●ぽんぽこ12-7 毒鳥、戦闘前
ギンドロの指示を仲間たちに伝達し終えたピトフーイは、最後の指令であるキツツキたちの撃退を実行するべく、緑に埋もれた川に沿って下流の方向へと飛んでいた。
群れ戦は最序盤を越えて、攻め入ってきた敵たちと、これから本格的なぶつかり合いがはじまろうとしている。夜に吹く落ち着かない風が、植物族たちの梢を鳴らし、これから一戦交えようというピトフーイの神経を高ぶらせていた。頭部と翼は黒、それ以外はオレンジの羽衣。黒は夜に溶けて、オレンジだけが彗星のように空を流れる。
ピトフーイはオオオナモミの植物族に、キツツキたちのおおまかな位置を教えてもらっていた。オオオナモミは俗にひっつき虫、くっつき虫などと呼ばれる実ができる植物。小指の先ほどの大きさの実には、たくさんの棘が生えている。棘の先は鉤状をしており、動物の毛衣などに引っかかって、種子を遠くに運んでもらう仕組みだ。群れ戦では敵に実をくっつけて、自身の位置情報を利用して敵の位置を探るソナーのように使っている。
他にもギンドロの群れには、棘ではなく毛と粘液でくっつくチヂミザサや、面ファスナーと同じ構造でくっつくヌスビトハギの植物族なども所属しており、これらもひっつき虫。それぞれに敵を追跡していた。
時は夜更け前。月がぐんぐんと天頂を目指している。敵の進行が早い。確実に対応していかなければ後手に回りそうに思える状況。
ギンドロの群れの第一回戦の相手はウルフハウンド。けれどウルフハウンドが降参してしまったので、戦っていないも同然。ピトフーイにとってはこの群れ戦が、ギンドロの群れに所属してから、はじめての戦闘になる。ギンドロはひとりでふたりを倒せと言ってきた。値踏みされているのをひしひしと感じて、どうしようもなく緊張が募ってくる。
目的地に近づいてきて、まず感じとったのは音だった。樹を打つ音。ドドドドッと、キツツキたちがくちばしで幹を叩いている。音の発生源は二ヵ所。どちらかがドングリキツツキ。どちらかがクマゲラ。これから戦う敵。
森にはいくつもの白い綿のかたまりが地上に落っこちた雲のようにただよっている。こちらは味方だ。シロバナワタの神聖スキルによって生み出された大量のヒツジ、バロメッツ。バロメッツは正式名称をプランタ・タルタリカ・バロメッツといい、ヒツジの実をつけるという伝説の植物。シロバナワタのスキルによって量産されたバロメッツのヒツジたちは樹々の隙間を埋めて、メェ、メェと長閑なようで、どこか威圧的な鳴き声を重ねている。
このヒツジは本物のヒツジよりも鈍間で力も弱いが、とにかく数が多い。物量作戦でもって索敵範囲が広く、集まればよほど強力な動物でもないかぎりは押しつぶすことができる。特に草食動物のヒツジと見て襲いかかってきた肉食動物などはいいカモ。バロメッツのヒツジは植物族の相性を持つ。なので簡単に返り討ちにできるのだ。
ヒツジたちがピトフーイを見上げた。視線で敵の居場所を知らせてくる。位置など音でとうに把握している。これは背中を押す視線。支えて送り出すのではなく、躊躇いを殺して飛び込ませようという視線。道はひとつしかないことを説き伏せる目。父や母の目だ。
ピトフーイは己の役割を十分に理解していた。ギンドロの命令は二羽のキツツキを、ピトフーイたった一羽で処理すること。ピトフーイは毒鳥。ヤドクガエルと似た猛毒を持ち、羽根一枚で人を殺せるという恐るべき鳥。
――やるぞ。
翼に気合をみなぎらせる。敵を毒殺するのだ。勝ちたい。勝ちたい。勝った先にはピュシスの深層が待っている。そこでは願い事が叶うのだという。ピトフーイは欠片だってそんなことは信じていない。信じている者は馬鹿だとすら思っている。でも他に行くべき場所がなければ、蜃気楼だと分かりきっているオアシスであっても、砂漠の砂で喉を焦がし、痩せぎすになった体を引きずってでも向かうしかないのだ。
それに、なにかに打ち込んでさえいれば、余計なことを考えずに済む。
今日は惑星コンピューターの休養日。病院にはお見舞いひとりきやしない。元々そんなにくるほうではないけれど。今日ばかりは兄もきてくれない。ひとりぼっちだ。こういう日は特に妙な思考がシカの角のように無数に枝分かれしてどこまでも伸びてしまう。そうして、いつの間にか自分自身を取り囲む檻になっていたりするのだ。憂鬱になるのは嫌いだ。生きているあいだは前向きでいたい。死んだあとのことは知らない。
工事現場のような騒がしい乱打音はすぐそこ。ロックライブでヘッドバンギングする観客のようにトランス状態にも見えるキツツキの、一点集中の鋭い突きが、植物たちに痛々しい穴を穿っている。
毒鳥は空に舞い上がり、狙いを定めて、まずは一羽を仕留めるべく、一直線に飛んでいった。




