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●ぽんぽこ13-22 それからどうなった?

「それからどうなった?」

 ハイイロオオカミがたずねると、林檎りんご植物族ドリュアスの枝に腰を下ろしたビスカッチャは首を横にふって、

「相打ちになったんじゃないの? 悪は滅びたの。悪がさかえた試しなし、よ」

 オオアナコンダとイヌワシ、ニーズヘッグとフレスベルグの戦いの決着らしきものを見たビスカッチャは、恐怖で動かすのを忘れていた肉体アバターを慌てて走らせた。それから足をすべらせて、崖から落っこちたということらしい。その崖下でハイイロオオカミ、林檎、それからフラミンゴが集まっていた。

「今日はえらく大冒険してるね」と、フラミンゴ。

 いつもはもう少しマシなのか、とハイイロオオカミは思い、オオアナコンダやイヌワシに同情しながら、

「敵と仲間の識別ぐらいはちゃんとしてくれ」

「でも、ヘビなんか悪い奴に決まってるでしょ」

 反発する声を、林檎がやんわりとさとす。

「ヘビだからって悪い子とは限らないのよ」

 ビスカッチャは夢にうなされているような表情をして、

「でも原罪が……」

「さっきビスカッチャちゃんが言ったのよ。悪がさかえた試しなし。原罪の話をするのなら、矛盾するんじゃないのかしら」

「うーん……、そう、かな」

 ビスカッチャはごにょごにょと腹の毛衣もういをかき混ぜて、手の置きどころを探す。

「アナコンダちゃんは林檎ちゃんの歌を”いい曲”だって言ってくれたのよ」

「そうなの?」くるくると目を丸めて、ビスカッチャは林檎の幹を見上げた。

「林檎ちゃんのファンに悪いひとはいないもんね」

 意思がハチドリよりも軽くひっくり返る。ハイイロオオカミはボロボロに傷んだ肉体アバター以上に精神が疲弊ひへいしてきたが、まだまだ試合中だと気を引きめて、

「俺も林檎ちゃんの歌は好きだよ」

「なら、あなたもいいオオカミね」

「分かってもらえて嬉しいよ」やや投げやりなオオカミの声。

「まぎらわしいのよ。ズルタンのお友達なんだったらそう言って」

 しおれたオオカミの尻尾をはげますようにフラミンゴがつついて、

「しかし、難しいなあ」

 首をくねらせる。

 ビスカッチャが言う通りに、本当に相打ちだったのか確かめにいきたいが、もしイヌワシが生きていた場合を考えると現場に近づくのは非常に危険。イヌワシは飛行生物のなかでも上位の戦闘能力。それに加えて強力なスキルも持っている。地上生物ならいくら相手が強くても、空を飛んで逃げることができるが、イヌワシ相手ではそうもいかない。

 見にいくのは難しい。と、分かってはいたが、

「確認してこようかな」

「大丈夫か? ただでさえ目立つんだから」

 ハイイロオオカミはピンク色をした派手な羽衣ういに鼻先を向ける。

「わたしはゲーム開始からこの方、この肉体アバターでやらせてもらってるんでね。いざって場合の退き時もちゃんと分かってるつもり。それに、オオアナコンダを探してたところだったから、きちんと確定した情報を持ち帰りたいかな」

 要するに、ビスカッチャの話の信憑性しんぴょうせいの問題だとハイイロオオカミは思った。ハイイロオオカミとしては巨大蛇と巨大鷲の戦闘が本当にあったかどうかすら疑わしい。けれど、フラミンゴがその前提を信じているようなので、なら信頼してもいいのかもしれないとも考える。最近この群れクランにきたハイイロオオカミよりも、フラミンゴのほうがずっとビスカッチャとの付き合いが長い。

 木漏れ日がさす場所に移動して、ピンクの翼が広げられる。長い首がくるりとふり返って、先っぽだけが黒いくちばしが仲間たちに向けられた。

「わたしはいくことにする。まだなにかあったりする?」

「ピスタチオに会ったら、そっちに戻れないって言っておいてくれ。俺たちはこの崖沿いに進むつもりだ」

「分かった」

「林檎ちゃんに気を使ってるのなら別にいいのよ。戻ってあげて」

 言われたハイイロオオカミは尻尾をふって否定して、

「そういうことじゃない。すくなくとも、さっきの果実の使い道を決めるまでは、一緒にいたほうが……」

 言いさしたが、急ぎのフラミンゴがさえぎるように、

「とにかく、わたしはいくからね」

「ああ」

 飛び去っていく尾羽を眺めて、全員が同時に空をあおぐ。

 と、そのとき、ビスカッチャの視線が林檎の枝に吸い寄せられた。自身が腰かけている枝をずうっと見やる。そこにぶら下がっているのは黄金の果実。林檎がハイイロオオカミの裂傷や骨折といった状態異常を回復しようとして生成したもの。

「あら。まあ。まあ。あら。あら。まあ。なんて素敵なの。まるで、おとぎ話に出てくるみたいな……」

 恍惚こうこつとして枝を走って、飛び降りると同時に、さっ、とみ取ってしまう。コソ泥のように、光り輝く宝石のような果実を小脇にかかえて、魅せられた様子で崖際へとけた。

「おい。なにしてるんだ」

 思わずえ声混じりに言って、取り返そうとしたが、傷んだハイイロオオカミの肉体アバターより、無傷のビスカッチャのほうがすばしっこい。ふっくらとした体をした長耳の齧歯類は、黄金の果実を頭で押し上げ、器用に崖上へと運ぶと、

「ありがとう林檎ちゃん! 素敵なプレゼントをいただけてわたしうれしーい! ずっとあなたのファンでよかったー!」

「なに言ってるんだあいつは……」

 もはや吠える気も失せている。

「戻ってきて、ビスカッチャちゃん」

 呼びかける声の響きは耳に届いたときには意味が変えられて、

「心配しなくても平気よ。元気と勇気とやる気がモリモリわいてきたの」

 崖の上のビスカッチャは果実をころころ転がして、何処いずこかへと去ってしまった。

 ハイイロオオカミはしばらく微動びどうだにせず崖のふちを見つめていたが、

「竜巻みたいなやつだな。おれが農家の飼い犬だったらマンチキンにまで飛ばされてるところだ」

「悪い子じゃないのよ」

「林檎ちゃんは、俺のこともそんなふうに言ってなかったか?」

 すこしだけ不満げな態度がのぞいたが、すぐにそれを呑み込んで、

「いや。分かるよ。特に攻略側だと、ああいう言うことを聞かないやつがちょっとはいたほうが、試合運びがうまくいくもんなんだ」

 言いながら、ハイイロオオカミはウルフハウンドのことを思い出した。知っているプレイヤーのなかで、指示に従わないやつ筆頭。裏を返せば、自分で独自に判断を下して動けるということでもある。

 群れクランというのは戦をくり返すうちにリーダーの思考が定着してしまって、同じような戦略に染まりがち。マンネリ化した行動は敵に対応されやすくなる。リーダーはそれを打破しなければならないが、自己判断できる要員はその促進剤といったところ。新たな動きを取り入れるきっかけになる。

 ただし度を越えた暴走をしなければ、の話。ビスカッチャはウルフハウンドのような攻撃性はなさそうだが、どうにも危なっかしい。ああいうプレイヤーがうまく作用するかはもはや運の問題。爆発力はあるがどこで爆発するかだ。味方のふところか、敵のふところか。それは未知数。

 まあ、この戦に投入されている以上はなにか見どころがあるやつなのだろう、というところでハイイロオオカミの思考は着地する。目にしただけでも崖のぼりの腕前はたしかなもの。思っていたより高低差が多いこの縄張りだと必要な能力だ。

「これからどうしましょうか」

「いままで通りだ。ふたり旅の継続かな。どこかと合流してもいいが、フラミンゴの話だと、どのパーティも絶妙に遠くに散っている。そのぶん敵の意識が散ることにもなるから、意外に俺たちがすんなり通れて伏兵になるかもな」

「林檎ちゃんにはよく分からないから、おまかせするね」

「まかせてくれ」

 肉体アバターの弱りっぷりを感じさせない力強さで返事をして、林檎を先導して歩く。進みはゆるやかだが、序盤で一気に戦線を上げていた貯金があるので、ゴールには余裕をもって間に合いそうではある。

 それに、この牧草地帯の縄張りはちいさい。ライオンの群れクランの縄張りであるサバンナの広大さに比べれば、踏破とうはする労力は半分以下。杖をついていても試合時間内に渡り切れる。

 林檎とオオカミが道を作る。

 肉球の足跡をたどるように樹が植えられて、枝葉が広がり、花が咲く。

 灰色の毛衣もういが反射板のように夕日を照り返すと、林檎のこずえがスポットライトを浴びたように輝いた。


 ビスカッチャが走る。

 暮れゆく牧草の野原。黄金の果実、アムブロシアを転がしていく。

 果実は神々しくきらめき、多少乱暴な扱いをされても傷ひとつつかない。時間経過で腐る気配もなく、香りはいつまでもかぐわしく、皮の質感はずっと触っていたくなるなめらかさ。

「もったいないけど、せっかくいただいたものは食べなくちゃね」

 立ち止まって、両手で果実を抱きかかえる。よだれを垂らしながら、立派な前歯をき出して、いざ一口。

 と、思ったが、あんぐりと口を開けたまま動きを止めた。

 口を閉じて、美しい林檎の手触りとにおいを詳細に確かめる。

 おいしそうな林檎。素晴らしい林檎。かぶりつきたくなる林檎。

 けど、もしかしたら、という考えが頭をよぎる。

「毒林檎、ってこともあるのかしら?」

 ペルシュロンやロバたちがいたときに、どっぷりとひたっていたお姫様気分がいまだに抜けていない。お姫様といえば毒林檎。それによって永遠、とは名ばかりの、白馬に乗った王子様がくるまでの眠りにつく運命。

「急いで食べなくてもいいか」

 ビスカッチャはもうすこしだけ考えることにすると、ゴールに向かうという目的だけはきちんと忘れていなかった。これからしばらくすると夜が訪れるが、眠らなくともいつだって夢見心地。アムブロシアをたずさえて、ごろんごろんと鼻先で転がしながら、青々とした平原を進んでいった。

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