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●ぽんぽこ12-35 飲酒運転

 樹上から山を眺めていたマーコールは、巨大ワニが川の流れに乗ってやってくるのを見つけた。あの川は水を生み出す神聖スキルによるもの。敵だ。敵のリーダー。トラの群れクランから出ていった、恩知らずの離反者で裏切者のイリエワニ。

 マーコールの足元には拠点がある。ここを通過されてしまうと、あとはゴールに一直線。防衛しなければならないとは思うが、自分ひとりではどうにもならない。ガウルやインドサイがいなければ。

 ふたりは一向に戻ってこない。マーコールが確認できているのは、ふたりがオートマタを一体を撃破してから、追加で出現したもう二体を倒すために高所のほうへと移動していったところまで。二体ぐらい、というほどオートマタの相手は楽ではないが、それでもあのふたりなら撃退できるはず。ガウルは体重だけならイリエワニにも匹敵する。それだけの重量が加わった攻撃は強力無比。そしてインドサイはよろいのごとき皮膚と、つるぎのごとき角を持った草食動物随一ずいいちの戦士。ふたりは豪傑ごうけつ。たとえ相手がオートマタ二体であっても押し勝てるはず。なのに戻ってこないのは、なぜ。

 樹の上に陣取ったままマーコールは様子見。イリエワニが近づいてくるが、ワニは樹を登れない。ここにいれば、やられることはない。

「おーい。マーコール!」

 敵が声をかけてきた。相変わらずのずぶとい性格は健在らしい。

「この裏切者! 裏切者め!」

 マーコールのスピーカーがびぃぃんと反響音を響かせた。

「あんたが出ていったせいで……」

 スイセン、ムササビ、他にも多数が続くようにして、継続して群れクランから抜ける者があらわれた。イリエワニの離脱が、トラの群れクランからプレイヤーが流出するきっかけとなったのだ。

 それからこの群れクランは変わってしまった。

 マーコールはこの群れクランが気に入っていた。手のかかる子供みたいなトラや、そこにつどうやんちゃなやつらの世話を焼くのが好きだった。けれど、そのトラはいなくなり、肉食たちが減ったことで妙な勢力が拡大して、いまの中身はもう別物だ。

 昔からいるガウルやインドサイをはじめとした不良共が心配でマーコールはここに残ってはいるが、正直なところ自分がどういう風にこのゲームを楽しめばいいのか分からなくなっていた。

 行き場のなかった不満めいた感情が、イリエワニへの恨み言となってにじみ出しそうになる。だが、それは大声でかき消された。

敵性NPC(オートマタ)がくるぞ! 四体!」

「四体……?」首をかしげて「四体!?」横長の瞳孔どうこうの瞳が白黒する。オートマタはRPGゲームでいうところのいわばボスキャラ。いや、むしろボスよりも強いレアポップの超強敵みたいなもの。それが四体。敗北必至じゃないか。負けイベントじゃあるまいし。

 どん、と樹が揺れた。根本にイリエワニが衝突して急停止。それから樹上を見上げて、

「はやく逃げろ!」

「ガウルとインドサイは? 会わなかった?」

「それは、その、やられた!」

 四体ものオートマタが相手であれば、そうなるのもやむなし。

 イリエワニは川に対して横向きになって、流れをせき止めるように踏みとどまりながら、

「乗るか?」

 返事する時間も惜しんでマーコールは樹からおりると、自分の三倍以上もの体長の巨大ワニの背中にとび乗った。

 すぐさまイリエワニは体の向きを変えて川下りを続行。ついでに拠点を通過するのも忘れない。ふたりがやりとりしているあいだにも、オートマタたちの銀色の姿が遠くに見えてきた。マーコールは本当に四体ものオートマタが集まってせめてくることに驚愕きょうがくしながら、

「急いで! はやく急いで!」

 恨み節など消し飛んでいる。ボブスレーのように川をすべるイリエワニの背中からふり落とされないように神経を集中させる。

「前にこい。重心を前に」

 そうすれば多少は速度が上がる。マーコールは崖のぼりでつちかった平衡へいこう感覚を駆使して、イリエワニのとがったうろこを、二本爪のひづめで踏みしめながら、できるだけ頭のほうへと移動する。まるでヤギがサーフィンでもしているような奇妙な光景。

 敵同士の関係のふたり。ひづめに踏まれるイリエワニと、うろことげに刺されるマーコール。それぞれ攻撃とみなされて、お互いにわずかに体力(HP)が減るが、そんなことも気にしてもいられない逼迫ひっぱくした状況。

「あんたなんとかして倒せないの?」

 たたんだ前足をワニの肩に引っかけるようにして、しがみついているマーコールが無理難題を言い出す。

「無茶いうなよ。四体だぞ」

「こんな図体ばっかりでかいくせしてなさけないわねえ。なさけない」

「うるさいなあ……」

「補助してあげるから、なんとかしてよ」

 マーコールがヘイズルーンのスキルで蜜酒を生成する。イリエワニのひたいからたれた琥珀こはく色の蜜酒がうろこをとろとろとつたって、口のなかにそそぎ込まれた。

「うえっ」と、イリエワニはせき込みそうになりながら、

「酒がだめなの知ってるだろ! やめてくれ!」

 視界がはやくもクラクラしてくる。昔、一緒に戦っていたとき、スキルを使ってサポートしてもらったことがあったが、そのときは蜜酒を飲んで、まともに動けなくなったあげく、戦力外どころか邪魔になってしまうという体たらくであった。

 酔いで鼻先が震えて、ワニの船がぐらぐらとゆれはじめる。

「これ、飲酒運転ってやつじゃないのか。地球だと厳罰だ。たしか。たぶん」

「へえ。厳しいところだったのねえ。でも大丈夫。あんたは乗り物。運転してるのはわたしだから」

 右に左にマーコールは重心を移動して、忍び寄る酔いにあらがっているイリエワニの巨体を宣言通りに操ってみせた。

「バフはついた? ついたでしょ? これでなんとかならない?」

 メニュー画面を確認。復活効果が付与されている。けれど、いま必要なのは耐久増加による継戦けいせん能力ではなく、さっさと敵数を減らすための移動能力か攻撃能力。イリエワニの攻撃力はすでに十分なので、どちらかというと移動能力だ。敵の攻撃をかわせて、隙をついて接敵できるぐらいの速度があれば、四体が相手でもなんとかなる可能性はある。キョンが持っていたケリュネイアの鹿のスキルみたいな超加速効果だとか、ヘラジカのように空を飛べる効果でもいい。けれどイリエワニに与えられているのは、あくまで水場で戦う能力。オートマタは泳げはしないが水場での戦闘能力が低いわけではない。カバと同じだ。カバも泳げはしないが、それでも水場の王者だ。

「なあマーコール。ちょっと聞いてほしいんだけど」

「なになに?」

「このままゴールまでいって、俺が勝って戦を終わらせようと思ってるんだけど、どう思う?」

 敵であるマーコールに作戦を相談してみる。

「なにそれ。そんなのトレイン行為、荒らし行為じゃない。だめだめ。マナーがなってない」

「それは誤解だ。オートマタがついてきてるのは偶然だし、混乱にじょうじようってわけじゃない。これはホント。マジ。でも、えーっと……。言い訳してもしょうがないな。とにかく、俺が勝てば戦が終わってみんな転移されるだろ。中立地帯に。そしたら、安全なんじゃないかって……」

「あー……。なるほどー……」

 背中の鱗を思考する声がなでる。湿しめったヤギひげが頭をくすぐるので、思わずくしゃみが出そうになるのを、イリエワニは口を閉じてこらえた。

 マーコールは首を曲げて後ろをふり返る。イリエワニが通ったあとに細長く引き伸ばされた波紋が広がって、荒々しい川音と共に流れに呑み込まれて消えていく。銀色の死神どもがさっきより近くにいる気がする、やつらは一切速度を落とすことなく、無尽蔵のスタミナで追いかけてきている。

「とりあえず。とりあえずさ。本拠地にいるうちのメンバーと協力して追い返せない? それから考えたほうがいいかも。すくなくともイリエワニが勝たせろって言っても、トムソンガゼルは納得しないと思うなあ」

「戦力的には足りるのか?」敵本拠地の戦力を敵に聞くなんて、本来ならありえないが、いまは気にしてられない。

ヘラジカ(リーダー)が外に出てるからどうだろう」と、ヤギの目がまたたいて、「トムソンガゼルと、ユキヒョウと、あとグリーンイグアナとかアフリカマイマイあたりが待機してたはず。それから、植物族ドリュアスのマンゴーがいるから回復はできるかな」

「ヘラジカを呼び戻せないか? いたら心強いんだが」

 一度協力したあとに、不意打ちでやられかけたが、本拠地の危機とあらば、また手を貸してくれるだろう。

「クジャクにたのむしかないけど、前に伝達にきてから見ていないなあ」

 と、マーコール。

 神の騎獣ヴァーハナであるパラヴァニの神聖スキルで高速飛行できるクジャクは、この群れクラン一番の連絡役。

「あっ」と、イリエワニが気まずそうな声を出す。

「なによなによ」

「いやあ。山をくだってる途中にさ、ガウルたちと会う前だから結構前か、うちのアオサギが連絡にきて、クジャクを倒したって」

「あー」と、マーコールは残念そうに螺旋らせん状の角をせて「それで姿が見えなかったのか」

 戦をしている最中なのがどうにも歯がゆい。あちらを立てればこちらが立たず。

「俺に勝たせてくれ。たのむ。それが一番手っ取り早い。この状況で難しいことは考えられねえよ」

「わたしはそれでもいいけど。やっぱりトムソンガゼルがなあ。なんて言うかな。説得するなら協力してはあげるケド」

「ありがとう! とにかく話してみよう」

 川下りは続く。山をくだるにつれて勾配こうばいは緩やかになり、速度がすこしずつ落ちはじめる。

 ゴールを示す光の柱が見えてきた。なんとか追いつかれる前に、本拠地に到着できそうだ。

「拠点はちゃんと踏んでるの?」

「うん。足りてる。全部通った」

「そういうところは、ちゃっかりしてるのよねえ」

 あきれたように言って、マーコールはイリエワニの背中の上で、ふり落とされないように身をまるめた。

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