●ぽんぽこ13-38 置いてきぼり
タヌキとキツネはプレーリードッグに化けて、地面の下にトンネルを掘って進んでいたが、ようやく林を抜け、地上にひょっこりと顔を出した。
あたりはすっかり暗くなっている。広々とした草原に星明かりが落ちて、牧草の葉の先端が、夜露に濡れたように輝いていた。
周囲に敵の気配がないことを確かめたふたりは、林の縁にある藪のなかで身をひそめる。
そうして、ピュシスに最初に与えられた姿に戻ると、お互いの毛衣を毛繕い。穴掘り作業で体中に付着した土や泥を丁寧に取り除いた。
毛並みが風に躍るぐらいに整えられると、藪に隠れたまま、ブチハイエナとリカオンがくるのを待つ。
ブチ模様の獣のコンビはなかなかこない。
戦闘が長引いているのだろうか。
藪の奥にまで運ばれてきた草原の空気が、土臭さを洗っていく。
毛に染みついていた土のにおいが消臭された頃になっても、まだこない。
「負けた、なんてことはないよね」
タヌキがぽつりとこぼす。
「あのふたりなら大丈夫」
信頼、というより、力の差を考えれば当然とキツネは考えていた。
「アグーが使うスキルにだけは要注意だけど、きっちり警戒して対処するはず」
敵はアグー、ボーダーコリー、フェレット、トナカイ。四対二。数的不利だが、相手は大半がブチハイエナに比べれば小粒。ジェヴォーダンの獣のスキルの高ステータスで押しつぶせるはず。それをリカオンがサポートすれば隙はない。
もし搦め手によって劣勢に立たされても、引き時が分からないふたりではない。そういった場合はやられる前に逃げるはず。タヌキたちを探しにこないのは敗北したからではない。別の理由だ。
「心配だな」
もじもじとしはじめたタヌキを横目に、キツネは置いていかれたのだと薄々察していた。
切り離された。予想はしていた。リカオンはたぶん偽ライオンの負担を増やさないように気を使っているのだろうが、ブチハイエナに関しては分からない。トーナメントが進むごとに、キツネの理解からブチハイエナは遠のいていた。
頭上にあった雲が流れていったのと入れ替わるように、遠くから足音が聞こえてきた。
特徴的なリズム。ピュシスでは二本足で走る動物は珍しい。すぐにダチョウだと分かる。
キツネはライオンに、タヌキはオポッサムに化ける。
姿をあらわすと、見つけたダチョウがばたばたと近づいてきた。
「長!」
周りを警戒してほんのすこし低めた声。ダチョウの背中にはオセロットが体を丸めて乗っている。
「どうした」
ライオンはたてがみを雄大になびかせて、力強く肩をそびやかす。
「そろそろ大詰めだってヘビクイワシに聞いたから、助太刀にきたのさ」
くちばしがひょいと前に突き出される。オセロットも首を伸ばして、
「わたしたちは仲間が敵にやられちゃって、あぶれてるんだ。長のパーティに加えて欲しくって」
「それはかまわんが。なにがあった?」
促されて、バジリスクのスキルを使うブロイラーとの戦いについて語られる。
ピンと立てた耳ですべてを聞き終わったライオンは「なるほどな」と、たてがみをゆらして、尻尾の先の房をぐるりと回した。足元ではオポッサムがちょこちょこと動いて、ライオンとダチョウを交互に見上げている。
オセロットは口惜しそうに、
「どうすればもっと被害を出さずに済んだかな。休憩してるシマウマが今回の戦にも出てくれてれば、ユニコーンの解毒効果で有利に立ち回れたかもしれないけど、そんな都合のよすぎることを考えてもしかたがないか」
嘆息して、
「流石に敵の副長だけあって強かった……」
言って、きょろきょろとあたりを見回す。
「そういえばうちの副長たちは?」
「すこし前に敵に遭遇してな。そこで別れた」
特に隠すことでもないので、事実のままを話す。
「なるほど。副長たちに任せているあいだに、ひとりで攻め込むところだったわけか。剛毅なことだね。さすが長」
ダチョウがくちばしを上げ下げすると、ライオンは「そんなところだ」と否定できずに顎を引く。
「ひとりじゃなくって、ぼくもいるんだけど」
頭数から除外されていたオポッサムが、三角錐のとがった顔をダチョウに向け、白灰色の毛衣の尻尾をぺたんと地面に倒した。
「これは失敬。さっきのは言葉のアヤだ。忘れていたわけじゃないよ」平謝り。
ライオンに化けているキツネは、これからどう行動するのがライオンらしいかと考える。
ゴールを攻めるならもうすこし手勢が欲しいところだが、相手が明らかに消耗しているこのタイミングで躊躇するのはらしくない。ブチハイエナたちはこちらを置いてきぼりにして、先に進んでいるはず。つまりゴールに向かえばそこで合流することになる。ブチハイエナ、リカオンにダチョウ、オセロットが加われば、攻め手としては盤石。
「ヘビクイワシだ」
ダチョウの視線を辿る。夜空を飛んできた凛々しい鳥がそばに着地。
「敵本拠地の偵察をしてきました」
「そうか。ご苦労だった」
聞くと、敵は非常に少数。ボーダーコリーとトナカイがいないのは、ブチハイエナたちが倒したからに違いない。報告を終えたヘビクイワシはすぐに飛び去っていった。
「一気に攻めてしまいたいな」と、ダチョウ。
「ああ」いつまでも足を止めているのはライオンじゃない。ずっしりと歩きだす。
偉大なたてがみの後ろにダチョウとオポッサムがついていく。
「オポッサムも乗っていくかい」
ダチョウが腰を落とすと、「ありがとう」背中によじ登る。
背中の上は丸くなっている先客のオセロットで大部分が埋まっていた。身の置き場を探して、オセロットに積み重なろうとすると、
「なんか、あんた重くない?」
どきりとする。
「そうかな」
「いや。肉体が疲れてるからだね。変なこと言ってゴメン」ネコひげが垂れる。
「ううん……」
身を縮めてオセロットの脇のあたりに体を差し込む。姿はオポッサムだが、能力はタヌキ。体重はタヌキの値。本物のオポッサムよりもずっと重たい。ダチョウはそのぐらいの差異には気がついていないようだったが、オセロットは騙せない。
ふたり乗りでゆさゆさとゆられる。
オセロットが手元に視線を落として、
「忘れてた。長。これなんだけど……」
おずおずとダチョウの羽衣に隠していた黄金の果実を取り出す。鼻先で押して、ライオンに見える位置に。
「それは、林檎ちゃんのスキルの?」
ライオンの双眸にぎらぎらとした黄金の輝きが映り込んだ。
「そうみたいなんだ」
ダチョウが長い首を回してくちばしを背中に向ける。
「これ、ビスカッチャが落としていったみたいなの」
オセロットは困り顔。均整の取れたヒョウ柄の毛衣をすくめる。
フラミンゴに聞いた話だと、ビスカッチャはハイイロオオカミや林檎と一緒に崖沿いにいたはず。ハイイロオオカミに指示されて運んでいたのだろうか。
「これ長が使ってよ」
ずいと前に出された黄金の果実に、「いや」ライオンは首を横にふった。
「それはオセロットが食え。お前がゴールしろ」
言いながら前を向いて歩きだす。
「いいの?」
「足なら俺様よりダチョウほうが速い。それに俺様とオセロットの走力にそれほどの差異はない。ヘビクイワシの話だと敵の本拠地には壁が作れるぐらいの頭数は残っていないようだ。隙間をぬってゴールに飛び込め。戦う必要はない」
「さすが長。冷静だ」
「あんたよりもね」と、オセロット。「つまり、ダチョウに乗ってギリギリまでいって、わたしがゴールに突っ込めばいいのね」
「ダチョウだけで十分なら、ダチョウがゴールすればいい。敵に囲まれそうなら、ダチョウを踏み台にして、オセロットが飛び込め」
「分かった」
「ただし。その黄金の果実のバフの効果時間はかなり短い。決められると判断したときに使え」
「ん。どれぐらいなの?」
「そうだな……」ライオンは天を仰いで逡巡すると、
「一戦交えるぐらいの時間……、と、カワウソが言っていた」
「キングコブラと戦ったときにカワウソが使ったんだっけか。でも、それって、ちょっと曖昧すぎやしない? 一戦とか言われても、相手にもよるでしょ。もっとマシな言い方はなかったのかな」
「……次にカワウソに会ったら言っておこう」
「いやいや。そんな。長が言うと角が立つかもしれないから。わたしが使って正確な時間を計っておくよ」
「うむ。そうだな。頼んでおく」
「任せて。わたし体内時計には自信があるの。朝だって目覚ましなしでピッタリおんなじ時間に起きれるんだから」
「体内時計と時間感覚は違うんじゃ……」
「オポッサム。なんか言った?」
「……ううん。なんでもない」
「最も注意しなければならないのはアグーだ。夜の闇に紛れてくる黒豚の体に股をくぐられないように足元に気をつけろ。特にダチョウはな」
名指しされたダチョウが自身の長い脚を見下ろす。二本の脚のあいだは門のように開け放たれている。すこし内股になって歩き出すが、転びそうになったのですぐにやめた。
敵の情報を改めて確認しておく。フェレットは鎌鼬のスキルを使っていた。風のような高速移動と鋭い鎌の刃の両手。ガチョウのスキルはオセロットたちがよく知っている。飛行能力の強化と黄金の卵による爆撃。ホルスタインは重量級の体格と角が脅威。スキルの有無は不明。正面からぶつかるのは避けたい相手。テンジクネズミは、分からない。
ダチョウとオセロットは王との同道で、決戦前だがリラックスしている。ライオンは前を歩きながら、不意に一抹の不安を覚え、すぐにかき消した。黄金の果実があれば自分に出番が回ってくることはまずないだろう。カワウソに化けていたときに体験したが、ほとんど無敵と思えるぐらいの強化だった。
けれど、と横目でオポッサムを見る。こういう思考は捕らぬ狸の皮算用というやつ。自らを諫める。
ブチハイエナたちと合流できるといいが。白々と雲を照らしている光柱に視線を投げかける。
牧草地帯の草原。その向こう側に、岩や樹々がちりばめられた、こんもりとした小山、敵の本拠地が姿をあらわした。