●ぽんぽこ11-10 しっぽジャンケン
イリエワニとコモドオオトカゲの群れが集まる頭上。中立地帯に流れる川の中州に向かって、空から超高速で飛来するものがあった。
クジャクが虹の尾を引くようにして、あり得ない速度で飛行してくる。元トラの群れ、現ヘラジカの群れからの使者。この場には元トラの群れに所属していた者も多いのでクジャクのことはよく知られていた。あの飛行速度はスキルによるもの。
パラヴァニの神聖スキル。パラヴァニとはカルティケーヤ、もしくはスカンダと呼ばれる軍神の騎獣であり、神を乗せて天空を翔けるクジャクの名前。
戦でもないのにスキルを使って見せびらかすように飛ぶその様は、コモドオオトカゲの瞳には嫌味ったらしい成金キザ野郎にしか映らなかった。しばらく会っていないが、ずいぶんナルシストな奴だった気がする。ナルシストと言えば、スイセンがナルキッソスの神聖スキルを持っているが、クジャクも神話におけるナルキッソスと同じく、泉に映る自身の姿をよく眺めていた。
クジャクが着陸できるように、川の中州にたむろしていたプレイヤーたちのなかで泳ぎが得意なものは川のなかへ、泳ぎが苦手なものはその背に退避するなどして場所をあける。
そうしてできた中州の中央の丸い空白にクジャクが着地し、スキルを解いてフッとキザったらしく息を吹いていると、遅れてアオサギも飛んできた。アオサギはイリエワニの群れの一員。次の対戦相手を確認しに行っていたのだが、クジャクがきたということは、イリエワニのトーナメント第二回戦の相手はヘラジカらしい。
アオサギは中州から外れて、川のなかに着水。アオサギは水辺に棲む大型の鳥。長い首に黄色いくちばしの、すらりとした立ち姿。灰色の羽衣に、顔には黒い帯模様、足にはちいさいながらも水かきがついている。
「途中でクジャクに会ったんで引き返してきたんだ」
と、アオサギが説明すると、クジャクは待ち針のような冠羽をツンと揺らして、クジャクを象徴する煌びやかな巨大羽根を広げ、
「そうさ。彼の鈍間な羽ばたきだと時間がかかりすぎるからね。僕がわざわざ飛んできてあげたんだよ」
「そりゃあ、おれは鳥類全体からみたら速い方じゃないけどさ」と、アオサギが首をすくめて「それでもスキルがなしのクジャクよりはずっと速いぞ」
クジャクはそんな声に対して聞こえないふりを決めこんで、イリエワニがいる方に広げたままの羽根ごとふり向く。
「イリエワニが勝ったんだって? さっさと次の試合の攻守を決めてしまおうか。こっちは防衛側希望だ。いいかな? いいね」
ひとりで話を進めようとするクジャクに、場所をあけるために川まで下がっていたイリエワニが首をふる。
「こっちも防衛側がいい」
すると、クジャクは左右を見わたして「それは困ったな」と、曼荼羅のように広げられた羽根を、大仰にたたんだり開いたりしてみせた。
第一回戦の攻守はセンザンコウのルーレットで決めたが、第二回戦以降は話し合いで決めることになっている。それで意見がぶつかった場合は、
「しっぽジャンケンするんだっけ?」
と、ムササビがイリエワニの頭の上で、ふかふかした長い尻尾を持ちあげた。
「やるまでもない。そちらが折れればよかろう」と、クジャクは威圧的に迫るが、イリエワニは「いいや」と、川のなかに後退していた体を中州に乗り上げさせて、「さっさと決めよう」と、自らの太い尻尾を横にふった。
イリエワニの尻尾がふられるたびに、中州の陸地がわずかに削られ、表面に生えていた草が土ごとこそげとられていく。
とげとげとした鱗がならんだ攻撃的なワニの尻尾にも、クジャクはまったく怯むことなく、むしろ前に乗り出して、
「僕と! しっぽジャンケン百戦錬磨のこの僕と! しっぽジャンケンで勝負するって言うのかい!?」
大げさにわめくと、豪華絢爛な羽根をよりいっそう大きく広げて、
「そうまで言うなら相手してあげようじゃないか」
受けて立つ構え。
しっぽジャンケンとは、ピュシスで考案されたジャンケンである。
尻尾を持つ動物同士による変則ジャンケン。尻尾を上げるのがグー。横にするのがチョキ。まっすぐか、下げるのがパーに該当する。
しかし、人間が手でやるジャンケンとは違う部分もある。それは尻尾を持つ動物全てが、尻尾を上げたり、横にしたりするのが得意ではないということだ。
例えばイリエワニは尻尾が太いので、上げるのはどちらかというと苦手。なので必然的にチョキかパーが多くなる。チョキとパーが多いのなら、チョキを出しておけば、ひとまずは負ける可能性が一番低くなる、ということが推測できる。
こういった動物の生物学的情報を知っていればいるほど有利になるのが、しっぽジャンケンという遊びであり、有識者同士であれば、知っているからこその読み合いや駆け引きを楽しんでいたりしていた。
「よし、いくぞ」
イリエワニがさっそくしっぽジャンケンをするべく、クジャクと相対する位置に移動すると、
「ちょっと待った」
と、物言いが入った。
「なんだいコモドオオトカゲ。毒臭い口を近づけないでもらえないかな」
クジャクの言葉に、「なんですって!」と、ナイルワニが感情を瞬間沸騰させてスピーカーを甲高く鳴らしたが、コモドオオトカゲに「静かに!」と、制される。
それでもなにか言いたげにするので、もう一度「静かに」と染み渡らせるように注意すると、ナイルワニはぐっと堪えて、鬼のような形相をしていたまま、頭を冷やすそうとするように川にぶくぶくと沈んでいった。
気を取り直して、
「ちょっと羽を広げて見せてくれ」
コモドオオトカゲが頼むと、クジャクが宝石をちりばめたような羽根を改めて扇状に広げる。周囲のプレイヤーはその精緻な美しさにしばしうっとりと見惚れた。
けれどコモドオオトカゲはあくまで冷静にその羽根を見回すと、
「それは上にも横にも広がってるわけだが、手としてはどっちになるんだ」
この疑問に対して「両方さ」と、クジャク。
「これは上と横を兼ね備えた最強の手だ」
グーかつチョキなので、チョキとパーに勝ち、グーにはあいこ。というガキ大将のような主張。
「そりゃ無茶だろ」
そんなルールが通るなら百戦錬磨というのも嘘じゃないだろうが、通すわけがない。
「欲張らずにどっちかに決めなきゃ、勝負はさせん」
と、外野のコモドオオトカゲが仕切ると、
「ううむ」と、クジャクは顔をしかめて、
「では、横ということにしておこう。今回だけ、特別だがな」
怠慢な態度にコモドオオトカゲはハアと溜息をつきながらも、
「ありがとうよ」
と、一応、礼を言っておいて、
「じゃあやってくれ。勝った方が防衛側だな」
「ようし」
と、イリエワニは気合を入れる。
圧倒的な対格差にも、クジャクは涼しい顔でポーカーフェイスを保っている。
「いくぞ!」
しっかりと四肢で大地を踏み締め、尻尾に力を込めながら、イリエワニは出す手を考える。あのクジャクの尾羽はたたむか開くかしかないはずだ。
「ジャン!」
たたんだ状態だと下だ。開くのがさっき決めた通り横。上を出そうとすると、開いてしまって横になるはず。たぶん。よく知らないけど閉じたまま尾羽を上げるのはできない気がする。
「ケン!」
横を出せばひとまずはあいこ。まてよ? それって相手が横を出すってことだ。さっきから羽を広げるのが好きそうだから、きっと横だ。相手は横を出す。
「ポン!」
と、お互いの手が出そろった。
クジャクはイリエワニが予想した通り、お得意のポーズで羽根を広げている。
一方のイリエワニは太い尻尾を精いっぱいの力で持ち上げ、その先っぽを浮かせていた。つまり、こちらはグー。
「勝ちだ!」
と、沸いたイリエワニの群れの者たちにクジャクが鋭く叫んだ。
「僕をよく見たまえ!」
視線が集中する。相変わらずの美しさ。けれど、羽根を広げるそれがチョキだと宣言したのは他ならぬクジャク自身。そのはずなのだが、クジャクは横柄な態度で勝ち誇っていた。
「馬鹿どもめが!」
と、首で広げた羽根を示す。
「無知な者たちに、この美しい僕のことを教えてあげよう。いま扇状に広げているこれは僕の尾羽ではない。飾り羽だ。本当の尾羽はその下にあるのだ。これはしっぽジャンケンであろうが。なら、その尾羽が示している手こそ、僕の手だ」
クジャクが言うように、確かに飾り羽とは別に、目立たない茶色い尾羽が存在していた。その尾羽は下向き。パーを出していた。イリエワニの出したグーに勝っている。
「己の無知蒙昧浅学非才教養皆無であるのを嘆くのだな。手間なきようにこちらから申請はしてやろう。せめてもの情けと言うやつだ。では」
と、一気にまくしたてると、反論も許さずに再びパラヴァニの神聖スキルを使って、猛烈な勢いで空を飛び去っていく。
川や中州にいるプレイヤーたちは呆気に取られたままクジャクの姿を見送った。
「しっぽジャンケンに勝ったぐらいで、あんなにえらそうにしてさ」
ムササビがこぼすと、
「しっぽジャンケンがそれだけ好きなんだろ」
イリエワニもポカンとして、遠ざかるクジャクをしばし眺めていたが、
「ま、しょうがないか」と、中州の中央に進み出て、群れの仲間を見わたした。
「次はヘラジカのとこの縄張りで、こっちは攻める側だ! がんばるぞ!」
雄々しく叫んで、次の戦に向けて仲間たちを鼓舞。
威勢のいい声が滝のように返ってくる。
皆、やる気に満ちて、思い思いに肉体の準備運動をしはじめる。
一気に溢れた賑わいのなかに、
「がんばれよ」
と、ちいさく聞こえてふりかえると、コモドオオトカゲたちが引き上げていくところだった。
その背中に声をかけようかイリエワニは逡巡して、結局はやめる。
重々しく顎を持ち上げ、昇る太陽の傾きをはかりながら次の戦に想いを馳せる。
ヘラジカ、ということは元トラの群れ。古巣。だけれど、いまはずいぶん様子が違っているようだ。トラが治めていた頃は気取ったところがありつつ、気楽さもあった。ボスがやんちゃだった分、部下のやんちゃも許される雰囲気があった。みんなバラバラだったけれど、バラバラであるという共通点によって一体感が生まれていた。けれど、現在のヘラジカの群れは全員が同じ方向を向いた肩が凝りそうな集まり。その方が楽な奴もいるだろうとは思うが、自分は苦手だ。
考えているあいだにもメニューに通知。
確認するとヘラジカの群れからの群れ戦の申請だった。
きちっとしている。仕事が早い。
イリエワニはざっと内容に目を通して、すぐに承認を選択。
「次の戦場へ向かうぞぉ!」
仲間たちに呼びかける。
中州から出て、川を越え、先頭を行くイリエワニの全身には決意が漲っていた。
――優勝したい。
勝って、勝って、敵性NPCの軍団が現れても、蹴散らせるぐらいの十分な命力をたくわえて、例の遺跡へ。
遺跡深層にある工場なんてさっさとぶっ潰して、その奥へ。
最深部でお願いしよう。
――もう、それぐらいしか、してやれることが思いつかないから。