●ぽんぽこ12-57 白黒の影
すこし前。
戦を終えて、仲間たちへの話もそこそこに、ライオンとブチハイエナが連れ立って林の奥に消えたあと。
まだタヌキたちから事実を打ち明けられる前のキリンは、仲間の植物族であるバオバブの太い幹に寄りかかって、様々な考えを巡らせながら首を休めていた。
近くには自由に休憩をとっている他の仲間たちもいる。
疲れ知らずのダチョウに追い回されて、泣き言をわめき散らしているボブキャット。強風で転がっていきそうになっていたフェネックは、どっしりとした岩のようなシロサイのそばを休憩場所に定めたようだ。
紀州犬はイボイノシシの群れの者たちが集まっている場所へと走っていった。
戦の最終盤に敵性NPCがあらわれて、その攻撃でイボイノシシが消滅してしまったことを、代表して伝えにいったのだ。
キリンは、辛い役目を率先して引き受けた紀州犬について、いい子、だと思う。
長い首を伸ばして見ていると、話を聞いたイボイノシシの群れの面々はかなりのショックを受けていた。向こうでは長以外にも、何名かの仲間が行方不明になっているようだ。キョンが崩れ落ちるように風に倒されて、アードウルフが痩せた顔を骨のように落ちくぼませていたのが印象的だった。心痛は察するにあまりある。
向こうの者たちに混ざって共にうなだれている紀州犬を遠くから見守っていたキリンの首に、何者かがにょろにょろと登ってくる。
「やめて。重たい」
そっけなく言うが、
「いいじゃんか」
と、絡んできたのはオオアナコンダ。キングコブラの群れから、ライオンの群れに移ってきた、ここでは一番の新参者。世界最大のヘビであり、その体長はキリンの背丈の二倍ほど。胴の太さは人間の子供ぐらいはある。
戦闘好きであり、十分に戦えていなかったうっぷん晴らしをするかのように、先の試合では存分に暴れ回っていた。戦闘能力だけで見れば、かなり頼りになることは分かったが、その性格となるとまた別の話。信頼できるほど、まだ共に時間を過ごしてはいない。
アナコンダはキリンの首からだらんとマフラーのように垂れ下がると、舌をちろちろと躍らせて恍惚の表情。
「ああ。落ち着く。あんたアミメキリンだろ」
「そうだけど」
「うちの、というかキングコブラのとこには、アミメニシキヘビっていうやつがいてさ、あんたと模様が似てるんだよ」
アミメニシキヘビだったらキリンも見たことがあった。オオアナコンダに負けず劣らぬ巨大ヘビ。そのスキルも弩級。超巨大ヘビ、ピュートーンの神聖スキルを使って襲いかかってくると、瘴気をまき散らして、こちらを分断してきた。
網目と名のつく動物同士。言われてみると似ているような気もするが、向こうは鱗、こちらは毛衣。模様の質感がまるで違う。
「あんまり似てないよ」
というキリンの返事を、アナコンダはさほど聞いていない様子で、
「この群れは変な模様の奴がおおいよなあ」
「私はヘビのほうがよっぽど変な模様だと思うけどね。色もユニークだし」
「いやいや、あのオカピなんか芸術的だぜ」
と、林に紛れるように立っている仲間のオカピを舌先で指す。キリン科の動物だが、首は普通の長さで、ウマかウシのような体型。四肢だけがシマウマのような白黒の縞模様になっているという一風変わった毛衣。
「芸術がいける口なのかい?」
キリンが興味を示すと、アナコンダはキリンの肩にぶら下げている頭をふって、
「好きだねえ」朗々と「あの足の白黒模様にはほれぼれさせられる。すらっとしていて、なんとも言えない魅力。シロマダラなんかとは比べ物にならないね」
「シロマダラって?」
「キングコブラの群れにいるヘビだ。同じく白黒の縞模様なんだが、シロって名前の割には白部分が微妙に茶けてて、まあ、あんまりパッとしないやつだよ」
「私はヘビの模様って点描画みたいな幾何学の薫りがして好きだな」
「そりゃどうも」
オオアナコンダは、黄褐色に黒い大きな水玉が浮かんでいるような自身の体をどろどろと動かして見せる。
「しかし、白黒というと、この群れにはなかなか白黒模様の動物が集まってるな」
言われてキリンが思い浮かべると、確かに結構な数のプレイヤーが白と黒の二色であった。
「そういえばそうだ。オカピ以外にもシマウマ、ダチョウに、ヘビクイワシ、ゾリラなんかも白黒だね」
「それだけだったか。もっといるような」
「うーん」と、キリンは首をひねる。「いまは他には思いつかないな」
するとアナコンダは同じ向きに首を傾けて、
「なんか見た気がするんだよな俺。あれは……、セキレイじゃないし、ペンギンでもないし、ダルメシアンでもないし……」
「この群れにそんなプレイヤーはいないよ」と、キリンが耳をくるくると回して否定する。
「じゃあ、ホルスタインとか、ラーテル、スカンク……」
「まるきり別の群れの方だよそれは」
オシコーンと呼ばれるキリンの角が横にふられる。キリンの角は特に目立つ二本の他に、額にあるこぶのような部分と、後頭部のふたつのでっぱりも実は角。合計五本の角が風をかき混ぜて、細い笛のような音を鳴らした。
アナコンダは牙を剥きだして、くしゃみを堪えているような顔で悩んでいたが、そうして絞り出したのが、
「パンダに似てたんだが、あれは……、そうだ。マレーバクみたいな」
「マレーバク? マレーバクがこの群れにいるわけがないでしょう」
「じゃあ誰だったんだ?」
「見間違いじゃないの? 白黒模様っていうのは基本的にカモフラージュのためにあるんだから樹の影やなんかと勘違いしたとか」
「知ってるぞそれ。分断色ってやつだろう」
知識をひけらかすように弾んだ声を出すアナコンダに、キリンは母親か教師のように、
「よく知っているね」
「全然違う色でぱっきり分けることで体の輪郭を分かりにくくしてるんだ」
「正解」褒めるように、紫の長舌でアナコンダの頭をこちょこちょとなでて、「でも白黒模様には他にも色んな役割があるよ」と、補足する。
「夜間に目立たないようにする保護色の役割。特徴的な色合いで仲間に判別してもらって、合流しやすくする役割。ピュシスでは関係ないけど、地球ではシマウマは数十頭から数百頭もの群れだったんだとさ。だから、固まっているとあの模様の効果で、全部が一緒くたに見えてきて、どこまでが一頭なんだか分からなくなるそうだ。そうやって捕食者に狙いを定めさせないようにしていたんだね。他にもパンダなんかの目の周りの黒は目を大きく見せて威圧するほかに、反射光よけという話もある。パンダは冬眠しないクマだからね。雪が積もった道でも、まぶしくないようになんだろう。それから、光を吸収する黒色が体温を保つ助けになっているとか」
「ほほう」
アナコンダは感心半分、あくび半分という反応。そうして話題をすこし変えて、
「ブチ模様も多いよな。ブチハイエナだとか、リカオンに……」
「あなたもね」
「そういえば俺もブチ模様だ」と、アナコンダ。
「うちの群れだとブチ模様はネコ科に多いね。獲物に忍び寄って素早く狩りをおこなう動物たちだ。サーバルキャット、オセロット、ボブキャットに、それからチーター」
と、ちょうどチーターがやってきて、静かな声で、
「私、ちょっとログアウトする。次の群れ戦の移動までに戻れなかったらサバンナの方に帰るね」
「うん。分かった」
キリンが頷くと、チーターの肉体のグラフィックはログアウト処理で薄まって、パッと完全な透明になって消えた。
イボイノシシの群れの者たちも、大半がすでに自身の縄張りに帰るか、ログアウトしてしまっている。プレイヤーの密度が減ったことで、林のなかは閑散として、なんだか肌寒くなってきた。
「キリン」呼ばれてふり返ると紀州犬。「ちょっといいか」
紀州犬はブチハイエナに言われてキリンを呼びにきたのだった。この時点ではなんの要件か知りもしないキリンだったが、すぐにタヌキについての話だと察して、
「ちょいと、降りておくれ」身震いでオオアナコンダをふり落とす。
「ちぇっ」
アナコンダはにょろにょろと地面を這って、足早に去っていくキリンと紀州犬の尻尾を眺めた。キリンは尻尾にまであの網目模様があって、先っぽはライオンのように濃い色をした房状の毛。紀州犬はくるんとカールした尻尾で、全体が均等にふさふさとしている。
元いた群れの面々をアナコンダは思い返す。尻尾だけなら、ヘビのほうがずっと突飛な形をしたものたちがいる。ガラガラヘビは尻尾の先端に脱皮した殻が溜まって段々の変な形になる。そして、その器官を激しくふることで威嚇をおこなう。もっとおかしなのだとスパイダーテイルド・クサリヘビというやつがいて、そいつの尻尾の先っぽはクモのような奇怪な形をしている。それを疑似餌に鳥をおびき寄せて捕食するという変わり者。だが、昆虫がいないこのピュシスでは、引っかかる者がいない悲しい肉体でもある。
模様だけではなく、尻尾ひとつとっても色々あるものだなあ、と先程までキリンとしていた話を引きづって感慨にふけっていると、林の奥の暗がりに、ちらりと白黒模様がよぎるのが見えた。
「あれっ?」
うねうねと地面に曲線を描きながら追いかける。
風に吹かれて禿げてしまった藪の根本をすり抜けて、斜めに傾いだ樹に登った。
見当たらない。あるのは夜闇を頭から浴びせかけられたようなすさんだ林と、おどろおどろしい風の音だけ。真っ暗闇であってもヘビは熱を感知するピット器官でものを見ることができるが、それもいまは冷え切った夜の空気に邪魔されて、あまり役には立たなかった。
そういえばキリンが白黒模様は夜間の保護色になると言っていたのを思い出す。アナコンダが色んな動物の名前を並べていたときには、見間違えじゃないのか、とも。また勘違いしたのだろうか。
――けど、やっぱり。
オオアナコンダは二股の舌でべろべろと風を舐めて周辺のにおいをさぐる。
――マレーバク、だったような?