●ぽんぽこ12-56 打ち明け
ブチハイエナに連れられてきた紀州犬とキリンが大岩を風よけにして並び立つ。陸上動物で最も長身であるキリンは、岩の上からはみ出てしまい、窮屈そうな体勢で頭をかがめた。
紀州犬は暗がりのなか、月明かりで瞳を光らせている二頭の獣を見比べると、
「話は分かったけど……」
困惑の声。そこにいたのは化けていないタヌキとキツネ。
キリンは強風に押されて体を傾けながら、ふたりの姿をよく確かめようと、ずずいっ、と覗き込んだ。視線に耐えかねたタヌキがキツネの後ろに隠れると、キツネはドロンとライオンに化けて、
「これがいま説明したスキルだ」と、ライオンの声色で威厳たっぷりの姿を見せつける。
「おおっ。本物っぽい」
紀州犬はキリンのように首を伸ばして感嘆すると、「というか知ってなきゃ絶対に分からないな。ずっと化けてたってことだろ? 長時間スキルを使いっぱなしで消費はどうなってるんだ?」
「どうと言われても、維持する分には大してコストは必要ないだろう?」
「そんなことあるか?」
と、紀州犬が自分の犬神のスキル使用に際しての命力消費を言って、ついでにブチハイエナのジェヴォーダンの獣のスキルについても聞く。スキルには発動時と、発動してから効果を維持するための二種類のコストが必要。それらをキツネやタヌキの化けるスキルと比べてみる。
四頭のスキルの発動時の消費について、強力な肉体に変身して、大きな能力上昇効果があるジェヴォーダンの獣は重め、化けるスキルの発動コストは低めに設定されていた。さらに維持コストは化けるスキルだけが極端に低いことも分かった。
「長時間の使用が想定されているからだろう。もしくは大した効果じゃないから、そのぶん消費が軽いとかな」と、ライオン。
「ズルだろそれは。独自性があるスキルが大した効果じゃないなんてことは絶対にないんだよ。どんなゲームでも、大抵強スキルって言われるんだ。それが消費も軽かったらゲームのバランスブレイカーになりかねない」
「強スキル、もしくはゴミスキルだろ? それに、首が飛ぶなんていうのもよっぽど変なスキルだ。かなり独自性がある」
「そりゃあ否定できないが……。だから俺のスキルの消費は普通だろ。いや、他の奴らのスキルコストに詳しいわけじゃないが、ブチハイエナやハイイロオオカミのスキルみたいに能力そのものが強化されるわけじゃないから、たぶん平均的なところなんじゃないかな」
「化けれるのって、そんなに強いのかなあ」
と、いつの間にかオポッサムに化けているタヌキが、ライオンの背中に登ろうとしていた。ライオンのたてがみであやとりでもするように前足を伸ばす。本物のライオンにはその背中に乗せてもらっていることが多かった。けれど、よじ登りかけたとき、キツネの能力だとタヌキの体重のおんぶは厳しいと気がつく。諦めたオポッサムは足元にまるまることにした。
紀州犬は、はあ、と溜息。
「ちょっと気持ちを落ち着ける時間が欲しいかな」
尻込みしている紀州犬に対して、静かに話を聞いていたキリンは得心がいったという目で長いまつげを星明りに当てて、ふうん、と鼻を鳴らした。
「私は別にいいよ。黙っていてあげる」
「ええ? 俺はなんかちょっとなあ」と、紀州犬。見上げて反った背中をキリンにべろりと舐められて、尻尾がぴーんと逆立った。
「なにするんだ」
「言いふらしてなんになるの。そんなんじゃ大物になれないよ。戸惑うのは分かるけれど、いまは黙っていよう」
言われた紀州犬は、土のにおいを嗅ぐような仕草をしていたが、
「……そうだな。俺だってこの群れは気に入ってるし、最深部までいってライオンのアカウントの再発行なりをしてもらえて、色々と元通りっていうなら、それが、一番いい落としどころな気がする」
キリンはウンウンと首をふっていたが、「けど」と、すこし声を落として「できなかった場合は? それも聞いておきたいな」
この質問にはブチハイエナが、
「そのときは、おとなしくこの群れを解体しましょう」
「穏便にできる?」
「用意はあります。ご心配いただきありがとうございます。けれど、現状で心配することではありませんよ」
ブチハイエナがブチ模様の毛衣を夜闇のなかでひるがえす。
「失敗したときのことを考える必要はありません。必ずうまくいきます。トーナメントも現状の戦力で十分に優勝できるでしょう。まずは優勝ですよ。簡単なことです」
聞く者が無条件に励まされるぐらいには、すがすがしい自信。
そこまでの自信を持ってブチハイエナが優勝と言える理由のひとつに、独自の情報源の存在があった。フラミンゴの報告を待つまでもなく、勝ち残っている群れは全て把握しており、そのなかにはキングコブラよりも厄介に思えるような群れはいない。
情報源というのは現実世界でいま共にいるオートマタのユウのこと。ユウはソニナと同じくオートマタの体でありながら、ピュシスのアカウントを持っている。ピュシスでのユウの肉体は動物でも植物でもない菌類、キノコの冬虫夏草。冬虫夏草はいまカモノハシの足を借りて中立地帯のオアシスにいる。そこでトーナメントの勝敗で賭け事をしている連中によって集められた情報を見聞きしているのだ。
電子頭脳の優れた並行処理能力があれば、現実世界で行動しながら仮想世界で活動することも可能。いまもソニナ、ユウの両名ともが、現実と仮想の世界を同時体験して、まったく遅延や齟齬もなく両方の体を操作している。
ユウによると、カンガルーとホルスタインの群れの試合はホルスタインの勝ち。なので、ライオンの群れの次の相手はホルスタイン。モグラとギンドロの試合は、ギンドロが勝ったらしい。ヘラジカとイリエワニについては、オアシス付近でひと悶着があったようだが、イリエワニの勝ちということでいいようだ。決勝であたるのはイリエワニかギンドロのいずれか。
結構な大番狂わせが起きている。ギンドロの群れについては、これまでほとんど群れ戦をしていなかったので情報がすくなく、戦闘においては消極的だということしか分からないが、耐久力のある植物族たちがそろっている。防衛側であればかなりの強さを発揮しそうだ。攻守如何でイリエワニが勝つかどうかが決まるように思える。
だが、どちらが勝ちあがってきても敵ではないだろう。群れ戦に熟達していなかったり、できたばかりといった群れが、そう何回も番狂わせを起こせるものではないのだ。
「まずは次の試合に勝ちます」
宣言するブチハイエナの顔を、キリンは右上、左上、それから真上から見て、べろりとモヒカンのようなたてがみを舐めて、うーん、と唸ると、「そうだね。とりあえずは、敵性NPC騒動を解決すること、か」と、優先順位を定めた。
紀州犬は言いたいことがあるが、自分がなにを言いたいのかは分かっていないという顔。それでも、協力に異論を唱えることはなかった。
一応は落ち着いたところで、フラミンゴに話を聞いてきたリカオンが林を抜けて戻ってきた。
「次の相手はなんとホルスタインのところだってさ」
「なるほどな。意外なところだが……」
キツネはすっかりライオンの役に入り切って反応をする。
「それで、攻守はどうなった?」
ライオンが聞くと、リカオンがすぐに答えた。
「向こうが防衛側希望だったからそのまま通した。だからこっちは攻略側。フラミンゴには了承した旨を伝えてもらうためにまた飛んでもらってる。群れ戦の開始時刻は次の朝方。太陽が昇ってしばらくしてから。それまでにはホルスタインの縄張りの牧草地帯にいかなきゃな」
「分かった。……では、やるとするか」
ライオンがぐっと背筋を伸ばして、ごおお、と、嵐をも吹き飛ばしそうな咆哮でたてがみを震わせると、全員が同じ方向へ、次の群れ戦に向け、六本の尻尾を並べて歩き出した。