●ぽんぽこ13-31 藪のネコ
そろりそろりと身を低くして野原を横切るボブキャット。ネコ科らしい静かな歩きで、ヌーの死体を横目に見て、悲しげな表情で通り過ぎる。
夕日と夜とが混ざり合って、マーブル模様に染まる大地。ひらべったい禿げた草原に、イボのように点在する藪。そのひとつに頭を突っ込み、目当ての顔を見つけると、泣き笑いのような表情。
「よく無事だったね。よかった」
そこにいたのはオセロット。体力が減りすぎて動けない状態だったので、藪のなかで待機して、ヌーとボブキャットがピスタチオの植物族を見つけてくれるのを待っていたのだった。
「ボブ。そっちこそよく見つからずにすんだね」
「ヌーの嘶きが聞こえたから、すごく用心して戻ってきたんだ」
「わたしのほうもヌーが気をそらしていてくれたから助かった」
ボブキャットの口にはピスタチオの枝が咥えられていた。ほのかに赤に染まったエメラルド色。親指の先ほどの果実が鈴なりにぶら下がっている。
藪のなかからオセロットが這い出る。オセロットよりほんのすこし小さな体のボブキャットが藪のはじっこを前足で押さえて、出やすいようにと手伝った。
ネコ科のふたり。ボブキャットのほうがふっさりとしてまるっこく、オセロットはしなやかな印象のある体つき。模様はオセロットははっきりとした美しいヒョウ柄で、ボブキャットは淡いブチ模様。耳はボブキャットのほうがとんがっており、こちらにだけ耳の先に筆のような飾り毛がついている。
「もらってきたんだ」
ピスタチオの枝が差し出される。受け取ったオセロットはさっそく果実をカリコリと食べて体力を回復。全快とはいかないが、それなりに動けるぐらいには持ち直した。ただし、レッドゴーストとの戦いで付与された打撲の状態異常が尾を引いており、肉体の操作にはぎこちない部分が残っている。
「なにがあったの?」
ボブキャットの短い尻尾と、オセロットの長い尻尾が横に並ぶ。
オセロットは藪に隠れてすべてを見ていた。ヌーが色々と聞き出して、大声でしゃべってくれていたおかげで、敵のおおまかな情報を知ることもできている。
相手はブロイラーと、偵察役のガチョウ。そしてブロイラーが使う神聖スキルの正体はバジリスク。
「バジリスクって?」
初耳というようにぽかんとするボブキャット。オセロットも神話、伝承に詳しくないので、バジリスクという怪物についてここで知った以上のことは分からない。
藪に乱された毛並みを舌で舐めて整えながら、
「だいたいニワトリのままなんだけど、コウモリのを分厚くしたみたいな羽に、ヘビみたいな尻尾をしてた。ヌーによると、カトブレパスと同じで目を合わせると発動する効果があって、目を合わせている相手にダメージを与えるみたい」
「目を合わせなければ大丈夫?」
「たぶんね。カトブレパスみたいな行動阻害はないけど、遠距離攻撃できるって感じのスキルなんじゃない?」
「ふーん。似たスキル。相互互換ってやつかあ」
ボブキャットは頭を働かせて顔をくしゃくしゃにしながら、
「ブロイラーたちはピスタチオのところにいったんだよね」
「そう。ピスタチオを処理するってさ」
「助けにいく? 勝てそうな気がする」
頬の毛を膨らませたボブキャットにオセロットが驚く。
「あんたがそんなことを言うなんて。嵐でもくるんじゃない?」
「どういう意味だよう」
ふんっ、と鼻息も荒く、
「目を合わせなけりゃいいだけなんでしょ。オイラたちふたりがかりだったらニワトリの一羽ぐらい……」
「ニワトリじゃなくてバジリスクって考えておいたほうがいい。敵を甘く見ちゃいけないよ」
妙にいきり立っているボブキャットをいさめながらも、確かに一理あるとオセロットは思った。
ヌーが負けたのは相性が悪すぎたからだ。己のスキルの条件を満たすために、わざわざ自分から相手の瞳を覗きにいってしまった。飛んで火にいる夏の虫。夏も虫もよく知らないが、そんな言葉があるらしい。まさしくカトブレパスとバジリスクの戦闘をあらわすような言葉。
「ボブ。あんたやれるの? わたしは本調子じゃないから、あんたが頑張らなきゃいけなくなるよ」
「やるよ。やる。やらなきゃね。バジリスクを倒して、ピスタチオを助けて、オセロットをもっとちゃんと回復させなきゃ。枝一本しかもらってこなかったし」
なんだ心配してくれてるのか、とオセロットはすこし笑って、それからボブキャットの視線の先にヌーの死体を見つける。ヌーがやられたのを気に病んでもいるのだろう。ボブとヌーはよく一緒にいる仲。オジロヌーの白い尻尾を猫じゃらしがわりにして遊んでいる、というか遊んでもらっている。
「うん。よく言った。やろう」
ばしん、と背中にネコパンチを受けると、ボブキャットは「へへへ」と照れたように首を引っ込める。
オセロットは傷んでいる肉体の具合を確かめるように、背中をそらして尻尾の先までをピンと伸ばした。
「ああいう感じに視線に効果判定があるスキルはゴール地点に居座られるとめちゃくちゃうざったいから、ここにいるうちに倒しちゃうのは結構大事かもしれない。ピスタチオのところに案内して」
「ようし。やるぞ」
気合を何重にも入れてボブキャットが早足に歩き出す。
けれど平原を横切る途中、ヌーの死体のそばで一度立ち止まり、悲しそうににおいを確かめた。体力ゼロのにおい、漂ってくるのは死臭。くよくよしかけてると、オセロットの頭で肩で押されて、またしっかりと足を動かす。
夜は近いようで遠い。じっくりともったいぶるように夕日が地平線に沈みこんでいく。
二頭のネコは影を長く長く伸ばしながら、敵を討つため道を急いだ。