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●ぽんぽこ13-17 待ち人を探しに

 牧草地の縄張りのなかでも特に乾燥した一帯。奇岩が密集する付近でくり広げられていた激戦も終幕を迎え、ホルスタインの群れクランの二頭と一羽が集まって、お互いの健闘をねぎらっていた。

「お疲れ様」

 イヌワシが乱れた羽をつくろって、ふう、と息をつくと、アグーはブヒーと鼻息で草の破片を吹き散らして横になった。

「ほんと疲れた」

 ボーダーコリーもいったん休憩をとることにして、死体状態のジャイアントイランドの肉体アバターのそばにせる。そうして、肉のわずかな隙間からかろうじて鼻先を出しているペッカリーの顔をのぞき見た。この場で唯一生き残っている敵は、不服そうに黙りこくっている。仲間の巨体のせいで一切の身動きがとれない状態。

 生かさず殺さず。正確には殺せず。セーフリームニルのスキルによる強力な自己回復効果を持つ相手。

 コリーはふと、土でもかけて埋めてしまえば窒息判定で倒せるのでは、と思いついたが、さすがに残酷すぎる所業だと考え直す。

「目が回ったよ」

 ごろごろと転がって立ち上がったアグーが戦況を確認する。

「戦ってるのが見えたから飛び入り参加したけれど、相当ぐちゃんぐちゃんの戦闘だったね。誰が死んで誰が生きてる?」

「味方だとラクダ科の面々は全滅みたい」と、イヌワシ。「フタコブラクダ。アルパカ。リャマ。グアナコ。ビクーニャね」

 付近をトコトコと見て回っていたボーダーコリーが、

「敵の死体はピューマ。サーバル。カラカル。と、そこのイランドかな。あとは死んでないけどペッカリー」

 もう一度、不満げな顔をのぞき込む。するとブウと鼻息を吹きかけられて、「うわっ」と、コリーが飛びのいた。巻き上げられた砂ぼこりが目に入った。白黒の毛衣もういおどって、クゥーンと鳴いて鼻先をふる。

 そんな隣で、アグーもせて敵の様子を見定める。

「これはもう戦えないね。放っといていいよ。構うだけ無駄。まるで太歳たいさいだ。触らぬ神にたたりなしってね」

「なにその、たいさい、って」

 目をしょぼくれさせながら、コリーが聞く。

「地面の下にある肉の塊で、食べても減らないんだってさ」

「ふうん。セーフリームニルみたいってことか」

「本当はちょっと違うんだけど、似たようなもんでしょ」

 ふたりが会話している横で、イヌワシは足元にあるイランドの死体をつついて、

「でもこれ、誰かがこの大きな死体をどけちゃえば、ペッカリーは出てこれるんじゃないの?」

「もう誰もこないでしょ」と、アグー。「だいぶ戦線も上げられてるし、相手の他のパーティは別のルートから進行してるみたいだ。逃げたヌーとボブキャットと、あとオセロット……」

「ヘビクイワシも」と、イヌワシ。

「そんなのもいたのか。僕は見なかったな」

「岩の上にとまってたからね」

「そっか。まあ、そのよにんがここに戻ってくる理由もないから放置でいいよ。逆に戻ってきてくれるなら、こっちとしてはありがたいぐらいだ。時間稼ぎになるからね。ペッカリーを助けようっていうなら、力持ちのプレイヤーをわざわざ呼んでこなきゃならない。そんな手間に時間をいてくれるなら万々歳ばんばんざいだ」

 それから、すこしばかり検討がなされるが、結局は、このままでいいという結論に落ち着く。

 決めると、二頭と一羽は念のため、ペッカリーに話を聞かれない位置にまで移動して、再度鼻先とくちばしを突き合せた。

 群れクラン副長サブリーダーであるアグーが率先そっせんして状況をまとめる。

「ヌー、ボブキャット、オセロットが逃げたのは本拠地へのルートとはすこしずれた方向か。ヘビクイワシはあっちの方向?」

「そう」イヌワシがくちばしで示す。

「連絡役だろうし、別のパーティのところにいったんだろうな。オセロットはかなり弱ってたみたいだったから、ヌーは回復役のところに向かうかもね」

「もしかしたらピスタチオのところかも」ボーダーコリーがハッと耳をとがらせる。ハイイロオオカミと戦った際に、ピスタチオの植物族ドリュアスが近くにいた。「ペッカリーを無視して追いかけるべきだったかな」

「いや、追いつけるか分からないヌーを追いかけるより、確実にペッカリーを倒して敵の戦力をぐのを選んだのは賢明だったと思う。イヌワシもイランドに手いっぱいだったし」

「これが最善の結果だよ」

 イヌワシがくちばしの切っ先でちいさくうなずく。

「けどなあ」と、アグー。「結構いけてるとは思うんだけど、もう半分以上踏破されちゃってるんだよなあ」

 まだ地平線に触れることのない太陽をななめに確かめる。戦の終了時刻は夜を越えて、次に陽が昇りはじめた頃。それまでに各地の拠点及び本拠地のゴールを守らなければならない。が、先は長そうだ。

「とりあえずはホルスタインのところに報告しに戻ろうか」

 本拠地は何段か重なった台地の頂上。ゴールのそばには、このあたりの奇岩にも負けない変わった岩がある。円柱状の岩の上に丸い岩が乗っかっていて、まるで丸頭の巨大な釘が地面に突き刺さっているような見た目。

「私、ちょっと引き返してペルシュロンの様子を確かめてきてもいい?」

 イヌワシが気づかわしげに飛んできた方向をふり返る。イヌワシとペルシュロンのふたりは合成獣のスキルでヒッポグリフになれる相棒。戦がはじまってしばらくというタイミングで遭遇そうぐうしたオオアナコンダ。それが変身したユルルングルが放ついかづちから逃げるために別れたのだが、いまに至るまで合流できていない。すぐに追いついてくるかと思っていただけに心配がつのる。

「いいよ」と、アグーは了承して「いってきな」送り出す。

「ありがとう。見てくる。確認したら急いでに戻るから」

 イヌワシは颯爽さっそうと空に舞い上がると、あっという間にヒツジのような雲の向こう側に遠のいていった。

 ボーダーコリーはきらきらと輝くイヌワシの翼を見送って、

「僕らもキビキビ働こうか」

 と、本拠地に向かって駆け出した。アグーも続いて、コリーのふっさりとした尻尾を追いかける。

「かなり心配してたみたいだったね」

 牧草地を急ぎながら、ボーダーコリーが後ろに話しかけた。

「まあ、あのふたりは昔から……」

 含みありげな言い方。なんとなく察した新参者のコリーは、ふんふん、と鼻を鳴らしただけで、それ以上立ち入ったことは聞かなかった。

 静かになった道中で、コリーはひとり考える。

 アグーも言っていたが、戦力差の割にはうまく立ち回っている。王者ライオンの群れクランの猛者たちを撃破して、順調にその数を減らしているのは驚くべき成果。

 群れ戦クランバトルというシステムにおいて、勝率が高いのは防衛側とされているが、それはお互いの群れクランの戦力が同等の場合のみ。戦力的に劣る群れクランが防衛側になった場合、当然ではあるのだが、勝率はガクンと落ちてしまう。攻略側のほうがまだ勝てる可能性がある。一頭でも生き残って、運が良ければこっそりゴールできるかもしれないのだから。

 けれども、リーダーのホルスタインは、ひとつ前の第二回戦で、格上であるカンガルーの群れクラン相手に防衛側で勝利したことに自信をつけて、ライオンにも防衛側で挑むという、かなり豪胆ごうたんな策に出た。

 背水の陣というやつ。あやういように感じたが、結果としては、群れクランの士気が上がっている。皆にとって、とりわけ重要なのが、この縄張りで勝利することのようだった。この牧草地で。家畜、家禽の皆々は牧草地を魂の故郷のように感じている。それは、ボーダーコリーも同じ。

 場所によるバフとでも言えばいいのだろうか。精神が上向きになれば、操作にもキレが出て、ライオンにすら立ち向かえる勇気がいてくる。

 勝てる、かもしれないという気がする。勝てると思えなければ勝てない。まずその第一歩をクリアしている。可能性を感じさせてくれる戦。楽しい戦いだ。皆、戦いを楽しんでいる。こんなことはいままでにはなかった。

 このトーナメントの第一回戦でナマケモノの群れクラン相手に不戦勝になったときは、どこか沈んだ雰囲気だった。しかし、第二回戦直前になってホルスタインが皆にかつを入れた。感化された皆は、本気でカンガルーの群れクランとの群れ戦クランバトルに取り組んで、勝利を手にするに至った。

 それからというもの、なんだか群れクランが息を吹き返したような気がする。

 頑張ろう。頑張りたい。と、ボーダーコリーは心のなかで思う。もっと皆と一緒に戦っていたい。本能のようなものが、むずむずと刺激されて、耳の裏がかゆくなってきた。

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