▽こんこん11-9 捜し人
飼育室の檻に囚われていた半人たちにノニノエノが呼びかける。
ノニノエノはロロシーを助けにここまできたのだ。
ロロシーは、どこか。
ほとんどの者は振り向きもしない。
動物や植物に染まった顔がノニノエノをちらと見たぐらいで、研究所から出ていくための準備に向かっていく。保管庫のなかから餌や水を運び出し、積み上がった上段の檻にいる者を助け下ろす。レョルが仕留めた研究員を片付ける肉食動物たちもいた。
「あの……」
と、唯一、声を上げたのはアジアゾウの半人。
「あなた。探偵さん?」
「ああ。ああ。そうだ。君か? 君がロロシーか?」
「馬鹿な」と、笑ったのはレョル。
「ロロシー? そのゾウ女がロロシー? 似ても似つかないぞ。あの女とは」
アジアゾウのそばにいるラアが顔を伏せる。ロロシーがこの場にいないことは入る前から知っていた。
「じゃあ。どこに? このなかにいないのか? 俺は確かにロロシーちゃんと話したぞ。この研究所の外で。壁越しに」
混乱しているノニノエノにアジアゾウが頭を下げる。
「ごめんなさい」ゾウの鼻先が垂れる「壁の向こうにいたのは、わたしなの。ロロシーだなんて人のことはなにも知らないの。嘘だったの。どうしても、ここから出たくて。ああでも言わないと、探偵さんはどこかに行ってしまったでしょ? あの機会を逃したら、もう次はないと思って……」
「……」
言葉が出ない。深い失望。
うなだれるノニノエノに、レョルが厳めしい顔で詰問する。
「ブラックバック。なぜお前はロロシーを捜しているんだ」
探偵、ということは、だれかに依頼されたのか。ロロシーは工場地区の一角を管理する主の娘。狙う者がいてもおかしくはない。しかしこんな場所にいるはずないことは、すこし頭を使えば分かりそうなものだ。ロロシーが半人であるなど、考えたこともなかった。
――あの真面目腐った現実主義者が仮想世界に興じているなど想像できない。
レョルはロロシーのことを思い返す。親同士のつながりで幼い頃に知り合った。妹とすぐに仲良くなって、かなり昔のことだが、一緒に遊ぶこともあった。親が機械技師だからか計算に強く、理詰めが通用するゲームだと年上のレョルが負かされることもしばしばあった。そんなときは必ずこっそり練習してやり返していたが。
「こんな場所にあの女がいるわけがないだろう」
探偵に向けてでなく、自分への言葉でもある。そうでなければならない。もし違ったら、自分がロロシーのことをまるで理解できていなかったことになる。それは癪に障る。
「……あんたがロロシーちゃんの名前を口にしてたから。それでここに足しげく通ってるようだったから。勘違いしたんだ……。空振り、か。探偵業にはよくあることだ。ここまで大振りのは珍しいが……」
独り言のようにこぼし、螺旋の角を床に向け、高い天井を仰ぐ。
「ロロシーは、家にいるんじゃないのか?」
答えはない。まさか家出でもしたのか。そういえば最後にあの家を訪ねたとき、使用人の態度がおかしかったような気もする。
「なぜロロシーを捜してるんだ!」
先の質問をくり返すと、ノニノエノは踏ん切りがついたのか、落ち着いた表情でレョルを見返した。
「あんたはロロシーちゃんのなんなんだ」
「……婚約者だ」
予定。いまは破棄を申し渡されているが。
「は?」
唖然とするノニノエノの首に、レョルは喰いついてやりたくなったが、我慢。
ロロシーのことを考えると人間とトラの天秤が、人間側に傾くのを感じた。嫌な事実だ。自らの執着を突き付けられた気分。この事実を消し去るためだけに促進剤を打ってもいいとすら思えた。
――もしも完全にトラに成り果ててしまったら、最初の食事はあの女にする。
と、レョルは決めた。そうして強引に思考の軌道修正をはかる。興が削がれるとはまさしくこのこと。しかし、こんなことで足を止めるわけにはいかない。
火は焼べられた。
この火を絶やさず、運ぶのだ。カリスの元まで。
劫火がカリスを燃やし尽くす。
それを見届けなければ。
「諸君!」
レョルは探偵や、ロロシーにまつわることを振り払うように声を張り上げた。
脱出が遅れていた半人たちも、外の半人の助けを得てぞくぞくと檻の外の床を踏む。飼育室いっぱいを埋め尽くしつつある半人たち。そのひとりひとりがレョルにとっての薪。火種を運ぶ、動く薪だ。燃やすのにおあつらえ向きの、植物たちもそろっている。
レョルの声に大自然が応じる。
膨張し、はちきれそうな雰囲気が熱を帯びて、大いなるうねりとなって動き出そうとしていた。
その瞬間。
鉄の嘶きが大自然に響いた
撃ち込まれたのは、赤熱した一発の銃弾。
ヴェロキラプトルの鱗を砕き、大地をえぐる隕石の如くに突き刺さると、マグマのような血が噴き出した。
場が凍りつく。
静寂に、子供のような無邪気な感嘆が響いた。
「ほっほーう。すげえな。倒れもしやがらねえ。硬い硬い」
いつの間にか飼育室の入口に立っていたのは老け込んで見える小太りの男。警官の制服の上にコートを羽織り、手には黒塗りの銃。
「ビゲド警部……。ようやく化けの皮が剥がれたな……!」
レョルが獣じみた威嚇の唸り声を上げる。
対してビゲドは居住まいを正して、笑みを消し去る。打って変わった真面目な口調で、
「いやあ。レョル君。残念ですよ」
心の底からそう思っているという態度。
「けれど、わたしは職務を全うしなければならないのでね。脱走した動物は、市民の安全のために狩らなければ」
「狩るだと? 捕獲ではなく」
「そうでした」
笑みにも満たないぐらいに口角を痙攣のように一瞬上げて、
「訂正しますよ。あなたたちを捕獲します。けど、危険な動物でしょう。あなたたちは。わたしなんぞは怖くてね。無力化しようと思っても、手が震えて、銃口が逸れてしまうかも。もし頭や心臓に当たっても恨まないでくださいね」
言いながら、微塵の動揺も見せずに、ビゲドは銃をぴたりと構えた。