●ぽんぽこ12-34 介錯
「いっしょに戦おうガウル。なんで死のうとしてるんだよ」
イリエワニが励ますが、ガウルの心はすでに折れてしまっていた。命力が見たことのない値にまで減少し、もはや風前の灯火。抜き差しならない状況。
弱気に引っ張られるように、インドサイの大樹のようだった闘争心もすっかり枯れ木同然。機械の体を何度も突いたせいで、心と同じくサイの角先もぽっきりと欠けてしまっている。
「おれもだ、おれも殺してくれ」と、インドサイがイリエワニに訴えかける。
四体のオートマタが一斉におそいかかってきた、スキルで水場を深くしながら、イリエワニは尻尾でなぎ払ってなんとか追い返すと、
「待てよ。インドサイまでやめてくれ。意味が分からないぞ。とにかくこの場は協力してくれ。力を合わせて戦うんだよ」
説得しようと言葉を重ねる。だが、ガウルはぶるぶると首を横に震わせ、それをはねのけた。
「もう命力が足りない。プレイヤーに殺されるのなら、まだ残るはず。だから、はやく……」
しょぼくれた声で事情が語られる。
そういうことか、とイリエワニは相手の望みを理解した。
敵性NPCの攻撃は特殊な属性を持っており、体力だけではなく命力をも削ってくる。そして、その攻撃で体力がゼロにされてしまったあかつきには、信じられないぐらいに大量の命力が奪われてしまう。オートマタは取立人。ピュシスの経済を回す徴収者だ。
だから、オートマタの一撃でとどめを刺される前に、プレイヤーであるイリエワニにやってもらおうということ。プレイヤーがとどめなら、失う命力はまだマシ。キャラクターの消滅を避けられるかもしれない。ありていな言い方をするならば、死に逃げするということだ。死体ならオートマタの攻撃をそれ以上受けることはないし、死んでいるので殺されることもない。
ガウルとインドサイは同じ群れに所属しているのでシステム上、同士討ちはできなくなっている。これは、この場において、敵であるイリエワニにしか頼めないこと。
決断できないでいるイリエワニの鼻先に、ガウルは自らの首を差し出した。口のなかに飛び込みかねない必死の見幕。
「はやく!」
「こっちもだ。こっちもたのむ!」
インドサイも懇願してくる。
オートマタは待ってはくれない。こうしているあいだにも攻撃をしかけてくる。ガウルとインドサイは目先の救いを求めるあまり、銀色の腕がせまりくることを意識の外へと追いやっているようだった。それほどまでに疲れ果てているのだ。
「たのむ!」「たのむ!」の二重奏。
気持ちがもはや負けている。
ガウルの濃褐色の背中のコブに銀色の腕がふりおろされようとしていた。
イリエワニはこんなことはやりたくなかった。やりたくはなかったが、舌の上に乗ったウシの首に、牙のならんだ上顎が、重力に引っ張られるようにして勢いよく落ちていた。まるで自分がただの処刑道具になって、処刑人に命じられるままにギロチンを落として、命を狩るしかなくなってしまったかのように錯覚してしまう。
ガウルに続いてインドサイも介錯してやる。死の間際に感謝の言葉が聞こえた気がしたが、そんな言葉はこれっぽっちも嬉しくなかった。
オートマタの大量発生をどうにかするために、オートマタたちと戦うために、戦いに必要な命力を稼ごうという名目のトーナメント。優勝した群れには遺跡の最深部へと向かう重要な役割がかせられる。そんな準備段階の戦闘で命力が尽きるという危機に瀕したガウルとインドサイ。本末転倒な結末ではあるが、今回の襲撃はそれだけ予測不能のものでもあった。
四体のオートマタたちの前にイリエワニただひとりだけが残される。
冷たい銀の肉体たちは、死者には即座に興味を失う。巨大ワニの肉体に対して、光線銃のようなセンサーの嵐が集中し、殺意なき純粋な暴力がおそいかかってこようとしていた。
スキルで生み出された水が、やや窪んだ斜面の大地にちょっとした湖のようにたまっている。その湖の主のように中央に居座るイリエワニ。イリエワニが前へと身を乗り出す。すると湖の縁の防波堤が決壊。水が勢いよく抜けていく。激しい奔流が斜面をくだって流れ落ちていく。イリエワニはその流れに乗って、立ち塞がるオートマタたちに、真正面のど真ん中から突っ込んだ。
超巨体の強力な肉体のイリエワニとはいえ、たったひとりで四体のオートマタを相手するのは無理がある。川下りによって逃げることを選択。
インドサイの突進よりも速い流れ。すがりつくように銀の指が伸ばされて、いくらかの攻撃を受けはしたが、太い尻尾とドリルのような回転で道をこじ開け、オートマタたちをボーリングのようにはじいて、無理やり囲いから脱出した。
金属音と水音と、森の葉音が混ざり合う山の空気を切り裂いて、川を砕く幹や岩の障害物をよけて滑り落ちながら、イリエワニは憂鬱な気分を抱えて考えていた。
助けられなかった。それとも助けたと言えるのだろうか。いや、こんな助け方はいやだ。残された自分にだけ、悲しみが残るようなやり方。彼らは卑怯だったと思う。別に卑怯なのを責めはしない。ただ、その卑怯さは、生き残るために発揮してほしかった。
イリエワニは金毘羅のスキルで川を増水させて、傾斜を落ちる流れをより激しいものに変えていく。
川は急流から激流になり、オートマタとの距離が離れはじめた。
――くだりは楽でいいな。
これまでの道中というと、山地であるこの縄張りで、山を越えることに苦労していた。とはいえ元々イリエワニはこの縄張りの群れに所属していた身。ワニの肉体でも山を越えれるルートは把握していた。緩やかな起伏のルートを進んで、やっとのことで上り坂をのぼりきり、それからは水を流しながら、こうして川を足代わりにして進んでいた。
十分な水量が確保できたところでスキルを解除。節約しなければ自分もガウルやインドサイの二の舞になってしまうかもしれない。
しかし、これからどうしようか。川を流されながら頭を悩ませる。
距離は確保できているが、ふりきったとはいえない。オートマタはまだ追ってきている。水に浮かばない密度の高い機械の肉体では、イリエワニのように川下りすることはできないが、オートマタたちは急勾配の下り坂を高性能の姿勢制御装置によって転ぶことなく走り抜けている。
このまま進むと、終着点は敵本拠地。密林山地の縄張りを形作る三つの山が交わる地点。最も標高が低い場所。つきあたり。水は流れずたまるだけになるところ。そこまでいくと、もはや逃げることはできなくなる。
――いや、待てよ。
敵本拠地にはゴールがある。流れの方向からして、必要な拠点をそれまでに通過できそうだ。と、なると、うまくいけば試合を終わらせることができるかもしれない。
――試合さえ終わらせれば、みんな助かる、か?
試合が終われば、縄張り内にいるプレイヤーたちは強制的に中立地帯に転移させられる。つまり、オートマタたちからまるごと全員逃げられる。
――かもしれない、けど。
そうじゃないかもしれない。限定的な処理についての知識をイリエワニは持ち合わせていなかった。おそらく他のプレイヤーたちも、こんなときどうなるかなど知りはしないだろう。
オートマタが群れ戦に乱入してきて、なおかつ残存している状態で勝負が終了した場合の処理。その場合、オートマタはどうなるのか。
ひとつめの可能性としては、プレイヤーは転移されて、オートマタは縄張りに残される。イリエワニは直感的にこうなると思っていたが、確証はない。
ふたつめは、オートマタもプレイヤーと一緒に中立地帯に転移させられる。こうだった場合は困ったことになる。かわらず戦いが継続するだけ。
みっつめは、オートマタが消滅する。ありえなくはないはず。プレイヤーが中立地帯に転移させられるのは、試合中の縄張りの変化をリセットするためだ。たとえばイリエワニが生成している川などを消去して、試合前の状態に戻す処理がなされる。その復元処理に巻き込まれてオートマタも消去されるかもしれない。けれど、これはすこし楽観的な憶測にも感じる。
想像するしかない。敵性NPCの大量発生以前の群れ戦では、試合中にオートマタが迷い込んでくるなど、非常に稀なことだった。答えを知っている者は、ピュシスに誰一人としていないのではないだろうか。
本拠地手前にある拠点が近づいてきた。大きな樹の周りをストーンヘンジのようにひとまわりちいさな樹々が囲っている拠点だ。樹の上に白い毛衣の獣がいる。あれも知り合いだ。昔からトラの群れにいたやつ。大ヤギのマーコール。
オートマタを片付けるのではなく、勝利を目指すのは悪くない考えのような気がしてきた。オートマタもプレイヤーと同じく中立地帯に転移する処理だった場合だけが懸念点として残るが、それでも全員が一ヵ所にあつまるので、力を合わせて戦えるという部分においては、いまよりも状況が悪化するともいえないのではないだろうか。
この試合はオートマタの襲撃でかなり混乱している。それに乗じてゴールをかっさらうのはあまりいい気分ではないが……。
――やろう。
やると決めた。どうやったって勝つつもりだった。いまさら勝ち方にこだわる気はない。いざとなったら、敵性NPCにやられたくなかったら俺を勝たせろ、ぐらいは言ってやる。恫喝と変わらないが、勝って、それでみんなが消滅の危機から逃れられるなら、それ以上はないじゃないか。
――けど、やっぱり抵抗されるかもなあ。
自分のように、どうしても勝ちたい者が相手の群れにもいるかもしれない。勝ちを譲れないというやつが。
不安だ。
――でも、とりあえず、当たって砕けてみるか。
そうと決めると、イリエワニは短い足で川底を蹴り、尻尾でバタ足をして、拠点に向けて川の流れを巡っていった。