表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/466

▽こんこん4-3 遠吠え

 日が暮れると仕事終わりで疲れた様子の会社員がドッと押し寄せて来て、食物フード店がよどんだ活気で満ちあふれた。

 くたびれた会社員の三人組が、リヒュたち八人が座っている場所近くの丸テーブルに腰を下ろす。帰宅前に腹を満たそうということらしい。

 会社員が続けて入店して、一人掛けの席が埋まっていく。しばらくすると長方形のテーブル席も混雑しはじめた。

 人の熱気でほんの少し室温が上がるが、すぐに空調が働いて元の気温が保たれる。

 リヒュたちは勉強にも雑談にも疲れて、椅子の背もたれに体をあずけて、休憩する姿勢になっていた。

 カウンターに並ぶ人がいなくなり、ぽつぽつと食事を終えた人々の席が空きはじめた頃、コートのえりを小高く立てたいかつい男が店にやって来た。目立つ男だったので、店内の空気が少しだけ変わる。男の通った通路の近くの客は、その後姿を警戒けいかいするようにチラチラと目を向けていた。

 リヒュはカウンターの近くの席にいるので、嫌でも視界に入ってしまう。

 男はカウンターにどっかりと腕を乗せると、女性店員の灰色の髪に付けられたピンを見て「ヘアピンちゃん」と声をかけた。ドスの利いた声に、リヒュはひやりとしたが、店員は動じることなく「食物フードと水、どちらをお求めでしょうか」と慣れた様子で接客する。

食物フード

「おいくつになさいますか」

「十二個」

「はい。承知いたしました。お持ち帰りですか。こちらで食べていかれますか」

 店員が聞くと、男はヒヒっと笑った。

「おいおい。そんなに一度に食べるわけないだろ。この細身の体を見ろよ」言いながらコートの前をバサリと広げる。「これが大食い選手権出場者に見えるか? それともせの大食いだってコトを、その可愛いお目目でズバッと見抜いたってワケ?」

 くだを巻く男にピッソ婆が目を向けたが、男に見返されると、何も言わずにまゆひそめた。

「……いえ。失礼いたしました。お持ち帰りですね」

「そう。丁寧につつんでね」

「はい」

 店員が十二個の泥饅頭、食物フードを四つ三列に綺麗に並べて梱包こんぽうしている間、男は店内をぐるりと見回す。リヒュはすぐにうつむいて、気のないそぶりをそよおった。商品が手渡されると、男はクラウンを操作して支払いを済ませ、「ありがとさん」と言い残して、店を出ていく。

 近くの席の会社員三人組の一人が去っていく男の方を振り返ったが、目に濃いくまのある会社員に小声で止められる。

「見ないでおけ」

「いや、でも、ササマさん。あれは見ちゃいますよ」

「変なのと関わり合いになったら損するだけだぞ」

「まともな仕事はしてなさそうな奴でしたね」もう一人の会社員が言う。

クラウンつけてて、つかまってない奴は大抵まともだ」

「さっきと言ってることが逆じゃないですか」

 言われて、目のくまがぐっと持ち上げられる。

「カリスから見てまともでも、俺たちにとってまともかどうかは違うだろ」

「同じじゃないですか」

「違う」

 まとも談義だんぎで盛り上がりつつある会社員たちの話に耳を傾けていたリヒュは、社会人にもなると雑談もああいうまじめな話題になるのだな、と変なことに関心していた。


 そろそろ解散しようかという頃になって、リヒュの向かいに座っているギーミーミが明日の休日のことを話し出した。

「明日なんだけど、予定空いてる奴いないか?」

 隣に座るロロシーに視線を向ける。

「わたくしは用事があるので」

「私も」とメョコ。

「二人で遊びにいくのか?」リヒュが聞くと「えっ、違うよ」と意外な答えが返ってきた。

「わたくしは父の仕事のお手伝いです」

「何するんだ」と、機械技師の仕事に興味津々なルルィが聞く。

「スポーツ会場のオートマタの監督です」

「オートマタの監督ってなんだ?」

「最近、オートマタの不調が多いですから」とロロシーが言うと、ルルィが「ああ」と相槌あいづちを打つ。

「込み合う休日だけでも、機械技師を増員してトラブルに対応したいということらしいです」

「それにわざわざロロシーを連れて行くのか?」

 ルルィの疑問にロロシーはくすりと笑った。

「明日、大きな大会の開会式があるそうで、大会の運営の方が、合間に観戦できるので是非ぜひ娘さんもとおっしゃたらしいんです。うちの工場を懇意こんいにして下さっている方なので、父は断りづらかったのだと言ってました」

 この話にリヒュは、実直そうで仕事一筋というようなロロシーの父親を思い出して、もしかしたら反対かもしれないな、と思っていた。先日、一度会ったばかりだが、ロロシーのことをひどく気にかけていた。そして、仕事がからみでもしないと娘を誘えなさそうな雰囲気もあった。だから、ロロシーのために父親が運営の方という人に頼んだのではないかと、ふと想像したのだった。

「へえ」と声をらすルルィの横で、ギーミーミが身を乗り出して「それってバスケの大会?」と聞く。

「確か……そうですね」ロロシーがクラウンで予定を確認して答えた。

 ギーミーミが会場の名前を口にすると、肯定こうていが返ってくる。

「丁度、それの話をしようとしてたんだ。明日、一緒に見に行く奴いないか?」

 みんな近くの席と顔を見合わせるが、誘いに乗る声はない。場が静かになってしまったので、ギーミーミはがっくりとうなだれた。

「ロロシーは、その手伝いってのに、休憩時間とかないのか。時間があったら一緒に観戦しない?」

「ちょっと明日にならないと分かりません。それに運営のブースで見れるというお話ですので」

「そっか……、ルルィは来るよな」

「おれは勉強で忙しいから」

「お前ホントに変わっちまったんだな……」

 妙に芝居しばいがかった悲し気な顔をするギーミーミに、ルルィが「ふっ。そうさ。おれはもう……」と何か小芝居をはじめようとしたが、すぐさまギーミーミは無視してリヒュに顔を向ける。

「リヒュとゴャラームはどうだ? クァフさんのデビュー戦だぞ」

 クァフと聞いて、リヒュは前に一度だけ公園でバスケットボールをした長身の男性を思い出す。ゴャラームも一緒にいた。隣でルルィが「聞いてよー」と駄々ただをこねているが、なおも無視されている。

「あの人プロになったんだ」

「そうだよ。すごいだろ? 応援しに行こうぜ」

「ぼくは用事があるから」とゴャラームは小さな手をぷらぷらと振る。

「一度しかないデビュー戦なんだぞ」

「大事な用なんだ」

「うーん。じゃあしかたないな」

 ギーミーミは、ゴャラームの隣のネポネに目を向けたが「スポーツにはあまり興味がないから」とバッサリ断られてしまう。プパタンは何も言わなかったので、視線はその上を通り過ぎて、リヒュの顔で止まる。

「残りはリヒュしかいないじゃんか。行こうぜ。今日、みんな集まるって聞いたから、誘おうと思っていい席のチケット取っておいたんだぜ」

 リヒュは明日の予定について考える。ピュシスでの予定。明日はライオンとトラの群れクラン群れ戦クランバトル、縄張り戦がある。それについて、今日の朝、ピュシスにログインした時、突然トラから絶対に参加するようにと伝達があったのだ。今のピュシスでのリヒュは、トラの手先に成り下がっている身。嫌なことを手伝うことになる予感がしてならなかった。元々は参加予定だったが、トラに対しては用事があるから参加できない、不参加の予定だったと嘘をついてつっぱねた。そして、日中はログインする時間が取れなかったので、この後にでもピュシスにログインして、ブチハイエナかライオンを探すか、もしくは伝言を頼んで、断りをいれるつもりであった。

 空いた時間、気晴らしにギーミーミに付き合うのも悪くない。

「分かった。いいよ」

「マジ? やった! せっかく取ったチケットがもったいないことになるとこだった。でもさ。三枚取れたんだ。一枚余っちゃったよ。こんだけ集まって、一人しか来ないなんて思わないだろ。リヒュ。誰か誘える奴いる?」

 首をひねって思案を巡らすが、思いつかない。

「うーん」とリヒュとギーミーミが小さくうなっていると、「あたし、行く」と、プパタンがポツリと言った。

「えっ?」

 ギーミーミがプパタンを見る。外では第一衛星アグライアが沈み切って、第二衛星エウプロシュネが顔を出している。いつも第一衛星アグライアを見上げているプパタンだが、第二衛星エウプロシュネには興味がないらしい。

「行けるの?」

 こくり、とうなずきが返ってくる。

「じゃあ、一緒に行くか……」

 ギーミーミは戸惑とまどい気味になりながら、試合が行われる会場、集合時間と場所の情報をリヒュとプパタンのクラウンに送った。


 みんなでテーブルの周りを片付けて席を立つ。食物フードが乗っていたお皿やコップをカウンターに返すと、八人並んで店を出た。

 屋内と屋外の気温の差は一切ない。寒くも暑くもない気温。昼も夜も変わり映えのしないノモスの大気に包まれる。第二衛星エウプロシュネはまだ低い位置に浮かんでいた。クラウンの視覚補助があるので、夜であっても、さほど暗さは感じない。透明のドームを見上げると、昼には第一衛星アグライアの光で隠されていた星々が輝いている。その星々にはピュシスの夜空のようなまばさはなく、少しかすんでいるようにすら感じた。

 しかし、リヒュは鮮明せんめいでないからこそ、ノモスの夜空に好感を持っていた。あの星、父が死んだ星を、目で探してしまわないで済むから。

「さようなら」

「じゃあね」

「ばいばい」

「また明日な」

 口々に言って、八人は三方へと散っていく。ロロシーは工場地区の自宅へ、ギーミーミとルルィは家族用住居が集まる地区へ、他五人は個人用住居が集まる地区へと帰っていく。

 リヒュとメョコは部屋が近いので並んで歩く。ゴャラームが前を歩いていたが、急にびくりとふるえたかと思えば、ちらりと頭をかたけた。リヒュは歩きながら、なんとなく振り返ってみる。ずっと後ろ、離れた場所でギーミーミが首を曲げて、どこか遠くに視線を向けていた。

 また正面を向く。ゴャラームはもう何事もなかったように歩いている。もっと先を歩くプパタンとネポネ、隣のメョコも特に何かを気にしている様子はない。

 まだ夜とも言えない夜のなか。何か、変だと、思った。耳をとがらせる。よーく耳をませてみる。すると、何かが、聞こえた。

 リヒュの耳にほんのかすかな声が届いた。それは、遠吠えだった。イヌの遠吠え。はる彼方かなたでイヌが鳴いている。自然の存在しない機械惑星ノモスに、いるはずのないイヌの声。思わず視線を向けそうになるが、じっとこらえる。不自然になっていないか、気になるが、動揺で身が固くなるのはどうしようもなかった。周りの人々を気にする余裕もない。

 ぐっ、と下っ腹に力を入れて、耳を閉ざす。そうして足を前にくり出す。もう遠吠えは聞こえない。聞いてはいけない声だったに違いない。イヌのプレイヤーが吠えていたのだろうか。そんな馬鹿なことがありえるのだろうか。人としての理性があれば、そんなことをする者がいるとは思えない。

 イヌの亡霊だ。リヒュはそう思った。存在しないイヌ。存在しない動物。ピュシスにおいてはありふれたものなのに、現実世界ノモスい出してきた途端とたんに、それはひどくおぞましいものに感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ