●ぽんぽこ13-13 幽霊退治へ向かう一行
ボブキャットはジャイアントイランドのパーティと合流し、皆を乾燥した奇岩地帯へと案内していた。傾いた陽に照らされる草原の起伏を駆け抜け、台地を越えて進んでいく。ネコ科とラクダ科のパーティ同士で戦闘し、その後、レッドゴーストに襲われた場所へ。
ピューマとサーバルキャットは目の前でやられたが、オセロットとカラカルの生死は不明。ボブキャットを逃がすために、果敢に幽霊に勝負を挑んでいたものの、相手のスキルは圧倒的な性能。深紅の髪のフタコブラクダ。透明化に、こちらからの攻撃をすり抜けての無効化、そのくせ敵の攻撃はこちらに届き、浮遊能力まで持ち合わせていた。ふたりがまだ生きている望みは薄い。それは分かってはいたが、ボブキャットはもしかしたらという希望を信じて、急がずにはいられなかった。
そんな気持ちに応えるかのように、仲間たちが大地を蹴る力も強くなる。
土煙の尾を伸ばしながら先頭を走るのはジャイアントイランド。頭には緩やかにねじれながら一直線に伸びた角。喉元には大きな肉垂がぶらさがっている。肉垂のある首回りは黒っぽい毛衣におおわれ、まるで襟巻をしているかのような見た目。ジャイアントと名付けられているだけあってウマやライオンよりも大きな肉体。けれどジャイアントという名前の由来は、体ではなく角の大きさにある。ボブキャットの体長よりも長い角を引っ提げた巨体が躍動するたびに、褐色の胴体に縦に走る白い筋模様が、陽の光でちらちらと瞬く。
続くのはオジロヌー。全体的に黒褐色の毛衣だが、名前の通りに尾だけは白い。こちらの角も立派なもので、三日月状にカーブした切っ先は槍のように鋭い。背中にはウマに似たたてがみがある。
その後ろにボブキャット。ボブキャットは案内役なのだが、イランドやヌーといったアンテロープの卓越した走力についていくのが精いっぱい。ぜえぜえと息を切らしながら、進むべき方向を指示している。
ボブキャットの横をペッカリーが並走。イノシシに似ている動物だが、イノシシ科ではなくペッカリー科。性質は異なる。体格はイノシシよりも一回りちいさく、四肢はやや長くて身軽。ヘソイノシシという異名があり、背中にヘソのような臭腺のくぼみがある。ここから出すにおいによってペッカリー同士での意思の疎通をするのだという。
この四頭が大地を走る。が、集団の後ろの牧草地には、もうひとつ影。上空に羽音。飛行して追随するのはヘビクイワシ。白と黒の羽衣にすらりと伸びる足。アイメイクをほどこしているような華やかなオレンジの目元。頭を飾っている矢羽根のような黒い冠羽。見惚れるような美しさの鳥。ヘビクイワシは連絡役として、たまたまイランドのパーティの元を訪れていたのだが、これからおこなわれる戦闘に万全を期すためは空からの偵察役が必要だろうと、同行を申し出ていた。
この四頭と一羽が赤い幽霊討伐隊。
詳しい状況はボブキャットから聞いている。そろそろ目的地も近いというところまできて、前を走るイランドがすこし速度を落とした。
「ボブ。このあたりだな」
「うん。向こうに見えるヌーの角みたいな形の赤茶けた岩が並んでるあたり」
「まだいるかな」と、ヌーが湾曲した角を岩のほうに向ける。
「オイラが逃げるときに、オセロット姐さんとカラカルが戦って足止めしてくれていたから……。ふたりとも、まだ生きてればいいけど」
ボブキャットが表情を曇らせる。
「私が先にいって様子を見てまいります」
空からヘビクイワシが言って、天高くへと舞い上がっていった。地上の獣たちは歩くぐらいの速度になって、用心深く奇岩地帯に近づいていく。濃い緑だった大地からは潤いが剥がれ落ちて、枯れ草が目立つようになってきた。
そそり立つ奇岩はボブキャットが言ったようにヌーの角そっくりの三日月型。投げ放たれた無数の巨大ブーメランが地面に突き刺さっているようでもあり、巨人の肋骨のようでもある。大小はあれども、どれもがビルぐらいの大きさ。膨らみはじめた影を格子状にして、色褪せた草原へと伸ばしている。
しばらくするとヘビクイワシが戻ってきた。
「なんだかちょっと変。あそこの」と、くちばしを向けて「一番大きな岩のふもとにオセロットがいましたが、うつ伏せで横たわったまま、じっと動かないんです。生きているようではありましたが」
「よかった」ボブキャットが、ほう、と息をはいて「なんて言ってた? カラカルは? 幽霊は退治したのかな? それとも逃げた?」
「カラカルは倒れていました。死亡状態のようです。あたりにフタコブラクダの死体はありませんでした。ボブが話していたラクダ科の四頭とピューマ、サーバル、カラカルの死体だけ。それから、なんだかいやな予感がして、近づかずに引き返してきたので、オセロットからのお話は聞いていないんです」
「懸命だね。敵は透明になれるという話なのだから。一見安全そうでも、まだそこらをうろついているかもしれない」
イランドが、ふうん、と鼻息も強くうなずいて、
「皆、いいかな。これから先戦闘になるかもしれないが、その前に博識のぼくが、ボブの話よりもさらに詳細に敵のことを教えておこう」胸の前にぶらさがる肉垂をはって、「レッドゴーストというのは民間伝承だが、馬の二倍ほどの体格で、赤い長毛を持ち、背中には白骨を背負っているされている。空を飛んで逃げたとか、グリズリーを殺して食うだとか、身も毛もよだつ逸話の持ち主だね。悪霊の類と言っていいのかな」
「あー。そのあたりの説明は端折ったけど、ブチハイエナが言ってたなあ」
講釈の腰を折られたイランドはぐいと眉をしかめて、
「副長が? なら、こんな話は知っているかい。レッドゴーストの正体というのは軍事利用のために集められ、後に放棄された……」
「それもブチハイエナから聞いたよ」
一蹴されて、アヒルのように口をとがらせる。
「ちょっとマイナーなんだが、噂のひとつには翼を持つなんてのも……」
「そんな話もあったなあ。でもオイラが見たレッドゴーストには羽はなかったぞ」
「……」
ついには不機嫌そうに黙り込んでしまったが、しょげた毛衣を翼でなでるようにしてヘビクイワシが慰める。
「私はどれも初耳でした。とっても勉強になってありがたかったです」
その言葉にイランドはすぐに機嫌を直したらしかった。鼻先をふると、勇ましい眼差しで奇岩を見上げる。
「急ごうか」
再び先頭を歩きだす。音を立てないように注意しながら、ひときわ大きな岩の陰を目指して移動する。
「うん」
ヌーやペッカリー、ボブキャット、それからヘビクイワシが、大きな背中に続いて並び、それぞれの影をくすんだ牧草地の上で重ね合わせた。
屋根板が剥がれて骨組みだけが残されたような岩の寄せ集め。うずたかい奇岩が空をおおう暗がりにオセロットはいた。全体を支えるのは節ばった一本の太い岩。鳥を捕まえるザルの罠を彷彿とさせる風景。
周囲は死屍累々。ヘビクイワシから聞いてはいたが、ピューマ、サーバル、カラカル、それから敵のラクダ科四頭の死体が、戦いの痕も生々しく転がっている。
あたりにはラクダ科の動物たちが吐いた唾と、死体状態になった肉体の腐臭が混ざり合って、異様なにおいが充満していた。
イランドたち四頭と一羽は岩陰からそうっと様子をうかがう。斜め方向のずっと先の岩のふもとにオセロット。
「姐さんだ」
ボブキャットがちいさくつぶやいて駆け寄ろうとするのを、イランドが制止して引き戻す。
「いくな」
厳しい声。どうして、という問いかけがこもった瞳でボブキャットが見上げる。
「いるんだな」
ペッカリーが草に身を沈めて、オセロットのいるあたりに目を凝らす。オセロットはうつ伏せの体勢で四肢を大地に投げ出し、へたりこんでいる。ネコヒゲのはね具合すら弱々しく、体力は残りわずかという様子。
「いる」と、はっきりと答えたイランドの額には第三の目が開眼していた。
「いまのところ、ぼくらには気がついてないみたいだね。あの場所で罠をはって待ち受けているよ」
額だけではない。胴体の両側にもそれぞれ三つずつの目。さらには首元の肉垂まわりの毛がヤギのヒゲのように伸びている。
イランドは九つの目を使って、あたり一帯を細大漏らさず見通した。
「幽霊だろうと、ぼくから隠れることはできない。オセロットの背中に赤い毛並みのフタコブラクダがずっしりとのしかかっている。そのせいで身動きができないんだ。近づかなかったヘビクイワシの判断は素晴らしかったよ」
言いながら仲間たちにふりむくと、巨大な双角が風を切る。イランドが変じているのは白沢と呼ばれる瑞獣。瑞獣とは鳳凰や麒麟などと同じ瑞兆の象徴。つまり非常に縁起のいい霊獣。あらゆる妖異鬼神の知識を有しているという博識ぶりで知られ、その姿は魔除けの象徴。ピュシスのスキルとしては、妖怪や幽霊などの怪異に属する神聖スキルを見抜いて、効果を自身に及ぼすことを許さない、破邪、耐性の効果を持っている。
「オセロットは私たちを誘う疑似餌みたいなものか」と、ヌー。
「どうしよう。これじゃあ助けたくても近づけないよ」
すがりつくようなボブキャットの視線が、白沢となっているジャイアントイランドに向けられる。
「オセロットを助けるのは難しい」
「そんなあ」
「でも、順序だててやれば大丈夫さ」
「回りくどいぞ」ペッカリーがせかすように鼻で小突いた。「いちいち話が長い」と、ついでに普段から思っている不平もぶつける。
これにはショックを受けたというように、白沢が九つの目を丸くした。
やっぱり鬱陶しがられているのだろうか、と不意に考える。
というのも、イランドはすこし前から長から距離をとられてるように感じていた。群れ戦で同じパーティになることがなくなって、遠くに配属される機会が多くなった。信頼故に遠方を任されているのだと信じたいが、気になる。不安になる。
イランドはライオンを深く尊敬し、王の片腕、副長になることを目標にピュシスでは活動している。ブチハイエナに席を譲ってもらえないかと頑張ってはいるのだが、空回りするばかりで、うまくいってはいない。
と、こんなふうに思い悩んでいるイランドであったが、距離を感じるようになったのが、ちょうどタヌキが群れにやってきたタイミングだということを知る由もなかった。
「そんなに落ち込まなくても。悪かったよ」
ペッカリーが鼻先を下げると、
「いいんだ。ぼくこそ悠長だったね」イランドは暗い気分をふり払って「ようし」
深呼吸と共に複雑な感情を呑み込みながら、
「やろう。ぼくらは幽霊討伐隊だ」
円陣になって、四頭と一羽が鼻先とくちばしを突き合わせた。