●ぽんぽこ12-9 洗濯厳禁
地中から顔を出しているアナホリゴファーガメの甲羅の上からクマゲラが戦況を伝える。緑褐色の甲羅の甲長はクマゲラの体長よりもちいさいぐらい。ドーム型の表面には、おおきな亀甲模様が刻まれている。
「こっちはいま毒鳥に追いかけられているんだ。相手は自爆特攻でもするみたいにくらいついてきてる」
甲羅以外は川辺の泥土に埋まっているゴファーガメは、スピーカーの音をくぐもらせながら、
「毒鳥なあ。なるほど。いやらしい敵だ」
「なにか策を授けてくれないか? 触れずに倒す方法がないだろうか」
ゴファーガメはすぐさま甲羅の向きを、上に乗っているクマゲラごと変えて、
「あっちに仕掛けをつくろう。おびき寄せられるかい?」
「地上にか? ヒツジたちが邪魔で……」クマゲラは言いさして、「そういえばこのあたりにはなんでヒツジがいないんだ」と、疑問をあらわにした。
森に沈んだ川の淵の近く。湾曲した川から飛び散った水しぶきで一帯の土は、じっとりと湿っている。
「水が苦手なのさ」
「水?」
「あいつらはスキルで呼び出されたヒツジだわな。バロメッツというやつだ。羊毛だか綿だか知らないが、どちらにせよ濡れると縮んでしまうんだよ」
「ほう」と、クマゲラはカメの慧眼に感心する。
「儂らが川から水を拝借して水路をつくってやる。バロメッツはほんのちょっぴり濡れるのでも嫌がる習性があるみたいだからな。急ごしらえの水路でも結界として働くだろう」
「ありがたいが、溺れるなよ。あんたカメのくせに泳げないんだから」
と、クマゲラがからかうように言うと、甲羅がずんと持ち上がった。
「リクガメはウミガメと違って泳げないのは当たり前だ! ふざけたことをぬかすなよ」
「分かってる。分かってる」
と、クマゲラはスッと笑いを呑み込んで、
「いっそのことバロメッツを水で全滅させられないか?」
「大掛かりなことをやるのはリスクが高すぎる。急ぎ足の進攻で、こっちのトンネルはほぼ一本道だ。そこに大量の水が入り込むと取り返しがつかんぞ」
「たしかに」
「それにバロメッツは広範囲に散り過ぎている。一気に全滅なんてことはどのみちできん」
「これだけ数がいると、スキルのコストがやばそうだが、どうやってやりくりしているんだろうか」
「一頭あたりが安いんだろう。水に弱いなんていうなかなか致命的な欠点もある。雨が降るだけで使えない。はまれば強い、ハメ技みたいなもんだ。それに、他のプレイヤーの神聖スキルの消費命力がいくらかなんて、聞く機会はほとんどないが、かなりムラがあるようだしな」
「じゃあ、多少減らしたところで意味もないか」
「それをたしかめるためだけに、行動する価値があるとは思えん」
「おっしゃるとおりだ。仕掛けはどのくらいでできる?」
「ハリモグラとテンレックが指示せんでも動いてくれとる。さっきまでそばで話を聞いておった」
ハリモグラとテンレックはゴファーガメが率いるパーティのメンバー。三頭で穴を掘って進攻していた。
「さっき指示したところの周りに、そうだなあ」すこし考えて「まあすぐだ」
「時間はないぞ。ドングリのやつがいきり立ってる」
「急ぎはするよ」
と、当てにならない言葉を尻目にクマゲラは「頼んだぞ」と、空に飛び立った。
ゴファーガメはずぶずぶと地中に甲羅を沈めて、トンネルに戻る。地上には甲羅の形の大きな穴が残されたが、水路工事を進めていたテンレックが戻ってきて、すぐにそれを埋め立てた。
「いままでに掘ったトンネルの一部に勾配を加えて排水に利用するけどいいよね」
テンレックが確認すると、ゴファーガメはうなずく。
「それでいい」
ハリモグラもカメの元にきて、
「軽く目印だけつけといたよ。あとは深く掘れば水路になるかな」
「逆流には注意だよ」
と、テンレック。
テンレックとハリモグラのふたりは、いずれもハリネズミに似た姿をしている動物たち。
テンレックは全体的に褐色で、細かな針毛が背中を被っている。この針は身を守る役目と、こすり合わせて音を出すことで、仲間とのコミュニケーション手段にもなっている。似ているといってもハリネズミの仲間ではない。他人の空似である。
ハリモグラは引っ張って伸ばされたような細長い口をしており、こちらの針は、がっしりとして長め。針はクリーム色をしていて、それ以外は濃褐色の体。こちらもハリネズミの親戚ではない。カモノハシと同じ単孔目に属しており、卵を産む哺乳類はこのハリモグラとカモノハシだけという奇妙な生き物。
「キツツキどものために、がんばるとするか」
ゴファーガメも穴掘りに加わる。せり出したドーム型の重量感のある甲羅が、トンネルをゆっくりと移動していく。三頭とも子猫ぐらいの体長なので、穴はそれなりの広さ。基本は三頭が縦一列に並ぶ隊列だが、ところどころに待避所となるふくらみをつくっているので、トンネル内ですれ違うこともできる。
鈍足のカメを置いて、ハリモグラとテンレックはひと足先に現場に向かって、手早く作業を進める。ゴファーガメが触る部分はあまりないが、それで役に立っていないということはない。丸みのある甲羅でトンネルをなぞることで、土を固めて、崩れにくくしている。生きるプレートコンパクターだ。
投げ縄の輪のような形に引かれたハリモグラの目印に、簡単な水路がざっくりと掘られると、早々に水が流された。開通役はハリモグラ。ハリモグラは泳ぐのも得意な動物。長い鼻先を上に向けることで、泳ぎながらでも簡単に呼吸ができる。とはいえ、この水路はそこまでおおげさなものではない。人の手で掘られた砂場の溝というぐらいの規模で、完成速度重視の簡易的なもの。
それでも、水が流れはじめると、バロメッツのヒツジたちはよほど水を嫌っているらしく、水路の輪の内側にいた数頭も外へと退避して、近づいてくることはなくなった。
邪魔は消えた。作業しているあいだにも、あたりには細枝が散らばっている。キツツキたちが枝を折って、地面に落としているのだ。
空を見上げると、二羽のキツツキと、鮮やかな色の羽衣を持つ毒鳥が飛び回っていた。下から見る分には遊覧飛行でもして楽しんでいる風でもあるが、本人たちにとっては命がけの追いかけっこ。切羽詰まった生存競争だ。
クマゲラは地上の様子の変化に気がついた。ヒツジたちが離れていく。森のなかにぽっかりと、白綿のない空白の空間。
枝を落とす攻撃をするふりをして樹をつつく。そのリズムはモールス信号の要領で、もう一羽のキツツキ、ドングリキツツキへの知らせになる。
ピトフーイに追われていたドングリキツツキは、情報を受け取ってすぐに地表付近に降下した。
飽きもせずにピトフーイはキツツキを追いかけ続ける。そのしつこさに、ドングリキツツキは溜息がでてきた。本当にしつこい。ホーミングミサイルのようだ。愚直さや、当たれば死ぬというところも似ている。けれど、それもそろそろ終わり。
ドングリキツツキは地面すれすれを飛んで、折れた枝のひとつに足を止める。
追ってきたピトフーイにはさすがに疲れが見えている。キツツキたちは要領よく入れ替わって休憩をとっていたが、ピトフーイは飛び続けだ。
地面に落ちる枝は二本。一方にドングリキツツキ。もう一本にピトフーイが翼を向けた。疲労が濃い。そろそろいったん翼を休めなければスタミナが持たない。
ピトフーイと同じぐらいの体長の小鳥であるドングリキツツキには、相手のスタミナ消費が手に取るように分かった。翼をたたんで一時休戦の誘い。そろそろお互い、ひと息つこうじゃないか、と無言で語りかける。
細い枝。小鳥のピトフーイが休むにはちょうどいい大きさ。ピトフーイは誘い乗って、枝に足をかけると、翼をたたんだ。
ドングリキツツキは視界から逃げずに、ピトフーイと同じようにして翼を休めている。ふたりとも持久力のある渡り鳥というわけではない。それに、空中で複雑な軌道をえがく追いかけっこは、スタミナだけでなく、精神力をも消耗させていた。
ピトフーイは考える。どうやって仕留めるか。このままでは延々と決着がつかない。手はないこともないが、気が引ける手だ。
と、周囲にバロメッツがいないことに気がついた。変だ。このあたりだけ、穴があいたように……。
「わっ!」
突然、足元が抜けた。掴んでいた枝ごと落下。驚きから意識が回復して、羽ばたこうとした瞬間には、顔に土が落ちてきた。ピトフーイがすっぽりと入るのに十分な深さ。その上部にある横穴に針をまとった動物たちが見えた。ハリモグラとテンレック。土をかいて落としてくる。
落とし穴。古典的な罠。
土が翼に絡みつく。毒がこそぎおとされそうだ。追い打ちの枝をキツツキが落としている。それは小鳥を捕らえる網のように、牢獄の鉄格子のように、地中にピトフーイを封じ込めてくる。
ピトフーイは必死で枝や土に向かってくちばしと翼を突き出した。
けれど、自然の重みは小鳥一匹の力を容易にはねのけて、押しつぶそうとする。
――スキルで。
鴆の力。ピトフーイよりもさらに強力な毒を持つ伝説の毒鳥の神聖スキル。
使いかけたが、やっぱりやめる。毒で土をどけることはできない。それに鴆の毒は強力すぎて、敵も味方も関係なく、付近にいるものを無差別に猛毒の状態異常にしてしまう。味方の植物族だろうと関係なく枯死させるほどの毒。
というのもなんだか言い訳めいた理由だった。
正直なところ、スキルを使いたくない。
土の重しが増えていく。
――これが、埋葬。
地球では死者を土に埋めたらしい。
なぜだかは知らない。
調べたけれど、理解できなかった。
土の下は、こんなにも、哀しい。