●ぽんぽこ13-27 ライオンの行方
「ぼくたちはどうすればいいの」
林のなかに点在する岩。忍び寄る夜闇で隠された岩陰に、穴。
深い穴のなかで身を寄せ合うのはプレーリードッグとキツネの二頭。
キツネは「そうだなあ」と、鼻をうごめかすと、
「待っててもいいけど、このまま穴を掘り進めて林を抜けるほうが安全かな。合流が難しくなるけど、鳥類にでも化けて探せばなんとかなると思う」
「よしきた」
すぐにプレーリードッグが爪で土をかき出してトンネルを延長していく。
このプレーリードッグはタヌキが化けた姿。アグーたちがやってきたとき、真っ先に逃げていたオポッサムは岩陰に入るとプレーリードッグに変身。穴を掘って身を隠していた。ライオンに化けていたキツネはこの穴に入ることで、トナカイの監視をかいくぐった。
隣にキツネが並んで、穴掘り作業を手伝いはじめると、
「化けないの?」
ぷいとプレーリードッグが横を向いて尋ねる。
「キツネは元々穴掘りが得意だからね。タヌキはそこまででもないんだっけか」
「どうなんだろ。ぼくはちょっと苦手かな。掘れなくもないけど。データで見たけど忘れちゃったな。ええっと」
顔をくしゃりとして記憶を探るしぐさ。
「タヌキは自分で巣穴を作ったりせず、キツネとかアナグマが掘った巣穴を借りるとかなんとか。だった気がする」
「同じ穴の貉ってわけだね」
「むじな?」
「アナグマのこと。巣穴の話はわたしも知ってる。アナグマとタヌキって似てるでしょ。しかもアナグマとタヌキは同居していることも珍しくなかったそうだから、巣穴からひょっこり、どちらかが顔を出すと、はたから見たひとが、これはどっちなんだってなる」
「そんなに似てるかな。会議のときにフクロウさんがぼくとアナグマを見間違えたんだよ。失礼しちゃうなあ。別にアナグマが嫌ってわけじゃないけど。全然顔が違うよ」
「そういえば、そんなことがあったね。フクロウが妙にびっくりしてて……」
「あれ? キツネって会議にいたの?」
うっかりしていた。トラに化けて成りすましていたことは、まだタヌキに言っていない。
「遠目に見てたんだ。あれだけ大規模な会合が開かれるってなると、どんなものか気になったし」
適当にごまかす。たくさんのプレイヤーが集まっていたので、化けれるキツネがどこにいたかなど、いくらでも言い訳ができる。
「すごかったよね。普段見ないようなひともいっぱいいたなあ。あのときのライオンはぼくだったんだよ」
「頑張ってたね。全然気がつかなかった」
「へへ」
すこし自慢げにして、照れたように土のついた爪で頬を汚すと、
「フクロウさんが驚いてたのは、昔、ぼくがフクロウさんの群れにいたからだよ」
「それで驚くってことは、タヌキとして所属してたってこと?」
「そう。神聖スキルが実装される前の話。実装されてから、色々あって群れを抜けたんだ。ぼくは化けれるようになったのが楽しくって、あんまり化けられるひとの気持ちが分かってなかったから、いま思うと自業自得かな」
「分かるよ」
土を掘るキツネの手に力がこもる。
「嘘をつくほうはよくても、つかれるのってあんまりいい気分じゃないものね」
タヌキがしみじみと言うと、キツネはただただ沈黙を返した。
「もし本当に、ライオンのアカウントを再発行してもらえたとしてさ。本物のライオンが帰ってきたら、ぼく、もう化けるのはやめようと思う」
キツネはそうなったとして、ライオンが、ロロシーが戻ってくることはないだろうが、と思いながら、
「化けるのはシステムに与えられた正当な権利だよ。後ろめたいことなんてない」
「そういうことじゃなくて……」
プレーリードッグ姿のタヌキはいったん話を区切って周りに散らかった土を穴の外に捨てにいった。キツネも同じようにして土を運ぶ。
入口からは月の光がそろそろと射し込んでいた。鼻先をまず外に出してにおいを確認。次に目と耳で周囲を警戒。だれもいないことを確かめると、できるだけ目立たない岩陰に土の山を作る。
トンネルの奥に戻って作業再開。進路はすこし迂回して、地上にまだいるかもしれないアグーたちの目につかないように。
土に爪を突き立てながら、ささやくようにタヌキが語りだす。
「昔、本物のライオンが言ってたんだ。スキルを使うのは動物らしくないって。ピュシスで遊ぶからには、動物らしくいるべきだって。うろ覚えだけどそんな感じのことをね。思い返すと、スキルが実装される前のほうがずっとずっと楽しかった気がする。弱い動物は弱いままでいなきゃいけなかったから、苦しくはあったけど。それが自然なんだからしょうがないって納得はしてた。あの頃のほうが、いまより本物に近いと思える自然を感じられたし、本物の動物でいられた。ぼくはそれが好きでこのゲームをしてたんだ」
「でも、いまの群れ戦はすっかり神聖スキルありきの戦いになってる」
「だね。ねえキツネ。神聖スキルはどうして実装されたんだと思う?」
「それは単純にゲームバランスの調整じゃないのかな。さっきタヌキが言ったみたいに、弱い動物は弱いまま、っていう格差を是正しようとした結果の新システムだって、ほとんどのプレイヤーは考えてるはず」
「是正できてる? 結局、別の格差が生まれてるように見えるけど」
「それは……、そうだね。理不尽感があるぶん、前よりひどい格差かもしれない」
「でしょ。これってなんだかピュシスっていうゲームのコンセプトに反してるんじゃないかって」
天井からパラパラと土がふってきて、キツネがこんこんとせき込む。喉をごろごろと鳴らしながら、タヌキの疑問に対して、
「アップデートを重ねたゲームが初期とは別物になっちゃうっていうのは、稀ある事例だよ」
「それにしても、だいぶ思い切った舵取りじゃない?」
「ゲームなんて複数人で開発してるものなんだから、大胆な意見が採用されるってことも……」
と、言いさしたキツネはこのゲームを作ったのは機械衛星だということを思い出した。第一衛星、第二衛星、第三衛星のいずれか。ロロシーがそう話していたが、まず間違いないように思える。この場合はひとり、と言っていいのだろうか。いわゆる個人制作ゲーム。それにしては規模が大きすぎるが。
しかし、そういえば、いままで考えたことがなかったが、なぜ、機械衛星のひとつだけしか制作に関わっていないと思い込んでいたのだろう。まったくもってそうではない可能性も残されているというのに。こんな狂ったことをする機械衛星が複数あるわけがないと、無意識のうちに考えてしまっていたのだろうか。
「キツネ?」
「けほっ、けほっ」
まだせき込んでいるふりをして、心中に湧いた疑問を煙に巻いていると、タヌキが心配そうにして、
「休んでいなよ。ぼくひとりでもやれるから」
「ん。いや。もう大丈夫。このぐらい手伝わせて」
「ううん。いま思ったんだけど、毛が土だらけになるよ」
暗闇のなかで姿は見えないが、小麦色のキツネの毛衣のあちこちに土がへばりついている感触がある。
タヌキの声が、
「穴から出たら、またライオンに化けるんだから、そのときに土だらけだと威厳がなくなっちゃうでしょ」
「あっ、そうか」
気づいたキツネが穴のなかで体をふって、土を払おうとする。隣でプレーリードッグ姿のタヌキが身じろぎするのが分かった。
「ごめん」と、キツネがわびる。
「平気。とれた?」
「全然。ふたりで協力してさっさと掘り抜こう。それで外に出る前に毛繕いしてくれないかな」
「そうしよっか。ぼくも毛繕いお願いしていい?」
「いいよ」
と、キツネはドロンと別の動物に化けた。光のない暗がりで見えないながらも、タヌキはにおいでキツネが化けた肉体がなにかを判別して、
「もしかして、キツネもプレーリードッグ?」
「双子だね」
スコップ代わりの鉤爪を使ってざくざくと土を掘る。キツネよりも穴掘りに適した体。しかも、化けても能力は据え置きという化け狐のスキルの制約が、今回の場合はいい方向に働いた。小型のプレーリードッグに対して、キツネは中型の動物。当然、力もキツネのほうが強い。キツネの力でプレーリードッグの肉体を操れば、より効率よくトンネルを掘り進めることができる。
作業をはかどらせながら、タヌキが尋ねる。
「キツネってプレーリードッグに会ったことがあったの? カワウソがこの群れにくる前ぐらいからログインしてないと思ってたけど」
「ないよ」
と、あっさりとした否定。
化けるスキルは対象の動植物の肉体を持つプレイヤーの姿形を詳細に知っていなければならない。よく知らないものに化けようとすると、どろどろに崩れた、よくわからない肉体になる。かつてタヌキがはじめてライオンに化けようとしたとき、うまく化けれずに、ライオンとは似ても似つかないへなちょこな肉体になってしまった。
キツネがスキルを使って把握しているところでは、内部的に熟練度のようなものが設定されていて、化けたいプレイヤーと一定距離内で行動を共にしているとポイントが加算される。それが閾値にまで達すると、正確に化けれるようになる。けれどもこの熟練度のたまり具合は相手によってかなりの振れ幅があるようで、すぐに化けれることもあれば、時間がかかることもある。
「タヌキのプレーリードッグを真似してみたらできた」
「ええ?」驚きと不満が入り混じった反応。
「そんなすぐにできるものなの? ぼくなんか一日二日はかかるよ。もしかして化け狸と化け狐ってスキルの性能が違ってたりする?」
「同じじゃないのかな。たぶんだけど」
「観察眼の差を感じちゃうな」
ちょっといじけた声で言って、ざっ、ざっ、ざっ、と土に鼻先をうずめる。ドッペルゲンガーのような瓜二つのプレーリードッグの肩を、キツネがぽんぽんと慰めるように叩いて、
「わたしはよく動物のことを調べてるから。予備知識があるぶん特徴の把握がスムーズなんだと思う。ごくごく表面的な思考なら冠で読み取れるから、それをゲーム側で加味してるのかもしれない」
「どうせ、ぼくは勉強してませんよ」
「そんなこと言ってないでしょ」
タヌキはしばらくつーんとした態度で黙々と掘り進めていたが、突然、空気が抜けるように笑いだす。
「なんかぼくって全然変わらないね。ライオンに化けて、前よりもしっかり者になれた気がしてたけど、キツネと話してるとそんなことないって分かった」
「タヌキは変わったよ」
キツネは言って、
――僕のほうがよっぽど変わってないな。
と、ぽつりと思った。




