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●ぽんぽこ12-33 終末の戦い

 苦闘の末にオートマタ三体を撃破したガウルとインドサイは、機械の残骸を眺めながら、山の斜面でひと息ついていた。

「やったな」

「ああ」

 疲れた声がふたりのあいだをへろへろとした風になってただよう。ふたりともすっかり酔いから醒めて、あれだけあった威勢は、いまやどこかに消え失せていた。

 土の壁に体をよりかからせながら、しばし虚脱きょだつ蹄鉄ていてつのような形をした崖に囲まれた斜面。上側は登れないぐらいの高さの段差で、下側だけが開いているという、窪地くぼちのような場所。

 激しい戦いでぼろぼろだ。神聖スキルは使わなかった。使わなくともなんとかなった。というより、今回の戦いでは使う場面がなかった。

 オートマタとの戦いにおいてスキルの使用は諸刃もろはつるぎ。オートマタの攻撃は体力(HP)だけでなく命力(LP)をも削ってくる。神聖スキルの使用コストとしても命力(LP)が必要だ。後先考えずにスキルを使うと、あっというまに命力(LP)が枯渇して、最悪の場合、消滅ロストする事態になる。ふたりともまだ消滅ロストはしたくない。もっともっとこのピュシスというゲームで遊んでいたい。

 使うとしたら、それは確実に優勢になれる場合のみ。イリエワニのように有利な水のフィールドを作れるとか、ヘラジカのように空を飛んで三次元移動による絶対的な高所確保ができるとかといった場合だ。

 ガウルやインドサイの持つスキルは、使ったとしてもオートマタ相手に強気で立ち回れるようにはならない。

 インドサイの通天つうてんさいのスキルは巨大なカメの甲羅を背負った姿になり、角も一本から二本に増えるというもの。攻撃力という点ではインドサイのままの姿とたいして変わらず、甲羅による高防御を得たいときに使うスキル。機動力はむしろ落ちるので、攻撃を受ける機会が増えて、それは命力(LP)を削られる機会が増えることにもなる。深層での戦いでは通路の封鎖のために使いはしたが、ああいう限定された地形でもなければ、オートマタ相手にあまり発動したいものではない。

 ガウルもスキルを持っている。牛鬼うしおにという妖怪のスキル。ウシの頭に蜘蛛のような体を持った異形。通常時より体格はおおきくなり、攻撃力もあがるのだが、このスキルの肝となるのは毒攻撃であり、状態異常に完全耐性を持つオートマタには通じない。多少は能力が向上するとはいえ、足が四本から六本に増えるので、不慣れな六本足操作にともなう事故も怖かった。使い慣れたふだんの大ウシの肉体アバターのほうがうまく立ち回れる。

 重い腰を上げて、マーコールが待つ拠点へ戻ろうと、ガウルとインドサイがのっそりと坂の下へと鼻先を向けた。そんなとき、背負っていた崖のほうから複数の足音。しかも硬い足音だ。ひづめなんかよりもずっと硬い音。金属音。数は一、二、おそらく三体。

「まだ、くるのか……」

 絶望がにじむ声を呑み込む時間もなく、銀色たちがやってきた。

 段差から飛び降りてきたオートマタたちが逃げ道をふさぐようにして傾斜の下側に着地。土ぼこりがのろしのように上がって、幾何学的な足跡が地面に刻まれる。一体、二体、やはり三体。と、思ったが、もう一体が樹上にいた。

 みしりと枝が折れる音がして、ちぎれた木の葉が舞い散った。体操選手のようにぐるんと空中回転を決めた四体目のオートマタが樹上からおそいかかってきた。


 ふたりは限界を越えて四体のオートマタ相手に戦った。

 マーコールのヘイズルーンのスキルによる復活の補助効果は、四体のオートマタによる連係のない不規則な攻めの前に、すぐに消費させられてしまった。

 完全にあとがなくなる。逃げたい、が、逃げ道はふさがれている。高所の有利を取ろうとした結果、段差に囲まれた高所に封じ込められてしまった。

 確認する余裕すらなかったが、命力(LP)はもうかなり減っているはず。ここで体力(HP)が尽きれば消滅ロスト消滅ロストはいやだ。消滅ロストはしたくない。

 最終手段としてログアウトが頭をよぎるが、ログアウトには群れ戦クランバトル中の不正防止のために長いキャストタイムが設定されている。ログアウト操作をしても、処理が完了するまでのあいだにオートマタに殴られる。そして死亡。一巻の終わりだ。

 どちらかがおとりになれば、ログアウトできる猶予ゆうよが稼げるかもしれない。けれども、当たり前だが、そんな役割はどちらもごめんだ。

 助けはないのか。だれか、助けにきてはくれないのか。

 気が弱い連中は、オートマタ襲撃の報があった時点でログアウトして逃げてしまった。そのせいで、ヘラジカの群れクランは、現在やや人手不足になっている。いまいるのは、オートマタの出現を承知で残った豪傑ごうけつたちだけなのだが、さすがにこの数は想定をはるかに超えるものだった。

 リーダーのヘラジカならスキル込みでこの劣勢をも打開できるかもしれない。空を飛べる巨獣というのはそれだけで強力すぎる肉体アバター。前のリーダーのトラも、神聖スキルが実装されて、窮奇きゅうきのスキルによって翼を手に入れたことで、怖ろしいまでの強さを発揮していた。

 ヘラジカが颯爽さっそうと助けにきてくれないものか。そんな無為な望みをいだく。

 だれか、だれでもいい。こうなったら副長サブリーダーのユキヒョウでもいい。あいつは肉食だが話のわかるやつだ。しゃに構えてはいるが、草食を尊重する態度をみせている。

 相手を倒すのではなく、ひたすらにダメージを受けないようにというだけのふたりの態勢。

 銀色の肉体ボディに朝日が斜めに当たって、密林の樹々を鏡のように映しながら輝いていた。インドサイの角で体に穴があけられて、ガウルのひづめで腕をもがれても、オートマタは破損をものともせずに動き続け、戦いを挑んでくる。

 ガウルとインドサイの精神力は急速に疲弊ひへいしていた。

 ――だれか。だれか。

 そんなことばかりを考えながら、肉体アバターはあきらめることもできず、終わることのない戦いを、ぎりぎりで踏みとどまって、戦い続けている。

 相手はまだ四体のまま。一体ですら仕留められない。

 ガウルとインドサイは無我夢中で暴れ回った。

 二頭の猛獣と四体の銀の肉体ボディ躍動やくどうし、混ざり合い、傷が開けば裂傷の状態異常が付与され、骨が折れれば骨折の状態異常が付与され、大地はめちゃくちゃ踏み荒らされた。

 混迷する戦場。けれど、その先に勝利はなく、ただ終末だけが待っている。

 ラグナロクだ、とガウルは思う。これはピュシスにおけるラグナロクだ。

 ヘイズルーンの蜜酒を飲んだエインヘリャル。神々と共に巨人の軍勢と戦い、世界の終末ラグナロクをむかえる戦士の魂。ここはまさしく、その戦場であるヴィーグリーズ。

 エインヘリャルをひきいる神々は滅ぶ運命。戦士たちもまた、同じ運命を辿たどるさだめ。炎の巨人スルトの投げ放ったレーヴァテインの炎により、世界は焼き尽くされるしかない。

 ガウルもインドサイも、激しすぎる戦いに、もはや前後不覚におちいっていた。

 どうやって戦っているのか分からなかった。なぜ戦っているのかも分からなかった。

 オートマタを倒した気がした。けれど、敵は減っていない。さらに加勢があったのだろうか。銀の腕をちぎった気がした。銀の肌を砕いた気がした。けれど、敵は動き続ける。どれもさだかではなく、まともに考えている時間はなかった。なんども攻撃を受けた気はしていたが、自分の体力(HP)命力(LP)の残量に気をまわしているヒマはなかった。

 ――冷たい。

 と、いうのは水がふってきたのだ。しかし空は晴れ渡っている。銀色の体に反射して見える空にはくもりひとつない。雨ではない。

 冷たい水はまたふってきた。ふってきたというよりは、はねた水飛沫しぶきが飛んできたという感じだ。水音もする。上から、それも後ろの方から。後ろにあるのは崖のような段差。山の上のほうだ。

 知覚が拡散する。ガウルの葉っぱ型の耳と、インドサイのラッパ型の耳がくるりと回転。その正体を求める。

 ――川?

 山の上で雨がふれば川ができることもあるが、いまは晴れ。このあたりには川はなかったはず。

 川に乗ってなにかが流れてくる。船か、カヌーのようなもの。それぐらいの大きさのものだ。樹々にぶつかりながら、斜面に船体をこすりつけるようにしてやってくる。

 鉄砲水。勢いを増した水がガウルとインドサイの背中に浴びせかけられ、湿しめったにおいをまきちらしながら、目の前に並んでいた四体のオートマタたちをらす。流れは銀色の足のあいだをくぐってさらに下へ。オートマタたちは流れにすこし押されたように、ぬかるんだ地面で踏ん張ったが、それも一瞬で、すぐに攻勢へと転じてきた。

 ガウルとインドサイに銀色の弾丸のようなオートマタたちがせまる。

 そんな二頭と四体のあいだに、巨大な影が降ってきた。

 インドサイの巨体よりもそれは大きい。巨大すぎる動物の影。全身がとげばっていて、大きなあごと、長く強靭きょうじんな尻尾も持つ動物。

 ミサイルのようにその影の持ち主、イリエワニが着地すると、衝撃で斜面の一部が崩れて、オートマタたちが一斉に後ずさった。

 戦場におとずれたわずかな空白の時間。

「だいじょうぶか!?」

 イリエワニが背中で声をかける。

 ガウルとインドサイは茫然ぼうぜんとしていた。

 イリエワニは敵。敵のリーダー。昔はここにいたやつ。同じ群れクランの仲間だったやつ。出ていってからは、自分の群れクランを作って、ずいぶん出世したように思える。昔馴染みだからか。助力してくれるようだ。なら敵じゃない。味方。味方か?

 ――いや、敵だ。敵であるべきだ……。

「殺してくれ」

 ガウルの冷たい声に、イリエワニの背中のうろこが、氷でも当てられたようにミシリとこわばった。

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