●ぽんぽこ12-11 酩酊するウシツツキ
ギンドロの縄張り、渓谷の底を流れる川の上流から攻め入っていたアナグマは、ウシツツキから届けられた知らせにショックを受けていた。同じく上流の別箇所から進攻していたツチブタとシロクマのパーティの状況。
「ツチブタさんがやられたんだって」
うなだれながら、暗い声を穴のなかに響かせると、
「落ち込んでる場合じゃないぞ」
共に進んでいるミミズトカゲは足を止めずに先を急ぐ。と、言ってもミミズトカゲには足がない。トカゲの一種だが、ヘビガタトカゲなどと同じく、四肢が退化して失われている。その外観は太く茶色いロープのようで、ミミズにそっくり。
「敵に見つかる。さっさと頭を下げな。埋め立てとくから」
ウッドチャックが地上に浅く頭を出したままのアナグマを下から引っ張る。ウッドチャックはプレーリードッグと同じマーモット族。似た姿だが、それよりも大型で、リス科のなかでは最大級の体格。アナグマと比べてもわずかに大きい。
知らせの内容に、アナグマの動揺するのも当然であった。ツチブタはアナグマが尊敬するゲームプレイヤーとしての先輩。エチゴモグラの群れの先任の副長。その席をアナグマに譲ってくれた。本人は、面倒くさいから任せた、と言っていたが、そのわりには慣れない副長の役割に失敗も多かったアナグマの世話をずっとしてくれていた。ぶっきらぼうに見えて、気配りのプレイヤーなのだ。
しおれたように地下に戻ろうとしたアナグマは、空を横切るウシツツキの影が風に揺れてふらついたのに気がついた。見上げる。高度がずんずんと下がっている。酔っぱらったような飛び方。へたくそな滑空から糸が切れたように滑落して墜落。
息を呑んで、頭を低め、目だけを穴の縁に置く。
「どうしたの?」と、聞いたウッドチャックのスピーカーを、「しっ」と、アナグマが塞いだ。
ウッドチャックは穴の底から背を伸ばして、無理やりアナグマの隣から頭を出すと、頬をこすりあわせるようにしながら、一緒に外の様子を探る。
ウシツツキの褐色の羽衣は枝にぶつかって、あちこちの葉を鳴らしながら、こぼれるように、リュウゼツランの茂みに落ちた。トゲのある多肉質の葉が、ちいさなウシツツキの体を包み込む。
小鳥は起き上がろうとして、力が入らないというように、くにゃりと倒れる。赤いくちばしが、なにか言いたげにわなないた。
「敵の攻撃?」
ウッドチャックが小声でささやく。
「それらしいのは見えない」
アナグマが暗くて明るい星空を見上げて、並ぶ樹木の木肌をなぞって視線を躍らせた。それから穴から身を乗り出して、
「あのままじゃ危ないよ」
「待って」
齧歯類の伸びた前歯が、アナグマの前足を咥えて止める。
直後、流れ星のような鳥が夜空を渡って飛来してきた。
目を見張るほどに美しい鳥。光沢のある鮮烈なエメラルド色の羽衣。腹回りは鮮血のような紅。翼の先は漆黒。体の数倍はあろうかという長い飾り羽がドレスのように垂れ下がり、空を泳いで揺れている。
夜にあっても、月光で、昼のように煌びやかに輝く鳥。ケツァール鳥だ。
ケツァールは、リュウゼツランの葉にとまると、黄色いちいさなくちばしでもって攻撃しはじめた。ウシツツキの薄茶の腹に、なんどもくちばしがうち込まれる。一打ごとに体力が減少する。キツツキのような激しさはない。素人大工が釘を慎重に打とうとしているような、ゆるやかで、どこかほほえましくもある動作。
「助けなきゃ」
外に出ようとするアナグマをウッドチャックがまたも止める。
「どうやって」
「ぼくのスキルで化かして、そのあいだに回収しよう。川に沈めた上で、方向感覚を狂わしてやる」
「そんなことしたら、わたしたちの位置がバレちゃうでしょ」
「バレないようにやってみせる」
「それでも、このあたりは確実に捜索される。一帯の警戒が濃くなってしまう」
ウッドチャックの指摘にアナグマはタヌキみたいな隈取りのある目を曇らせる。丸々とした体。耳はタヌキよりずっと小さく、ほっそりとした顔つき。その先にあるクリみたいな鼻が下を向く。
「そうかもしれないけど……」
「わたしたちがゴールするんだよ。分かってる? 作戦の要なの」
モグラの群れの面々は細々としたパーティに分かれて、ギンドロの縄張りに横たわる川の上流、下流方向のあちこちから同時に攻め入っている。そのなかでも本命は上流から進むアナグマのパーティ。啄木鳥の戦法で下流に敵を集めて、同じ上流にも目立つシロクマたちを配置し、念入りに敵の目をそらそうとしている。
トンネルのつくりかたもアナグマたちだけは他のパーティとは異なる方式。モグラ塚を残さずに、掘った土をトンネルの後部に捨てて進む。前を掘って、後ろを埋める。そのくり返しで、三頭がおさまるシェルターのような空洞が、水中を泡が進むように移動していく。
定期的に呼吸と偵察のため、頭上に穴を開けるが、偵察が終われば木の葉などで隠して、元通りに埋め立てて塞いでしまう。足跡を残さない、静かな歩み。
この役割にアナグマのパーティが抜擢されたのは、アナグマの持つ神聖スキルの有用性が見込まれたが故。それは貉のスキル。貉は単にアナグマのことを指す用語でもあるが、妖怪の名でもある。
貉はキツネやタヌキと並ぶ人を化かす代表的な妖怪。しかも、”狐の七変化、狸の八変化、貂の九化け”の言葉通り、その実力は、キツネやタヌキを凌駕するとされている。
アナグマの視線の先で、ウシツツキの体力が底をつこうとしている。ケツァールの攻撃は緩慢。抵抗されないのを理解しきっているという態度。ウシツツキを包むリュウゼツランも敵。植物族。ウシツツキの突然の変調は、いづれかにスキルを使われた可能性が高い、とアナグマは考える。
敵の手の内が分からない状態で、こちらから打って出るのは危険すぎる。さいわいこちらには気がついていないようだ。ウッドチャックの言う通り、いま見つかるわけにはいかない。気持ちを抑える。
ツチブタの戦線離脱を知ったばかりで、やや冷静さを欠いていた。アナグマは頭を冷やして穴のなかに戻る。それから土を集めて天井の穴を塞いだ。
「ごめんね」
完全に閉じる前。誰にも聞こえないような声で、ウシツツキに謝る。
ウッドチャックはアナグマをなぐさめるように、土に汚れてけばたった尻尾で、その丸っこい背中を叩いた。
穴のなかに闇が戻ると、先導役のミミズトカゲが「こっちだ」と、頭を土の壁に差し込む。シャベルのような頭が土を押しのけ、細いトンネルができあがる。ミミズトカゲはトカゲでありながら、四肢がないのでヘビにも見える。けれどヘビのように蛇腹を使ったくねくねとした移動はしない。皮膚が折り畳まれた節があって、ミミズと同じ蠕動運動でもって進むのだ。この運動は可逆であり、真後ろに進むことも可能。
ミミズトカゲのトンネルを進行方向の目印にして、アナグマとウッドチャックが穴を広げて、土を前から後ろに運んでいく。
ひっそりと息を潜めて、植物たちの足元を、小鳥たちの翼の下を、アナグマたちは着実に、ゴール目指して進んでいった。




