●ぽんぽこ13-23 牧草地帯の本拠地で
ホルスタインの群れの縄張り、牧草地帯の中心地点。ふくよかに膨らんだ緑の丘の上には、円柱に大玉が乗っているような形の岩。その風変わりな岩が本拠地の目印。夕闇が忍び寄るなか、そばにあるゴールの光柱に照らされて、ごつごつとした表面がミラーボールのようにきらめいている。
そんな岩の麓に佇んでいるのは、群れの長であるホルスタイン。白い毛衣に漂う黒の雲模様。ウシの一種。いわゆる乳牛。地球で飼育下にあった乳牛は、人間の手によってほとんどが除角されていたが、自然のままのこの肉体は立派な角を携えている。太く鋭く、前に向かって湾曲した角。
ホルスタインの隣には副長のブロイラー。代表的な家禽。ニワトリ。夕日よりも赤々として炎のようにギザついた鶏冠。顎から垂れ下がった威厳のある肉垂。羽毛は純白で、尾羽だけが黒く長く伸びている。
ふたりが沈みゆく太陽を眺めていると、夜の使者の如き真っ黒なブタが地平線の向こうからあらわれた。もうひとりの副長である黒豚のアグー。中型犬のボーダーコリーも一緒。ボーダーコリーは顔のセンターラインと首回り、四肢、尻尾の先端は白で、他は黒の毛衣。全体的にふっさりとした毛並みで、三角形の耳はとろりと垂れ下がっている。
戻ってきたアグーたちはさっそく戦況を報告。そうしていると夕陽を浴びながらガチョウも帰還。情報共有の輪に加わる。ガチョウはトナカイと交代でライオンのパーティを監視しながら、ざっくりと各地を見て回るという忙しい役割をこなしてくれている。
情報が集約され、現状が浮き彫りになる。
「中途半端に勝ってますね」
と、いうのがホルスタインの印象。
「勝ってるか?」
片目を吊り上げたブロイラーが辛辣な口調で言うと、ホルスタインは尖った角を横にふって、
「試合全体を見れば負けていますよ。私が言ったのは個々の戦闘内容のことです」
「いくらか相手を倒したけれど、こっちも倒されてるって、まあ当然の話だね」
ブウと鳴いたアグーに、モウとウシの声が返ってくる。
「いずれもパーティ単位の撃破には至っていません。取りこぼした敵が散り散りになるばかりで、パーティの数自体を減らせていない。かといって各個撃破に乗り出せるほど、こちらの手数は十分ではない。これだと相手の攻め手はいつまで経ってもなくなりません。全体の戦力でみても、消耗が激しいのは私たちのほうです」
「勢いが足りないんだな。地力が違う」ブロイラーが黄色いくちばしを動物たちの輪のなかに投じて「スキル相性で運よく倒せたって以外の勝ち筋がない。スキルがなけりゃぼろ負けだっただろう」
「スキルが豊富なのがこの群れの強みだと思うな」
というのがボーダーコリーの意見。
「神聖スキルは地球の伝承を元に設定されてるけど、僕らの肉体のモデル? 元ネタ? の動物たちは、とりわけ人との関わりが深いからね。愛されてたぶん、伝承も多い」
「ボーダーコリーの言う通り、私たちには豊富な武器が与えられています。それらをうまく活用できれば活路が開けるはず。けど……」
ホルスタインは耳をくるくると動かして「スキルが与えられていない動植物も、等しく愛されていたと思いますよ」
「だね。誤解を招く言い方だったかも」
黒白のイヌの尻尾が申し訳なさそうにお辞儀をする。
「いえいえ」
ウシの鼻先が空を仰いだ。夕暮れの空は、試合時間の半分ほどが経過したことを知らせている。
「さて、どうしましょうか。分散した敵全員を見逃さないように対応しないといけませんね」
「こっちの頭数が足りないぜ」ブロイラー。
「それに、まずはライオンをなんとかしなきゃ」
ガチョウがガアガアと口やかましく、くちばしを突き出す。
「ライオン……」
敵のなかで、いま最もゴールに近い位置にいるパーティ。順調に進まれた場合、宵の口には拠点巡りが終わって、ゴールに到着してしまう。
「黙々と、着実に歩を進めているようですね」
「黙々だなんて、とんでもない。ぺちゃくちゃ世間話しているよ」と、ガチョウ。
「舐められてるな。当然といえば当然だが」
ブロイラーが嘆息すると、ボーダーコリーがべっと舌を垂らして、
「ライオンのざらついた猫舌で舐められるなんて、考えただけでぞっとするね」
「僕はヌーの動向が気になるな」
と、アグーがブタ鼻を鳴らす。フタコブラクダやイヌワシと共に戦った乱闘。そこで取り逃がした敵。オジロヌー、ボブキャット、それからオセロット。ヘビクイワシもいたが、この一羽だけは別方向に逃げたらしい。目下の脅威ではない。
オセロットはだいぶ肉体が弱っていたみたいだったが、ヌーとボブキャットはまだまだ健在。ヌーは恵まれた体格に優れた走力、三日月形のがっしりとした角を武器として持っている。さらにはこちらの操作に干渉できるタイプの嫌らしいスキルを使ってきた。ボブキャットは中型ぐらいの動物だが、ネコ科だというだけで最大限の用心が必要。サイズ以上の強い力を持っており。大型の草食獣、例えばトナカイなども単独で狩ることができるという。
ボーダーコリーが、
「ヌーはオセロットを回復させるために仲間の植物族を探してると思う。たぶん、ピスタチオのところ」
「あなたが遭遇したんでしたね」
「そう、ハイイロオオカミが一緒にいた。もうひとり、紀州犬もいたけど、こっちは倒して、交換にシープドッグがやられちゃった。あっ、紀州犬を倒したのは僕じゃなくてイヌワシね」
「ハイイロオオカミがいるなら、ピスタチオのところにいって回復妨害しようにも返り討ちにあうだけじゃないのか。相当、強いんだろ。フェンリルのスキルは」
「ブロイラー。この試合中、いつかは戦わないといけない相手ですよ」
「そりゃそうだ。しかし、回復といえばザクロとロバたちの現状が知りたいもんだが、死んでるのかね。情報が歯抜けでもどかしいぞ。まともな連絡役がいればな」
こぼされた不満にガチョウが翼を打ちながら、くちばしを何度も突き出して反論する。
「こっちは手一杯で、そんなに広く見て回る余裕なんてないんだよ」
「イヌワシはどこいったんだか」ブロイラーの溜息。
「まだペルシュロンをさがしてるのかな。遅いね」と、アグー。イヌワシと別れた経緯はすでにみんなに説明している。
「あいつがいないと索敵が滞るっていうのに。アグー。なんでいかせたんだ? 白馬のことになると熱くなりがちなのは分かってただろ」
「だからこそだよ。ブロイラーはここで遊んでるだけだから、そんな好き放題に言うけどさ、自分だったらどう説得したっていうんだよ」
「いいからちゃっちゃと敵をさがせって言ってやったよ」
「それをすんなりイヌワシが聞くと思う? 仲間の性格も把握せずに、よくいままで副長がやってこれたね」
「同じ台詞をそっくりそのままお返ししてやるよ。甘ちゃんブタちゃん野郎がよ。塩でもふっておいしくなって出直しやがれ」
「まあまあまあまあ」
モウモウ鳴きながらホルスタインが割って入って、
「敵の前線が上がってるということは、索敵しなければならない範囲が狭まっているということでもあります。イヌワシに頼らなくても、地上の目だけでなんとかなるでしょう」
敵の前線はゴールを中心にした輪っか状。前線が上がると、中心に向かって輪っかが閉じる。苦しい状況でもあるが、守るべき面積が狭まったぶん、戦力を集中することができる。
「ひとまず優先すべきはライオンのパーティの対処です」
勝つためにやらなければならないこと。相手はピュシスの王とも呼ばれているライオンの群れ。着実に押されてはいる。けれど不思議と絶望感はなかった。ホルスタインはこの群れ戦で勝利できると、一片の疑いもなく信じていた。