▽こんこん12-6 ゾウたちとの合流
アフリカゾウとアジアゾウの半人のふたりは、パイプ林の近くの山から離れて、事前に決めていた合流地点、ガラクタ門で身を潜めていた。
二本の柱と、そのあいだを渡る梁のガラクタで構成された門。なにかが建造される途中の残骸のようなのだが、その完成図はだれも知らない。
身を寄せてうずくまるローブをまとったゾウの子供たち。人間離れした体形にまで変質しているので、ローブ以外の服はもう着ることもできない。長鼻はゾウそのもの。耳は薄く広がりはじめている途中で、肌の質感は変わり、両手両腕は数倍の太さに。爪も蹄に置き換わっているが、かろうじて二足歩行なのが人間らしさのわずかな名残。やがて二本足では体が支えきれなくなって、四足歩行に変わるのが最後の仕上げとして残されている。
アフリカゾウのラアは、探偵にもらった中折れ帽をかぶり直して、仲間の到着を待ち望んでいた。
トラと狩人の戦いを山の上から支援したが、狩人は突然に捕食者の一面を露わにしてトラに手痛い傷を負わせた。濃い血のにおいにまみれたトラが逃げるのを確認したゾウたちは、ここまで後退してきたのだった。
不安に鼻を漂わせる。狩人の冷たい銃口は、動物の心に恐怖の種を植えつけた。人間が動物を狩ろうとする様が、動物の身であればこそ、とてもおそろしかった。半人は人間に狩られる運命にあるのだろうか。それが当たり前なのだろうか。そんな悍ましいことは想像もしたくない。
別に狩られる側に立ちたくないわけではない。狩る側に立ちたいわけでもない。狩人の顔は歓喜に染まっていた。弄ばれるように自身の命が奪われるのには我慢ならないということだ。弾圧や排斥のなかで生きるのも嫌だ。ゾウとして生きることが当たり前である自然のなかに身を置きたい。ありのままのゾウになりたいのだ。そのためにはやはり、トラが言っていたように太陽がなければ。それに代わる恒星が。植物たちの繁栄こそが、必要な第一歩目となるだろうから。
考え込むラアに、不意にアジアゾウが鼻を伸ばして握手を求めてきた。こちらも鼻を伸ばして、そっと握り返す。鼻を絡めるのはゾウ流のあいさつ。ゾウらしい行為に、人間的な不安はすこし後退していった。
足の裏にかすかな振動。研究所で探偵に巻いてもらった布をほどいて、素足で地面に触れてみる。よりはっきりと振動が伝わってきた。力強く爪弾く音。ヴェロキラプトルの足音だ。
大柄な恐竜の姿が見えてくる。恐竜の他にも三名。ブラックバックの半人である探偵と、トムソンガゼルとチーターの半人のふたり。カヅッチとクユユだ。
カヅッチの角はすこし会っていなかったあいだにも目に見えて伸びている。歯をがっちりと噛みしめて、険しい表情。クユユと探偵は、危なっかしく歩くカヅッチを気にかけながら、その左右についていた。
「どうしたんですかカヅッチさん?」
新たに加わっているふたりとはガラクタ広場での顔見知り。見知らぬ半人たちを見て、背中に隠れるように身を縮めたアジアゾウを安心させるように、先んじて呼びかける。
カヅッチは蹄を地面に擦りつけて、獣らしさがかなり濃くなった顔を遠くから向けると、
「ヘマをしたんだ。消滅だよ。オートマタ、敵性NPCにしてやられてね。やつらが群れ戦中に割り込んできたんだ」
「そういえば今日、大会? トーナメント? を、やってるんだっけ」
探偵はいま思い出したというように角を回す。
「ブラックバックのこと、ダチョウがさがしてたよ」と、クユユ。
「えっ? ダチョウの親分と知り合いなの?」
「わたしチーター。気づいてなかったの?」
「あっ。そうなんだ」
ブラックバックはいま、チーターと同じくライオンの群れの一員。クユユはまだ外見に関しては、種族を確定できるほどの変化はない。せいぜいラプトルと相対したときに上げられた、威嚇の鳴き声がネコっぽかったぐらいなもの。
「どうして見てたの」クユユが静かに言って肩眉を上げる。
「見てた?」螺旋状の角が大きく傾けられた。
「ピュシスでよく、近くの藪なんかにいたでしょ」
「ああ、それなら……」片手で角をいじりまわしながら「いやあ。毛並みがきれいだなあ、と思って……。あとは俊足の動物同士のシンパシーといいますか。そんな感じの……」
いずれも事実なのだが、なんだか言い訳がましくなる。
陸上動物のなかで最速を決めるとすれば、一位はダントツでチーターなのだが、二位以下はかなりの混戦。プロングホーンやスプリングボックには劣るものの、ブラックバックもかなり上位に食い込む走力の持ち主。他にはダチョウやライオン、ジャックウサギ、ピューマ、トナカイ、それにトムソンガゼルもランクインするだろう。恐竜まで含めるなら、ガリミムスというニワトリモドキという意味の名前のダチョウに似た骨格を持つ恐竜が、チーター並みの速さで走ることができたとも聞くが、これは確定できるデータが残っておらず、真偽のほどは分からない。
とにかく、最速の動物の走りに興味があったし、その走る姿に見惚れてもいた。
チーターなのか、と改めてクユユを見ると、しなやかな体さばきには、たしかにその片鱗があるように思える。それと同時に以前、街中でクユユに会っていることを思い出した。ロロシーを捜して聞き込みをおこなっていたノニノエノは、ランニング中のクユユを呼び止めて話を聞こうとした。そのときは、ひと言も話をしてくれなかった覚えがある。
クユユは質問しておいて、答えをろくに聞きもせずにカヅッチの元へ。カヅッチはラアに恐竜たちのことについて詳しく尋ねていた。ここまでの道中でノニノエノが簡単に説明していたのだが、疑り深く情報の裏を取っている。
痛みが飽和したのか、カヅッチの眉間のしわがすこしだけ緩んでいる。いまは態度にも落ち着きを取り戻していた。
「襲撃が成功するとは……。命知らずなことをしましたね」
感心しているのか、呆れているのか、分からないような反応をして、
「その子がさがしていたお友達ですか?」
後ろにいるアジアゾウに視線を向ける。
「ええ」ラアが鼻先でうなずく。
「あの、わたしアジアゾウの半人ってやつです。どうも」
「ああ。僕は」と、帽子から突き出た角を指差して「トムソンガゼルです」
簡単なあいさつが終わるとすぐにラアに向き直って、
「それで、そのトラの半人というのは、あのトラとは別の?」
カヅッチが言う”あのトラ”とはベンガルトラのこと。ヘラジカの群れの前リーダー。
「アムールさんなら、アムールトラだって名乗ってましたけど」ラアが答える。
「ベンガルトラとアムールトラの差異が分かるほどはっきり半人化しているんですか?」
「そうじゃないけど、探偵さんがアムールさんとピュシスのベンガルトラは同じ時刻に活動していたことがあるから、同一人物じゃないって」
「それは、本当ですか?」
疑いの目。
「間違いない。俺の渾身の尾行だったんだから」
「なんの根拠にもなりませんよ」
と、言われてしまい、たしかにそうかもしれない、なんてことを思ってしまう。そこまで自分の調査能力を信頼できていない。
「まあ、いまの僕にはどうでもいいことです」
追及しておいて、さっさと捨てるところなどは、先程のクユユとのやり取りと似ている。
「カヅッチが死んじゃいそうなんだけど。博士はいないの?」
クユユがラアに尋ねる。
「見かけてません」
博士というのはガラクタ広場の半人きっての発明家。ガラクタを材料にして偽冠を筆頭に半人たちに役立つものから、役に立たないものまで、多種多様な品を作り続けていた。少々、どころか、かなり、素行がおかしな人物ではあるのだが、医学的な知識もあるので、こういった緊急時には頼りにされている。
「あんなやつの手を借りなくても」と、カヅッチ。「感覚がなくなってきたから、もう大丈夫です」
「それって全然、大丈夫じゃないと思うな」
クユユの心配をよそに、カヅッチはどこかへと向かおうとする。
「カヅッチさん。ぼくらと一緒に惑星コンピューターを目指しませんか」
ラアが誘うが、カヅッチはふり向きもせずに、
「遠慮しておくよ」
カリスを壊す、太陽を得る。そんな大それた計画が進行していることはブラックバックの半人からも聞いていた。それもいいかもしれない。けれど、いまの自分にとっては幻想だ。とにかく時間がない。
「どこにいくんですか?」
「街を見にいきたい」
残された時間でもう一度、街を見たかった。自分でも理由は分からなかったが、そうしたいと思った。
「僕らが通ってきたところはだいぶ混乱していました。半人になったばかりの人たちが急にたくさんあらわれて、あちこちでいざこざを起こしてるんです。警備のオートマタが動員されてはいますけど、どれも故障してるみたいで、それもまた混乱に拍車をかけていて、とにかく危ないですよ」
「知っている。そこのブラックバックに聞いた」
すこし前から発生していた原因不明のオートマタの故障は、報告件数が増えるばかりだった。こんな日にまで、その現象が猛威をふるっているらしい。
カヅッチにクユユもついていく。ガラクタ広場の出口に向かって、一歩、一歩、進んでいく。
ラアはそれを引き留めようか迷い、アジアゾウと目を見合わせた。ゾウの瞳の合わせ鏡のなかに答えは見つからない。
と、そんなとき、カヅッチが歩く道の前から、また別の半人たちがやってきた。クロハゲワシと、ハゲワシに捕まって引きずられているクズリ。それを見て、カヅッチが声を上げる。
「ヂデさんじゃないですか」
ハゲワシはカヅッチの帽子を見て、
「おう。カヅッチか。休みの日に会うとは奇遇だな」
偶然に街で行き会ったというような調子。
「誰?」クユユが聞く。
「上司だよ。ヂデさんだ」
「なにをしてるんだ。こんなところで」
くちばしが向けられる。
カヅッチは思いがけなくやってきた日常の使者に、まぶしそうに目を伏せた。