▽こんこん4-2 それぞれの将来
簡単な自己紹介が終わると、やっと勉強会がはじまる。プパタンの双子の弟のネポネと、ゴャラームは元々友人だったらしく、ゴャラームにはネポネが声かけたということだった。ピッソ婆の食物販売店の四角いテーブルに置かれたソファは三人掛けだったので、左右両方使って詰めたとしても、八人全員は座れない。なので、カウンターの近くに並べられている丸テーブルの方に移ることにした。丸テーブルには一つにつき四つの椅子が置かれていたので、二つのテーブルを使えば丁度、全員が収まる。
メョコ考案のいたずらでプパタンに変装していたネポネが、髪をかき上げるように手で梳いて、着崩れていた服を直すと、瓜二つだったプパタンの面影はすっかり消えてなくなった。どちらかと言えば、しっかり者の印象。それを見てリヒュは、プパタンも普段からもっと身だしなみに注意すればいいのに、と考えていた。
近く行われる学校のテストは宇宙学、機械学、化学、体育、音楽の五教科。それぞれ得意分野を教え合おうということになったが、結局、一番詳しい者たちに質問が集中する。宇宙学はリヒュ、機械学はロロシー、化学はゴャラーム、体育はギーミーミといった具合。そして音楽に関してはネポネが得意なようであった。
「だからさ恒星の位置を基準として覚えればいいんだよ」
リヒュが教えるが、メョコは苦い顔をする。
「宇宙だと右も左も分からないじゃん」
「右とか左じゃなくて、上と下も、奥も手前もあるんだから座標で考えなきゃだめだ。まずは等級で覚えてもいいよ。ノモスから見える範囲の星を覚えれば足掛かりにできる」
「トーキューってなに?」
「そこから!? 天体の明るさの単位」
「あっ、そっか。いや分かってたよ。別のものと勘違いしちゃって」
「何とさ……」
「だって、私さ。宇宙地図って苦手なんだもん。宙に浮かんでる物の位置関係を考えると、頭がこんがらがっちゃうよ」
「メョコは平らな道でも迷うからなあ」
「そうそう……じゃなくて。私、道には迷うけど、帰れなくなったことはないよ」
メョコが口を尖らせる。
「それが不思議なんだよなあ」
メョコは行きがけに迷うことはあっても、帰り道で迷うことはない。帰巣本能でもあるのだろうか、とリヒュは思っているが、ずっと謎のまま。メョコ七不思議の一つだった。
「頭が疲れたから、ちょっと休憩しよっと」
早くも勉強を投げ出して、食物を口に運ぶメョコの後ろで、機械学を勉強しているルルィがロロシーを質問攻めにしていた。それに対して、
「学校のテストには、そんな問題は出ませんよ?」
と、ロロシーが困ったような表情をする。
「いやあ。そうなんだけど。ロロシーが滅茶苦茶詳しいから、せっかくだから聞いておこうと思って。おれ、将来さ。機械技師になろうって考えてるんだ」
「マジ?」とギーミーミが驚く。
「頭でも打ったのか? 何でそんな」
「別に何ってわけじゃないけど、急に将来が不安になったというか。機械技師なら安泰だろ? 仕事に困らない」
同意を求められて、ロロシーが首を振る。
「仕事には困らないでしょうが、安泰とは言えませんよ」
「そんなことはないだろ。聞く限りでは……」
「わたくしの父は機械技師ですけれど」と聞いて、ルルィが「そうなの!?」と瞳を輝かせる。
「ええ。でも、すごく不安定なお仕事です。業務内容も多岐に渡っていて、昔は専門化されていた作業が、今は収束している状態ですから」
「どうして?」とリヒュ。
「惑星コンピューターが人間が理解するより早く、新たな技術を作り出すからです。カリスのもたらす膨大な知識に対応することは人間にはできません。今の機械技師に重要なのは理論ではなく、カリスの指示通りに物を組み立てられる技能だけなんです」
「ふうん」と、ルルィは腕組みをして話に聞き入っていたが「でも、金回りはいいんだろう?」と、身も蓋もないことを言い出す。
直球の質問にロロシーは答えに窮してしまったようで、ほんの少し目を泳がせる。
「それは、えっと、一般的な企業勤めのお方よりは少しは、ね。おそらくですけれど」
「ほら。じゃあ問題ない。色々やらなくちゃならないのは大変そうだけど、がむしゃらに働いてれば、変に将来を心配する余裕もなくなるだろうしな」
「お前は心配性すぎるんだよ」
ギーミーミがルルィの肩をばんばんと叩く。そうしていると、水のおかわりを取りに行っていたネポネが戻ってきた。
「プパタン。はい」
「……ありがと」
プパタンが受け取って、ごくごくと水を飲む。リヒュは既にそれが何杯目か分からなくなっていた。食物は全然食べていないが、とにかくよく水を飲む。ネポネも同じぐらい飲んでいるので、そういう体質の家系なのかもしれない。
「ロロシーも機械技師になるのか?」
ギーミーミが尋ねると、ロロシーは首を傾けた。
「まあ。そうなるでしょうね。代々受け継いできた工場もありますし」
「工場持ちなの!?」またルルィが大きな声を上げる。ピッソ婆の鋭い視線を感じたので、リヒュは「あんまり大きな声出すとまた怒られるぞ」と小さく注意した。
「ごめんごめん」とルルィは調子よく言うと、身を縮めて少し声を落とす。そして「じゃあさ。おれが機械技師の資格取れたら、友達のよしみで雇ってくれないかなあ。頼むよ。一生のお願い」と、ロロシーに頼み込みはじめた。リヒュは先日、ロロシーの家にお邪魔した時のことを思い出して、ロロシーの方は友達だと思ってなさそうだな、と考えていた。
「どうぞ面接にいらしてください」と、ロロシーはにこやかにはね除けたが、ルルィは言葉の裏を読めなかったようで「やったー」と一人喜んでいた。その横で「いやいや」とギーミーミが手を振る。
「そもそも機械技師の資格とか、お前に取れないだろ。あんまり夢見るのはやめた方がいいんじゃないか」
「なんだよそれ! おれだって、やればできるんだ。ここんところ寝る時間も惜しんで勉強漬けの生活してるんだぞ」
心外だという態度で、嘘かホントか分からないようなことを言い出したルルィに、リヒュが「すごい頑張ってるね」と声をかける。
「そうだろ。へへっ」
すぐに機嫌を直したルルィが「おれのことはいいんだよ」と隣のテーブルで勉強に励んでいる四人に目を向けて、出し抜けに聞く。
「みんなは将来の夢とかないのか」
「俺はバスケ選手だな」と隣のギーミーミが言ったので、
「お前には聞いてないよ。知ってるし」
と、ルルィが肩を竦める。
「私は食物店がやりたいな」
メョコが言うと、「食べるの好きだもんな」とリヒュ。
「そうなの」と頬をぷくぷくさせて笑うメョコに「それでそんなに丸いのか」とルルィが言ったので、「ちょっと、それは、どうなんでしょう」とロロシーに窘められてしまった。
「いや、待って、待って。愛嬌があるって意味だよ」
ルルィの言い訳混じりの言葉を正面から受け取って、メョコは「ほんと?」とパッと表情を明るくする。
「ほんとほんと。食物店がいいなら、ピッソ婆に弟子入りでもするといいんじゃないか」
言いながら肩越しにカウンターの方へ指を向ける。カウンターの下から、にゅっ、と首が伸びて、深い皺が刻まれた迫力のある顔が飛び出していた。その隣には若い女性店員が一人。大抵の客はそちらの女性店員の方に注文をしている。
「それもいいかも」
メョコが本気にしそうだったので、リヒュが「まず食物生成の勉強をちゃんとやらなきゃダメだぞ」と、釘を刺しておく。そんな二人の様子を笑って見ていたルルィは、ネポネに視線を向けた。
「……それで、ネポネくん、とかは?」
「えっと、ぼくは……、演奏者を目指してるんだ」
「へえ。いいね。今のうちにサイン貰っとこうかな」
「俺のサインならいつでもやるぞ」ギーミーミの横やりに、ルルィが「だからお前はいいんだよ」と寄ってきた肩を押しのける。
「なんの楽器なの?」とリヒュが聞くと「ピアノです」と返ってくる。
「ネポはめちゃくちゃうまいんだよ。賞を取ったこともあるし」と隣のゴャラームが自分のことのように自慢すると、ネポネは、はにかんで顔を伏せた。
「すげーじゃん」とルルィとギーミーミが大げさに褒め出すと、ネポネは「ぼくよりプパタンのほうが上手だから」と呟くように言った。
「そうなんだ」プパタンに視線が集まるが、相変わらずのっそりとしたマイペースで水を飲んでいる。
「プパタンも演奏者を目指してるの?」
ルルィの言葉が聞こえなかったように、プパタンは、ぼーっとしながら、店の外で沈み切る寸前の第一衛星を見つめていた。光が細い糸のようになって、夜にほどけようとしている。
「……ゴャラームは?」
反応がないので、ルルィが会話の矛先を変える。
「ぼくは……」
「俺と同じだよな」ギーミーミが笑いかけると、ゴャラームは複雑な表情をした。
「ぼくは背が低いから」
自称気味に言いながらゴャラームが自分の手を見つめた。小さな体の小さな手。小柄なプパタンやネポネよりも更に小さい。それにゴャラームがコンプレックスを抱いていることを、リヒュは以前から薄々感じ取っていた。
「ちっちゃくて活躍してる選手ってかっこいいよね」とメョコが声をかけると「そうそう、ゴャラームぐらいの身長の選手も今まで何人かいたよ」とギーミーミも続けた。ゴャラームは二人を見て、少しだけ表情を硬くすると、鼻を擦って「そうだね」とだけ返した。
「わたくしは研究者を目指されるのもいいと思いますよ」
ロロシーが言うと、リヒュは「確かにいつも成績上位だし、向いてるかもね」と同調する。カリスの叡智を越えて何かを発見するのは困難な道であり、下火な職業ではあるが、それでも稀に新発見を成し遂げる人物は現れている。
「もう少し、じっくり考えて決めるよ」
ゴャラームは答えて、リヒュに目を向ける。将来を語っていないのはリヒュだけ。
「……ところでさ。いつまで勉強会するんだ」
すかさず、みんなを見回してリヒュが聞く。今すぐに話題を変えたかった。
リヒュには夢がない。けれど予感はあった。いつか自分は宇宙へと旅立ってしまう。父が死に、母もきっとそこに骨を埋めるであろう星へ。その星の位置を頻繁に確認するせいで、宇宙地図に随分詳しくなってしまった。そんなことをみんなに話したくはないし、このことについては、うまく嘘を塗り固める自信がなかった。
「もう第二衛星が昇りますね」ロロシーが空へ目を向ける。
「明日は休みなんだから、もうちょっといいじゃん」
メョコが言って、同意を求めるようにリヒュを見る。
「まあ、僕はいいけど」期待通りの言葉が返ってきて、メョコが嬉しそうに頷いた。
もはや勉強会ではなく雑談会になりかけていたが、せっかくの集まりに、みんな少々離れがたい気分になっていたようだった。なので誰も帰ることはなく、もうちょっとだけ粘って勉強しようということになった。