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▽こんこん11-3 侵入

「えーっと、じゃあゾウくん。ここに隠し扉がある」

 探偵ノニノエノは探知機で壁裏を透視して発見した扉の位置を四角く指差して、ゾウ人間のラアに教える。それからカバンにぐちゃぐちゃに詰められた秘密道具をかき混ぜながら、

「電子ロックみたいだ。おそらく電子キーがあって、かざしたりすると開くんじゃないかな。切れ目は見えないが、こう、真ん中からずばーっと分かれて、開くはずだ。俺が開けるから、ちょっと下がっててくれ……」

 混沌としたカバンから、やっと電子パネルを探し出し、それを構えて、ふと手がとまる。

 ――どうやって使うんだっけ。

 クラウンを操作しようとして、家に置いてきたのを思い出す。ネットワークから追跡されないように外してきたんだった。しまった、うろ覚えだ。偽装電波で誤作動を起こさせる代物だというのは覚えている。借りるときに使い方を教えてもらったのだが、それはそれは話が長かった。色々借りすぎていたからだ。古い友人はイライラしながらも、几帳面に一個一個手に取って説明してくれたのだが、こちとら脳の記憶容量の少なさには自信がある。細部がすっぽ抜けている。

 とにかく触ってみる。操作しはじめると、記憶が刺激されて、次の操作を思い出した。意外とやれるかもしれない。

 地中に埋まった大きなカブでも引っこ抜くみたいに、記憶を掘り返す。すると、我ながら筋がいいらしく、なんとかなりそうなところまできた。

 えいっ、と起動させると、塗り固めたみたいに一様な壁に縦方向の亀裂が走って薄目が開いた。が、それだけ。隙間は爪の先ぐらいの薄さ。なかをのぞき込むこともできない。もう一度チャレンジ。今度は小指ほどが開く。のぞくと、向こう側は気密室のようだ。もう一度。両側の扉ががたがた震えながら動いて、腕なら通せそう。けれど肩が引っかかる。もう一度。と、くり返したが、ついにまったく動かなくなってしまった。

「なんとかなれ……!」

 唱えてみるも、扉はうんともすんとも言わない。

 こうなったら実力行使だ。開いた隙間に手を差し込む。両手で扉の端をがっしりとつかんで、渾身こんしんの力を込めてこじ開けようとした。

 扉は手のひらより分厚い。そして重い。びくともしない。

 歯が折れるぐらいに食いしばって、顔を真っ赤にしていると、背後からゾウの鼻が伸ばされた。

「どいて」 

「……ハア、……ハア、……ゾウくん。いける?」

 頼むしかない。しかし、いくら怪力のゾウといっても、体格は人間の子供にパテでちょっと肉付けしたというぐらい。

 ――大丈夫かな。

 息を切らしながら、崩れ落ちるみたいに腰を下ろす。

 ゾウ人間はゾウの鼻先を隙間ににょろりと差し込んだ。両手は下ろしたまま前傾姿勢に。どうするのかと見守っていると、どっしりと腰を構えて、左から右に、体ごと首を勢いよく振り抜いた。すると、右の扉がなんなく動いて、人が通れるぐらいの隙間が開かれたではないか。手も使わずに。子ゾウながらに、怖ろしいまでの腕力ならぬ鼻力。

 同時に、扉の一部がどこか破損したと思わしき音が響いた。この行動の取り返しのつかなさを表しているような不吉な音。

「行きましょう。警備がこないうちに」

 ゾウ人間が先を行く。もう主導を握られてしまっているらしい。

「……ああ、そうだ。急ごうか」

 ここまでやったらもう行くしかない。立ち上がる。すでに疲労困憊だ。そんな歳じゃないと思ってたが、この元気はつらつ、力いっぱいな小ゾウボーイを見ていると、肉体のおとろえを感じざるをえない。

 にしても、今日は俺が主役になる日じゃなかったのか。なんだか、これじゃあ、三枚目の予感が……。


 ノニノエノは秘密道具(借り物)を駆使して、怪盗さながらの華麗な手腕で潜入する予定だったのだが、ほとんど障害はラアが持つゾウの力があればなんとかなった。ゾウが踏んだら大抵の物は壊れるのだ。

 しかし、そんなゾウの力ですら潜入にはそれほど必要ではなかった。

 ノニノエノはこれを潜入と言っていいのかすら疑問であった。

 すべてが開け放たれている。

 扉という扉が。

 物が散乱していた。生き物も。

 研究所の内部は悲惨な有様だった。

 たくさんの血が流れていた。

 死体に残されたあとは猛獣のもの。四つ大きな穴。すさまじく発達した上下四本の犬歯によって開けられた傷。ひと目見て、それがトラによって刻まれた致命傷だと分かった。

 警備用オートマタたちも、強靭きょうじんあごの力で捩じ切られ、解体されている。

 猛獣が獲物をどのように襲うか、ノニノエノはピュシスで嫌というほどに見た。けれどそれはあくまでゲームでの狩り。出血、裂傷は状態異常の一種でしかなく、あらゆる身体ダメージは体力(HP)の減少という数値の処理でしかない。

 ここには胃がひっくり返りそうな血生臭さが充満していた。視線をそらして、鼻をつまむ。

「……ゾウくん。君は帰りな。ここからは俺ひとりで行く」

 頼りにしようとしていた気持ちがしぼむ、流石に子供には付き合わせられない。

 前を行くラアがふり向く。顔色が悪い。灰色を通り越して、青黒く見える。研究所内の暗い照明のせいかもしれない。

 ラアは首に巻いた鼻の先をぎゅっとにぎって返答に迷っていたが、やがて首を横にふって、また前を歩き出した。

「ちょっと待てよ」

 止まらない。

「一回止まってくれ」

 と、ノニノエノが頼んだのは、いまの話題とはまったく関係のない理由だった。

「おい、ゾウくん、君、足」

 ラアが足元に目をやる。裸足の足。床には死体や血だけでなく、器具の尖った破片もまき散らされている。それを踏んでしまっている。

「痛くないのか?」

 ノニノエノは厚い靴底で破片を脇にどけながらラアのそばに小走りに寄って、机の上にでも座らせようと、子ゾウの体を持ち上げかけて、予想だにしない重さに、「うっ」と、うめき声をもらした。

「……自分で座ってくれるか?」

 ラアはゾウ鼻で豪快に机の上を更地にするとその上に座る。ノニノエノがラアの足裏を確認する。まだ人間の質感は残っているが、まるでゾウの脚のミニチュア。棍棒みたいだ。本物のゾウと同じように、つま先立ちの形になって、かかとの位置が上がっている。

 破片はめり込んでいたが、分厚い皮に弾かれて刺さるまでには至ってなかった。傷もほとんどない。ノニノエノは破片を丁寧に取り除く。机の引き出しを片っ端から開けて、合成繊維の丈夫で硬い布を見つけると、持参していたテープを使って足に固定してやった。簡易的な靴だ。

「ありがとう」

 ラアが歩き心地を確かめるように何度か床を踏む。

「本当に行くのか?」

「探偵さんは帰りますか?」

 ノニノエノは眉間を押さえる。

 ――命は大事だ。特に自分の命は。けど……。

「行くさ。俺は正義の探偵だからな」

 胸を張る。中折れ帽を持ち上げて、子ゾウの頭に乗せる。視界が狭まれば、この死体の山をすこしは見ずに済むかもしれないから。

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