●ぽんぽこ12-44 転送後
群れ戦の終了にともない転送された座標にて、ユキヒョウは周囲をぐるりと見回した。
さきほどまでいた密林とはうって変わった半砂漠地帯。ヘラジカの群れの縄張りである密林山地と、イリエワニの群れの縄張りである河川との、地理的にちょうど中間あたり。
ピュシス内で最大面積を持つ中立地帯、オアシス。その近くにある空き地だ。
戦を終えたふたつの群れの者たちがぽつぽつと順に転送されてくる。
「ユキヒョウ」
呼ばれて顔を向けると、草を刈りそこねたような褪せた野原に沙羅双樹が立っていた。駆け寄ったユキヒョウはその枝にとび乗って、背中をまるめると、自分の尻尾をがじがじと噛む。
「生きてたのか」と、ユキヒョウ。
「死んでても試合が終わったら生き返るものだよ」沙羅双樹が淡々と答える。
「そういうことじゃない。消滅したかと……」
「よっぽどのときじゃないと私はスキル使わないから、命力はだいぶ余ってた」
「なるほどな」
「そっちは?」
「俺は逃げ切った」
「ふうん」
ユキヒョウはジャッカロープになったトムソンガゼルがオートマタたちの手によって血祭にあげられるのを見届けてすぐ、密林の樹々の枝をつたって走り去った。そうするとすぐにムササビが飛んできた。短く言葉をかわして、ヘラジカとイリエワニの状況を知る。
それからやったことといえば、スキルで発生させた風でムササビをゴール方向へと吹き飛ばした。次にヘラジカとイリエワニがいるという泉に向かった。オートマタの攻撃対象をなすりつけるためだ。
己の命を守るには、それぐらいする必要があるという判断。こちらのスタミナは有限。対してオートマタは無限。
頭上を通り過ぎても、イリエワニはユキヒョウの影にすら気がつかなかった。それぐらい感覚がすり減っていたのだろう。ムササビがゴールするのが先か、イリエワニがオートマタに押しつぶされるのが先か。あとのことは神のみぞ知る。ユキヒョウは神ではなかった。
そして戦が終わった。ムササビがゴールしたのだ。
ユキヒョウは咥えていた尻尾を離して、沙羅双樹の枝から垂れさげる。
オアシスのほうから野次馬たちが近づいてくるのが見えた。道を塞ぐように、イリエワニの砂まみれの巨体が横たわっている。生きていたらしい。最後に見たときにはかなり弱っていたが、転送処理によって完全回復している。滑空してきたムササビが尖った鱗まみれの背中に飛び乗った。自分がゴールを決めたことを報告しているらしく、興奮した様子で飛び跳ねている。
トムソンガゼルはいない。アフリカマイマイや、マンゴーも。いずれもオートマタの手にかかった者たち。消滅したのだろう。
遅れてヘラジカが転送されてきた。あれも生きていたか。
「どっちが勝った?」
野次馬一番乗りのジェンツーペンギンがペタペタと足裏を砂で汚しながらやってきて声を上げると、二番手のトンビが、ぴーひょろろ、と飛んできて、「この時間に終わったんだから決まってるだろ」と、うろついていたインドサイの背中に着地した。
「そっか。今回の終了時刻は夕方だっけか。それが、終了時刻前に終わってるってことは……」だれかがゴールしたから。つまり攻略側、イリエワニの群れの勝利。
「ヘラジカが勝つと思ってたのに」と、ペンギンがしょぼくれる。一方、トンビはぴろぴろと喜んだ。
「イリエワニよくやったぞ。大穴で盛り上がってる」
オアシスではトーナメントでどの群れが優勝するかという賭けが進行中なのだ。
「やっぱ草食だと相性がなあ」と、肉食のペンギンがこぼしていると、
「ちょっと待ってくれたまえ!」
ヘラジカの大声が響いた。なんだ、なんだ、と視線が集まる。
「今回の戦には不公平があった。再戦を希望する」
「再戦って言っても、同じ群れ同士だとすぐには無理だぞ。システム上」と、トンビ。
「そのとおりだ……」ヘラジカは不服そうにしながら、「なので、この場で別のことをして決着をつけないか」
「なんでそうなる」
対戦相手の長であるイリエワニが出てくる。
「往生際が悪いですよ」
そばで咲いていたスイセンの植物族がヘラジカに言うと、すぐにトンビが「まったくだ」と、同調した。
「タカになれなかったトンビ風情は黙っていてくれないか」
ヘラジカが高圧的に角を掲げると、砂の大地に大きな影が落ちる。
「なんだ? ケンカうってるのか?」
「君は部外者だろう。黙っていてくれ」
そう言って、トンビの返答も待たずに、ヘラジカはずけずけと話を続ける。集まってきた野次馬に聞かせるように声高らかに、
「さきほどまでおこなわれていた私と、このワニの群れの群れ戦にて、オートマタの乱入があった。それも大量にだ」
聴衆たちのあいだに不安げなさざめきが起きる。ぐるりとそれを見回して、
「ところでトムソンガゼルはどこだ?」
いまさらながら不在を知る。
「あいつなら消滅したぞ。アフリカマイマイとマンゴーもだ。よく確認すればもっといるだろうな。まだ全員の転送処理が終わってないみたいだ」ユキヒョウの言葉に、ヘラジカは「そうか」と冷淡に返事したあと、一転して感情たっぷりに、
「聞いた通りだ。トムソンガゼルは私の右腕、優秀な副長だった。そんな彼すらも消滅させられてしまうぐらいに激しい戦いだった。オートマタの襲撃はそれぐらいに苛烈だったのだ。それに乗じてイリエワニはゴールをさらった。これ以上に卑劣なことがあるかね?」
イリエワニに聴衆の興味が移動する。その眼差しは責め立てる針のように鋭い。
「俺は協力を要請したぞ! それを断ったのはそっちだ!」
「そうなのかね。誰かそれを証明できるかな?」
意地悪な教師のようにヘラジカがあたりの者に確認を求める。ユキヒョウはあえて黙っている。沙羅双樹も同じ。けれどマーコールがプレイヤーたちの垣根を飛び越えて、
「それはわたしが証明する。イリエワニの方から協力してオートマタをやっつけようって言ったけど、トムソンガゼルが断ったのよ」
「そうなのか?」
と、聞かれて、今度こそユキヒョウは「そうだったかもな」と、同意する。
さらにはガウルとインドサイも口添えをしてきた。
「おれたちはオートマタに襲われていたところをイリエワニに助けてもらった。四体に囲まれてかなりヤバい状況だったのに消滅せずに済んだんだ」
「四体? 四体か。ということは……」ヘラジカは時系列を頭のなかで整理するようにすこしばかり考えて、
「彼らを助けたあと、イリエワニはこちらの本拠地にきた、ということか? そして協力を申し出た?」
「そうだ」と、イリエワニ。
「ふむん。私はその場にいなかったから、ことの経緯は知らないが」あくまで認知していないことを強調しながら、「うちの副長だったトムソンガゼルは少々、個人的かつ、凝り固まった思想を持っていてね。それで君との協力を阻んだのだろう。その点については謝罪しよう。けれども」と、責任を転嫁しつつ切り返して、「こちらの被害は甚大だ。イリエワニ。君がそれにまったく関わりがないとは言わせないぞ」
ひと呼吸おいて、「君が四体のオートマタを本拠地に連れてきたんだろう? そいつらにやられてトムソンガゼルや、アフリカマイマイや、マンゴーは……」悲しみを滲ませるそぶり。
トムソンガゼルにも似たようなことを言われたな、とイリエワニはうんざりしながら、
「こっちだってぎりぎりだったんだ。オートマタの動きを制御なんてできない。それについて責任がとれるやつなんていないだろ。消滅というならうちの群れにだっていなくなってるやつがいる」
イリエワニはヒクイドリの姿が見えないのが気になっていた。それ以外にも何名かが行方不明になっている。まだ転送されている途中のプレイヤーもいるようなので、処理が遅れているだけだと願いたいところだった。
「そんなことよりもだ」
ヘラジカは話題を変える。
「君が協力を申し出たときに私が本拠地にいれば、喜んで提案を受け入れていただろう」
ふうん、と大きく鼻を鳴らして「……そうだ。帰ってこないか?」
「帰るって?」
「君は元々、こちらの群れにいたと聞いている。ちょうどトムソンガゼルが座っていた副長の席があいたところだ。いま戻ってくるなら、君を副長に任命するよ。最後の私との勝負は相打ちだったが、いい勝負をしていたからね。実力も申し分ない。君の群れの一員もまとめて受け入れよう。うちの群れは草食動物を偏重していると勘違いされているんだが、ただ平等を訴えているだけでね。本来は肉食も歓迎なんだよ。そのあたりもトムソンガゼルが勝手に拒否していただけだ。私は良かれと思って副長の意思を尊重していたんだが、裏目だったようだな。反省し、改善に努めるという意味でも、是非頼むよ」
「よくそんなに舌が回るもんだな。しゃべってるのはスピーカーだが。ふん。まるで詐欺師みたいだ」飛んできたアオサギが言うと、
「サギにだけは言われたくない言葉だ。鹿を指して馬となすようなことを私はしない。私の言葉に嘘偽りはない」
「詐欺じゃなくて、おれは鷺鳥だ。一緒にすんなよ。さっそく鷺を烏と言いくるめるようなことをしてるじゃねえか」
「これは失敬。悪気はないよ」
のらりくらりとヘラジカが答えていると、ヤブイヌが転送されてきた。一触即発の雰囲気に後ろ走りで後ずさりながら、
「勝ったんだよね?」
「うん」と、ムササビがイリエワニの頭上からヤブイヌの背に飛び移って教える。
「わたしが最後かな」と、ヤブイヌが見渡したときだった。
悲鳴。嘶き。唸り声。
「敵性NPCだ!」
場にいる全員がその声ではね上がる。
「どこから来た!」
「転送されてきたぞ!」
「一体じゃない!」
「三体だ!」
「いや、四体いる!」
――四体? 転送?
イリエワニはとにかく被害が出る前にオートマタを叩きつぶそうと動きだした。
群れ戦に勝ったので報酬の命力が貰えている。それをすぐに使うのは痛い出費ではあるが、そうも言ってはいられない。
――あのオートマタたちなのか?
密林山地の本拠地で最後乱入してきたやつら。すこし予想はしていたが、
「終了処理で転送されるのは”プレイヤー”だけじゃないのかよ」
ひとりごちながら砂を巻き上げて走っていったイリエワニとカモノハシがすれちがった。カモノハシの頭の上で、冬虫夏草がふと傾いてぽつりとこぼす。
「みんな知らないのか。オートマタが、プレイヤーキャラだってこと」
そんな言葉は誰にも聞かれることはなく、大騒ぎの大協力戦がいざ開始されていた。ヘラジカは聴衆の前で力を見せる機会だとはりきっている。この場で多くオートマタを倒したほうを、先の群れ戦で勝ったことにしようと勝手に息巻いていた。野次馬のなかでも戦えるものは、続々と討伐に参加していく。
強力な機械属性を持つオートマタ四体といえども、野生の力が結束した数の暴力の前には敵ではなかった。オアシスにたむろしていた大量のプレイヤーたちの力を合わせ、オートマタはたちどころにスクラップに変えられていく。
上げられた勝鬨に、悲し気にうつむいたのは、ただ冬虫夏草ひとりだけだった。