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▽こんこん12-9 街へ

「この変態野郎がっ! おとといきやがれっ!」

 ノニノエノは狩人が逃げていったと見るや、威勢よく啖呵たんかを切る。子供に迫る狩人を見つけて、考えなしに走り出してしまったが、組み付いたときには死ぬ思いだった。自分の少年時代にあまりいい大人と巡り合わなかったこともあり、ああいう場面では色んな感情が想起されて、体が勝手に動いてしまう。

 脳震盪のうしんとうで意識が飛んでいたクユユが起き上がる。口のなかの異物に気づいてペッと地面に。ビゲドの指。顔をしかめて、唾を何度か吐き出す。それから大きく息をついて、激しい加速で上昇した体温を冷ましながら、視界のはしでゆれている螺旋らせんの角に話しかけた。

「昆虫?」

「こんちゅう?」

 ノニノエノはオウム返しにふり向き、地面に落ちているイモムシのような指を見ると、動揺したように視線をおどらせて、

「昆虫、ってピュシスにいない生物種のことか。なんの話だ」 

「だって変態って……。虫って変態ってのをするんでしょ」と、クユユ。

「あー。そんなデータを読んだような……。いや、さっき言ったのはスラングのほうで」

「スラング?」

「俺の仲間内の……」と、ノニノエノは言いかけたが、「それよりも」説明を中断して引き返す。

 狩人におそわれそうになっていた子供は、夢から覚めたばかりといったぼんやりした表情で上体を起こしていた。それをヴェロキラプトルが上からのぞき込んでいたので、ノニノエノはまさか食べたりしないだろうかと急いで子供の元に向かう。

 さいわい杞憂きゆうであった。ラプトルは子供のつむじのあたりをしばらくぐと、フンと大きな鼻息を鳴らして興味を失ったようだった。

「お嬢ちゃん。無事かい? 変なことされてないか?」

 子供はぽかんと口をあけたまま、ノニノエノの角を見上げて、不思議そうに目をまんまるにした。

「あれ? なんでこっちにきちゃったんだろう。帰らなきゃ」

「帰るって。お家はどこなんだい。よかったら送っていくけど」

「ピュシス」

 という答えにノニノエノは戸惑とまどう。

「えっと。お嬢ちゃんお名前は?」

「スウちゃんよ。ネジネジさん」

「ネジネジ?」

 螺旋らせん状の角を触る。これのことか。

「いまはピュシスで遊んでいる場合じゃないぞ」

 せるように優しく言う。いままでこの子はログインしていたんだろうか。狩人に放り投げられたはずみで意識が覚醒して、ログアウトしてきたようだ。

 スウとやりとりするノニノエノの後ろを通って、クユユが地面にうつせになっているカヅッチに駆け寄る。

「ごめん。スウちゃんが捕まってるのが見えたから」

「これぐらい、なんともありませんよ」

 と、答える声はそれほど大丈夫そうではない。クユユの助けを借りてなんとか起き上がると、両腕のないカヅッチもスウの元へ。

「カヅくん。ユユちゃん。きちゃった」

「いらっしゃい」

 と、クユユはスウに調子を合わせる。現実と仮想が逆転している子供。この子にとってはこちらが仮想。向こう(ピュシス)が現実。

「あたし帰るね」

 またログインしようとするスウにノニノエノが、

「まてまてまて。いまは危ないから、お兄さんたちと一緒に逃げよう。さっきの悪い狩人にガブガブッとみつかれても知らないぞ。噛まれたら痛いぞう」

 両手を広げて、すこしばかりおどしつける。

 スウは首をかしげると、クユユを見て、それから隣に視線を移し、いま恐竜の存在に気づいたみたいに目を見張った。

「だれ? あなた」

 物おじせずに近づいて、鱗の肌に手を触れる。

「その人は、ええっと、なんだっけ。なんとかっていう恐竜で」

 トラから種族名を聞いていたはずだが、ど忘れしてしまっている。

「ヴェロキラプトルですよ。おそらくは。すこし、大きすぎますが」と、カヅッチが教える。

「ふうん。ラプちゃん。あたしはスウちゃんよ。よろしくねー」

 スウが落ちていたガラクタの箱を積み上げて、足場にすると、ラプトルの背中によじ登る。背中にまたがられてもラプトルは無反応だった。

「あっははは。おもしろーい」

「こらこら。静かにしなさい」ノニノエノが慌てて口を閉じさせようとする。

 横から見ていたクユユが、

「カヅッチも乗せてもらえない?」

 と、聞いてみる。ラプトルは元人間だとはいえ、言葉がどれだけ通じているのかは分からない。けれど、いままでの反応からして意思疎通ができている気配はあった。クユユのお願いが伝わったのか、ラプトルが首を下げる。

「そんな。僕は自分で歩きます。いいですよ」

 遠慮なのか拒絶なのか曖昧あいまいな態度をとるカヅッチを、クユユはラプトルの背中に押しやる。カヅッチはあらがう気力が尽きているようで、されるがままにラプトルの背中に乗ることにした。ノニノエノも手伝って、スウの後ろにカヅッチをまたがらせる。両腕がないのでつかまってバランスをとることができず、ひどく不安定だ。

「スウちゃん。カヅッチを支えてあげてくれない?」

「あたし。帰らないと。ワニくんと、センくんが待ってるのに」

 すこし不満そうにほほふくらませる。そうしながらもカヅッチをおんぶしようとして、後ろ手を宙に泳がせた。うまくいかないので怪訝けげんな顔でふり返って、カヅッチを見上げると、

「カヅくん。腕どうしたの?」

 いままで気がついていなかったらしい。

「いらなくなったから。捨てたんですよ」

 冗談めかした答えに、スウは瞳をまたたかせる。

 ノニノエノはまた義手を拾いにいったが、乱暴に投げたせいで、かなり損傷してしまっていた。もう本来の役目は果たせそうにない。逡巡しゅんじゅんして、結局、カヅッチの言葉通り、捨てていくことにする。

「どこまで支えればいいの?」

 スウが聞くと、カヅッチはすこし思案して、

「街まで。公園がいいかな」

「そこまでだけだよ」

「ありがとう」

「あいつが逃げていったのとは別の方向にいったほうがいいな」

 ノニノエノが言うと、スウが視線を巡らせて「あっちならラプちゃんでも通れる道があるよ」と、枝分かれする道のひとつを指差した。

 すぐに移動をはじめる。いつ狩人が体勢を整えて戻ってくるかも分からない。

 街を目指す。

 カヅッチはささやかな望みのため。ノニノエノは、いまだにロロシーをさがして。

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