●ぽんぽこ13-3 再会したイヌたち
「あっ。ひさしぶりー」
「よう。お前ら、こんなところにいたのか」
のどかな挨拶をかわしているのは敵同士。
ライオンの群れのハイイロオオカミと紀州犬。それから、ホルスタインの群れのボーダーコリーとオールドイングシュッシュシープドッグ。ハイイロオオカミ以外はいずれも同じイエイヌという種だが、犬種が異なる。
「元長じゃん」と、ボーダーコリー。
「元って言うな。事実だけど」
ハイイロオオカミが眉根につまめそうなぐらいのしわを寄せる。
「ふたりとも、まだアイツの群れにいるもんだと思ってた」
紀州犬が言うアイツとはアイリッシュウルフハウンドのこと。ハイイロオオカミの群れを乗っ取るような形で自分のものとしたプレイヤー。
「まーね」と、シープドッグ。「ちょっと好戦的すぎたかな。落ち着かなくって」顔が埋もれるほどふっさりとした毛の下で、つぶらな瞳が瞬く。白と灰色のふかふかの毛並みが、昇る太陽の光であたたまって、くせっ毛がくるりとはねた。
「俺が声をかけたときには、残るつもりに見えたが」と、ハイイロオオカミ。
「あのとき断ったのは別の理由」
ボーダーコリーは白黒の柔らかな毛をなびかせて、広々とした牧草地に視線を投げかける。
「長に誘ってもらったのはうれしかったよ。けど、僕らは牧羊犬ってやつだから。サバンナの環境よりも、こっちのほうが性に合ってる」
二頭の牧羊犬の瞳は、いずれもこの牧草地と、そこで共に過ごしている仲間たちへの愛おしさに溢れていた。
「皆さんは、どういう関係なんです?」
と、藪から棒に四頭のイヌ科たちの会話に加わったのはビスカッチャ。まんまるくふとった、ウサギに似た齧歯類。明褐色の毛衣に、草の上に投げ出された長い尻尾。前足を上げて後ろ足で立ち、ちょこんと座っているような体勢。目はとろんとして、眠そうな表情。ライオンの群れのメンバー。
「俺は以前、自分の群れを持ってたんだが、そのときの仲間だ」ハイイロオオカミが簡潔に説明する。
「ええ?」ビスカッチャは声も眠そうにして、けれどやや早口に「長だったのに、自分の群れを捨てたんですか」
「違う」と、はっきり否定して「色々あってな」やや弱った声色。
ハイイロオオカミは奸計によって追い出されたなんてことは言いたくなさそうに鼻先をそらす。
「そう、色々あって」紀州犬がかばうように付け足すと、ボーダーコリーやシープドッグも「うん」とか「ちょっとね」というふうに言葉を濁す。
「なんだか皆さん怪しいですね……」じりじりと後ずさる。「もしかして……!」目を尖らせたり丸くしたりすると、急反転して走り出す。
唐突な脱兎のごとき走りに同じパーティのハイイロオオカミや紀州犬は驚いて、
「どこにいくんだっ!?」
するとビスカッチャは一心不乱に四肢を動かし、ふり向きもせずまくし立てた。
「裏で全員つながってるんでしょ! わたしを四にんがかりで攻撃するつもりなんだっ!」
「そんなわけあるかっ!」
渾身の叫びも長耳には届かず、尻尾の先まで草にまぎれる。そうして、台地のふちの崖のあたりで一度、姿をあらわすと、まるっこい体格に似合わぬ俊敏な動作で駆け上って、すっかり見えなくなってしまった。
茫然としたイヌ四頭が残される。
「なんなんだ」
敵のふたりも顔を見合わせる。
「うーん」紀州犬はうなって「すっごい警戒心の強さ」
「優しい言い方するね。僕もあんまり言うつもりはないけど、彼女、ちょっと早とちりすぎなんじゃないの」と、ボーダーコリー。
「それで……、ぼくらはどーするの」
困り顔で尋ねたシープドッグに、ハイイロオオカミは気を取り直して、
「そりゃあ。戦うに決まってるだろ」
三角形の耳を突き立て、尖った牙を見せつける。
「だよね」
ボーダーコリーは喉を鳴らして、威嚇の声。
二対二。同じ群れに所属していた者同士。お互いに手の内はバレている。コリーもシープドッグもイヌ科の頂点に位置するハイイロオオカミの強さを十二分に理解していた。フェンリルのスキルのことも知っている。
と、ボーダーコリーの鼻先が空へ。こちらのスキルの存在も、もちろんのこと把握している。紀州犬がすこし下がって、背の高い草のしげみに入ったときから警戒をしていた。宙に浮かぶイヌの首。犬神のスキルで奇襲しようとしていたのだ。胴と頭を切り離し、それぞれ別々に操作して動かせるという奇妙な効果。空飛ぶ生首の牙に噛まれると、呪いの状態異常が付与され、能力値が大幅に低下してしまう。
ワン、と吠えてシープドッグに合図。イヌ科の戦闘に人間の言葉はいらない。イヌの言葉で意図を伝え合う。シープドッグは空飛ぶ生首から距離をとるように位置取りを変えた。
胴体と頭に紀州犬が分かれたことで疑似的な三対二に。ハイイロオオカミは大型犬のサイズ。紀州犬、ボーダーコリー、オールドイングリッシュシープドッグの三頭は中型犬。体格で負けているところに数での有利まで取られてはたまらない。
お返しに、とばかりにボーダーコリーもスキルを使う。かくんと首を傾げると、首元の毛が盛り上がる。こぶのように膨らんで、さらに大きく。見る間にこぶから耳が生え、目があらわれ、鼻が突き出て、口が裂ける。もうひとつの首に成長。ふたつの頭。双頭のイヌ、番犬オルトロスの肉体に変貌。
ハイイロオオカミもスキルを使って狂暴な大狼フェンリルの姿に。
続けざまにシープドッグが地獄の番犬ガルムの姿に変じた。ふっさりとした毛並みはそのままに、オオカミのようにマズルが長くなり、牙も強力に。顔つきもどことなく勇ましくなっている。体格が大型化し、能力値が軒並み上昇。
全員がスキルを使って応戦する体制。
フェンリルが暴風のような遠吠えを響かせる。その残響が消えるのを待たず、気合十分とばかりに、すぐ仕掛けてきた。ガルムに組みかかろうとする。牙を剥き出して、体ごと突進。ガルムになってシープドッグの肉体は大型化したが、フェンリルの肉体はそれよりもさらに大きい。正面から受けるのは危険。ガルムは少しずつ後退しながら直撃を避けて、フェンリルの攻撃の先端部分、鼻先や足先に牙を向けて牽制。
双頭イヌのオルトロスが救援に向かう。頭上から紀州犬の生首が飛んでくるが、片頭を使って追い払う。もう一方の頭でフェンリルの死角からその後ろ足を狙う。空中に目を置いている紀州犬が吠えた。大狼はその声で危険を察知。横っ飛びで回避。オルトロスは追いかけて、背後に回り込んでいく。同時にガルムも動いて、大狼を二頭で挟み撃ちする形。
前後から同時攻撃を仕掛けようというとき、オルトロスの背後から紀州犬の首のない胴体がとびかかってきた。爪をふりかぶり、のしかかってこようとしている。空にある生首が吠えると、即座にフェンリルが反転。オルトロスがやろうとしていた挟み撃ちを、逆に受けてしまうことに。
けれど、双頭のイヌは四つの目、四つの耳、二つの鼻で、紀州犬が奇襲してくるであろうことは事前に気がついていた。足さばきには迷いなく、フェンリルに背を向けると、紀州犬の首なしの胴体へ突撃。
犬神のスキルの弱点はよく知っていた。それは胴体。胴体の戦闘力は歯牙が抜けたイヌそのもの。空飛ぶ生首とは違って、地に縛られてもいる。
紀州犬の前足をひと噛み。ついでに、慌てて飛んできた生首も浅くひと噛み。頭と頭で同時におこなう。一撃で仕留める気はない。すぐに横をすり抜けて離脱。後ろからくるフェンリルの攻撃を紀州犬の胴体を盾にしてかわす。
位置が入れ替わったことで、フェンリルと紀州犬の二頭をオルトロスとガルムが挟む位置取りに変化。大狼と首無しイヌが背中を合わせる。宙を彷徨う生首の位置はオルトロスが片頭を使って常に把握。ガルムはオルトロスの索敵を信頼して、頭上に注意を分散させることはない。どっしりと構えて包囲を解かない。
紀州犬としては犬神の牙をどうにか敵に突き刺して、呪いの状態異常で相手を弱体化させたいところだが、隙が見つからない。攻めを急いだ結果、逆に傷を負ってしまった。オルトロスたちはじっくりと時間をかけてもいいという態度。イヌ科らしい狩りの手法。フェンリルが押すと引いて、引くと押してくる。絶妙な間合い管理。攻めに対しては攻めで返される。狙われているのは紀州犬。まずは一枚、敵を落として数的有利を取ろうという算段。
自分が足手まといになっていると紀州犬は感じる。他の三頭のスキルはいずれも肉体の能力を大きく向上させる効果があるが、犬神は補助タイプの効果。相手を惑わせ、状態異常をばらまくデバッファー。その肝心のデバフがかわされてしまっており、ただ首を遊ばせているだけになっている。
フェンリルは体格を生かして無理を通すこともできるが、そうすると紀州犬が狙われてしまう。かばわれている。そのことに気がついて焦りが募る。
くるんと丸まった尻尾をぐるぐると回す。すると、背後にいるオオカミの力強い尻尾が背中を叩いてきた。
空中から紀州犬の生首が見ている前で、フェンリルはゆったりと腰を下ろすと、前足も伸ばして寝そべった。
「疲れたな。すこし休むか」
オルトロスは双頭の口で笑って、
「そういうところあるよね。昔からさ」
「どういうところだ?」
「余裕がないときほど、余裕みせちゃうところ」
「そうかな? まあいいや。お前らをぶっ倒す前に聞いておきたいことがあるんだが」
不敵な言い草にオルトロスとガルムは獲物越しに視線を交わす。フェンリルは寝そべりながらも、いつでも動けるように、その筋肉ははりつめている。油断を誘う作戦か。なにをしてくるか分からない凄みがある。
「紀州犬。スキルを解いていいぞ」
フェンリルが言うと、
「……分かった」
生首が牧草に埋もれている胴体に戻ってピタリとくっつく。
「お前らも座れよ」
だが、他にはだれひとりとして、草の座布団に腰を下ろしたりはしなかった。