●ぽんぽこ13-34 黄金の行方
通りすがりのビスカッチャに聞かれて、オセロットがこの場であった戦闘について教える。
せわしない頷きがくり返されるあいだに、雲と一緒に夜らしい夜がやってきて、平らな野原を吞み込んだ。
とりあえずの説明を終えたものの、情報が欲しいのはむしろオセロットのほう。長らく連絡役に接触できておらず、全体の状況がまったく把握できていない。
ダチョウやビスカッチャに尋ねてみるが、いずれも似たり寄ったりの返答。遊撃で動き回っていたダチョウが連絡役のフラミンゴに会ったのはかなり前。ビスカッチャはハイイロオオカミや林檎と鉢合わせた際、その場にフラミンゴもいたが、特に話を聞いたりはせずに別れた。
次にどう動くか考える前にもうすこし情報が欲しい。
集まった三名はそれぞれの目的を確認する。
まずはオセロットが、
「わたしはいったん回復してからヌーたちと進攻するつもりだったんだけど、ヌーもボブもやられちゃった。ボブがピスタチオの枝を持ってきてくれてたから、それなりに回復はしたけど、体力は三割ってところかな」
ネコ科のパーティとジャイアントイランドのパーティが合流した経緯や、レッドゴーストとの戦闘についても簡単に話しておく。
話しながら、若干のうしろめたさ。自分を回復させるために動いてくれていたふたりともが倒れてしまった。せめて勝利を報告したい。オセロットは意気込んで、肉体を奮い立たせる。
「かなり後方まで下がれば、まだピスタチオがいるかもしれない」
と、ダチョウ。周囲をぐるりと探索したが、このあたりに残る幹はない。
「これ以上は探してる時間がもったいない。このままでいくことにする」
オセロットがばっさりと言う。
「承知した。では、こちらだが」ダチョウは背筋を伸ばして「当初の作戦通りに敵の巣をつついていた。前線が上がってきたので、そろそろ他と合流する頃合いかと考えていたところだ」
語り終えるとくちばしを足元に向けて、
「ビスカッチャは?」
「うーんとねえ」
もじもじと尻尾をこねくり回し、ビスカッチャは夜になっていっそう眠たそうに見える目をこすると、
「よく考えてなかったんだけど。ゴールすればいいかなって」
「いいかな、でゴールできたらだれも苦労しないでしょ」
顎を突き出したオセロットが、美しいヒョウ柄の毛並みをすくめる。
「そう?」
ひとりだけすこし距離を置いて立っているビスカッチャは、さらに一歩離れて、頬をふくらませた。
「ゴールしようって思えばゴールできるものよ」
「そんなの誰だって思ってるよ。その上でちゃんと考えて、作戦を練らなきゃだめなの」
ダチョウの首がふたりのあいだに割って入る。
「まあ、確かに、ビスカッチャがシュートを決めてる試合はそこそこあるね。作戦が大事なのもオセロットが言う通りだ」
これまでにおこなった夥しい数の群れ戦をダチョウは思い返す。
最後の大詰めでどこからともなくあらわれるビスカッチャ。木登り、壁登り、泳ぎもできる器用さ。きまぐれな気質も相まって、その神出鬼没ぶりは仲間すらも惑わせる。敵を騙すにはまず味方からともいうが、奔放さとは裏腹に、本人はいたって真面目に戦っているらしい。ゴールは一途な前進故の結果。
「このさんにんで即席パーティを組むことにしないか」ダチョウの提案。「ビスカッチャはハイイロオオカミたちと、はぐれてしまったみたいだし、私とオセロットは両方ともいまはソロパーティだ。よかったらふたりを背中に乗せて運んでいってもいい」
くちばしが下げられるが、ビスカッチャは首を小刻みにふって、
「いえいえいえいえ。わたしは結構」
「結構、ったってひとりでいくつもり?」と、オセロット。
「そのつもりだけど?」
当然という顔。一通り情報交換が終わったのを見計らって、ビスカッチャはコソコソと歩き出す。
「ひとりでいって襲われたって知らないよ」
丸い背中にオセロットが言うが、
「ご心配ありがとう。それじゃ」
すこしいって立ち止まると、草むらに鼻先を突っ込んで、フウと安堵の息。それから軽快に走り出したビスカッチャだったが、急に体を反らせると、もんどりうって転がった。
「うおおっ!? くっさっ!」
「そっちはさっき話したバジリスクとゾリラの戦闘があった場所だよ。まだ近づかないほうがいい」
「くさっ! くせっ!」
ビスカッチャは鼻をかきむしって、
「あら、あらららら」
あたりの土をほじくり返すようなしぐさ。
「ああ、あった、あった。よかった」
ひとりでやたらと喜んでいるかと思えば、毒と悪臭が凝る地点を大回りして、ころころと去っていった。
「なんだあいつ」やや憤慨しているオセロット。
ダチョウが遠のいていくビスカッチャの尻尾を目で追いながら、
「なんだか私たちを敬遠しているような態度だったな」
ぽつりと言うと、オセロットが目をとがらせて俯いた。
「嫌われてるのは知ってるよ。齧歯類にはネコ科ってだけで嫌われる。天敵だからね。バジリスクにとってのイタチみたいなもの」
ダチョウはまったく意図せずに虎の尾を踏んでしまったらしいことに狼狽しながら、
「肉体同士の由来のせいで苦手意識があったとしてもそれが嫌悪につながるとは限らない。理想主義者と現実主義者の議論が噛み合わないようなもので、議論をしなければ友人にもなれるかも……」
「取り繕わなくていい。はっきりしてるほうが分かりやすいから、わたしはそれでいいと思ってる」
「すまなかった」
首が折れるほど曲がって、くちばしが地面に突き刺さる。
「気を使われるほうがしゃらくさい」強い口調で「ネコはネズミを狩ることで価値を見出される。ウィッティントンの猫のようにね。好かれようとも思ってない。言っとくけど怒ってないよ。バジリスクに好き放題にやられちゃったのが、ちょっとムカついてるだけ。それよりも、このあと、どうするかだけど……」
話を戻そうとしたオセロットの足元に金色の球が転がってきた。夜空の雲がゆるりと流れて、覗いた星が黄金を煌めかせる。
爪を引っ込めて、肉球で受け止める。
「ガチョウの卵?」
大量に降っていた黄金の卵のいくつかは、ダチョウの背中でバウンドしたことで割れもせずにきれいな状態を保っていた。
だが、それにしても大きな卵。ガチョウの卵はニワトリの卵の倍ほどはあるが、これはもっと大きい。規格外であるダチョウの卵ほどではないが、握りこぶし以上はある。
肉球で押してみる。中身がぎっしりと詰まっていそうな感触。鼻を近づける。なんとも麗しい香り。近くでとんでもない悪臭が渦巻いているので、それと比べれば月とスッポン。比べるのも失礼な心地よさ。
「林檎の果実のようだね」
と、顔を近づけたダチョウが黄金の果実を眺めまわす。それから首を上げて、すでに地平線近くにいるビスカッチャに視線を投げかけた。動物全体でもトップクラスのダチョウの視力が、遠く離れた位置でちょこまかと動く四肢を捉える。ビスカッチャの手には黄金の輝き。それを転がしながら運んでいる。
「おそらくだが、ビスカッチャの落とし物のようだ」
このあたりの平原には黄金の卵がいくつも散らばっている。悪臭に悶絶した拍子に果実と卵が混ざってしまい、間違えて卵のほうをもっていってしまったらしい。
「これ。どうしようか」
困り顔のオセロットが金属光沢のつやめきをなでる。硬いというよりハリがある感触。香りを嗅いでいるだけで口のなかに唾が溢れる。かぶりつけば、いかにもみずみずしい果肉がはじけそうな予感。
「うーん」ダチョウも悩むような声。
「誰かのところに持っていく途中だったとか?」
そうして肉球でもてあそんでいると、翼が風を打つ音が聞こえた。ガチョウが戻ってきたのかと身構えるが、やってきたのは仲間であった。
すらりとした足で着地して、翼を閉じたのはヘビクイワシ。
「オセロット。よかった。無事だったんですね」
「まあね。ヌーとボブはやられちゃったけど。あと、ここにいたピスタチオも」
「そうですか」残念そうに目が伏せられて「ヌーの死体を見つけたので探していたんです」
オセロットは何度目かになる現状説明をして、ヘビクイワシから念願の全体状況を聞くことができた。
試合の終了時刻はまだずっと先だが、すでに最終局面に差し掛かっている。ライオンたちのパーティがゴールに王手をかけようという位置にまで進攻中。
「長に合流されるのが一番いいと思います」
ヘビクイワシに促されたオセロットとダチョウはふたりして頷く。厳重な防御体制が敷かれているはずのゴールを攻めるのには連係が重要。王の指示の元で足並みをそろえて動くのが勝利に近づく最も確実な方法。
「ありがとう。そうする」オセロットが耳を伏せて礼を示す。
「ええ」
「でも、これはどうすればいいと思う?」
林檎の植物族のスキルのことは聞いている。その効果の強力さも。
「長のところに持っていけば、よい使い方を考えてくださるのでは?」
「それもそうか」
納得したオセロットは黄金の果実を傷つけないように甘噛みで咥えると、それを持ってダチョウの背中に飛び乗った。首の後ろの羽毛に果実をうずめて、両前足で挟み込むようにして落っこちないように押さえる。
「案内は必要ですか?」
「ううん。ダチョウなら見つけられるよね」
「もちろん」
大きな眼球、それを彩る長いまつげがばさりと瞬く。
「しっかりとつかまってて」
ダチョウは乗用としても利用されていた歴史を持つ。それに、オセロットは体格の割にはそれほど重くはない。普段の走りとまったく遜色のない威勢のいい足さばきで、夜の平原を駆け抜けていく。
オセロットが尻尾をふってヘビクイワシに別れのあいさつ。
ヘビクイワシは翼を開いて応えると、仲間が去るのを見届ける。それから、ボブキャット、ゾリラ、ブロイラーの死体、倒木しているピスタチオの幹を几帳面に自分の目で確かめてから、空に飛び立ち夜闇に紛れた。




