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●ぽんぽこ12-39 協力要請

敵性NPC(オートマタ)が四体もきてる! 四体も!」

 マーコールが叫んで知らせる。トムソンガゼルは、そばで輝くゴールの光柱に目を細めながら、山の斜面を見上げた。イリエワニがスキルで生み出した川によって斜面は筆でなぞられたように色濃い土で染まり、大蛇のいずったような跡がずっと上から下にまで続いている。流れ落ちてきた水はお椀型にくぼんだ本拠地に一時たまったあと、ゆっくりと大地に吸収されて、湿り気だけを残して消えゆこうとしていた。

 見通しの悪い密林のなか、銀色の影は見当たらない。金属の足音も、いまのところは聞こえてこない。

 水のひとかたまりと共に斜面を下ってきたイリエワニと、その背中に乗る大ヤギのマーコールが、ゴールから距離をあけた地点で足を止めた。

「いないようだが?」

 トムソンガゼルは警戒心をむき出しにしながら、斜面から目を離して、敵であるイリエワニを眺めまわす。その肉体アバターには戦いの痕跡が刻まれていた。金属の固い拳で折られたらしいとがった鱗。ひたいのあたりには大きなひづめあともある。オートマタだけではなく、ヘラジカとも一戦交えて、ここまできたらしい。

「がんばって引き離したんだよ。けど追ってきてる。すぐにくる」

 と、イリエワニが巨体で密林の緑をかき分け、のっそりと歩を進める。

「で?」

 ゴールの前に立ちふさがるようにして、強い口調でスピーカーを鳴らしたトムソンガゼルに、イリエワニははたと足を止めて、それから困ったような瞳をすると、顔の前に垂れ下がるマーコールのヤギひげを上目で見つめた。

 助力が求められているのを察したマーコールは、交渉を手伝うと約束した手前、ごつごつとした鱗の背中からとび降りると「ちょっとここで待ってて」と、言い残して、ひとりでトムソンガゼルや仲間たちが集まっているゴール付近へと駆け戻った。

「四体よ。四体。ここはいったんイリエワニと協力して戦いましょう。向こうはそれでいいって言ってる。ヘラジカは戻ってない? 敵性NPCオートマタと戦える戦力はいない?」

 口早に言いながら、螺旋らせん状のおおきな角をふり回すようにして、仲間たちの顔を見回す。トムソンガゼル、ユキヒョウ、沙羅双樹さらそうじゅ。それから、その木陰に隠れるようにしてマンゴーの植物族ドリュアスもいる。あとは、遠くで水を避けるように身を縮めているアフリカマイマイ。

 沈黙。トムソンガゼルは無言でイリエワニを見つめている。ヤギの横長の瞳孔どうこうが樹上にいるもうひとりの副長サブリーダーへと向けられる。けれど、ユキヒョウはくるんとまるめた尻尾をゆらして、自分には決定権がないことをしめしただけだった。

 イリエワニが我慢できずに一歩前に出て、濡れた大地に大きな足跡を刻みつけると、トムソンガゼルも一歩進み出て、硬いひづめを土に沈めた。

「時間がないって言ってるだろ」

 イリエワニは、自分が勝って戦を終わらせるという選択を保留にして、ひとまずは協力を要請する形で話を進める。ここにくるまでのあいだにマーコールに言われたからでもあるが、生来の気性きしょう穏便おんびんな解決法を求めてもいた。

「自分で連れてきたものの始末は自分でしてくれないかな」

 冷たく言い放つトムソンガゼルに、イリエワニが鼻先をふる。

「俺が連れてきたわけじゃない。勝手についてきたんだよ」

「敵地の真ん中にひとりでやってきて、よくそんな一方的で傲慢ごうまんな言い分を通せる気になれるね。詭弁きべんはいいよ卑怯者。僕に副長サブリーダーの座を奪われたから、その嫌がらせか?」

 あまりに強硬な言葉を受けてイリエワニは鼻白んだが、こうなったら開き直ることにして、

「……どっちにしろオートマタがきたら戦うしかないんだ。つべこべ言うなよ。でないといまから、そのゴールに鼻先を突っ込んで試合を終わらせるぞ。そしたら、みんな中立地帯に転送されて逃げれるからな」

「いやだね。君がオートマタにやられてから、こちらの対応は考えさせてもらうことにするよ。ゴールをゆずる気もない」

 とげとげしいふたりの言い合いに、マーコールが「もう! もうもう!」と、ヤギひげをふり乱した。

「多数決で決めましょ! 多数決! 時間がないときはこれが一番。わたしはイリエワニに一票」

 トムソンガゼルはうるさくメエメエとなきわめく声にしぶい顔をして、横目でユキヒョウを見た。

「トムソンガゼルに一票」ユキヒョウが尻尾を上げると、沙羅双樹さらそうじゅ植物族ドリュアスが「じゃあ私も」と、続く。

「僕やイリエワニは自分に票を入れるとして、三対二のようだね。僕の勝ちだ」

 結論を急ごうとするトムソンガゼルの言葉をはねのけて、マーコールは緑のなかに呼びかける。「マンゴー。あなたはどっち?」

 南国らしいおおきな葉っぱが、森を抜けるゆるやかな風を受けてゆれる。マンゴーは宝玉のような紅の果実をつやめかせながら、「イリエワニに一票かな。四体ってやばいよ。沙羅双樹も考え直さない? オートマタに対して、植物族ドリュアスがどうしようもないってこと知ってるでしょ。私たちは動けないんだから」

「一度決めたことを変えるつもりはないよ」

「……そう。そっちに肩入れするんだ」

「おい」トムソンガゼルが割り込んで「君たちは偉大なる森の王、ヘラジカの群れクランの一員としての誇りはないのか? もっと毅然きぜんとした態度を取るべきだ」

 その話しぶりにはマーコールやマンゴーの決断への不快感がにじむ。

 マンゴーは「誇り? ふふっ……」含み笑いを呑み込んで、それっきりスピーカーを黙らせた。

「三対三だぞ」イリエワニはそろそろオートマタがやってくるのではないかと鱗を固くしながら、付近に視線を巡らせる。そうして、ゴールのそばに倒れているヤブイヌを見つけた。

「あっ。ヤブイ……ヌ……?」言いさして、死んでいることに気がつく。外傷がまったくなかったので、寝転んでいるだけに見えていた。

「死んでるのか?」

「そうか。お前は知らんか。沙羅双樹のスキルのこと」

「ユキヒョウ。黙ってろ」トムソンガゼルににらまれて、ユキヒョウはヤレヤレといった風にそっぽを向く。

 拮抗している票数。決定権を持つ最後の一票がゆだねられたのは、のそのそと戻ってきたアフリカマイマイ。

 バーゲストに一杯食わされて霧のなかでひとり戦っていたところ、突然、水が流れてきたので退避していた。海にむ貝類はエラ呼吸をしているが、陸貝であるカタツムリは肺呼吸。水に沈むと溺れてしまう。水かさが減ったのを見計らってゴール付近に戻ってきたら、仲間たちと、敵のリーダーのイリエワニが真剣になにかを話し合っていたという状況。

 事情が分かっていないままのアフリカマイマイに、マーコールが素早く勧誘の言葉をかける。

「マイマイはこっちよね。こっちを選んだら、蜜酒をいっぱいあげる」

「ほんと? じゃあそっち」

 即断即決。カタツムリやナメクジはビールを好む性質がある。酵母や麦芽のにおいに反応しているのだ。酵母や麦芽、なので他の酒、蜜酒などを別段好んだりはしないのだが、このアフリカマイマイのプレイヤーは単に酒が好きだった。それを知っているマーコールの誘惑。

「おいっ!」トムソンガゼルの叱咤しった。「理解して選んだのか?」

「理解って?」

「話を聞いてなかっただろ」

「いま戻ってきたばっかりなんだから、そんなこと言われてもなあ」

 と、言っている間に、ついに銀色の敵たちがやってきてしまった。四体のオートマタたち。一体一体がライオンよりも強く。ゾウとも戦えるだろうという性能。アフリカマイマイは文字通り目を飛び出させる。

「多数決だとこっちの勝ちだぞ。手伝えよな」

 イリエワニはもう結論が出たとばかりにオートマタたちのほうへとふり返りながら、金毘羅クンビーラのスキルで水をためはじめる。機械たちの表面にはガウルやインドサイとの戦闘によっていくらか傷があるものの、動きは一切にぶってはいない。脅威はおとらず健在だった。

「こんな多数決は無意味だ。僕は認めていない」

 角をふるトムソンガゼルに、マーコールがかすれ声で「まだそんなことを……」と、言いさしたときであった。樹上を移動する影。

 それはこずえのなかを枝から枝へと移動して、イリエワニの頭上へ回り込んでいく。マーコールは沙羅双樹を見上げる。ユキヒョウがいなくなっている。トムソンガゼルが、いなないて、合図を送った。

「はじめに言っただろ。ひとりで戦え!」

 イリエワニが足元に落ちる影に気づいて樹上を見た。影の正体はユキヒョウ。太い枝の上にいる大型のネコ科動物のしなやかな体。勇ましい顔にはめ込まれた瞳が不気味に輝く。ネコの瞳ではない悪魔の瞳。イリエワニの肉体アバターは動かない。動かせない。そして勝手に動き出した。操作の自由を失ったのだ。

 イリエワニはこのスキルを知っている。トラの群れクランにいた頃に、戦場で見たことがあった。悪魔オセの力。プレイヤーを狂わせる効果。狂気の状態異常を付与されたプレイヤーは、敵味方を問わず、無差別に突撃して攻撃をくり出すだけの存在になる。

「死に物狂いで戦うんだな。でないと死ぬぞ」

 こずえの向こうにユキヒョウは溶けて、笑い声だけが残された。その声も、すぐに葉擦れの音に呑み込まれて消える。

 肉体アバターが言うことを聞かない。近くにいる敵へ、四体の敵性NPCオートマタへ、イリエワニの体は無策に挑みかかるという蛮勇ばんゆう敢行かんこうしようとしていた。

 自動運転の装置に乗っているような気分だった。やることがない。ただ事故が起きる場面を待って、席に腰を下ろしている。シートベルトで締め付けられて、席を立つことはできない。

 焦りはすぐに達観たっかんに変わった。

 銀の拳で殴られて、尻尾をふって追い返す。ワニのあごで噛み千切ちぎろうとするが、精彩せいさいを欠いた無心の攻撃は相手に簡単に避けられてしまう。けれど癇癪かんしゃくを起こした子供のような暴れっぷりに、オートマタたちも手を焼いている。五分ではなく、押されてはいるが、すぐにやられることもないという戦いぶり。

 スキルは使えるようだ。水だけは出しておこうか。気休めに過ぎないが。それともスキルのコストに命力(LP)を使うのは自殺行為だろうか。

 ――まあいっか。

 だんだん適当になっていく。心がやせ細っていく。このところ、むしゃくしゃすることばかりだ。この狂気に、いっそ身を任せてしまいたい。こんな風になにも考えずに、暴れ回ることができたら、むしろスカッとするというもの。自分の意思でこんなことができたら、なんてことすら思ってしまう。

 だれかのことを考えながら、自分の道を選びとろうとした。けれど、落とし穴が行く先々で待ち受けている。逃れられない暗い影が道をむしばんでくるのだ。これもそんなひとつだ。もうどうでもいい。

 狂った肉体アバターにただただ心をゆだねてみることにしようか。狂気に手を引かれて踊ってみよう。仮初かりそめの狂気でも、真に迫れば本物にもなるだろう。それがいまは、なによりのなぐさめに思えた。

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