▽こんこん11-13 食物店でのひととき
レョルは何度か立ち寄ったことのある食物店に半人たちを引き連れて入店した。
服飾店とは違い、食物店は惑星コンピューターの休養日でも開いている。医者などと同じく食物店の従業員は生活必須職従事者というあつかい。
とはいえ、この日に備えて、事前に食物と水を家に貯蔵しておくのが常識。貯蔵を忘れた不束者のために開けられてはいるが、基本的には客はこない。店のほうでも、もちろんそれを把握しているので、店内には接客用のオートマタが一台待機しているぐらいで、店員の姿は見当たらなかった。オートマタ一台で十分事足りるので、裏で休んでいるのだろう。
レョルたちが店に入ると、孤独に接客をするオートマタが滑るように近づいてきた。銀色の腕、銀色の脚、銀色の体には不快感を覚える。半人の多くはピュシスで敵性NPCとして配置されているオートマタに消滅させられている。レョルも遺跡深層でオートマタの群れにやられた。嫌な記憶が想起される。
「ご注文を」
機械音声。わざわざ機械らしくされた音声。
無視して店を歩き回る。
ブラックバックが販売機を覗き込んで、
「だれか冠はめてないか?」
と、半人たちにふり返った。端末がないと決算できない。販売機は物理通貨に未対応。
だれも冠をはめていない。レョルは半人化したときにネットワークから追跡されないように捨てた。ブラックバックも同じような理由でいまはつけていない。檻のなかにいた半人たちからは、当然ながら冠は取り上げられている。クロハゲワシは肉体が変質してから、頭のサイズが変わったせいか端末が反応しなくなったのだという。クズリは爪で壊してしまったと言っていた。
「冠がないと買えないぞ」ブラックバックが嘆息する。
アフリカゾウのラアが、懐にしまっている偽冠のことを思い出して、使うかどうかしばし悩む。そうしていると、レョルが、
「買う必要なんてない」と、言い放った。
「裏に入って倉庫を探そう。服と同じさ。勝手に持っていけばいい」
「泥棒だ」
クロハゲワシがくちばしになりかけている、くちびるを尖らせる。
「細かいこと言いなさんなって」
クズリが率先して従業員用の扉に近づく。扉をこじ開けようとすると、オートマタが警告音と共に近づいてきた。それを獣の剛腕で張り倒して黙らせる。一撃で電子頭脳に異常が発生したのか、倒れたオートマタは動かなくなった。
どうにもクズリは目先のこと優先で、物事を深く考えない性質のようだった。ヴェロキラプトルという怪物にも、クロハゲワシは距離をとっているが、クズリはまったく怖れる風もない。
「行動食は大事だが、さっさと遺跡に行こうぜ。遺跡はどこなんだ」
ドードーがレョルをせっつく。レョルもできるならそうしたいところだったが、統率を欠くのは好まない。
「工場地区の西だ。詳しい場所は俺が案内する」
それだけ教えて、クズリに続いてバックヤードに立ち入る。
レョルの背中が扉の奥に消えると、ラアが中折れ帽をぐっと深くかぶって、
「探偵さん」
と、ノニノエノの螺旋状の角を見上げた。
「なんだ?」
「探偵さんはどうするの」
先送りにされていた質問。カリスの元へ行くのに同道するのかどうか。
「俺はやめとこうかなあ」
と、聞いて、ぱたりと耳が垂れる。
「一緒に行こうよ」
「いやあ。俺はロロシーちゃんを探さないといけないし」
「あっ」そうだった、とラアは思い出して、
「ロロシーの居場所ならぼくが知ってるよ。教えてあげる」
「えっ。ホントか? マジ?」
一度大失敗しているので少々懐疑的なノニノエノに、ラアは鼻ごとうなずく。
「野生の、と言っていいのかな、半人たちが集まってる場所があるんだ。そこにいるよ」ガラクタ広場にロロシーはいるはず。
「そうなのか……」
ノニノエノは遠くを見る。視線の先ではヴェロキラプトルが尻尾を横に向けて椅子に腰かけ、さっき与えたばかりの餌のパックに喰いついていた。このなかで唯一人間でも、半人でもない存在。完全な動物。それが服飾店で拝借した袖なしジャケットを着て、机で行儀よく食事をしている。変な光景だ。動物に近づいていっている他の半人よりもよほど人間的に見えて、頭が混乱してくる。
結局、ロロシーは半人なのか、という思いと、半人のロロシーを連れて帰ったらソニナが驚かないだろうか、という思いが頭をよぎる。
しかし、なんにせよ、会えないよりはいいだろう。
「そんなところがあるの?」
アジアゾウが話を聞きつけて、鼻を伸ばす。
「うん。みんなにアジアゾウのことも紹介するよ」
「楽しみ」
うれしそうな微笑み。長鼻同士で握手をする。
「じゃあ。その場所、教えてもらっていいか?」
ノニノエノがラアに頼むと、
「いいよ」と、了承が返ってきて「でも、ややこしい場所にあるから案内するよ。アムールさんが」と、アムールトラだと名乗ったレョルのことを呼んで「工場地区って言ってたよね。ちょうどそっちにあるんだ。近くまで行ったら寄り道させてもらおう」
「助かる」
ノニノエノは思わぬ展開に気分が高揚してきた。そんなとき、
「ブラックバック」
と、バックヤードのほうから声をかけられる。ヌートリアが顔を出している。
「倉庫の鍵を開けて欲しいってさ」
「任せてくれ」
元気に返すと、秘密道具が入ったカバンを持って駆けていく。
倉庫に積まれた食物と水が運び出される。クズリは待ちきれずに、倉庫のなかで食物を頬張りはじめた。が、次の瞬間、
「うげ」と、顔をしかめた。
「こんな味だったか」
「冠の味覚偽装がないからね」
クロハゲワシが答える。クズリは、まずい、まずい、と言いながらも、泥饅頭のような食物を十個ほどは平らげた。
騒がしいクズリを、レョルが「シッ」と、たしなめる。人の気配。
「ピッソばあちゃん?」
バックヤードは住居スペースと繋がっていた。倉庫を探すあいだにレョルがすこし覗いてみると、老婆が眠っていた。以前、来店したときに見た顔。店長。レョルは起こさないように、トラの静かな足さばきでその場を立ち会ったのだが、もうひとりいたらしい。
倉庫の扉の隙間が大きくなる。廊下の薄明かりが鋭く射し込む。
「だれかいるの?」
暗がりにたむろした半人たちは物音ひとつ立てなかったが、その眼光は隠しおおせるものではなかった。覗き込んだ顔がこわばる。が、叫び出したりはせず、冷静な声で、
「泥棒?」
と、聞いてきた。しかし、「驚かせてすまない」と、レョルがトラ化した顔を明かりの元にさらすと、さすがに「ひゃ」と、ちいさな悲鳴。
若い女。店員だ。レョルがビゲドと聞き込みをしていたときに、言葉を交わしたこともある。しかしトラ顔を見た店員が、レョルと聞き込みにきた警官が同一人物だと思い当たることはなかった。
「危害は加えない。おとなしくしてくれるならね」
「あなたたちは……」
店員の視線が半人たちの顔の上を次々と飛び回る。
タゲリやクロハゲワシの他にも、ウマ男にトリ男、植物女とよりどりみどりの異形たちがそろっている。
「俺たちはわけあってすこし人間離れしているんだ。けど怖がらなくていい。まだ人間だ。こうして話をすることもできるだろう?」
若干一名。ヴェロキラプトルは人間とは言い難いが、ラプトルはいまブラックバックと一緒に店舗の方にいる。ここにはいない。いたら話がややこしくなっていたところ。
レョルの唸り声まじりのゴロゴロとした声にも店員は取り乱したりせず、もしくは気が動転しすぎて一周回って落ち着いているかのような態度。ターパンやエピオルニスのほうがよほど慌てていた。
――偽装処理は働いてないのか。
レョルは店員が装着している冠に目をやる。
警官として捜査していたとき、半人を隠すピュシスの偽装処理はそれはもう鮮やかなものであった。冠をつけている人間相手であれば、冠の疑似感覚機能に干渉して、視覚だけでなく嗅覚や聴覚も偽装して、半人やそれに関する痕跡を透明にしてしまう。警官としてはずいぶん手を焼かされたが、半人になってからの生活では頼りになる守護機構であった。惑星コンピューターの休養日だからか。街に半人が溢れすぎて、処理が間に合っていないのか。ともかくもう半人は人間にとって透明でなくなったらしい。
店員は視線を滑らせて、ポイズンアイビーの頭に咲いている花で止める。
「あなた、綺麗ね」
「まあね」特に嬉しそうでもない返事。
「彼女には近づかない方がいい。毒があるから」
レョルが一応注意しておくと、店員はくすりと笑って、ぽつりとこぼす。
「綺麗なバラには棘がある」
「わたしはバラじゃない。それに棘じゃなくて毒よ」
ポイズンアイビーが訂正すると「そうね」店員はうなずいて、自分のつま先に目をやりながら、ネイルでも気にしているみたいに両手の指を広げた。
「通報はやめてくれ」
どうせビゲド経由で警察は動いているだろうが念の為。こくりと、店員の顎が引かれる。
クズリが口元をぬぐいながら、
「ここにある食物を水は根こそぎもらってくぜ」
と、野盗のような宣言。店員はなかば聞き流しながら、
「お好きに」踵を返して「おばあちゃんの様子見てくる」と、廊下のほうへ歩いていってしまった。
怖がらなさすぎてレョルは拍子抜けしたと同時に気に入らないとも思った。すこしぐらいは脅かしておいてもよかったかもしれない。まあ、面倒がないことはいいことだ。
すっかり準備を終えて食物店から出ると、住居地区で騒ぎが起きていた。
においで分かる。人間と動物や、植物が入り混じったにおい。
クロハゲワシやクズリと同じ。なりたての新入生たちが、なにが起きているのかも分からずにふらふらと街をさまよっている。互いの姿に驚いて威嚇し合ったり、慄いて身を隠したり、なんともほほえましい。
半人の突然の増加。仕様変更でもあったのか。ピュシスは半人を量産しようとしているらしい。
狩られた獲物も数体見つけた。銃を持った危険な狩人、ビゲドが徘徊している。
空の第一衛星はまだそれほど高くない。研究所に入ってから、ずいぶん濃密な時間を過ごしたが、体感よりも時間は経っていないようだ。
狩人のせいでやや計画は狂ったものの、軌道修正が必要なほどではない。
手勢は得た。ゾウたち。ドードーたち。ヌートリア。ブラックバックもついてくるようなそぶり。ラプトルが一緒なことには懸念もあるが、排除しようとして敵対するはめになるのは避けたい。クロハゲワシとクズリは身の振り方に迷っているようで、とりあえずはついてくることにしたようだった。それからポイズンアイビーもいる。
街中に充満している自然の香りを嗅ぎとる。
――これだけたくたんのおもちゃがあれば、奴も目移りするだろう。
狂犬が欲望を満たす囮はごまんとある。獲物は街に放たれた。そして新たに生れ落ちてもいる。
ヴェロキラプトルと相対したときのような心得違いをしてはいけない。餌をやって飼いならす。まともに戦うのは馬鹿がすること。狂犬も存分に遊んで満足すればおとなしくなるだろう。それまでは出会わないように、注意さえしておけばいい。
目的は惑星コンピューター。機械惑星の核だ。足を踏み出す。トラの足を。
レョルたちは工場地区に向けて動き出した。