●ぽんぽこ13-28 空の哺乳類たち
タヌキとキツネが地面の下にトンネルを掘って林を通り抜けている最中。
地上ではブチハイエナたちとアグーたちの戦闘がはじまっていた。
宵闇に沈む林。アグーが提案した作戦通り、フェレットが鎌鼬のスキルを使って加速。ジェヴォーダンの獣に攻撃を仕掛ける。それと同時に空を飛ぶトナカイが、リカオンを狙って蹄をふりかぶった。
まずは敵を分断させる。成功すれば、次は孤立したリカオンを、アグーとボーダーコリーのふたりがかりで仕留める段取り。
けれど、そんな思惑は初手の段階から崩されてしまう。
フェレットとトナカイが地と空、下と上から敵に迫る。すると、ブチハイエナとリカオンの二頭は離れるどころか身を寄せ合った。そうして、ジェヴォーダンの獣の背中にリカオンが飛び乗ったではないか。
闇色の獣の肉体の体格は、リカオンの二倍以上。船にでも乗っているかのようにおさまりがいい。リカオンは前足で硬そうな剛毛の毛衣にしがみついて、馬乗りのようにしっかりとまたがる。
二体が一体に。用意していた筋書きからそれてしまったが敵の数が減ったのには変わりがない。
攻撃は続行。
鎌鼬が高速で足元を駆け回る。鎌状の手をした通り魔の一閃を、闇色の獣は鎌よりも鋭い眼光で見定め、踊るような華麗なステップで回避。
数発のかすり傷を与えはしたが、深手には至らない。鎌鼬はなかなか攻撃が当たらずにもどかしい思い。けれど、敵の注意を引くことには成功していた。
意識が下に向いている闇色の獣の死角、がら空きになっている上空からトナカイが仕掛ける。
夜空に浮かぶ月はやせ細って、星々は雲に隠されている。あたりにこだまするのは鎌鼬が巻き起こす風のうねりによる不協和音。
トナカイはヌーに匹敵するほど俊足の持ち主。生息地はまるで違うが、ライオンと競争してもいい勝負ができるほどの走力。そんな走行速度と、スキルによる飛行速度はほぼ同等。ふりかぶられた枝角は、まさしく樹の枝のようにいくつもの分岐があり、切っ先は鋭い。本来は寒冷地方に暮らす動物なので、足が雪に沈むのを防止するために蹄は平らかつ大きめ。
そんな大きな蹄による飛び蹴り。だが、ジェヴォーダンの獣は鼻や耳や目を向けることもなく、完璧なタイミングで横に跳んで、難なく避けてみせた。
全神経は鎌鼬をいなすことに集中している。それでありながら、上空からの攻撃への対策もバッチリ。というのも背中にいるリカオンが空を監視して、トナカイの動きを逐一ブチハイエナに知らせているのだ。
まるで外付けの強化パーツ。ジェヴォーダンの獣の能力がいくら高くとも、多数相手では索敵に割ける意識が足りなくなる。それを背中のリカオンが状況判断に徹することで、ブチハイエナの負担を肩代わりして、絶え間ない上下からの攻めに対応できる堅固な要塞と化している。
敵は地形すらも利用して、林の樹々を上に対する遮蔽にできる位置に陣取る。トナカイはどうにも攻めづらくなって、アグーに助けを求めた。
「どうすればいいですか」
作戦は根底から覆された。アグーがトナカイを呼び戻す。鎌鼬がひとりで敵の動きを牽制するが、状況は緊迫。ジェヴォーダンの獣の巨体が前に出ると、後ろに下がるのを余儀なくされている。背後に回って攻めようにも、背中のリカオンが索敵範囲をカバーしており、後ろ蹴りが放たれる。迂闊に近づくこともできない。
「僕らを乗せてっ!」
トナカイの背中に、アグーとボーダーコリーが颯爽と乗り込んだ。たったいま敵から学んだ戦法を使う。しかし、こちらはトナカイの索敵を助けるレーダーではない。いわば爆弾。リカオンを背負ったジェヴォーダンの獣が戦車なら、ブタとイヌを乗せたトナカイは爆撃機。空中から強襲し、リカオンを排除する。
大荷物を背負って滑空するトナカイが、敵の頭上をかすめるルートで飛翔。
すれ違う一瞬、ブタとイヌの前足に力がこもる。リカオンがブチハイエナに合図を出した。闇をまとった巨体が跳躍。地面を蹴りつけ、大ジャンプ。
――高い。
ウシのような大きさの肉体がネコ科顔負けの跳びっぷりを見せる。想定を遥かに超える身体能力にアグーが驚いたときにはもう、死神の鎌の如き牙が目の前でギラギラと閃いていた。
トナカイの喉に顎が食らいついた。声なき悲鳴。枝角をふり回すが、首を押さえられている体勢ではかすりもしない。体力は無慈悲かつ急速に減っていく。
躊躇している暇はなかった。ブタとイヌが射出される。
リカオンは反り返ったジェヴォーダンの獣の背中。四肢で踏ん張り、たてがみになっている剛毛を口で咥えて、手綱のようにしてしがみついている。
アグーは空中突進を放つが、体の丸さが災いして、リカオンに触れることなく闇色の毛衣を転がり落ちる。落下の途中、後ろ蹴りが腹に命中。吹き飛ばされる。けれど、さいわいにして林の梢に引っかかったのでそれほどのダメージはなかった。
枝の上のブタの正面。トナカイの首を咥えてぶら下がるジェヴォーダンの獣。闇色の獣の背中では、双頭の犬オルトロスに変貌したボーダーコリーが、ふたつの口でリカオンの体を引き裂かんとしている。
「やれっ! がんばれコリー!」
仲間への声援。空を飛べないブタにはもう手が出せない。必死にもがいて絡まる枝かごから脱出。地上に戻る。
そのあいだにも闇色の獣は口で鉄棒運動をするみたいにして、ぐるんと回って自身の体をトナカイの背に乗せた。
空を飛ぶトナカイの背にジェヴォーダンの獣。獣の背にリカオン。リカオンの背にはオルトロス。まったくもって奇想天外なブレーメンの音楽隊。奏でられるのは呻き声。
一番下の土台になっているトナカイの体力がついに尽きて、スキルによる揚力を失った肉体が自由落下を開始する。
闇色の獣はトナカイを踏み台にして空から空へと飛び出した。リカオンが分離。リカオンに噛みついているオルトロスも宙を舞う。闇色の巨体がひねりを加えてスクリューのように回転。そして、仲間であるリカオンごと、オルトロスの体を凶悪な顎にとらえた。
暗い空の下。陰惨な声が響く。太い首がふられると、オルトロスは弾き出され、口のなかにはリカオンだけが残った。ボーダーコリーの肉体は高い放物線を描いて墜落。
トナカイに乗ったブタとイヌが攻撃を仕掛けてからここまで、ほんのわずかな時間であったが、目まぐるしい戦闘。敵味方が絡み合い、敵はまるごと残っている。
音を頼りにアグーはジェヴォーダンの獣の着地地点へと急ぐ。リカオンは獣の口に咥えられており無事。ここまでやられて一矢を報いられなければ、トナカイに申し訳が立たない。
草をかき分ける黒豚の隣を鎌鼬が追い抜いていく。
「フェレット。頼む」
「やってやるよ」
空中で着地体勢を取ろうとしているジェヴォーダンの獣に対して、フェレットが襲いかかった。
「なんだこいつは!」
リカオンが驚愕したのも無理はない。
なぜなら、そのフェレットはあまりにも大きな体躯を備えており、背中からは翼が生えていたのだから。