●ぽんぽこ13-35 残っているのは
ホルスタインの群れの縄張り、牧草地帯の本拠地。
縄張りのなかで、最も高い位置にある台地。牧草が生い茂る広い草原の真ん中にこんもりと盛られた小山。斜面はプレートを積み重ねたような段状になっており、上には岩や樹木がどっさりと乗せられている。
密度の濃い自然が寄り集まった、箱庭めいた雰囲気の小山で、ひときわ目を引くのは頂上。ゴールの光柱の横に並ぶ奇岩。円柱状の岩に、丸みのある岩が積み重なった姿は、巨大なキノコかネジのよう。
そんな奇岩の傘の下に、ホルスタインを中心とした群れの仲間たちが全員集合していた。
細い月が昇る空には分厚い雲が立ち込めて、とりわけ暗く沈んだ夜。
ゴールを示す光柱のグラフィックの発光があるので、本拠地一帯は夜光茸に照らされているかのような陰影があるが、システムによる機械的な輝きはどこかよそよそしく、夜を余計に暗く見せていた。
あたりに散らばる岩の角ばった表面が薄く光を反射して、動物たちの肉体を、幽霊のように夜闇に浮かび上がらせる。
「これだけか」
生き残っているメンバーを見回した黒豚のアグーが、鼻の奥から唸るような溜息をこぼした。
長のホルスタイン。副長のアグー。フェレット。ガチョウ。そして、テンジクネズミ。残ったのはこの五名だけ。他の者はみんな敵に倒された。
ブロイラーは帰ってこなかった。ガチョウからその勇猛果敢な戦いぶりを聞いたホルスタインは、牧草をなでように吹き抜ける柔らかな風に、ブモーという低く長い鳴き声を預けた。
「敵は多数」
仲間たちの輪に視線を戻し、きりりとしたホルスタインが、アグーやガチョウの話を元に情報をまとめる。
「そのなかでも近いうちにこのゴールまでやってくると思われるのは、ライオン、ブチハイエナ、リカオン、ダチョウ、オセロットの五名でしょうか」
「数はいまの僕らと同じだけど、これじゃ鯨と鰯だね」
アグーが鼻をひくつかせると、フェレットは首を傾げて、
「それを言うならイワシクジラでしょ」
「なに言ってるの?」
「そっちこそなに?」
ブタとイタチが顔を見合わせたので、ホルスタインがとりなす、
「アグーが言ったのはことわざ、フェレットが言ったのはナガスクジラ科の動物の名前です」
「バカ言ってないで」と、ガチョウ。「敵は待ってはくれないよ。とびきりヤバい動物たちがオンパレードで攻めてくるんだから。足取りがつかめてない敵もいっぱいいるし、こっからはたぶん休みなく、ちぎっては投げて、やっつけて、朝までこのゴールを守り続けなきゃならない。正直かなりキツイよ」
白い翼が広げられると、羽根の一枚一枚がうすぼんやりと輝く。
脅かすようなガチョウの口調にびっくりしたのか、テンジクネズミが身を縮め、ぷい、ぷい、ぷい、と鳴き声をあげた。ホルスタインが鼻先で、白黒茶色の毛衣をなでてやる。ややあって毛玉はふわりと落ち着きを取り戻した。
消沈した雰囲気。勝ち筋はどこまでも細く、手繰り寄せようとすると、その途端に切れてしまいそうだ。
けれども、憂いを吹き飛ばすようにホルスタインは勇ましく角を掲げて、
「ガチョウの言う通り、情勢は非常に逼迫しています。防衛ラインは崩壊。敵の進攻を阻むものはありません。しかし、勝ちをあきらめるのはまだ早い。私たちは、私たちにできることを最後までやり遂げましょう。倒れてしまった仲間たちは、勝利を信じて戦ってくれました。ここで私たちが負けを認めるようなことがあれば、それは彼らへの重大な裏切り行為。戦が終わった後、皆に顔向けできません」
「たしかに」アグーが頷いて、荒い鼻息で足元の草をゆらす。「あのブロイラーですら戦ったって話なのに、ここでやりきらなきゃアイツは鬼の首を取ったみたいにいきり立つだろうね。このゲームをしてる限り一生煽られる」
アグーはブロイラーが出向いて戦ったという話を聞いて驚いていた。あの強情っぱりが動くとは露ほども思っていなかったのだ。それだけに、大きな貸しができてしまったような気持ち。向こうにそんなつもりはなかっただろうが、長い付き合いから、上げられた腰がどれだけ重たかったかは分かっている。
ホルスタイン、アグー、フェレットの三頭で、猛獣たちをどうやって倒すか意見を出し合う。テンジクネズミは一生懸命に耳を傾け、頷く役に徹している。そのあいだ、ガチョウは接近する敵がいないか周囲を飛んで警戒。
本拠地である小山の地形は、段差あり、岩あり、樹々が茂り、小川も流れているという複雑さ。ゴール地点が高所にあるので攻められにくくはあるが、死角が多いのが玉に瑕。本拠地そのものは開けた草原に取り囲まれているので、接近してくる敵はすぐに分かるが、いざ懐に入られてしまうと見失う可能性が高い。できれば小山の手前の草原で敵を退けたいところ。
ガチョウは暗い夜に純白の翼を広げ、黄色いくちばしを、ぐっ、と前に伸ばす。神ブラフマーの騎獣ハンサのスキルで、飛ぶのが苦手なガチョウとは思えないような速度で飛翔。小山の麓と草原が接する線をなぞるように旋回。敵を見逃さないように神経をとがらせる。
それと同時に、もうひとつのスキル、金の卵を産むガチョウの効果で生成した黄金の卵をあちこちに配置。ゴールの光柱や星明かりを受けて輝く卵は索敵の補助になる。もしその輝きが遮られたりしたときは、誰かがそこを通ったという証。
さっそく敵がやってきた。が、それは敵未満。偵察役だ。ヘビクイワシがほれぼれするような美しいスタイルで白と黒の翼をはためかせる。追っ払おうとガチョウが接近すると、逃げていって草原に着地。武闘家がやるようなポーズで片足を上げた。
いくらスキルで飛行能力を強化していても、地上においてはあちらに分がある。ヘビクイワシは名前の通りにヘビを狩る。その方法はすらりとした長い脚からくり出される強烈な蹴り。
地上と空中でしばし睨み合って、敵がうろうろと歩き回るばかりで近づいてはこないのを見て取ると、ガチョウはいったん本拠地に戻ることに。そのとき、本拠地方向から、夜でも目立つ紅色の鳥が飛んでいくのが見えた。
「あっ。くそっ。そういうことか」
ヘビクイワシは陽動。ガチョウが気を取られているうちに、フラミンゴが本拠地を偵察していた。
やられた。本拠地に四頭と一羽しかいないのが知られてしまえば、敵は遠慮なく攻めてくるに違いない。
最高速度で羽ばたいて、フラミンゴとヘビクイワシを追い返したが、相手が躊躇なく退いていったのを見るに、既に手遅れらしい。
仲間たちのところに戻って斥候たちにしてやられたことを報告。
聞いたホルスタインは、この情報がなくともライオンたちは既にこちらが超少数であることに感づいていただろうから、これからの戦いにそれほど影響はないだろう、と判断。それについては、アグーやガチョウも同意見ではあった。相手にとって、全力で攻めるだけでいいという状況が変わったわけではない。
ガチョウはまた暗い夜空へ。
細い三日月が浮かんでいる。地平線の近くにあったそれは、よろよろと昇って、いまは雲の下あたり。夜の長さを実感させられる鈍重な動き。自分たちが朝を迎えられるとはとても思えないが、ガチョウはみんなと一緒に最後まで戦う決意を固めていた。
戦いに適していないガチョウの肉体。けれど、スキルを使えば手助けぐらいはできる。アグーが話していたが、あとでブロイラーにどやされたくはない。よくやった、と言わせられるように、いざとなれば敵に突撃して華々しく散ってやるつもりだった。
しばらくは風も落ち着いて、またすこし月が昇った。
肩透かしを食らったような気分。
ほんのちょっとだけガチョウが気を抜いた、そのとき。
草原の縁に、敵があらわれた。
目を凝らす。一頭、かと思ったが二頭だ。大柄な動物の背中に、二回りほどちいさな中型動物が背負われている。
雲の切れ間から細い月明かりが横切って、目に入ったのは二重のブチ模様。
はっ、と息を呑んで、すぐさま知らせに翼を急がせる。
ブチハイエナとリカオン。
いずれも副長のふたりぐみ。
アグーとフェレットが戦った相手。その手強さは聞き及んでいる。
最終局面に入ったのだという現実が、わっ、と心に押し寄せてきた。
これから、足を止めることなく走り続けなければならない。
その第一歩が、いままさに踏まれてしまったのだ。