●ぽんぽこ13-43 風吹き抜ける野原で
「すごかったって」ひそひそ声。
「ライオンの話?」こそこそ声。
「そう。ものすごい強かったって」
「ものすごいって、どれぐらい?」
「長秘蔵の超レア装備をスキルもなしでぶっ壊しちゃうぐらい」
「なにそれ強すぎ。ゾウが踏んでも壊れないって噂の装備を?」
話し込んでいるのはラバとケッティ。ロバとウマのあいのこの動物たち。
広々とした夜の野原。戦が終わり、システムの処理でライオンの群れと、ホルスタインの群れの面々は中立地帯に強制転移させられていた。死体になっていた者たちも全回復して生き返り、硬直から解放された肉体と、希薄な状態から蘇った五感を楽しむように、まだ明けない夜空から落ちる星明かりで体を洗いながら、思い思いに休息をとっている。
なだらかな起伏の野原にやわらかな風が吹き抜ける。青々とした緑のにおいが立ち込めて、動物も植物族も分け隔てなく満足させてくれていた。
ごにょごにょと噂話に花を咲かせるラバとケッティの元にオセロットがくる。
「うちの長はすごいんだから」満面の笑み。
ふたりは同時に荒い鼻息を吹くと、美しいヒョウ柄のネコを迎え入れた。
「最後見てたんでしょ」
「教えてよ。教えてよ」
「いいよ」と、オセロットは快諾。
自慢したくてしょうがないというふうに、饒舌に語られる最終決戦。
本拠地の小山の頂。ゴール地点の一段下から、オセロットはビスカッチャと肩をすり合わせながら、戦いのすべてを見届けていた。
熱がこもった語りぶりに、ロバのように長い耳が興味深げに立てられて、ウマのようにがっしりとした体がぎゅっと寄せらる。
そうして、ラバとケッティは絵本を読み聞かせてもらう子供のように、オセロットの声に聞き入った。
勝利にはしゃぐ仲間たちをよそに、キリンとシロサイは若干ながら沈んだ様子。
「おれたち全然いいところがなかったな」シロサイ。
戦の最序盤で早々に、アグーとアヒルの使う即死スキルにやられたふたり。
「初見殺しにあうなんて久しぶりだったね。まだ新鮮な体験ができるってことに感謝して、うまくやった相手を褒めてあげよう」
そんなふうにキリンが言ってると、騒がしい四重奏が近づいてきた。
「あっ。みてみて」
「キリンさんだ!」
「キリンさーん!」
「首握手してー!」
アルパカ、リャマ、グアナコ、ビクーニャ。ラクダ科の動物たちがわらわらとやってくる。ふさふさとした繊細な毛が風に膨らみ、キリンの足元に好奇心旺盛な瞳が集まった。
「はいはい。握手ぐらい、いくらでもしてあげるから行儀よく並んでね」
キリンが首を下げてやると、アルパカは交差させるように首を伸ばして頭を寄せるしぐさ。終われば次はグアナコの番。握手会を横から見ていたシロサイが、
「お前、人気あるんだな……」
ぽつりとこぼした言葉にラクダ科たちが次々と、
「キリンさんはこーんなに背が高くてかっこいいじゃないですか」
「脚も舌も長くって」
「五本も角があるし」
「模様もイカしてる」
もはや誰がしゃべっているのか判別できない。似たような獣たちは分厚いくちびるをこねるように動かして、長いまつげを元気にぱちくりさせている。
知り合いの思わぬ人気に肩身が狭くなってきたシロサイが場を離れようとする。と、次はこちらとばかりにアルパカたちが取り囲んできた。
「なんだ?」困惑ですこし震えた声。
「でっかい角ですね!」
「おっきな体ですね!」
「それにすごく硬そう」
「あなたはシロサイさん? クロサイさん?」
「おれはシロサイだ」
シロサイとクロサイは名前に白と黒とはあるが、いずれも灰色で似た色合い。シロやクロと呼ばれるようになったのはまずシロサイの名付けに原因がある。シロサイが生息していた場所に住む者が呼んでいたwijde(幅広い)という言葉が、外からきた者にwhite(白い)と聞き間違えられた。そこからシロサイと名付けられ、同じ地に生息していたもう一種類のサイは、対比としてクロサイと名付けられたのだという。
幅広い、というのが何を意味するのかというと、口のこと。シロサイは足元の草を食べるので口が横に広い。一方、クロサイは枝の葉っぱや実を食べるので口はとがって突き出している。
他にも二種の違いは大きさによって一目瞭然。シロサイの体格はクロサイの約五割増し。シロサイのほうがかなり大きい。陸上動物のなかでは最大のゾウに次ぎ、カバよりも重量がある超ヘビー級ファイターがシロサイ。
「角、触ってもいいですか?」
ビクーニャが言うと、シロサイは後ずさり、踵を返して走り出した。
「あっ!」
「待って」
「待って」
「待って」
追いかけっこがはじまった。
シロサイは逃げるが、ラクダ科たちの走りはビクーニャを先頭にして追いついていく。
キリンは草原に腰を下ろしてながーい首を伸ばすと、皆の様子を眺めて穏やかにほほえんだ。
敵味方だったものがいまは入り乱れて、楽し気に自然を駆け回っている。それがキリンにはとてもうれしいことであった。
「嘘?」と、イヌワシが目を白黒させている。
「担がれたんじゃないのか」
純白の大馬ペルシュロンが首を曲げると、背中にとまっている鳥を見上げて、
「俺がオオアナコンダにやられたのはたしかだけど、痛めつけられたりなんかはしてない。あいつは敵をいたぶるのに労力を使うようなタイプじゃなかった」
「たしかにそうかも……。私と戦ってるときも、まっすぐに命を取りにきてた」
「イヌワシも戦ったのか」
「そう。でも相打ち。勝ちきれなかった」
「すごい。俺は全然歯が立たなかったのに」
「ワシとしてはヘビが狩れなきゃね」
そんなふうに言って、白馬のたてがみにくちばしをうずめていたイヌワシだったが、ビスカッチャとの会話を思い出してふつふつと怒りが湧いてきたらしく、
「にしても……、あいつっ!」
光沢のある褐色の翼を夜空に向ける。
「やめときな」
止めようとするペルシュロンの声も聞かずに、飛び立ってしまった。
「お前、黄金の果実をどこにやったんだよ。勝手に持っていきやがって」
と、言うハイイロオオカミの前足で押さえつけられているのはビスカッチャ。
「戦が終わると消えちゃったのよ。しっかり持ってたのに」
「持ってるだけじゃ意味ないだろ。使わないと」
「あれは観賞用アイテム。もしくは保存用。布教用でも使用用でもないのっ」
意固地な宣言。
「……林檎ちゃんもそこまで大事にしてもらえたらうれしいだろうよ」
がっくりと力が抜けた腕のなかから、ビスカッチャが這い出してくる。
「そうでしょ」
「それでビスカッチャはどこまでいったの?」
優しく聞いたのはピスタチオの植物族。くたびれた様子のハイイロオオカミにナッツを落としてあげる。受け取ったオオカミはがりがりと頬張ってやけ食い。
ピスタチオは戦の後半、ブロイラーとガチョウに大部分を刈られたものの、まだ数本が後方に残っていた。けれど前線には追いつけず、急いでいるうちに試合が終わっていた。
「えーっとねえ。ゴールの手前」
ビスカッチャは言いながらとろんとまぶたを閉じて、
「疲れちゃった。次の試合はお休みしようかな」
「俺たちに任せてゆっくり休んでていいぞ」と、ハイイロオオカミ。
「そう? あなた第一回戦から出てるのに元気ねえ。次で、えっと、四戦目?」
「実際に体を動かしてるわけじゃないからな。四戦目であってる。次が決勝だ」
集中力の維持には自信があった。現実のスポーツの試合に比べれば全然楽だ。
「それも勝ったら、休みなく遺跡に突入する予定なのよね」ピスタチオ。
「明日にすればいいのにね」
なんて言いながら毛繕いするビスカッチャに、ハイイロオオカミが、
「今日は惑星コンピューターの休養日だからこれだけ集まれてるが、明日以降になると人数が足りなくなる」
説明をするが、ビスカッチャはひとの話をまるで聞いていないというように、ふああ、と大欠伸をして体を伸ばすと、
「お言葉に甘えて落ちようかな」
ログアウトの準備をはじめる。次にログインしてきたときに安全な場所、岩陰だとか、地面のくぼみを探してきょろきょろと首を回した。
暗い夜の野原に吹いた風に、草がざわざわとゆられている。
遠くから影が流れてきた。まっすぐに近づいてくる。
ビスカッチャは空を見上げた。
その瞬間。
急降下してきた大きな鳥に鷲掴みにされ、上空へとさらわれてしまった。
「うおおっ!?」ビスカッチャの悲鳴。
「お前っ! よくも変なことを私に吹き込んだなっ!」
イヌワシが憤怒を露わにしながら空中でビスカッチャをふり回す。
「あーあ」
見上げたハイイロオオカミはあきれ顔。
「どうしましょ」
わたわたと葉を落とすピスタチオに、「大丈夫だろう」と、ハイイロオオカミは身を丸めて、ナッツの女王とも言われるピスタチオの実を満足そうに堪能した。