●ぽんぽこ13-24 威力偵察へ
「ライオンの対処といっても一筋縄じゃいかないぞ」
ブロイラーが黄色いくちばしを上げて、ホルスタインの顎下を見つめた。
「一度ちょっかいをかけてみようというだけです。これまで放置していましたが、まだ距離に余裕があるうちに、どんな戦い方をするのか知っておかなければ」
ライオンは有名プレイヤー。その戦いぶりは耳から耳へ、口から口へ、疾風の如くに駆け巡っている。けれども、伝聞は伝聞に過ぎない。誰かの記憶を通り過ぎるたびに、尾ひれが何枚もついてくる。話題に上りやすい噂ならばなおさら。噂が大連鎖した結果、誇張や虚偽が入りまじり、ピュシスの片隅に位置する牧草地帯に届くころには、妄想じみたものばかりになっている。
百聞は一見にしかず。実際に戦ってみなければ、確かな力は分からない。分からなければ戦えない。
ガチョウやトナカイがもたらした情報によると、ライオンのパーティは、長のライオン。副長のブチハイエナとリカオンという役職持ちで固められている。
それからリカオンの背中にもうひとり、小動物がついているらしい。おそらくは小回りを生かしての情報収集要員。
種族だけで彼らがとてつもなく強いことが分かる。生まれながらの強者たち。ライオン以外のプレイヤーにも注意が必要だ。
ブチハイエナは嗅覚、聴力、視力のいずれも優れた万能選手。走りも早く、力も強い。顎の力はライオンやトラをも凌駕しているほど。
リカオンは狩りの名手。地球のデータではライオンの狩りの成功率が三割ほどとされているのに対して、リカオンは八割にも達すると言われる。これはサバンナに生息する動物たちのなかでトップの数値。連携が得意で、集団でもって狩りをおこない、イヌ科らしい我慢強さで敵をどこまでも付け狙って仕留める。
こうなるとライオンの立つ瀬がないかに思えるが、まったくそんなことはない。
単独での力ではやはりライオンがとびぬけて強い。言わずもがなの最強格。
トラと並ぶネコ科最大級の体格。圧倒的な瞬発力。たてがみによる高い防御力。太い牙が並ぶ大きな顎だけではなく、ネコパンチも脅威。ブチハイエナやリカオンぐらいの動物の背骨なら、一撃で破壊してしまうほどの威力。
ゲーム内での能力だけでなく、それぞれのプレイヤー性能にも用心しなければならない。いずれも歴戦の猛者たち。肉体の操作技術もだが、勘や判断力も優れたものを持ち合わせているはず。
さらには神聖スキルの存在もある。特に知っておきたい情報。ライオンの所持スキルについては漠然とした噂ばかりだが、なにか持っているらしいとは聞く。他については、
「ブチハイエナは最近になって頻繁にスキルを使っていると聞きます」
ホルスタインの言葉にアグーが頷く。
「長があんまり戦わなくなったぶん、暴れてるって噂だね。組織の気分転換に、役割交代でもしたんだろうか」
「ジェヴォーダンの獣のスキルだって説が有力」と、ボーダーコリー。「ウシぐらいの大きさで、オオカミみたいな顔つき。全身が剛毛でおおわれていて、どでかい牙と鉤爪があるんだってさ。すっごくおっかない姿だから、大抵のプレイヤーは震え上がっちゃって、見るだけでビビって逃げたって話も多い。能力強化系で特殊な効果はないみたい。でもさ、ハイイロオオカミのフェンリルもだけど、ただでさえ強い肉体を純粋強化するタイプのスキルはこわいね。ちゃちな搦め手ぐらいならパワーだけで突破しちゃうんだから」
「リカオンにはスキルがないみたいだけどね。トンと噂を聞かない」と、アグー。
「持たざる者ってわけだ」
ブロイラーが言うと、とげとげした鶏冠にホルスタインの顎が乗せられ、ぐぐっと押しつぶされてしまった。
「そんな言い方はやめましょう。実装待ちなだけですよ」
「……ふん」
いじけたようにくちばしがそっぽを向く。
「アグーに威力偵察を任せたいのですが。どうでしょう」
「いいよ。隙があったらライオンの股をくぐってくる」
「隙なんてあるわけないだろ。その丸々したボディをせいぜい味わわれないようにしろよ」
「またブロイラーはそんな」
怒るのではなく宥めるようなホルスタイン声に、ブロイラーはくちばしを尖らせて、すっかり黙りこくってしまった。
「ボーダーコリーもアグーと一緒にいってください」
「うん」
「できればもうひとり……」本拠地を見回して「フェレット」
細長いイタチが呼ばれてやってきた。白に近い黄褐色の毛衣。話し合いの輪には加わっていなかったが、近くで聞いてはいたので、用件はすっかり了解済み。
「わたしもいけばいいのね」
「お願いします」
「ライオンに会うのってはじめてだから楽しみ」
ぴょんと跳ねたフェレットに、ホルスタインがほほえんで、
「私もオアシスの集まりでの一回しかライオンさんには会ったことがないんです。すごい迫力だったので、気圧されないようにね。気持ちで負けちゃだめよ」
「全然平気よ」
「めっちゃくちゃ肝が据わってるじゃん」
ボーダーコリーが関心していると、フェレットは得意げに長い体をピンと伸ばして、胸を反らした。
「エースですから」
「では、この三名に頼むことにします。なにかあればすぐに逃げること。難しければ、いま見張ってくれているトナカイに助力を求めてください。乗せてもらえば比較的安全に離脱することができるはず」
トナカイは神聖スキルを使って飛行能力を得ている。大柄なので、アグー、ボーダーコリー、フェレットの三頭ぐらいなら、まとめて背中に乗せて運べる。
「うまく乗れるかな」
丸くて転がりやすそうな自分の肉体をアグーが見下ろす。
「いざとなったらわたしが引っ張ってあげるよ」と、フェレット。
方針も決まり、アグーたちはさっそく出かけていった。
「がんばれー」
本拠地で待機しているテンジクネズミが見送る。ホルスタインもモオォと陣貝を吹くように鳴いて味方を鼓舞。
くるんと巻かれたブタの尻尾と、ふかふかとしたイヌ、イタチの尻尾が遠のいていく。これから猛獣たちと一戦交えるにしてはあまりにも頼りない面子。けれどその背中は、仲間たちの信頼でずっしりと後押しされて、足取りにはかすかな怖気も見られなかった。
三頭がすっかり見えなくなると、ブロイラーがさっと立ち上がって翼を広げた。
「じゃあ俺はヌーのほうを見てくるかな」
「いってくれるんですか?」意外というようにホルスタインが目を瞬かせる。
「”見て”くるだけだ」
「ありがとう」
「俺はまだやっぱり乗り気じゃないさ」
戦闘を嫌って、トーナメントへの参加にずっと懐疑的な態度を示しているのがブロイラー。さっさと負けてしまおうと臆面もなく言っていた。敵性NPCの大量発生の対処は上位の群れに任せておけばいい、とも。みんなが一致団結するなか、ずっとその考えを曲げてはいない。
けれど、
「一番鶏が鳴かなきゃ、物事は動き出さないだろう。そういう責任感に駆られたってだけだ」
「義務感で鳴いてちゃ世話ないよ」
まだ偵察任務に戻らずに留まっていたガチョウがばさりと翼をすくめる。
「鶏冠に来るようなことを言うんじゃねえ」と、別段怒ってもいなさそうに「こちとら縄張りを守るために鳴いてるんだ。鶏鳴之助あればこそ何事もうまくいくってもんだろ」
「頼りにしてます。とても」
「そうだろう」
満足そうに顎の肉垂をぶるんと震わせる。
「ひとりで大丈夫ですか?」
「邪眼の魔獣ぐらいなら平気だ。ネコは嫌な相手だが、一体は弱ってるようだし、弱ってるうちに仕留めておきたいな。問題はピスタチオのところにハイイロオオカミがいるって話ぐらいか。ただし、だいぶ前の情報だから、陣形が変わって、いまはいない可能性もある。そのへんを確かめておくのにも意義がありそうだ」
「無事に帰ってきてくださいね」
「ああ」
白い翼が広げられると、隣に同じぐらい白い翼が並んだ。
「ぼくもついていってやるよ」
対抗するようにガチョウが翼を広げる。
「ひとりで十分だ」
つっけんどんな態度にも、ガチョウはかまわず、
「案内役が必要だろ。大まかな位置しか分かってないんだから。ちゃんと飛べるひとがいないとね」
「俺だって飛べる。トナカイと交代しなくていいのか」
「トナカイと交代して戻ってきたばっかなんだから、ぜんぜん時間はあるんだよ。長。いいよね」
「よろしくお願いします」
「よし。じゃあいこう。スキルなしでもニワトリに比べたら、まだガチョウのほうがずっと上手に飛べる」
ガチョウは神の騎獣ハンサのスキルで飛行能力を強化できる。ブロイラーはガチョウの言葉を否定も肯定もせずに、夕暮れの空に飛び立った。後を追ってガチョウも羽ばたく。ブロイラーはしばらく飛ぶと、地面に降りて、また飛び立つ。そのくり返し。
「がんばれー」
テンジクネズミの声援が飛ぶ。ブロイラーの長い尾羽が茜空をゆらゆらと泳ぐ。二羽の姿が見えなくなるまで、ホルスタインはモオォ、モオォと鳴き続けた。