●ぽんぽこ12-15 散歩する植物
「拾ってきました」
と、ギンドロに差し出されたのは毒鳥ピトフーイ。体力は残りわずか。土まみれの黒い翼は弱々しく震えて、オレンジ色の腹回りは茶色で汚れている。
「いい土具合ね。いまにも芽吹きそう」
スミミザクラの植物族がギンドロの隣で梢を騒がせながら言う。
毒鳥を拾ってきたのはマンドラゴラ。マンドレイクとも呼ばれるナス科の植物。薬草として用いられ、魔術や錬金術の原料としても有名。根には幻覚や幻聴を伴って、死に至ることもあるという神経毒を有している。
そして、マンドラゴラというと、同名の伝説の植物でもある。
伝説上のマンドラゴラは処刑場に生え、ニンジンやダイコンに似た太い根に、手や足のように分かれた部分があり、地面から這い出してあたりを徘徊するのだという。そして、もし誰かが引き抜こうとした場合には、悍ましい叫び声を上げて、聞いたものの気を狂わせる。
ギンドロの群れに所属しているマンドラゴラも、神聖スキルによって手足を生やして動き回ることができた。根っこの足で縄張りを駆けて、根っこの手でピトフーイをつまんで、拾ってきたのだった。
「そこの盛り土にでも置いてください」
「はい」
マンドラゴラは指示された場所にピトフーイを運ぶと、無造作に、けれど丁寧な手つきで横たわらせた。墓前のお供えのように、毒鳥が土に飾られる。
「土を払っとかないと、根っこが生えちゃわないかしら」
スミミザクラがそんなことを言いだすと、ギンドロは笑いをこぼしそうになりながら、
「種子じゃないから大丈夫ですよ」
「そう?」
「ええ」
声を毒鳥に向けて、
「ピトフーイ。キツツキたちを倒せましたか?」
たずねられたピトフーイは口ごもる。負けたどころか、一羽すら仕留められなかった。
曇天にも似た毒鳥の無言の渋面を横目に、マンドラゴラがすまし顔で、
「キツツキは二羽でしたよね。クマゲラとドングリキツツキ。両方すでに倒しています」
「マンドラゴラがやってくれたのですか? それは、ありがとう」
「いいえ。お褒めの言葉ならギンピ・ギンピとトリカブトに」
経緯の説明をするべくマンドラゴラはスピーカーを繊細に震わせる。
「ピトフーイを拾いにいく道中で、私と入れ替わりに本拠地に向かおうとする二羽のキツツキを見かけたものですから、すこし声をかけたんです。そうしたら二羽とも目を回して、ちょうど下にいたギンピ・ギンピとトリカブトのところに墜落したというわけなんです。ふたりの手にかかれば体力を削るのはあっという間でした」
「そうでしたか。それではあとでふたりにも労いをしておきましょう。マンドラゴラもピトフーイを拾ってきてくれてありがとう」
「いえ」
マンドラゴラはニコリともせずに静かに言って、スピーカーは黙りこくる。
「ピトフーイも頑張りましたね。よく戦ったみたいですね。えらいですよ」
おだやかで、責めるような調子はない。
毒鳥は浅いお椀をひっくり返したような冷たい土の上に寝かされて、本当に眠ってしまったかのように口をつぐんでいた。
「それでマンドラゴラ。下流のほうはどんな様子でしたか」
「シロバナワタの話ではエチゴモグラがいたあたりでミーアキャットを撃破。これはかなり前の話。そのあと、なんか、カメ? がいたそうです。カメと一緒にハリネズミみたいな動物が二体」
「カメ、というと、あの甲羅を背負った」
「はい。カメたちが水路をつくって、バロメッツの邪魔をしているそうです」
「ほう。なるほど。水路……、水路ですか。面白いですね。では、敵は川沿いを進んでいるんですか」
「そういう形跡はあります。ただ、土で擦れたか、気づかれたか、くっつき虫が剥がされて、オオオナモミたちの追跡が途切れたので、正確な位置は不明です」
ギンドロの銀の葉が物思いにふけるように、星明りにちらちらと輝いた。風に吹かれた葉たちが枝を離れて流されていく。
「あのさ。ギンドロ……」
スミミザクラが話し出そうとしたとき、ばっ、とギンドロの細枝が揺れた。エメラルドと深紅の羽衣。長い飾り羽が美しいケツァール鳥。
「ウシツツキをやっつけたよ」
「ありがとう。おつかれさま」
銀葉が星にひらめく。それにまけないぐらい、ケツァールの羽根もつやめいている。美しい鳥は地面に落ちているピトフーイをちらと見やって、ふっと目をそらすと、上流の戦況を報告しはじめた。
「こっちに伏兵が現れてね。そいつをいま捜索している。アナグマだ、とハンノキは言っていた。顔のないヘビっぽいやつが一緒。もう一匹一緒にいた、どでかいネズミは倒してる。あとはクマザサがツチブタを倒して、シロクマだかクロクマだかを追っているとか」
「報告は正確にお願いします」
「失敬な。聞いた通りを正確に伝えてるんだ。文句があるならハンノキとクマザサに言ってくれ」
ぶぜんするケツァールに、ギンドロは慇懃に、
「そうですか。それは失礼。正確無比な報告をありがとう」
すると棘のような黄色のくちばしが鷹揚にうなずいて、
「ハンノキはアナグマを取り逃がして、川のあたりで見失ったそうだ。それから敵は行方知れず。ただ、川から振動を感じるという者が何名かいてね。川のあたりに潜んでいるのではないかと俺は思うわけだ」
「ふむ。参考にいたします」
「ああ。大いに参考にしてくれたまえ」
ケツァールは赤い羽衣の胸をはって、チチチ、と鳴き声。
「それにしても結構やるね。穴掘り屋さんたち」
スミミザクラが言うと、マンドラゴラがコトンと首を傾げた。
「穴掘り屋、って言われると資源採掘員のことみたい」
「たしかに。じゃあ動く根っこたち」
地面の下にあるものと考えて、植物族のスミミザクラが真っ先に思い浮かべたのは根っこだった。地面の下で動いて、掘り進んでくるものたち。
すると、マンドラゴラが、
「それだと私のことみたい」
マンドラゴラは根っこ部分が人の形。まさしく動く根っこ。
「じゃあもうなんでもいいけど」
どうでもいい呼び名についてのやりとりが面倒になったスミミザクラは、考えるのを放棄して、
「今回の群れ戦開始は夕方だっけ。まだ朝にもなってないけど、もうけっこう近くまできてるよね。いままでに攻め入ってきたやつらのなかだと一番早いかも」
「最速なんじゃないか」と、ケツァールもいままでの群れ戦を思い出しながら認める。
「はじめて本拠地にまで入られるかもな。こっちがなにもしないなら、日の出を待たずにゴールに到着するペースだ」
「もしかしてヤバい?」と、スミミザクラが不安気な声。
「いえいえ」
マンドラゴラは首を横にふる。
「我らが長にかかれば、この程度、なんでもありませんよね」
期待の眼差しを受けながら、ギンドロはしばし考えごとをしていたが、ふいに明るい声を出して、
「わたくし。イイコトを思いつきました」
「なになに?」
前のめりにスミミザクラがたずねる。
「ケツァール。リコリスを呼んできてもらえますか?」
「ああ」
「タゲリがいなくて大変でしょうけれど、頼りにしていますよ」
「任せてくれ」
飛び立っていくケツァールの長い飾り羽が夜空に躍るのを感じながら、スミミザクラが、
「ねえ。ギンドロ。さっき、言いかけてたんだけどさ」
「なんでしょう」
「ピトフーイを回復させてあげましょうよ。そうしたら連絡役が増えるし」
言いながら、豊かな枝ぶりから、赤黒くつやめくリボンみたいなふたつセットの果実、サクランボをスミミザクラは実らせた。
「ほら。わたしの実を食べて、回復しちゃいなさい」
と、果実を落とそうとしたスミミザクラをギンドロが止める。
「必要ありません。そのままのほうが使いやすいですから。回復はさせないでください」
「またそんなイジワルを……」
スミミザクラがみなまで言う前に、
「違います」はっきりとした否定、そして羽毛よりもふわりとやさしく「ピトフーイ。我慢できますよね」
「……はい」
毒鳥は体力が減り過ぎて、もう飛ぶこともできず、ただ黒いくちばしをちいさく震わせた。
スミミザクラは果実の置きどころに困って、鈴のように揺らしながら、
「で、どうするの」
「マンドラゴラはピトフーイをマンチニールのところへ運んでもらえますか」
「はい」
足の生えた植物が、根っこの手で毒鳥を拾い上げて走り出す。副長の毒樹マンチニールの元へ。
スミミザクラはどうにも腑に落ちないというように枝ぶりをくねらせて、甘えるように、
「教えてよ。ギンドロ」
「あなたは副長なのよ。わたくしの考えていることを当ててみて」
「ええ? そうね……」
夜空を月がくだりはじめる。川で冷やされた空気が樹々の合間をぬって、本拠地にまで届いてきた。渓谷を挟む崖の影は重苦しく森を縁取って、凝縮された花々の香りがそこかしこでただよっている。
「ケツァールにリコリスを呼びにいかせたのよね。もしかしてモグラよけにでもしようっていうの? リコリスバリアーみたいな」
リコリスは彼岸花、曼殊沙華などとも呼ばれ、千を超える別名を持つ植物。鮮やかな紅色の、火花のように咲き誇る花が特徴の有毒植物であり、地球ではモグラよけとして植えられていた。
ただしモグラよけといっても、モグラは地中の生物を食べる肉食動物。リコリスを直接食べたりはしないので、その毒が効果を発揮していたかはあやしいもの。これは、モグラの餌となるミミズがリコリスの毒を嫌がるので、ミミズがいないことでモグラも近寄らないのでは、と考えられている。
スミミザクラの答えに、ギンドロは「いいえ」と、冷たくも温かくもない声を返す。
「答えは?」
「ひみつ。あなたは自分で考えられるようにならなくちゃね」
「なによそれ」
不満を含んだ声を上げながら、こういう場合はどうやっても教えてもらえないことをスミミザクラはよく知っていたので、それ以上質問を重ねたりはしなかった。
渓谷を抜ける夜風を木肌で感じながら、たおやかな流れに枝を預ける。
「……そういえば。ウルフハウンドたち、ガチでさぼる気なんだね」
「あなたはまたそうやって」
「はいはい。もう言いませんよ。でもどこにいったんだか……」
スミミザクラはすねたように今度こそ完全にスピーカーを閉ざした。物言わぬ樹になって、自然と同化していく。ギンドロもまた同じようにして、決戦のときを待つことにした。
植物族のつくる迷宮から完全に抜け出しつつある相手ははじめてのこと。
ギンドロの群れが群れ戦で防衛側になって、本拠地にまで敵を通したことは一度もない。
だから、だれも知らなかった。
迷宮を抜けた先に、なにが待ち受けているのか。
本拠地で輝く光柱のエフェクト。そこが敵が目指すゴール。
たどりつけるわけがない、とギンドロは思いながら、自分も戦うことになるかもしれないという事実に、かすかな高揚を覚えてもいた。
日の出が刻一刻と近づいている。森を夢から覚まさせようというように。あたたかな空気が、ほんのすこしだけ、風にまざりはじめた。