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●ぽんぽこ12-8 触れるべからず

 ドングリキツツキとクマゲラは、地中との連携が断たれて独自行動中。

 突如、現れたヒツジの大群にミーアキャットは倒された。しかし、撃破される前にミーアキャットが散々逃げ回ってくれたおかげで、敵の出現情報はすみやかに広まって、他の者たちは退避できていた。

 ヒツジたちは森に散って、モグラ塚を見つけては穴をほじくってきたが、せいぜいトンネルの上部を撫でるぐらいなもので、トンネルそのものに被害はない。リーダーのエチゴモグラや、近くを進んでいた副長サブリーダーのアナホリゴファーガメのパーティはいずれも無事。進路を変更しながらトンネルを伸ばしている。

 そこまではいいのだが、これだけの数のヒツジがひしめいていると、混雑したヒツジの雑踏によって、幹を叩いた振動を利用して地中に伝えていた情報にノイズがまざりがちになっていた。

 どちらを向いても十数頭のヒツジが目に入る。森の樹々一本一本にヒツジがついているような光景。

 正確な情報伝達ができないと、事故の可能性がぐんとはね上がってしまう。

 キツツキたちは集団からはぐれているヒツジに空から襲いかかってみた。倒したヒツジは綿毛が舞い散るようにひらひらと砕けて、グラフィックが光の粒となって消滅。つまりプレイヤーではない。プレイヤーなら体力(HP)が尽きたあと、群れ戦(クランバトル)が終了するまでは死体状態で居残りだ。異常な頭数からスキルによって発生したヒツジであることは予想できていたが、いよいよ確定的。

 しかし、倒せるといっても、倒したあとが厄介だった。一頭のヒツジの断末魔の悲鳴が他のヒツジを呼び寄せて、綿の団子が雪崩のように森から森へと移動してきた。一歩間違えれば、取り囲まれて、押しつぶされてしまう。とにかく数が多い。

 地上の様子を察知していたリーダーのエチゴモグラは、モグラ塚の配置でキツツキたちに指示を出した。しばらくは各自自己判断で進攻。

 ヒツジたちに固執こしゅうするのは面倒な事態を引き起こすことになりかねない。モグラの群れクランの面々は地中と空中。敵のヒツジたちは地上。すれ違っている。無理してぶつかることはない。キツツキたちからの情報を絶てば、地中を進む者たちは拠点を探すのに骨を折ることになるが、ここまで順調だったので時間的な猶予ゆうよはある。すこし進むペースを落として、丁寧にいってもいいだろうという判断。

 そうしてキツツキたちは先行して、邪魔になりそうな敵の植物族ドリュアスを倒して回ることにしていたのだが、そこに飛び込んできた鳥がいた。

 風とは異なるこずえが揺れる音に、クマゲラは幹を離れて翼をひるがえす。中途半端にあけられた幹の穴の近くをかすめたのは黒とオレンジの羽衣ういをした鳥。クマゲラはいったん森の天井を抜けて夜空へ。

 敵の鳥は追いかけてくる。わざわざ鳥同士での戦いを挑んでくるぐらいなので猛禽類かと思ったが、くるりと旋回して敵のすがたをはっきりとらえると、クマゲラの半分ほどの体長しかない小鳥であった。

 お互いに黒い翼を羽ばたかせる。クマゲラは頭部の羽毛だけが赤く、敵の鳥は背中や胸の羽毛が明るいオレンジ色。赤とオレンジのおいかけっこがはじまって、そこに同じく黒い翼のドングリキツツキが加わった。

 ドングリキツツキは黒い翼と頭に乗っかった赤い羽毛という色合いはクマゲラと似ているが、真っ黒なクマゲラとは違って、顔の一部と腹回りは白い。体長は敵の小鳥よりもひと回りちいさいかというところ。大き目のツバメぐらいだ。

 クマゲラ。それを追う敵の鳥。さらにそれを追うドングリキツツキ。敵を挟み撃ちにしている形。

「来るな!」

 加勢しようとしているドングリキツツキにクマゲラが呼びかける。

「どうしてだ。手伝うぜ。やっちまおう」

 と、攻撃的な仲間の態度に、

「相手をよく見ろ。そいつはピトフーイだ」

 言われたドングリキツツキはオレンジの羽衣ういの背中を眺めて、

「あの毒で有名な? そういえば気持ち悪い色してんなあ」

 と、悪意のない悪口。

 自分を挟んで交わされる会話にピトフーイはくちばしを尖らせて、怒りがにじむ反転飛行。口の悪い小柄なドングリキツツキのほうへ標的を変更した。ドングリキツツキは足の爪を構えて、迎え撃とうとする。

「触れるなよ!」

 クマゲラの注意が飛ぶ。ドングリキツツキは、はっ、と気がついて降下体勢。森のなかに飛び込んだ。ピトフーイが追い、さらにそれをクマゲラが追いかける。先程とは先頭と後尾が逆の順番になった三羽が森のなかを飛び回る。

 敵はピトフーイの一種で、正確にはズグロモリモズ。翼と筋肉に毒を持つ。触れただけでも炎症を起こすほどの猛毒。接触厳禁の相手。

 前のめりな敵の飛行からは乱戦希望の意思が受け取れる。ピトフーイのするどいくちばしで傷を負ったりすれば、傷口から毒を受ける危険が増える。逆にこちらがピトフーイの肉体アバターに対して、得意のつつき攻撃をしたりしても、深刻な猛毒の状態異常になって、あっという間に体力(HP)を失うことになるだろう。

 森のなかで高度を下げると、バロメッツのヒツジの集団が襲ってこようという気配。上げすぎると障害物がなく、逃げるのに適していないひらけた夜空。

 ドングリキツツキは中間の高さにある幹のあいだを泳ぐように飛んでいく。ピトフーイは周辺に生える仲間の植物族ドリュアスのバフを受けながら、ドングリキツツキを追っていく。

 と、そんなとき、ピトフーイの頭上で乱打音が鳴りはじめた。稲妻のような激しい音。背後のクマゲラがいなくなっている。樹上に移動して樹をつついているらしい。一回のまばたきのあいだに二十回もつつけるというキツツキの脅威の能力。本気のつっつきは、すさまじい轟音になって、森のなかに鳴り響くと、一本の枝を一瞬でつつき折った。

 星の木漏れ日に影がこぼれる。

 ばさり、ばさり、と軽い落下音。葉っぱをまとった細い枝が落ちてくる。ピトフーイは己を狙う枝の網をくぐり抜けて、下敷きになるのを避けたが、子供がふり回す虫網のような気軽さで、枝は次々と落ちてきた。

 隙をついてドングリキツツキも樹上へ。枝切りに加わる。

 落下物を利用して、触れずに攻撃する作戦。

 枝のつぶてが絶え間なく降り注ぐ。

 ついに回避が間に合わず、ピトフーイは枝を数本、体に受けてしまったものの、それほどダメージはない。枝が細すぎるのだ。なにぶんキツツキのくちばしは樹を切るのには向いていない。ノコギリではなく、きりで枝を切っているようなもの。すばやく寸断できる枝の太さにはどうやっても限界がある。せいぜい指一、二本ぐらいの太さのものだけ。

 時間をかければ幹を貫通するぐらいの穴を開けて、樹ごと倒すこともできるかもしれなかったが、そんな小細工をほどこすあいだ、ピトフーイが待っていてくれるわけもない。それにバレバレの仕掛けはかわされる。相手は三次元の移動が可能な鳥類。回避力は高い。

 ピトフーイは降り積もる枝に埋まりかけながらも脱出。キツツキたちの位置を音で探りながら、大回りで森の上層へと羽ばたく。

 距離を詰められたキツツキたちは、また逃げの姿勢を余儀なくされる。


 膠着こうちゃく状態。

「どうする?」

 ドングリキツツキは、逃げの一手に飽きてしまって、隣を飛ぶクマゲラに意見を求めた。

「思ってたより根気強いな。それに死ににきてるみたいだ」

 というのがピトフーイに対する評価。

 ピトフーイの行動は命をかけた特攻そのもの。

 キツツキというのはへたな肉食動物よりも攻撃力の高い肉体アバター。樹に穴をあけれるほどの突きを生物に向けた場合、皮膚を貫いて、致命的なダメージを与えることもできる。ピトフーイはそんな苛烈な攻撃を受ける可能性におそれを抱いていないのか、それとも毒があるので手出ししてこないとたかをくくっているのか。

 戦はそんなに甘くない。生きるべきは群れであって個ではない、一対一交換であれば容易に受け入れられる。兵力の一対一交換を持ちかけられるのはピトフーイの強いところでもあり、それ以上を望むのが難しいのは弱いところでもある。

「いつもの手は使えないな」

 クマゲラは地表を眺める。ヒツジたちがたむろしている。敵に追われた際の退避手段として、モグラたちがキツツキたちでも入れるぐらいの大きさのトンネルを用意してくれているのだが、いまはふさがれてしまっていた。

「二手に分かれる手もあるが」

 そうすれば、どちらか一方は自由になる。

「しゃらくさいぞ。やっちまおう」

 ドングリキツツキがイライラをつのらせる。二手に分かれるのは相手に選択権を渡すことになる。それが余計に気に入らない。ドングリキツツキは飛びながら、矢継ぎ早に言う。

「あのしつこさは筋金入りだぜ。しかも毒鳥。放置したくない相手だ。向こうからやってきたんだ。この機会にとっておいた方がいい。追われているうちはいいが、退避されて、どこかに隠れられたら面倒だぞ」

 確かに、あると分かっている爆弾が、どこにあるか分からないという状況はやりづらい。毒草なら見て避けれるが、毒鳥は相手から能動的に向かってくるのだ。

「どっちがやる」と、クマゲラ。

 攻撃すれば犠牲は必死。毒におかされて、相打ち以上でも以下でもない結果が待っている。この群れクランに解毒能力を持っているプレイヤーはいない。

「もちろん。おれがやる」

 ドングリキツツキが飛びながら胸をはる。しかし、クマゲラは万が一のことを考える。相手は一羽。けれど植物族ドリュアスのバフを受けている。思わぬ反撃を受けて、失敗する可能性はゼロではない。ほとんど無策の真っ向勝負に出るよりも、もうすこし勝ちの色を濃くできればいいのだが。

 と、川のそばを通りがかったとき、川辺の泥めいた土に埋まっている深緑色の滑らかな岩が目についた。そのあたりにはヒツジもいない。

「ドングリ。時間を稼いでくれないか」

「もうそんな悠長はやめようぜ」

「すこしでいいから」

 ドングリキツツキはしぶしぶというように、旋回体制。

「やれそうなときは待たずにやるからな」

「やるなら確実に、な」

「言われなくとも」

 すぐに、ピトフーイの方へ向かっていって、フェイントを混ぜながら樹々のあいだをちょこまかと飛び回る。ピトフーイは釣られたようにそれを追っていった。

 クマゲラはいったんこずえに飛び込んで、すこし間をおいてから、川辺に向かう。地面から突き出たドーム型の岩。その表面には六角形の文様。硬い表面に足を乗せ、寝室をノックするようなやさしさでもって、くちばしでつつく。

「おう」

 すぐ足元からの応答。声は副長サブリーダーのアナホリゴファーガメのもの。小島は岩ではなくカメの甲羅。地下にいるゴファーガメが甲羅干しするように、甲羅だけを外に出していたのだった。

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