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●ぽんぽこ13-1 準決勝、牧草地帯

 ピュシスには、また新しい朝がやってきていた。太陽が昇ってしばらくした頃、トーナメントの準決勝がはじまった。

 ホルスタインの群れクランの縄張りである牧草地帯。牧草とはいわゆるイネ科やマメ科の草。青々とした草がゆるやかな丘や台地を絨毯じゅうたんのようにおおっている。ところどころに林があるが、見通しは悪くない。いくつかの小高い奇岩が大地に突き立っており、目立つランドマークとなっている。

 気持ちのいい青空の元、ライオンの群れクランのプレイヤーたちが次々に攻め込んでいく。各地の拠点を外側から巡って、目指すのはゴール。敵の本拠地。台地の頂上。円柱状の岩に丸い岩が乗っかった奇岩の鎮座ちんざするところへ。

 攻略側のライオンの群れクランの作戦は、至極しごく単純に力でもって押しつぶすこと。ホルスタインの群れクランとライオンの群れクランでは、地力に相当な差がある。小細工をろうするよりも、思いっきりぶつかったほうが相手は嫌がるだろうという判断。それに、サバンナの動物たちには、そういった真っ向勝負のほうが性に合っている者が多い。慣れた攻めなら実力も出しやすくなり、士気も上がるというもの。戦況が変化した際には、司令塔であるリーダー副長サブリーダーたち、ライオン、ブチハイエナ、リカオンが調整すればいい。

 そうして、いくつかに分けられて進攻するパーティのひとつが、陽にあたためられた牧草地を横切っていた。

 シロサイ、キリンという超強力な草食動物のタッグ。それにもうひとり。大型肉食動物のオオアナコンダが加わった十分すぎる戦力のメンバー。

 オオアナコンダはふたりに比べれば移動速度に大きく劣るので、両方の背中を借りて、橋をけるように乗っかっている。キリンの背に頭を、シロサイの背に尻尾を。

 恋人同士が一本のマフラーを共有して結んでいるような見た目。だが、ふたりがそろって顔をしかめているので、ロマンチックな雰囲気はない。

 というのも、なにせ、キリン二頭分ほどに達する長大な体長のオオアナコンダ。胴体の太さもかなりのもの。体重はライオン一頭分を越えており、相当な重しとなっている。

 シロサイとキリンはずっしりとのしかかってくる新参者を運びながら、周囲の警戒もしなければならない。当のアナコンダはくつろいで、空を見上げていい気なもの。

「ここいらで、もうこいつを置いていかないか」

 シロサイが道中で何度も口にしている文言をこぼす。

「ひどいぜ」と、オオアナコンダ。

「さすがに重いよ」

 キリンも不満げ。

「すこしは自分で歩けよ」

 シロサイが言うと、アナコンダは大笑いしているようにさけけた口から割れた舌をちろちろとのぞかせて、

「歩け? ヘビに歩けなんて面白いこと言うねえ。足もないのにどうやって歩くのかなあ」

 とぼけた言い草に、ついにシロサイは怒りを噴出ふんしゅつさせた。

「もうやってられん!」

 ぶるりと体をふるわせて、背中に乗っかる邪魔者をふり落とそうとする。

「ヘビが歩くと言って、言葉としておかしなことはないだろうが! げ足を取るな!」

「ヘビには足がないもんでね。げれる足がないからなあ。足があったら蛇足だそくになっちまう。取られるげ足があってうらやましい限りだ」

「うるさいっ! キリン。こいつはここに置いていくぞ。自分で進ませる。後ろからきている林檎りんごちゃんと合流できるだろうからちょうどいいだろ」

 キリンは後ろをふりかえる。このパーティにはもうひとり。林檎の植物族ドリュアスも割り当てられている。けれど植物族ドリュアスの歩みに歩幅を合わせていると、戦において重要な序盤の進攻が遅れてしまうので、いまは動物たちで先行して道を切り開いていた。

「こんなくさい家畜小屋のど真ん中に置いていかないでくれよ」オオアナコンダ。

「その悪い子ちゃんのお口を、もうちょっとお利巧りこうさんにできればね」

 と、キリンもアナコンダを置いていこうかと、すこし考えはじめている。

「俺は正直者なだけさ。家畜は家畜のにおいがするだろ。野性から離れた連中は、においを消そうって考えがないんだよ。嫌なにおいだ。しゃべってないと息がつまる。だからこのぐらいは許してくれ。誰か大掃除でもしてくれないもんかねえ。まるでアウゲイアースの家畜小屋だぜここは。英雄様ヘラクレスがやったみたいに、川でも流れていればいいんだが」

 そんなことを言いながら、水場を探して視線を遠くに投げかける。

「おしゃべりなやつだ。息のくささで耳がくさる」

 シロサイが嘆息たんそくしていると、

「敵だ」

 オオアナコンダがぴしりとするどい声を発した。

 槍のように伸ばされた体が空の一点を指し示す。大きな鳥が雲をかきわけて飛来してくる。視力の弱いシロサイは、ラッパのような耳を空に向けた。キリンが優れた視力で敵の正体を見極める。

「グリフォンみたいな……」

 ワシの前半身と、ライオンの後半身を組み合わせた合成獣であればグリフォン。けれど、やってくる敵はそれとは様子が違った。前半身はワシだが、後ろ足にひづめがある。

「違う。ヒッポグリフだ」

 キリンが断定だんていする。ヒッポグリフはワシの前半身にウマの後半身という合成獣。伝説ではグリフォンと雌馬のあいだに生まれたとされている。

 やってくるヒッポグリフのワシの部分はつやのある茶色で黄金色に見える。ウマの部分は白い。白馬だ。ワシのとがったくちばしが朝日に輝く。重種のウマほどの体格。それを宙に浮かせる規格外の翼のパワー。あの巨体が重量にまかせて空から突撃してくるのは脅威きょうい。しかし、体格や重量においてはキリンたちも負けていない。キリンは重種のウマの二倍ほどの体重。シロサイはそんなキリンのさらに二倍の体重。正面からぶつかりあったとして、簡単には押し負けない。

 シロサイとキリンは顔を見合わる。お互い、受けて立とうという目。オオアナコンダは背中から降りて、地面をう。

 ヒッポグリフが降下してくる。くちばしだけではなく、後ろ足のひづめにも注意が必要。キリンは軽くステップを踏んで、敵が寄れば首を使ったネッキング攻撃で打ち返してやろうと身構える。シロサイも角を突き上げ前足で地面をかいて臨戦態勢。ぶつかってくるのなら、つるぎのような巨大なニ本角でカウンターを決めて、刺し貫いてやるつもり。

 接近。緊張感が圧縮されて、攻撃の一瞬に向かって意識が収束する。

「ブタとアヒルがきてるぞ」

 唯一、足元に目をやっていたオオアナコンダが知らせる。だが、キリンとシロサイはいまはそれどころではない。不穏ふおんな影を落とす空の強敵に比べて、ブタとアヒルなど気にかけてはいられない。

「そっちは勝手にやっててくれ」と、シロサイは対応をアナコンダに放り投げる。

 言っているあいだにもヒッポグリフが頭上をかすめる。攻撃はお互いにからぶって、空に逃げられる。旋回して、再びおそってきそうな気配。

 地上のほうでは黒いブタと白いアヒルが牧草をかきわけて走ってきていた。ブタはなかなかの速さ。堂に入った突進。アヒルは羽根を散らしながら、すこし遅れてどたどたと走っている。

 ブタはキリンのほうへ、アヒルはシロサイのほうへと向かっているようだ。オオアナコンダはブタを標的と定める。アヒルは放っておいてもよさそうだ。シロサイの頑強がんきょうな皮膚に、軽いアヒルの攻撃など通るはずがない。ぶつかったりしたら砕け散るのはアヒルのほうだ。キリンも強力な蹴りでブタの一頭ぐらいは軽くいなせるだろうが、いまは足元へ意識をくのは難しそうだ。

「シロサイのほうにアヒル。キリンのほうにはブタがいってるぞ。足元に気をつけろよ」

 と、仲間に知らせて、オオアナコンダはブタを待ち受け、牙をきだす。

 まるまると太ったブタの黒い体が跳ねるように躍動やくどうし、短い四肢ししせわしなく動いている。ブタはブーブー、アヒルはクワックワッと鳴きながら、明らかに無謀むぼうと思える攻め込み。

 アナコンダがブタに首を伸ばした。けれども、ブタはボヨンと転がって、大蛇の一撃をかわす。近くで見ると、その黒ブタには片耳がなかった。しかも、異様なことに影がない。片耳豚はアナコンダの背中を飛び越えて、絡みつこうとするヘビの鱗をも駆け抜けてキリンの元へ飛び込んでいく。

「キリン。そっちにいったぞ」

 一方ではアヒルがシロサイの元へ。空高らかにクワッーと鳴くと、バサリと翼をはためかせ、ヘッドスライディングの体勢で、シロサイの腹の下へともぐり込もうとした。こちらのアヒルもよく見ると、ただのアヒルではない。不気味な雰囲気をまとった、片足のないアヒル。

 シロサイはしゃがむことで敵を腹で押しつぶそうとする。けれど、片足のアヒルは見事の滑り込みで、シロサイの前足のあいだをくぐって、後ろ足のあいだから飛び出した。

 キリンに突進した方耳の黒ブタも、蹴りをかわしてキリンの股下をするりとくぐり抜ける。

 そのとき、思いがけないことが起こった。

 シロサイとキリンのふたりがくずれ落ちるようにして倒れて、そのまま微動びどうだにしなくなったのだ。

「おいっ!」

 オオアナコンダが呼びかけるが返事はない。

「どうしたっ!」

 それは死の静寂せいじゃくだった。体力(HP)が一瞬にして尽きている。

 ブタとアヒルが立ち止まり、ふり返ってオオアナコンダに鼻先を向ける。空ではヒッポグリフが威圧的にはばたきながら旋回している。

 風が牧草をぐと、アナコンダのほほを冷たく打った。じりじりとした太陽が、ヒッポグリフの巨大な影で、大蛇の体の黒い水玉模様を塗りつぶしてしまう。

「……こいつは、ちょっぴり波乱の幕開けだな」

 オオアナコンダは苦い顔で舌をおどらせる。そうして厳しい戦闘の予感に、心を静かにき立たせていた。

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