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●ぽんぽこ13-32 ネコとニワトリ、ときどきガチョウ

 り残されたヒゲのようにまばらな短草におおわれた平原。月がそろそろと昇りはじめて、太陽のあかねは大地ではなく空を染めている。

 ピスタチオの植物族ドリュアスの元に到着したボブキャットとオセロットのふたりが目撃したのは、きしんで折れた幹が倒れて、土の上に横たわる姿。

 助けるはずだった仲間が既に敵に討たれてしまっている光景に、ふたりのネコはショックを受ける。

 敵はニワトリのブロイラーとガチョウ。いずれも草食。不利相性を背負っていたことにより、迅速じんそく体力(HP)が削られ尽くしてしまったらしい。

 仲間は救えなかったが、ならばせめてブロイラーを撃破しておきたい。

 ふたりは改めて気を引き締めると、二手に分かれて走り出す。

 ブロイラーがバジリスクの姿に。図体が五割ほど大きくなり、翼は鱗をまとい、尾羽がヘビの尻尾に変わる。大型動物と中型動物の中間ぐらいであるオセロットやボブキャットにも見劣りしない体格。

 ガチョウは空へ。神の騎獣ヴァーハナハンサのスキルによって、飛行能力を強化して、雲の近くに陣取った。

 毒をはらんだ邪眼の視線が夜の入り口にある平原をぎ払う。すると、ネコたちは決して視線を合わさないように光る瞳を閉じ、顔をせた。

 スキルの効果を知っているな、とバジリスクは考える。

 使ったのはヌーと戦ったときだけ。カトブレパスとバジリスクのにらみ合いを、近くに隠れて見ていたに違いない。もうすこし周辺を丁寧ていねい捜索そうさくしておけばよかったのだろうが、昔からそういう細かいことはどうにも苦手。やるべきなのは分かっていても、すぐに面倒くさくなってしまう。

 ネコたちはバジリスクを前後から挟み撃ちにする布陣。お互いを反対の位置に置くことで、同時ににらまれるのを避けている。

 邪眼の視線が往復する。見られるだけならダメージを受けない。伝承においては見るだけで対象を死にいたらしめるとされるバジリスクの邪眼だが、ピュシスのスキルとしては手心が加えられているようだった。発動の条件はあくまで視線がぶつかること。バジリスクの瞳に相手が映り、相手の瞳にバジリスクが映ること。効果としても視線がかち合っているあいだのスリップダメージであり、即死ではない。

 ネコたちは視線を向けられると目をつぶり、顔をそらしながらやや後退。その隙に死角にいるもう一方が踏み込む。両方を近づけさせまいと、バジリスクは目が回りそうな勢いで首を回すが、ネコたちは俊敏しゅんびんに対応して、三歩進んでは二歩下がって、着実に接近してくる。

 二重螺旋がせばまって、牙が届く間合いにボブキャットが到達。オセロットは肉体アバターが不調ということもあり、まだすこし距離がある位置。

 ボブキャットはチャンスを逃さず、即座にバジリスクに飛びかかる。

 正面から邪眼が向けられるが、ネコのまぶたは固く閉じられていた。ここまで近づけば、視覚を捨てても十分な知覚が可能。聴覚、嗅覚、ヒゲや手に触れる感触があれば戦える。

 せまりくる爪に、バジリスクは頭を抱え込むような体勢をとると、両翼で体をおおって防御を固めた。

 鱗のドームが攻撃をはじき、爪の切っ先が翼の表面をすべる。だが、ボブキャットは止まらずに、連続で前足をふり下ろしてバジリスクの翼を引っかき回した。いつ邪眼を向けられるとも分からないので目は閉じたまま。視覚の代わりに触覚で探る。顔を前に突き出して、ヒゲをとがらせ、牙をき出す。ヒゲに触れる感触から、ついに翼の隙間を見つけた。

 キャベツの葉をがすように爪で無理やりこじ開けて、内側に守られているニワトリのままのバジリスクの首にかじりつこうとしたそのとき、

「ボブ! 上から……」

 オセロットの声の後半は、鈍い金属音でかき消された。

 ゴン。

「いったぁ!」

 ゲーム内に実際の痛覚があるわけはないが、思わず悲鳴をあげながら、ボブキャットが肉体アバターをよろめかせる。ひたいの毛がべたつく感触。

 警告を発したオセロットは、やはり本調子ではない体を動かし、助力に急ぎながら、空から落ちる金のしずくを目撃していた。

 しらじらとした夜空から地上へとまっすぐに引かれる黄金の直線。線が向かう先はボブキャットの頭。

 当たった瞬間、黄金が砕けた。ねっとりとした液体が飛び散る。黄色と半透明の白。黄身と白身。落とされたのは黄金の卵。

 上空にいるのはガチョウ。

 オセロットが見上げると、雲の切れ間にまぎれた白い羽毛うもうから再び黄金が産み落とされて降ってきた。

 騎獣ヴァーハナハンサとはまた別のスキルによる攻撃。黄金の卵の産むガチョウ。神話や伝承ではなく、寓話ぐうわに由来する存在。それは金の卵を産むガチョウを持つ男の話。男は金の卵を産むガチョウの体のなかに黄金が詰まっていると考えて、その腹を切り裂いてしまう。しかしそこに黄金などなく、ガチョウは死んでしまったという。

 割れたところを見ると、金の塊というわけではなく、からは黄金だが、中身は通常の卵と同じ。しかし、殻だけといっても金属でできていれば重さも硬さも変わってくる。ぶつけられたボブキャットは殴りつけられたぐらいのダメージと衝撃を受けていた。

「また降ってくる! いったん離れて! ガチョウだ!」

 矢継ぎ早に状況を知らせる。ボブキャットはオセロットの声に従うべく、身を起こそうとしたが、両肩に硬い鱗がのしかかってきた。

 バジリスクが翼を使ってボブキャットを押さえつける。

 二個目の黄金の卵が直撃。今度は背中。身構えていたので先程より衝撃が弱い。反射的に目を開けそうになったが、それもなんとかこらえた。

 とがったくちばしが毛衣もういをついばんでくる。接近戦を挑もうというのならボブキャットとしてはむかえ撃つまで。体をよじって翼をふり払い、バジリスクの首があるべき場所に向かって牙を突き立てる。するどみつき攻撃は、赤い冠羽かんうをかすめて、暴れる下あごがバジリスクの右目を傷つけた。

 うめき声を発しながらもバジリスクは引かない。翼を伸ばし、ボブキャットの頭を抱きすくめるように包み込む。

 さらに攻めようとするボブキャットが前足の爪をとがらせたが、なぜか腕が上がりきらない。肉体アバターに異常。おぼれているかのように、がむしゃらに爪をふり回す。妙なにおいがする。口角から泡がこぼれて飛び散った。

 オセロットが背後から襲いかかる。しかし、バジリスクはふり向きもせずにむちのようにしならせたヘビの尻尾でネコの鼻先を打ちえた。

 するどく風を切る剃刀かみそりのような音。ひるんだオセロットはたたらを踏んで後退するも、すぐに気力をふるい起こして果敢かかんにも踏み込んだ。バジリスクの尻尾にみつき、引っ張って、ボブキャットから引きはがそうとする。

 ぐにゃぐにゃとした硬いゴムのような感触。力の限り四肢ししを踏ん張らせたが、バジリスクは梃子てこでも動かない。そうしてオセロットがヘビのロープで綱引きをしているあいだにも、ボブキャットの体は徐々じょじょ弛緩しかんし、ついには伸びきってしまう。

 バジリスクが差し出した翼の傘に頭をすっぽりとおおわれたボブキャット。草の上に投げ出された体。短い尻尾はへたっている。

 硬い鱗の翼のはしから染み出すようにきりあふれた。

 そのきりは夜においてもどす黒く、怪しげにゆらめいて闇に溶け込む。

 外套がいとうを広げるように翼がひるがえされる。おおいのなかにこごった霧が解放されて、体力(HP)が尽きたボブキャットの死体の苦悶くもんの表情があらわになった。

 首をもたげたニワトリの頭。霧の発生源はバジリスクの喉奥。

 オセロットは直観する。あれは毒の息。バジリスクは視線だけではなく、その息も毒だったのだ。鱗の翼で作られたおおいは簡易的なガス室。そこでボブキャットは処刑された。

 真っ赤な頭の冠羽かんうあごの肉とがぶるんとゆれる。とがったくちばしのあいだから、煙のような毒息が吐き出され続ける。ひとり残ったオセロットに向けられる邪眼の左目。右目はボブキャットにやられたが、片目だけでも十分な効力。

 目をつぶったオセロットが飛びのく。バジリスクは羽ばたきによって、毒の風を作りはじめた。ただよってくる毒を察知したオセロットは息を止める。

 よろめきながらも反転して逃げる。バジリスクが追ってくる気配。あまり長い時間呼吸を止めているとペナルティで肉体アバターが窒息死してしまう。仮想の感覚。苦しくはないが、心配になってくる。操作している現実の自分までもが、いま現在、息をしていないなんてことはないだろうか。そんな事故は聞いたことがないが、切羽せっぱ詰まった状況が不安な思考を呼び起こす。フィルムに押し込められたかのような閉塞感。

 ゴン、と金属音。

 黄金の卵が、オセロットの頭に当たった。

 階段で足を踏み外したような体勢で倒れる。背後にせまる邪眼の怪物。

 目をつぶって、息を止めて、音だけが世界のすべてになる。

 足音。

「敵だ!」

 上空からの声にまぶたを開く。あたりはすっかり暗くなっていたが、夜行性のオセロットの目には闇のなかで動く者がすぐに見て取れた。

 ガチョウの声に反応したバジリスクは、すぐに翼で体をおおう防御態勢をとる。

 飛び込んできたのはがっしりとした長い脚。放たれた強烈な蹴りがバジリスクを吹き飛ばすと、ボールのように平原を転がした。

 加勢にあらわれたのは、黒と白の羽衣ういを持つとてつもなく巨大な鳥。

「大丈夫かい?」

 陸上動物最大サイズの眼球が、草にまみれたオセロットの毛並みを気づかわしげに見つめる。

「助かったダチョウ。敵はバジリスクだ。目を合わせちゃいけない」

「なるほど」

 ダチョウは長いまつ毛を星明かりにあてながら、平然と起き上がったバジリスクを薄目に見て、

「それなら私にいい考えがある」

 自信ありげにうなずいた。

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