。
いっそ一度やられてしまってリスポーンすることで逃げようかとも考えるが、無鉄砲な連続変身は命力を心もとない値にまで減少させていた。今までオートマタの攻撃で死亡したことがないタヌキには、どれほどの命力を失ってしまうのかもよく分かっていないので、踏ん切りがつかない。そうしている間も、命力は目減りしていく一方という悪循環に陥っていた。
凄まじい轟音。交通事故でも起きたかのようだった。オートマタの一体が吹き飛ばされる。シシバナヘビに化けたタヌキは、放物線を描いて頭上を行くオートマタを唖然として眺めていた。太陽が躍ったのかと思った。陽を浴びて赤々と燃え上がるたてがみを振り乱し、ライオンがもう一体のオートマタへ筋肉質で逞しい前足を振りかざして、強烈なパンチをお見舞いする。後ろ足を使って上半身を起こすようにして二撃目、三撃目、そして喉元に食らいついた。窒息するほどに締め上げて、相手の体力を瞬く間に尽きさせる必殺の一撃。大きな口の強力な上顎と下顎はギロチンのように閉じており、本来であれば死への入り口に他ならなかったが、電気音をバチバチと鳴らしながらもオートマタはまだ稼働している。オートマタの防御力が極めて高いのに加えて、肉食動物、草食動物、植物族の三すくみというピュシスの相性システムの外にある機械属性は、動植物全体に対して絶対的に強いという性質を持っているのだ。
銀色の手がライオンを縊ろうと伸ばされるが、分厚いたてがみがそれを防ぐ。オートマタの反撃は数本の毛を引きちぎるだけの結果に終わった。ライオンは細い金属のフレームをぶんぶんと振り回して、口で投げ飛ばす。はじめに吹き飛ばされたオートマタが立ち上がろうとしていたが、投げられたオートマタがぶつかって、二体が重なって地面に倒れる。
「狼煙なんてアイテムあったか?」
ライオンはひとりごちて足元を見下ろす。連続変身で立ち昇っていた白煙を目印にやって来たのだ。そしてシシバナヘビの存在を認めると、それが群れ員でないことをすぐさま見抜いた。ライオンは己の部下を全員あますところなく記憶していた。直接会ったことはなくとも、副長などからの報告で、新規加入者の情報も把握している。
通常であればプレイヤーは自身が所属していない群れの縄張りに侵入することはできない。ライオンは神聖スキルを持ったプレイヤーだとすぐに思い至る。問題はこれが自分の群れに所属しているもので姿形を見せかける能力なのか、別の群れに所属しているもので潜入できる能力を有しているのか、ということだった。
「戦え!」
ライオンが吼え猛った。嵐のような音響がスピーカーから放たれる。シシバナヘビは実際に豪風を浴びせかけられたような表情で、ライオンと、立ち上がった二体のオートマタを見比べた。変身能力が原因で、過去に自身を追放した群れ、追放されていくキツネの姿が脳裏に浮かぶ。しかし、ここでまざまざオートマタにやられてピュシスを失うようなことになれば、それは後悔などという言葉では済まされない。
出し惜しみなどはできない。最も強い動物に化けよう。タヌキはそう思った。それは今この場にいる。ピュシスの王。その姿を目に、耳に、鼻に焼き付ける。そうして、ドロン、と化けたのだった。
現れたのはライオンのようでいて、貧相な体をした動物。その姿はさながらライオンの上半身とアリの下半身を持つとされるミルメコレオであった。ライオンは眉を顰めて、己の出来損ないのような異形を眺める。オートマタはセンサーに異常が発生したというように立ち止まった。ライオンもどきは勇ましく戦おうという気概を見せたものの、下半身がどろりととろけて膝をついてしまう。オートマタが一瞬の逡巡のあとすぐさま躍りかかってきた。ライオンから受けた攻撃も大したダメージではないようだった。
うまく身動きがとれないのにたまりかねたタヌキが本来の姿に戻る。叩くとぽんぽこと音が鳴りそうにまるっこくて、ふっさりとした毛衣に被われた体。顔にある丸く染まった黒い毛の真ん中には、くりくりとしたつぶらな眼が浮かんでいる。体の三分の一ほどの長さの尻尾は手足よりもよっぽど太く、それ自体が一匹の小動物のよう。もっとも慣れ親しんでいる姿。しかし鋼鉄の襲撃者に対してなんら打つ手はない。それでもタヌキは戦うつむりだった。もう一度キツネに会いたい。そのためにも今ピュシスを失うわけにはいかない。
意気込んでいるタヌキの首がライオンによって咥え上げられた。一瞬恐怖を感じたが、オートマタの首をねじ切らんばかりだった先程の噛みつきとは違い、幼獣を運ぶような仕草。そうしてライオンがタヌキを咥えてオートマタたちから離れるように走り出した。ライオンが走る速さは全陸生動物の中でもトップクラス。トムソンガゼルとも並走できる。しかし、オートマタはそんなライオンと同等の走力を見せつけた。
「速いな」
口はまんまるいタヌキで塞がっているが。声を出すのは装備品のスピーカーなので、問題なく喋ることができる。ライオンは振り返らなかったが、聴覚と嗅覚でもって相手との距離を測っていた。スタミナの消費と共にライオンの走る速度がやや落ちるが、オートマタは変わらない。
「お前」と、呼ばれてタヌキは「はい……」と、無力な獲物のように口のなかでうなだれながら答える。
「命力に余裕はあるか」
タヌキはメニューを確認する。
「林檎十個分ぐらい」
正確な数値を知られたくなくて、タヌキはわざと曖昧な表現にしたのだが、ライオンは中立地帯のオアシスで店を構える林檎の植物族から頻繁に買い物をしていたので、どの程度かはすぐに検討がついた。
「なら大丈夫だ。このままだと追いつかれる。それに、こいつらを連れて縄張りの中心地に行くわけにもいかん。こんなに奥まで追ってくるなんていうのもおかしなことだ。俺様はこいつらを始末する」
ライオンは、タヌキを牙でぐっと抑え込む。
「お前を守りながらは戦えん。精々安全な場所にリスポーンすることを祈るんだな。一度群れから抜けることになるが、また俺様の元に来い。これは命令だ。分かったな」
矢継ぎ早に言うと、タヌキの返事も待たず、ライオンは群れ長の特権を行使した。タヌキの体力が一気にゼロになる。
「オートマタにやられるよりずっと命力の減りは少ない。安心しろ」
その声はもはやタヌキには届いていない。キツネがコブラにやられたのと同じ、牙による制裁という形での強制追放。それによってタヌキをリスポーンさせ、今の状況から逃がしたのだ。群れ員の証を自ら放棄させてもよかったが、いちいち説明する手間をライオンは惜しんだ。
タヌキが消えたのを確認すると、ライオンは追撃者と向かい合う。荒っぽい手を使ったのには逃がす以外にも理由があった。これから行われる戦いを見られたくなかったのだ。オートマタ二体を相手にするのは最強格のプレイヤーであるライオンでも厳しい。しかし、それも真っ向勝負であれば。奥の手を使うなら、話は別だった。
タヌキは運よく中立地帯の近くにリスポーンしていた。慌てて身を隠してオポッサムに化ける。すると、いよいよ命力が底を突きかけたが、ぎりぎりで踏みとどまった。
命力を得る方法はいくつかあるが、最も手っ取り早いのは売買。命力は通貨として使われている。オポッサムはバザーに立ち寄って、なけなしの装備品を売っぱらう。スピーカー以外を全て処分すると、なんとかあと数回は化けれるぐらいの値に戻った。
ライオンの言葉を思い返す。また俺様の元に来い。しかし、その一方的な命令とは別にキリンの背に見かけたキツネと思しき姿が気になっていた。
オポッサムは水辺に近づく。偽物の己の顔を覗き込み、水を浴びる。そうして、ぶるぶると体を震わせると、群れ所属申請を受け付けているNPCの岩へと悩まし気な視線を向けた。