●ぽんぽこ13-4 古巣はいま
「なにが聞きたいの?」
双頭のボーダーコリー、オルトロスがフェンリルに尋ねる。そうして、あくびでもするみたいに、空に向かって細く長い遠吠え。雲がきらりと輝く。時間をかけるのは構わない。こちらは防衛側。足止めできていれば、撃破は急がなくてもいい。ただし警戒は怠らず、いつでも戦える態勢は崩さない。
「俺が出ていったあとの群れの状態だ」
と、いまは大狼フェンリルの姿となっているハイイロオオカミが聞く。ウルフハウンドの群れのことは、ハイイロオオカミと共に群れを離れた紀州犬も気になっていたことだった。ほとんどがイエイヌで構成されたイヌ中心の群れ。
「ぼくらもそんなに長く残ってたわけじゃないけど」
ガルム、こちらはオールドイングリッシュシープドッグ、が答える。
「まず、副長のヒグマが長になったんだよね。副長が票を集めれば長になれるっていうシステムを使って。そのあと役職がなかったウルフハウンドに長の権限が移譲されて、入れ替わりにヒグマは副長に戻って、で、副長に降格した元長は役職を取り上げられたでしょ」
「そこまでは知ってる。なにせその元長ご本人様だからな」
「だよね。ごめん。えっと。それから……」
気まずそうにしながら記憶を探るガルムの説明を、オルトロスが引き継ぐ。
「もうひとりの副長だった紀州犬が出ていって、席がひとつあいたから、チワワが副長になったんだ」
「なんでチワワ?」と、フェンリル。チワワはイエイヌの犬種のなかでは最小。記憶では地味なやつという印象。特に目立ったところのないプレイヤーだった。
「僕らの神聖スキルはわりと早い時期に実装されたけどさ、ちょっと遅れてスキルが使えるようになったひとも多かったんだよ。チワワもそんなひとりみたい」
「ふうん。つまり、役に立ちそうなスキルを持っていたから、副長に抜擢されたってところか」
「だと思うよ。情報は長だけに集約する方針だったから、僕はどんなスキルか知らないけど。で、それからウルフハウンドは勝つための統率っていうのを重視して、群れを引っぱりはじめたんだ」
「俺の方針とはガラッと変えたわけだ」
「そりゃあ、変えるっていう触れ込みで、みんなが新しい長を求めた結果、あんなふうな革命じみた交代が起こったんでしょ。楽しくやろうってだけには飽きたんだなあ」
双頭のボーダーコリーに言われると、フェンリルは口をとがらせて黙り込んだ。
「みんな結構勝ちたがりだったのさ。あのときは負けが込んでたりもしたからね。あの後、何度か群れ戦をしたけど、勝ち続きだった。戦法としてはハメみたいでつまらなかったけど。みんな大喜びだったよ」
「長って難しいもんだな」
紀州犬がなぐさめるような言葉をこぼす。
「プレイスタイルはひとそれぞれだからね。エンジョイ勢もいればガチ勢もいる。戦に対してのスタンスも色々」オルトロスは双頭で交互に頷いて、
「僕らはみんなイヌの肉体を与えられたわけだけれど、イヌ科のプレイヤーっていうのは、明確な役割に基づいて、集団で一糸乱れぬ攻めをするみたいなことを好む傾向が強いような気がするね。ウルフハウンドはそれを理解していた感じがする」
「そりゃ、嫌いじゃないけどね」と、紀州犬。
「僕だってそうさ」
オルトロスは返して、
「でもさ。僕らはイヌじゃなくて人間だからさ。ウルフハウンドの群れ員の扱いはイヌに対するそれな気がしたんだよね。なーんか気に入らないっていうか。あいつは自分だけが人間で、イヌの飼い主だとでも思ってたんじゃないかな。これはもちろん、個人的な意見だけどね。まあ、そんな感じで僕は群れを出ることにして、アグーに相談したら、おいでって言われたから、ついでにシープドッグも誘って、このホルスタインの縄張りに身を寄せたってとこ」
「ここは居心地いいよ。魂の故郷って感じがする」ガルムの姿のシープドッグ。
「なるほどな」
渋面のフェンリルが重々しく牧草地を見渡した。
「けど」と、紀州犬。「ウルフハウンドの群れって、このトーナメントだともう負けてるんじゃなかったっけか」
「第一回戦でギンドロに負けたんだったかな」
ガルムが聞き及んでいる結果を思い出しながら、
「ギンドロの群れってあんまり噂に聞かないけど、強かったんだねえ」
そんなふうに言われれるのを聞いて「どうだろう」双頭が傾げられる。「僕ら以外にも群れを出ていくひともちょくちょくいたし、案外、ウルフハウンドのほうの群れが弱体化していただけかもね」
ふうん、とフェンリルの鼻息が強い風に乗って、遠くに運ばれていった。牧草がざわざわとイヌたちの体をなでる。
あいつは群れの維持には興味がなさそうだ、とハイイロオオカミは思う。闘争心が暴走しているようなやつだった。下剋上を果たせばあとは飽きるまで遊んで、飽きれば捨てるだろう。ボーダーコリーの言っていたとおり、楽しみ方はひとそれぞれには違いないが、マルチプレイのゲームである以上、他人と楽しみを共有しようという意思はあってしかるべきだと思う。ウルフハウンドにはそれがなかった。
大狼が深呼吸をするみたいに、空気を鼻いっぱいに吸い込む。はあ、と吐くと、ぬうっと立ち上がった。オルトロスとガルムが即座に身構える。
戦闘再開の予感に空気がひりつき、イヌたちの毛を逆立たせた。