●ぽんぽこ12-20 鴆毒
毒に倒れた仲間たちをザラタンはうなだれるように見下ろす。
生き残ったのは千年モグラとザラタン。けれどふたりもすでにマンチニールの毒に蝕まれている。状態異常の回復ができるものはいない。体力が尽きるのも時間の問題。
千年モグラは毒を受けながらも力をふり絞って塩水の湿地帯を進む。しかし、精神の勇ましさに反して、肉体が言うことを聞かない。毒が枷となり、スリップダメージ以上のいやらしい効果を発揮している。
超巨大ガメのザラタンは高体力故に耐えているが、運んでくれていた騎獣ムシカのスキルを持つテンレックを失った代償は大きい。歩みはのろまに逆戻り。
毒を含んだ水による攻撃と認識したゴファーガメは、同タイミングで気がついたエチゴモグラの指示を待つまでもなく、戦況を変える一手を即座に打った。
ザラタンのスキルを解除。もうひとつ所持している別の神聖スキルを使う。
黒々としたカメ。その姿が現れた途端に、地に染み込んでいた水が一斉に引きはじめた。
玄武のスキル。玄武は東西南北を守護する四神の一柱。北方を守護する水神。
はじめからこちらを使えばよかったと、かすかな後悔。ただの水と侮っていた。あからさまな樹々の壁を打ち破るためにザラタンのスキルを使ったが、地に染み込んで忍び寄る水こそが最大の障害だと読み切ることができなかった。
自然現象を操作するスキルはコストの消耗が激しい。しかも今回のように広範囲に及ぶものであればなおさら。けれど、いまの玄武の頭のなかには勝利の二文字しか存在せず、それを長のエチゴモグラに捧げることだけを考えて行動した。
そんな仲間の意思が届いたか、千年モグラはふり返りもせずに、水が押しのけられていく大地を駆け抜けた。もはやそう遠くない位置にあるゴールを目指して。
「水が押し返されてるね」
ちいさな丘の上で状況を静観していた毒樹マンチニールが、海の女神リュコリアスのスキルで海水を生み出し続けているリコリスに言うと、火花のような紅の花が潮風に揺れた。
「渦潮でも作ってやろうかな。呪われた海域に生まれて、豪華客船を沈没させちゃうようなやつを」
「効くかな? 相手は玄武みたいだ。水神だよ。水神と海神はどっちが強いの?」
「さあ。でもあからさまにリクガメだったのに、水を操るなんてナマイキで気に入らない。ウミガメならともかく」
「ぼくは別にいいと思うけどな。ピュシスはきまぐれだから。あんまり厳密なスキルの付与はしていないみたいだし」
「きまぐれにもほどがあるよ。カホクザンショウも言ってたけど、いいかげん。めちゃくちゃいいかげん。それに、現状で持つもの、持たざるものの格差が大きすぎるのも問題。ゲームバランス崩壊レベル」
「格差なんてあってないようなものじゃない? 戦略次第っていうか。現にいま、ぼくやオランダフウロなんかはスキルを使わずに戦っているし、伝説なんて現実に超えられるためにあるようなものだよ。ここは現実じゃないけどね。機械惑星で作られたあらゆる音が、ここで奏でられる自然のざわめきの心地良さに遠くおよばないのと同じ。それに最近ピュシスで色んなことが起きてるから長く感じるけれど、まだ神聖スキルが実装されてからそこまでの時間は経っていない。そのへんは順次アップデートされて、調整なりなんなりされるんじゃないかな」
「ならいいけどね」
リコリスはぶっきらぼうに言い捨てて、
「で、どうする? あのカメ。それからモグラ? なのかな、あの白いイヌみたいなやつ」
「一応モグラだね。千年モグラ、雷獣ってやつだと思う。ぼくの毒は自然の毒だから、ああいう生き物にはいまひとつ効果を発揮しきれていないみたいだ。相性、というか設定されている耐性の問題かな。神話の生き物には、神話の毒が必要だね」
そんな分析をしながら、
「とりあえず本拠地に海水が入り込むことがないように注意して。注意しながら出力を最大に。相手は確実に弱ってる。水量が増えれば押し込めそうな気がする」
「むずかしい。めんどくさい」
リコリスの不満の声をマンチニールは聞き流しながら、
「命力は大丈夫? 結構、スキルを使ってもらってるけどコストは足りてる?」
「全然へーき。こんなに戦うこといままでなかったし」
「よし。……じゃあ」
と、促すような間が置かれる。
本拠地のはずれにある小さな丘の上。そこにいるのはマンチニール、リコリス。
それからもうふたり。
マンドラゴラと、その根っこの手に掴まれている毒鳥ピトフーイ。
「使って」
マンドラゴラが雪のように静かな声をピトフーイに投げかける。スキルを使うように、という指示。
ピトフーイが持つのは伝説の毒鳥、鴆の神聖スキル。鴆が飛べばその足元の作物は枯死し、フンを落とせば岩が砕けるという、まさしく規格外の猛毒を有していると言われる。さらにはその毒は水溶性で、数々の毒殺に使われたという逸話の持ち主。
地球での暗殺劇を再現しようとでもいうように、ピトフーイの体が、海水の川に浸された。
「ピトフーイやるんだ」と、マンチニール。
「でも……」
躊躇。毒鳥は不安と恐怖がないまぜになった感情から、逃げ出してしまいたくなっていたが、いまは飛べるほどの体力が残されていない。子供に遊ばれるお人形のように、マンドラゴラに連れ回されて、されるがままになっている。
「どうして使わないの? 使えば勝てるってときに」
リコリスがたずねる。
「鴆の毒は強力すぎるから、敵も味方も関係なく毒にしてしまうんです。近くにいるあなたたちも……」
「それがなんだっていうの?」
マンドラゴラが言い切られる前に割り込んで、首をかしげる。
「ここにいる私たちは死んでもいいのよ。死んでも別の私たちがいるんだもの。本拠地にまで毒が届かなければそれで構わない」
そう言うマンドラゴラも、マンチニールも、海水を生み出しているリコリス自身も、塩害によってしおれて、枯れはじめていた。
植物族の命はひとつではない。この場にいる植物たちはいくつもある肉体のうちの一本でしかない。それが朽ちることに植物族たちはなんの感傷も持ち合わせておらず、ここにあるひとつに拘っているのは、ピトフーイだけであった。
「ピトフーイ。やるんだ」
毒樹が毒鳥に命じる。
「でも、私は……」
「敵に塩でも送ろうってつもり?」というのはリコリスの冗談。現在、実際に塩水を送り続けている。
「塩? 塩……」
煩悶する毒鳥。けれど、次の毒樹の言葉が、その心に渇望を思い出させた。
「君はぼくを騙してまでこの群れに入ったんだよ。いまになって、なにを悩んでいるの。この群れでなにかをしたかったんじゃないの」
胸の奥がちりちりと痛んだ。
翼に海水が染み込んでくる。ピュシスに痛みの設定はないが、傷口に塩を塗られたような感覚が広がっていく。
三本の獣ならざるものたち。植物たちに囲まれて、天秤が激しく揺さぶられる。
答えを探す毒鳥の耳に、遠くから声が聞こえた。
エチゴモグラの雄叫び。
「生を必するものは死し、死を必するものは生く! 往けっ! 往けっ!」
それは仲間の玄武、もしくは自分自身に向けた鼓舞の言葉。けれど、毒鳥の心をも揺り動かす響きを持っていた。
浸された毒鳥から、鴆の毒が爆発的に溶けだした。
直接触れているマンドラゴラがまたたく間に枯死。
リコリスは海流を千年モグラ、それから玄武がいる方向へと集中させる。
流れに触れていたマンチニールも枯れ落ちた。
毒は川をさかのぼり、リコリスをも抹殺する。
鴆は水没。
どっ、と激しい奔流が溢れた。