●ぽんぽこ12-31 ヴァルハラの戦士たち
密林山地の本拠地の、ほど近くにある拠点にて。
マーコール、ガウル、インドサイの三名が要地防衛にあたっていた。
いずれも大柄な草食動物たち。
マーコールはヤギのなかでは最大級の大きさ。白くてふっさりとした毛衣。顎や首回りの毛は特に長く、ヤギひげになっている。角はブラックバックに似ており、平たい棒をねじって螺旋状にしたような形。ここにいる三名のなかでは一番小柄なのだが、人間の大人ぐらいの体長はある。樹や崖に登れぐらいにその動きは身軽。
続いてガウル。こちらはウシのなかでの最大級。マーコールの二倍弱の体長。濃褐色の体は全体的にがっしりと筋肉質で、その体格はヘラジカと同等。盛り上がった背中のコブと、三日月型の角が特徴的。
そしてインドサイ。前者二名よりもさらに大きな体。鎧サイの異名があり、その名に恥じない非常に分厚い灰色の皮膚で全身をかためている。鼻先にはインドサイのトレードマークである一角。角は朝日を浴びて、剣のようにそびえている。
三名はいま、せまる敵にそなえて戦いの準備をしていた。すこし前、クジャクから敵接近の知らせ。敵とはイリエワニの群れの面々ではない。敵性NPCのことだ。やつらは縄張りのこんな奥深くにまで足を踏み入れようとしているらしい。
「ほほほ」
「がはは」
と、動物たちがわらっている。マーコールも、ガウルも、インドサイも、森のなかに上機嫌な鳴き声を響かせている。
拠点に生える巨大な樹の上にはマーコール。根本にいるガウルとインドサイが、顎を上げて、こんこんとたれ落ちる琥珀色の液体を飲みくだしていた。
その液体とは蜜酒。樹の上に登ったマーコールがスキルで作り出したもの。葉の器を満たした蜜酒は、細い滝になってこぼれ落ち、ガウルとインドサイの口に注がれていた。そうすると、ふたりは気持ちのいい酔いを全身に回して、燃料を注がれた重機のようにエンジンをふかせて肉体を熱くさせるのだった。
これはヘイズルーンの蜜酒。ヘイズルーンとは世界樹ユグドラシルの葉を食べるヤギのこと。ヴァルキューレによってヴァルハラに集められた戦士の魂のために、蜜酒を造り出す存在。
この神聖スキルにより生成された蜜酒を飲んだプレイヤーには補助効果が付与される。エインヘリャルたちは神々と共に巨人たちと戦うため、日夜殺し合い同然の訓練をしており、たとえ死んでも翌日には生き返るのだという。ピュシスにおいては、蜜酒を飲んだプレイヤーに、体力がゼロになっても一度だけ全快して復活できる効果を付与する、というスキルになっていた。
「これで怖いもんなしだぜ」
豪快にガウルが角を上下させながら、ぶおお、と嘶いた。
「やっちまおう。やっちまおうぜ」
インドサイは酔っぱらったらしく、ふらついた前足で地面をかいて、四方八方に突進しようとするしぐさ。
「ほほほ。ほほほ」マーコールがわらう。
「いってらっしゃい。いってらっしゃい」
そろそろ影が短くなりはじめた朝の密林山地。静かな風がやや肌寒い森のなか、動物たちの狂騒が空気を色づかせ、汗ばみそうな熱を発散させていた。
「きたぞ。きたぞ」
ぐるぐると巻かれた角をふり上げ、マーコールの横長の瞳孔が、高い樹の上から銀の敵の接近をとらえた。その数はたった一体。傾いた大地の、山の上方向からやってくる。
「一体。一体」
樹上からの報告に、
「いくぞっ」ガウルが山の斜面を走り出す。インドサイが「おうっ!」と続く。
うおお、と雄叫びを上げながらガウルとインドサイが上り坂へと突撃していく。
超重量の草食動物たち。質量まかせの力ずくこそが究極の攻撃であり、究極の防御にもなっている。
ガウルが高所をとっているオートマタを下から角で吹き飛ばした。
だが、頑丈な機械の体はすぐに起き上がる。そこに向かってインドサイが突撃。オートマタのどてっぱらに一本角を打ち込む。角に貫かれ、銀色に黒の穴があく。
けれども串刺しにされたまま、オートマタはなおも動いた。インドサイの鼻先ではりつけになったまま、銀色の腕を伸ばして目や耳をつぶそうとしてくる。
危険を感じたインドサイは角を掲げてふりまわした。オートマタは角からすっぽぬけて、樹の幹に激突。ずり落ちたのをガウルが蹄で踏みつけて、そこへインドサイも駆け寄って体重を加えた。しばらくすると、オートマタの体力が尽きて、動作が停止する。
「たいしたことねえな」
なんてことをガウルがこぼしたときであった。
「二体! 二体!」
と、マーコールが叫ぶ声が聞こえてきた。
増援だ。二体のオートマタ。また山の上方向から。バラバラの足並みで山を越えてきたらしい。
「上にいくぞ」
インドサイの判断にガウルも付き合う。
高所を取るのは戦いの基本。相手を俯瞰することで状況が把握しやすくなり、体重を乗せた強力な攻撃が可能になる。逆に敵は体重が乗せられないので攻撃の威力が低下。いいことづくめだ。
ふたりは全力で上を目指す。拠点から離れるのは、補助役のマーコールを守ることにもなる。オートマタの横をすり抜ける瞬間にこそ注意が必要だったが、すがりついてこようとする銀色の手を回避して、上を取ることに成功。だが、ここでさらに敵の増援がやってきた。
山の斜面の上方向。森のなかから、さらにもう一体のオートマタがあらわれる。
下には二体、上には一体。挟み撃ちを避けたいふたりは上側の一体をいなして、もっともっと上を目指し続けた。
のぼっていくと、段差が弧を描いている場所にたどりついた。崖のような段差。これ以上はのぼれない。ふたりはここを戦場と定める。
崖を背後に立てば後ろを取られることはない。それがおおきく翼を広げるように横にまで続いているので、敵の攻め方向をある程度は限定できる。こうやって地形による守りを固め、自分たちはこの高所の位置を死守することで、有利に立ち回ろうというわけだった。
三体のオートマタと二頭の巨獣がにらみあう。
正面三方向からの攻撃。ガウルとインドサイは一体ずつを弾いたが、残った一体がインドサイの側面に入って殴りかかってきた。
右肩の上のあたりを機械のこぶしで殴られたインドサイの体力がおおきく減少。さらには命力も削られる。ガウルがすぐにカバーに入ってオートマタを追い払う。けれどそうしているうちに、他の二体が体勢を整えて、またおそいかかってきた。
「作戦は!?」
「そんなもんねえ! とりあえず一体壊すか!」
数を減らすのが急務。このままでは数的不利がいたいところ。ガウルもインドサイも強力な草食動物ではあるが、そんな彼らでも敵性NPCは一筋縄ではいかない相手。素手の攻撃力はそこそこだが、機械相性の強さと、すさまじい頑丈さが攻撃力を底上げしている。さらには状態異常に対する完全耐性と優秀な各種センサーによって、搦手と逃げ隠れを許さない。付け加えて、不屈の心も持っている。敵を抹殺することだけしか考えていないような、躊躇のない動きは、多くのプレイヤーを震え上がらせる。
ふたりは傷をおいながらも戦う。そうして、やっとのことで一体を粉砕。二対二に持ち込んだ。
「いけるいける。あのときと比べれば、なんてことはない」
「まったくだぜ」
そう言い合って、互いの心を奮い立たせる。
あのとき、というのはふたりが体験した深層での戦闘。
トラに連れられておとずれた、遺跡の奥深く、ピュシスの最深層にある機械惑星の模造街、その工場地区でオートマタの軍団におそわれたときのことだ。