●ぽんぽこ5-4 動き出す
アフリカハゲコウが本拠地に戻った時、ブチハイエナの傍にはトムソンガゼルとオポッサムがいた。それを取り巻くように、待機中の者たちが輪の中央に尖らせた耳を向けている。オポッサムと一緒だったはずのダチョウの姿はない。
ふたりが持ち帰った情報を報告している間に、ハゲコウは道中イチジクに貰った果実を食べて体力を回復しておく。くちばしで噛むと弾力のある外皮が破れ、水気を含んだ果肉が溢れた。そうしているうちに、ふたりの報告が終わり、続いてハゲコウがブチハイエナに、クジャクを倒したことを報告した。
全てを聞き終わったブチハイエナは、
「なるほど」
と、言って、ふう、と息を吐いた。
「ハゲコウ。よくやってくれました」
ハゲコウは喜びと照れが入り混じったような「いえいえ」という言葉をこぼして、ピンク色の喉袋をぶらぶらと揺らす。ハゲコウは自分が神聖スキルを使ったことに関して説明を省いた。開始前の打ち合わせで、ブチハイエナは参加者全員に、神聖スキルについては王があけすけにしないよう言っていたことを理由に、もし持っていたとしても話さなくていい、むしろ黙っているように、そうして然るべき時を各自で判断して使うように言い渡していた。ハゲコウはこれに従ったのだった。
「オポッサム。ダチョウはどちらへ走っていきましたか」
ブチハイエナが聞くと「本拠地から南方向」と、返ってきた。南で監視の任についていたトムソンガゼルに「ダチョウを見ましたか」と質問が飛ぶ。
「いや。見てません。入れ違いになったのかも。でも聞いた感じだと、もう死体になってる可能性の方が高いかと」
「そうかもしれませんね。ハゲコウも見てませんか」
「はい。全く」と、ハゲコウが首を振る
本日の戦においてはたったひとり失うだけでも、計り知れない戦力の損失。しかし生死不明の仲間を探す余裕はない。
ブチハイエナはまず、敵の動きへの対抗策を考える必要があった。
ダチョウとオポッサムが東で確認したイリエワニとスイセン、それからムササビ。ムササビはダチョウに取りついたままだとすると、今は南にいるはず。クジャクも東からやって来た。南を見張っていたトムソンガゼルが南西方向から進攻してくるドール、ユキヒョウ、ブラックバックの姿を確認。バラバラに進攻してきているが、それぞれの距離はそれほど離れていなかったという。北を見張っていたフラミンゴが北西方向のかなり遠方に、ウマグマの姿を確認。西の監視をしていたシマウマが同様に、西方向の南北で起こっている敵の動きを察知して、それを報告しに戻ってきている。シマウマと交代して、西では今はヌーが見張りを行っている。
ブチハイエナは素早く戦況を判断する。敵の本陣は西方向に敷かれていそうだ。トラの群れの副長のひとり、マレーバクがそこで指揮を執っているのだろう。最初から東に配置しておいたもうひとりの副長、イリエワニという超重量級プレイヤーを進攻させ、反対側から散発的に攻撃を仕掛ける作戦。東に対抗戦力を集める妨害をし続ければ、イリエワニが確実に進攻してトラは勝利できるというわけだ。クジャクは東端から西端へ縄張りをまっすぐ横断して、本陣に情報を持ち帰る役割。それを阻止できたのはひとまず上々と言える。
しかし、偵察役のクジャクを倒したことで敵にこちらの情報は一切渡っていないはず、とするハゲコウの言葉を、ブチハイエナは心のなかで否定しなければならなかった。
ハゲコウはスパイの存在を知らない。ライオンの群れに巣食う獅子身中の虫。そのスパイがトラの群れからの刺客であることを、ブチハイエナは今回の敵の動きから確信していた。敵の進攻が速い。あまりにも迷いがなさすぎる。偵察の数が少ないにも関わらず、そもそもろくに偵察などしていない状態で、奇襲を警戒することなく、こちらの縄張り深くを一直線にえぐろうとしている。
相手は今日、王が不在なことを知っている。そして少数で戦うことを余儀なくされていることも。皆に神聖スキルについて口を閉ざすように言っておいたのは正解だった。神聖スキルの情報が敵に流れるのを防げた。この戦にも、スパイは参加しているのだから。
「それぞれに誰を向かわせましょうか」
トムソンガゼルが指示を仰ぐ。
「東のイリエワニをどこかで止めねばなりませんが、植物族を伴っているので能力の補助もあります。簡単にはいきませんね。進行速度はどの程度でしたか」
「あの感じだと、ここに到着するのは次に太陽が沈む頃」
オポッサムが答える。少し様子がおかしい、とブチハイエナは気がつく。やや鷹揚な態度はライオンの真似をしている時のようだ。しかし、今はそれに気を配っている余裕はない。
戦開始は月が昇りきった時だったので、太陽が沈む頃であれば、群れ戦終了時刻の少し手前あたり。猶予はある。しばらく足止めできれば、それだけで届かなくなるぐらいの歩み。しかし、足止めできれば、という前提が果てしなく困難であった。
陸上であればいくら超大型のイリエワニであっても、俊敏な動物が協力すれば狩ることができる。だが、水中であれば別だ。水中ではほとんどの動物の動きは鈍くなるが、逆にワニは浮力を得て地上よりも軽快に動くことができる。水中から、尻尾を使った大ジャンプすら可能で、水辺であれば敵はいないと言える。そんなワニが、神聖スキルによって常に水の力を得ているというのは非常に厄介。衰えない回転力を持つドリルが、ライオンの縄張りを掘り進んでいるようなものだった。しかもそれにスイセンという、これまた厄介な仲間がついている。植物族共通のバフ、デバフ能力に加えて。見たプレイヤーを惹きつけておびき寄せる神聖スキル。ワニの絶対領域である水辺へと獲物を誘い、大口で一撃の元に倒す。イリエワニと非常に相性がいい能力。
しばらく考えて、ブチハイエナはスピーカーを震わせる。
「イリエワニの対処は敵がこちらの防衛ラインまで到達してから行います。それまでに他の敵を可能な限り撃破しましょう。リカオン、チーター、シマウマの三名は南西から来るドールたちの迎撃に向かってください。リカオンがパーティのリーダーです。他二名は彼の指示に従うように。イボイノシシは北西のウマグマの対処をお願いします。フラミンゴは敵の位置までイボイノシシの案内を」
大型のイボイノシシはウマグマと同等の体長と体重。お互い雑食動物同士。肉食、草食、植物族の三すくみによる相性差もない。一騎打ちでも十分に戦える。ドール、ユキヒョウは肉食、ブラックバックは草食。対してリカオン、チーター、シマウマも肉食が二体に草食が一体。肉食多め構成なので、シマウマが相性不利になるが、そこはリカオンがうまく補って戦ってくれるだろうとブチハイエナは信頼する。
「分かった」と、リカオンがくしゃみをする。チーターはスピーカーで答える代わりに、にゃーお、と鳴き声を上げた。その隣でシマウマが「僕がリーダーじゃないのか」と落胆した表情を見せている。しかしリカオンに「行くぞ」と言われると、チーターと一緒にその後ろについていった。
イボイノシシもブチハイエナの指示に従い、すぐに北西に向かって走っていく。それを先導すべく、フラミンゴも飛び立っていった。もう全ての戦力を放出してしまった状態。本拠地に残ったのはブチハイエナ、オポッサム、ハゲコウ、トムソンガゼルだけになる。
「リカオンさんたちの案内はいいんですか」
と、トムソンガゼル。
「そうですね……」
ブチハイエナが一時、思案するそぶりを見せると、
「案内ついでに僕も戦えます。三対三から三対四になるだけでも大分有利だし、僕でもブラックバックの相手ぐらいはできますよ」
と、提案した。
「うん。ではお願いしましょう。リカオンのパーティに加わってください。問題があれば、戦線を離れて、私のところへ」
「はい」
言って、ぴょん、とトムソンガゼルは跳ねると、サバンナの草原をざわつかせながら走っていった。
「ぼくらはどうすればいい」
オポッサムがハゲコウを見上げながら、ブチハイエナに聞いた。ハゲコウは長い足ですらりと立って、従順にブチハイエナの指示を待っている。
「ハゲコウは巡回任務を継続。どさくさに紛れて小動物が拠点をすり抜けるのを防いでください。ムササビを発見した場合、可能なら排除を。ダチョウの生死が分かればその確認もお願いします。それからバオバブに伝言を頼みます」
「はいっ!」
ハゲコウが瞳をぎょろりと輝かせる。
「オポッサムは西へ」とブチハイエナ。
それを聞いたオポッサムが「西?」と怪訝そうに尖った鼻先を傾げると、
「ええ。ヌーと合流して、少し確認してもらいたいことが」
と、ブチハイエナは尻尾を立てて、深く頷いた。
大きな翼が広げられて、長いくちばしが天に向けられる。ハゲコウは任務を携えてバオバブの元へ飛んでいった。続いてオポッサムが小さな手足を一心に動かして、西へと全速力で走る。
それを見届けたブチハイエナは腰を上げて、岩場を下りると、朝日に照らされるサバンナの草原を、勇ましく駆け抜けていった。