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●ぽんぽこ12-50 サバンナの決闘

 ライオンの姿にけたタヌキが走り出した。タヌキにとっては全力なのだが、本物のライオンにはまるで及ばない緩慢かんまんな動作。傍目はためにはさぞかし手を抜いているように見えるだろう。弱っているイボイノシシへの慈悲か、それともただの怠慢たいまんか。タヌキにはもう周囲からの視線に気を配っている余裕はなかった。

 イボイノシシは足をとめて、じっとライオンの動きを観察している。

 最大の武器である突進をくり出す気配はない。あえて待ち構えて、攻撃を受けようとしている。その意図はタヌキには分からない。

 草を体で押しのけて、あっさりと爪が届く距離にまで接近。イボイノシシは踏ん張って、ライオンを見上げる。大輪の花にも似たライオンのたてがみが、ぶわりと音を立てて広がった。筋骨隆々の腕がふり上げられる。ライオンのパンチをまともに食らえば、骨は易々と粉砕され戦闘不能におちいるのは必至。けれど、それは本物のライオンのパンチの場合だ。

 タヌキの能力ステータスでのパンチが横っ面にクリーンヒット。しかし、イボイノシシは倒れもしない。

 遠巻きに観戦している、タヌキのことを知らないライオンの群れクランの面々からは、攻撃に耐えたイボイノシシの胆力に対する驚きの声が上がっている。同時にライオンが手加減しているのではないかという疑問の声もあった。

 攻撃を受けたイボイノシシはというと、なぜ自分がまだ立っているのか理解が追いついていなかった。

 たしかにライオンの肉体が力強く躍動やくどうし、勢いよく頬を打った。その動きには、ためらいめいたゆるやかさがあったものの、ここまでダメージが低いのはおかしい。

 イボイノシシが動かなかったのは、もう目的を達したからであった。ライオンを決闘の舞台に引きずり出せればそれで満足だった。戦わせること。ライオンを戦わせたい。その闘争心が感じ取れれば、残りわずかな自分の体力(HP)など存分にくれてやろうと思っていた。

 けれどこの攻撃はなんだ。貧弱な威力。それでいて闘争心がないともいえない。どうにも、ちぐはぐだ。

 タヌキの頭のなかは、いまや真っ白になっていた。もう一度、がむしゃらにパンチをくり出してみる。なぜイボイノシシは反撃してくれないのだろうかと疑問に思いながら。焦りすぎた攻撃はイボイノシシのモヒカンのようなたてがみをかすめて大地をすくいあげると、ちいさな土煙を巻き上げた。

 熱はあるがなまぬるい攻撃。舐めているのかと思えばそうでもない。覇気が弱まり、必死さが高まりだす。ライオンの形相ぎょうそうが真剣ゆえに、どこか釣り合わないアンバランスさに滑稽こっけいさすらにじみだしていた。

 イボイノシシは舞い上がる土煙のなかで、牙を突き出してみた。相手の反応をうかがうだけのつもりだったが、牙の切っ先は簡単にライオンの腕に刺さった。強靭きょうじんな筋肉の装甲で守られているはずが、その感触はスカスカのしなびた瓜か、気の抜けた風船のようだ。

 ちいさくうめいたライオンは、牙が刺さったままの腕を強引に前に押して、イボイノシシに組みついてきた。後ろ足を痛めているイボイノシシは横倒しになり、上にのしかかられてしまう。だが、イボイノシシの体を押さえつける重量はあまりにも軽い。大型動物の重量ではない。せいぜい小ぶりな中型動物ぐらいだ。

 ――どういうことだ?

 ライオンは自らの体にイボイノシシの牙を押し込もうとしている。まるで自殺志願者。なにがしたいのか理解不能。

 ――なにが起きている?

 渦巻いた疑問はひとつの言葉となって、不意にこぼれ落とされた。

「貴様は、……誰だ?」

 土煙が風に払われて、んだ夕刻の空気のなかで、ライオンの顔がよく見えた。口を開いて、いまにもみつこうという途中で、動きがとまる。必殺の牙がむき出しにされているにも関わらず、たいした迫力は感じられない。

 ライオンは首投げするようにつかんでいたイボイノシシの頭を離して、

「俺様は……」

 と、言葉がでてこない。ライオンだ、いう嘘を呑み込む。違う、違う、と心のなかで否定が重なる。

 そんな様子を見ていたイボイノシシは、ぐったりと倒れて、しぼむように全身から力を抜いた。状況を理解しはじめる。ライオンもうなだれて、そのままひざを折ってしまった。二頭の獣の影が強烈な陽の光にかたどられて、暗く重くかさなり合う。

「いつからなんだ」

 イボイノシシがたずねた。その態度からは戦意が霧散むさんしている。

 ライオンはわずかにあとずさるような動きをしたが、そのまま腰を地面に落とす。

 決着がついたのかと勘違いした仲間たちの声が遠くの岩場から聞こえてきた。動かないふたりにフェネックが駆け寄ろうとしたが、ライオンの感傷を邪魔させまいと、キリンが踏切のように首で道をふさいでとめた。

 タヌキは魂が抜けたように茫然ぼうぜんとしている。敗北と共に群れクランを出ていこうとしていたのに、これでは勝ってしまったような雰囲気。

「どうしたら……」

 救いを求める。なにもかもがうまくいかない。

「誰なんだ貴様は」

 改めて問いただすイボイノシシの声に、もはや抵抗する気力は失われていた。

「タヌキです」

 ささやくようなかすれた声に、同じくひそやかな声が返される。

「タヌキ? あのアナグマみたいな動物か」

「そう。けダヌキ」

「変身能力ということか。面白いスキルだな」

 イボイノシシは寝転がったまま、草の根本を眺めて、ひゅー、ひゅー、と大きな鼻で息をする。

「面白くなんか……」

「いつからなんだ。いつからその恰好だ?」

「それは、……元々ぼくはオポッサムの姿でこの群れクランにいたんです」

「ああ、あいつか」と、ちいさなうなづき。

「うん。それで、ライオンさんに言われて、時々かわりになっていて……」

「本物のあいつはどこだ」

「……消滅ロストしました」

 歯を食いしばるようにして吐き出された言葉に、イボイノシシは目をせると、より一層、体をしぼませた。灰褐色の毛衣もういが地面と一体化していく。

「前に、トラと戦った試合があっただろ。俺がこの群れクランを抜けたときの試合だ。あのときのライオンはどっちだ?」

「えっと、あのときの試合で、その、ライオンさんは消滅ロストしたんです。武器を使う珍しい敵性NPC(オートマタ)がいて。だから、そのあとはぼくがライオンさんにけて」

「試合中に俺のところにきたのはお前か?」

「そう、です」記憶を探りながらの返答。

 それなら戦えないのも当然だ、とイボイノシシは納得する。どこか安らかな表情で目をつぶったイボイノシシは、まだ体力(HP)は残っているだろうに、まるで死体のように見えた。

「イボイノシシさん」

「なんだ」

「まだ体力(HP)があるなら、立ち上がってぼくを倒してくれませんか」

「なんのために」

「ぼくをライオンでなくしてほしいんです」

「そのぐらいのことは自分でやれ」

「できないんです」

「要するにその姿はスキルなんだろ。なら、スキルの効果を解けばいいだけだ」

「できないんです」

「なぜだ」

「ぼくは悪者になりたいんです」

「勝手になれ。嫌われるなんて好かれるよりもよっぽど簡単だ」

「でも……」

「ひとまかせにするな」

 斬って捨てるようなイボイノシシの言葉に、ライオンの目の周りはタヌキのように黒ずんだ。

「……」

「最終的な決断をひとにゆだねるな。それで自分で決めた気になるな。貴様みたいな客を時折見かけるよ。服を何着か選んで、それで友達だか恋人だかにどっちがいいか、って聞くんだ。それで相手が選んだほうを買う」

「それは、複数の意見が合わさったほうが、よりいいものが選べるんだから、理にかなってませんか? 好きな相手だったら、相手の好みに合わせた自分でいたいっていうのも当たり前でしょ」

 打って変わって多弁な反論に対して、イボイノシシはほほを地面にこすりつけるようにして首をふった。

「俺にはそうは思えん。自分が本当に欲しいものっていうのはひとつしかない。自分で決断しなければ、得られないものだ。そういう自分の本質を捨ててまで付き合うんなら、友情も愛情も一緒に捨てちまえ」

「乱暴すぎますよ……。そんな重い関係性は疲れちゃうし、譲り合いもなくなっちゃいます。それに、いちいちそんなおおげさなこと考えてられないよ。なにか買いたいだけで、どっちでもいいときってあるじゃないですか。そういうときに、ひとに選んでもらうのって悪いことですか」

 なおもくらいつく。するとぴしゃりと、

「そんな考えなら買うな」

「なにか買いたい気分なんです。むしゃくしゃしてるときなんかは」

 なぜかむきになっているタヌキに、イボイノシシが薄く笑った。

「ストレス発散だったら、もっと金がかからない方法がある。運動しろ」

「運動、苦手なんですもん。……なんの話です。これ」

「若いうちから運動はしておいたほうがいいぞ。逃げるな。戦え」

 イボイノシシはタヌキを操作しているプレイヤーを透かし見るようにして頑固がんこな口調で語る。

「……」

 すねたように、あきれたように、ライオンのたてがみがそっぽを向いた。

 と、そんなとき、遠い岩場のほうから声が聞こえた。ライオンに呼びかける声。キリンがなにかを訴えている。長い首でどこかを指し示している。目を向ける。イボイノシシもわずかに体を起こして、なにごとかと確認をしようとした。

 ライオンの視界がずいぶんと高いところにはねあがった。わき腹あたりに衝撃。なにかがぶつかってきたのだ。吹き飛ばされている。姿はライオンだが、体重はタヌキの数値。ありえないぐらいに高く飛んだライオンは、長草のしげみのなかに落下する。

 イボイノシシのすぐそばに、縞模様の獣が一頭。

「大丈夫かアニキ!?」

 逃げたはずのアードウルフだった。

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