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▽こんこん12-7 それぞれの終着点へ

「歌手かと思ってた」

 と、ノニノエノが思わずこぼしたのは、クロハゲワシのシャープな服装の雰囲気がそう見えたから。あとは半人ハイブリッド化によって首元にワシの羽毛がえられていて、芸能関係者っぽい豪華ごうかな印象があったからだろうか。

 カヅッチの上司だというクロハゲワシのヂデは、連れてきたクズリを羽交はがめにしたまま、ラアの元にまで引きずっていく。

「俺は工場管理職だ。一応はカヅッチの上司にあたるのかもな」軽い自己紹介。

「ハゲワシのあねさん」

 つかまえられているクズリの半人ハイブリッドは弱った声を出して、

「もう頭は冷えたからさ。そろそろ放しておくれよ。腕がしびれてきた」

「勝手なことはしないか」

「ああ」

「暴走するなよ」

「ああ」

「お前はトラみたいに人をおそっちゃあだめだぞ。やむを得ないとはいえ、あれは悪い動物の見本だ」

「……ああ」

 返事を聞いて、アフリカゾウとアジアゾウの半人ハイブリッドのあいだに置く。クズリは肩身が狭そうに腰を落ち着けると、肩の具合をしきりに確かめた。

「ヂデさんも半人ハイブリッドだったんですね」

 カヅッチはとがったくちばしや、いまも抜け落ちてハゲワシらしい髪型に近づこうとしている頭に目を向ける。ヂデはやっと空いた手で、こだわりもなく髪をふり払うと、威圧的なワシの目を見開いて、カヅッチの瞳をのぞき込んだ。

 ふたりはロロシーの父親ロルンの工場で働く同僚。とはいえ、カヅッチは技術者というわけでもなく、こまごまとした物を運ぶ運搬屋に過ぎない。役職としての立場には雲泥うんでいの差がある。

「なんだか死にそうな顔をしてるが」

 ヂデが言っているあいだに、カヅッチの両手の義手の関節部分が外れた。肉体の変化で接合部がずれてしまったのだ。両手が順に、音を立てて地面に落ちる。崩壊する直前の人形といった風体。倒れそうになった体をクユユが支える。

「まさしく死ぬ寸前ですよ。頭のなかがぐちゃぐちゃなんです」

 駆け寄って義手を拾おうとしたヂデに、カヅッチは、

「もういりません」

 目もくれずにヂデの横を通り抜ける。残された二本の足と、肩を支える手だけを頼りにして、立ち止まらずに、いってしまった。

「ゾウくんよ」と、ノニノエノ。

「なんです? 探偵さん」

「俺はあの人たちと一緒に街にいくよ。さがしてた……」ちらりとヂデに目をやる。カヅッチとの会話を聞いていたのでロロシーの家の工場関係者だということは分かっている。ソニナはロロシーが行方不明になっていることをせるようにノニノエノへの依頼時には頼んでいた。身内に近い人物だというのなら特に避けたいところだろう。こんな状況ではあるが、職業意識がまず働く。

「ロ……」と、ラアが発音しそうになったのをさえぎって、

「ああっと! 名前はちょっと」目配せする。伝わったかは分からないが、ラアは黙ってくれた。

「とにかくだ。ここには俺のさがし人はいないみたいだったから。街のほうを見て回ってみる」

 商業地区での話。食物フード店で一時休憩をとっていて、ふたり以外が倉庫などに出払っていたとき。ラアは探偵に、ロロシーがこのガラクタ広場にいるということを教えてくれていた。だから、仲間を集うためにガラクタ広場に向かうトラの一団に、ノニノエノも同行していたのだ。

 ここにきてすぐに狩人が追いついてきて、撃つや撃たれるやの騒ぎとなった。狩人を避けながらガラクタ広場を一周したが、さがし人は見当たらない。他の半人ハイブリッドたちと同じく、どこかに逃げたのだろう。そうして向かうとすれば、とりあえずは街のほうではないかと探偵としてのかんが告げていた。加えて、ちょっぴりは、トムソンガゼルとチーターの半人ハイブリッドのふたり組を、このまま放ってはおけないという、湿っぽい感情もあった。

達者たっしゃでな。ゾウくん、ゾウちゃん」

 アフリカゾウ、アジアゾウの半人ハイブリッドのふたりに言って、クロハゲワシとクズリ、それからラプトルにも別れのあいさつをする。

 探偵はカヅッチが置いていった義手を拾い上げて、するどさを増した走力で、枝分かれしたガラクタの道を走り去っていった。

 ラプトルはしばらくとどまっていたが、ややあって螺旋らせん状の角のあとをのっしのっしと追いかけていった。


 ヂデは去る者たちを見送って、ラアたちに向き直る。残ったのはアフリカゾウ、アジアゾウ、クズリ、クロハゲワシの半人ハイブリッドの四名のみ。仲間を集うためにこの地を訪れたのに、逆に大幅に減ってしまっている。

「トラは狩人との決着を、ここでつけるらしい。片付けておかないと気が済まないようだ」

 ハゲワシの話を聞いて、ラアがたずねる。

「ヌートリアさんと、アイビーさんは?」

「ついてこなかったところを見ると、トラに付き合うんだろう」

「それじゃあ。惑星コンピューターカリスへの行き方は?」

「それなら俺が聞いてきた。航行システムの動かし方なども、まあ、一応は理解できている。そういうものがあることは知識として知っていたからな」

「ハゲワシさんは、ぼくらと一緒にきてくれるんですよね」

 そうでなければラアの望みは行き詰ってしまう。ラアはトラたちをこのガラクタ広場に案内したことで、狩人という大いなる厄災やくさいをも招いてしまったことに強い責任を感じていた。何名もの同胞どうほうが狩人によって狩られた。

 罪滅ぼし、というには利己的すぎるかもしれない。けれど、自らが望んでいるということをわきに置いたとしても、惑星コンピューターカリスを破壊し、第一衛星アグライアよりずっとずっと太陽に近い輝きを持つ恒星を手に入れることは、全ての半人ハイブリッドたちのためになるはずだと信じていた。そのために行動することで、死んでいった同胞に報いたかった。

 ヂデはラアの決意の眼差しを見つめ返し、そうしてとがりきったくちばしの先をはじくような手つきで触る。

「いってみるしかないか」

「ありがとう」と、お礼を言ったのはアジアゾウ。

「クズリはどうするんだ」

「あー、どうしよっかな」

 頭をかいて、自分の爪の鋭さを忘れていたらしく「いてっ」と、とびはねる。今度はそーっと髪を爪でかき上げると、

「正直、よく分かってないんだよな。もうさ、わけ分かんない。いったんねえさんについていってもいいかな」

「おそらく、途中で引き返したりはできないぞ」

「まあ、そのときはそのときで。どうせもう家に帰ってもしょうがないし。いいんだよ」

 遠くから銃声。狩人が徘徊はいかいしている。ぐずぐずしてはいられない。

「後悔するぞ」

 忠告はするが、止めはしなかった。

「いきましょう」

「いこう」

 アフリカゾウとアジアゾウの二重奏を合図にして、ハゲワシは歩き出す。

 点検口まで皆を先導する。目的地は工場地区の外れにある区画。足を踏み入れたことはないが、仕事の関係上、おまかな地理は把握できている。

 ふと違和感。そでをまくると、鳥肌っぽくなった皮膚を、萌芽のような羽毛がおおいはじめていた。翼になるのか、と空を見上げる。

 半人ハイブリッド化の行きつく先は完全な動物だと聞いた。実物も見ている。あのラプトルのようになるのだろう。

 惑星コンピューターカリスが停止すれば空調システムが乱れて、雲や風があらわれるかもしれない。さらに、空に浮かぶのが第一衛星アグライアではなく太陽のようにあたたかい恒星だったなら、飛ぶのはさぞかし気持ちがいいだろう。

 ピュシスはたしかに素晴らしい仮想世界だった。けれど、やはり実在性を求めてみたくもなる。例え本物ではない模造品だったとしても、実物として存在する自然を感じてみたい気分になってきた。ここからは引き返せないとクズリに言ったが、後戻りできなくなったのは、もっとずっとずっと前の地点からだったのかもしれない。

 隣を歩くアジアゾウの鼻に触れてみる。

「なにするんですか」

 くすぐったそうな声。

「いや。すまない」

 言うと、手をつなぐみたいにして、クルリと長鼻が巻きついてきた。にぎり返してみると、あたたかく、思っていたよりも硬い感触。

「力強いな」

「そりゃあ。ゾウは最強の動物だから」すこし打ち解けた態度でアジアゾウが胸をはる。

「最強はライオンじゃないのか」

 ヂデはピュシスのライオンを思い出す。それからタヌキのことも。キングコブラの群れクランとの群れ戦クランバトルには勝ったのだろうか。勝ったと思いたい。戦の最終局面。クロハゲワシはヒュドラ―の攻撃で体力(HP)がゼロになったあと、ゲームがぷつりと落ちてしまったような具合だった。そうして現実での自分の体の異変に気づいて、とてもログインできる状況ではなくなった。

 グリフォンやアンズーの合成獣の力を使い、タヌキと一緒に戦った。戦えることを喜んでいたタヌキが、それを失ってどうしているかはすこし気がかりではある。

「ライオンが最強なのはゲームのなかでのお話だけ」

 アジアゾウの言葉に「そうかな?」と、疑問を投げかける。すると、長鼻にこもる力がギュッと強まったので、驚いて手を離した。

「強いんですよ」自信ありげなアジアゾウの瞳。

「俺だって強いさ。ヘラジカにだって勝てる」

 クズリが話に加わると、

「そのぐらいにしておいてよ」

 と、アフリカゾウのラアが止めにはいる。

 皆、いまは口を閉じることにして、狩人に見つからないよう、慎重にガラクタ広場の外へ。工場地区の点検口へと向かう。

 太陽を得るための戦いへ。カリスの元を目指して。

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