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●ぽんぽこ11-7 攻める盾、守る矛

 こちらも第一回戦の群れ戦クランバトル終盤。

 センザンコウとカンガルーの試合の締めくくり。

 攻めるはセンザンコウ、守るはカンガルー。

 試合開始時刻からゲーム内の一日が経過しようとしており、刻一刻と迫る日の出が、防衛側のカンガルーの勝利を示す合図。

 カンガルーの縄張りの本拠地に生える自生植物ゴールデンワトルが、黄金色のブドウのような丸い花々を星明かりに揺らし、戦いの行く末を見守っていた。

 お互いが死力を尽くし、ゴール前に現れたのはリーダーのセンザンコウのみ。

 迎えるのもまたリーダーのカンガルーのみ。

 一騎討ち。

 黄緑に染まる草原をセンザンコウが走る。体形はアリクイに似て、体をおおうのはアルマジロのような硬い装甲。しかしその装甲は皮膚が硬質化したアルマジロのものとは違って鱗。頑丈な尖鱗が松ぼっくりのように生えて、強固な守りとなっている。センザンコウはこの鱗ゆえに、地球では、世界で一番密猟される哺乳類、という不名誉な肩書を与えられてもいた。

 本来、センザンコウは走るのが苦手。アリが主食であり、後足で立ち、尻尾も使ってよたよたと二足歩行するぐらいなものである。

 けれど、このピュシスでセンザンコウの肉体アバターを操るプレイヤーは違った。ずい、ずい、と足を進め、次第に加速していく。カンガルーは思わぬスピードに驚いて、尻尾を引き締め敵の姿を見失わないように集中を高めた。

 しばらくしてカンガルーはセンザンコウの姿の変化に気がつく。

「スキルか」

 ひとりごちる。すぐスピーカーを鳴らしてしまうのはカンガルーの癖。

 トゲトゲとした鱗は変わらないが、センザンコウの頭、その顔つきが大きく変貌へんぼうしていた。アリを主食にしているとは思えないほど獰猛に口が裂け、まるでトラのよう。ひざは特徴的で、後肢こうしひざに、これまたトラの掌のようなものがついている。トラの手が膝をつかんでいるような見た目だ。ご丁寧にトラと同等の太い爪までひざについている。四肢にも鋭い爪があり、指のあいだには水かき。全体的な体形は人の子供に近しい。

 トラの頭と不思議な膝を持ち、センザンコウの鱗に守られ、水かきを持つ異形。

 そんな姿をした怪物は一匹しかいない。

 カンガルーは知っていた。

水虎すいこだ」

 水場の妖怪。川にむという伝承から河童かっぱと混同されることもあるが、皿がなければ甲羅もなく、まったく別の存在である。

 水虎はトラの頭でもって草をかきわけ、ゴールである光柱に向かってまっすぐに走ってきた。カンガルーはさせまいと、水虎とゴールのあいだに立ちはだかる。

 そのままぶつかるかに思えたが、水虎はカンガルーの目の前で急ブレーキを踏んで、後肢こうしを使って立ち上がると、オオアリクイが威嚇いかくでするような、両手を頭上にかかげるポーズをとった。

 カンガルーも二本の足でがっちり大地を踏み締めて、ボクサーのような構えをとる。

 水虎の大きさはセンザンコウの姿とさほど変わらず人間の子供ほど。それに比べるとカンガルーは大人と同等。

 しかし、対格差はあれど、水虎にはトラの牙と、センザンコウの鱗がある。攻防一体の強力な肉体アバター

 地平線のふもとへと近づく太陽の光が空に反射し、雲から白々とした輝きが届いてきた。朝日の先触れを逆光に背負った水虎は黒々とした影に沈み、隙をうかがいながらすり足でカンガルーとの距離を詰める。

 水虎の水かきのある足が雑草をこする音。

 ふたりの距離が近づいていく。

 手を伸ばせば届く距離。

「負けませんよ!」

 カンガルーが快活に言って、ふくらんだ筋肉を誇示こじすると、水虎はただ無骨な無表情で、返答の代わりに爪牙を構えた。

 水虎が足裏で土をこすり、刹那の間合いを図る。

 と、ふいに、カンガルーが太い尻尾で体を持ちあげ、後足による強烈なキックを放った。まともに食らえば内臓が破裂する威力。対して、水虎は咄嗟とっさに前転をくり出した。勇気ある前進。瞬時に丸まって鱗の装甲による防御を固める。

 鋭く尖った鱗の先端を見たカンガルーは反射的にひざを曲げて攻撃を寸止めした。トゲの塊を勢いよく蹴りつけたりなどすれば、傷つくのはカンガルーの方。ドロップキックのような体勢から両足を引っ込めたことでカンガルーはバランスを崩したが、尻尾のささえを使いながら上半身を前傾ぜんけいさせることで、転んだりせず、元の位置に着地しようとしていた。

 が、カンガルーの足がつかない内に、すぐさま水虎は攻撃に転じていた。丸めていた体を伸ばし、トラの牙をき出すと、地面を這うような動作でカンガルーの脚の腱を狙う。だがカンガルーも見事なものだった。相手の攻めを事前に見透かし、足を開いて牙をかわすと、尻尾でバランスを取りながら大股で着地。カウンターに水虎の頭をかち割るべく右の拳を振り下ろす。

 カンガルーは全身の筋肉が非常に発達している動物。キックだけでなくパンチも強い。五本指の前足に並んだシシトウ型の大きな爪は十分な攻撃力。勢いよく振り抜かれた爪は夜の残滓ざんしが残る冷たい空気を切り裂いて、水虎の脳天をとらえた。

 その攻撃を水虎は首の後ろの鱗の守りで受けると、横に滑らせ、たくみにいなす。

 息もつかせぬ攻守のやりとりに、風すらも息を止めているようだった。

 水虎はカンガルーの足元に四つん這い。カンガルーは二本足で立った状態から右前足を地面に打ち付けている。カンガルーは先程の無茶な着地がたたって、足を開きすぎているために蹴りも跳躍も難しい体勢。水虎の頭上に、カンガルーの首元があった。

 好機。水虎は全身を使ってアッパーカットをくり出す。弓なりにそらせた体の先端、トラの牙に全ての力を集約させ、カンガルーの喉を狙った。

 だが、カンガルーにはまだ左前足が残されている。

 左の拳がうなりをあげて水虎の頭へと横ぎに迫った。水虎はさっきと同じく鱗でいなそうとしたが、その拳を視界の端で認めた瞬間、一転して強引に前に踏み出した。ここで受けようとするのは危険、と判断。

 ――カンガルーの手ではない。

 太く、ごわごわした手。

 カンガルーの体に組みつく。相撲ならがっぷり四つといったところ。けれど、対格差があるので、大人の腰に子供がしがみついているという風にしか見えない。

 組んですぐに水虎は確信した。やはりカンガルーではなくなっている。ただでさえ筋肉質な身体が膨張して、さらに大きくなっている。

 ――ヨーウィーか。

 と、即座に答えに至る。カンガルーも神聖スキルを使ったのだ。

 ヨーウィーとは未確認生物(UMA)。イエティやビックフットに類する怪物。一説にはカンガルーを見間違えたのではないか、とも言われている。このピュシスでのヨーウィーは四肢が太くなった巨大カンガルーといった風貌ふうぼうをしていた。

「力比べなら得意です!」

 ヨーウィーが剛腕を水虎の背中に回して締め上げてくる。水虎は体が浮きあがりそうになるのをこらえて、必死で足を踏ん張った。鱗の守りで締め落とされるのは防げているが、身動きができない。

 水虎の頭は、ヨーウィーの分厚い胸板で押さえつけられており、これでは噛みつき攻撃も不可能。

 じわじわと水虎の体力(HP)が減少はじめた。ヨーウィーのごわついた毛衣もういには、鱗のトゲも刺さらない。

 苦境の水虎は膝蹴りをくり出す。水虎の膝はトラの掌のようになっており、爪もついている摩訶不思議なもの。その爪でもって相手のすねを攻撃すると、これは効果があったらしく、ヨーウィーは「いたいっ」と、小さな悲鳴をもらした。

 とはいえ、ささやかな反撃。

「離しません!」

 と、腕の力が緩められることはない。むしろますます強くなった。このままでは鱗の上から締め落とされかねない。それ以前に、防衛側のヨーウィー、もといカンガルーはこのまま時間を稼ぐだけでも勝利を得られるのだ。

 水虎は一心にもがく。そんな相手を押さえつけて、

「離しませんってば!」

 と、ヨーウィーが言ったその時、正面に広がる逆光の影のなかから、ドン、と衝突音が響いてきた。

「なあに!?」

 ヨーウィーは驚いて、けれど決して水虎は離さないまま鼻先を音のした方へと向ける。

 視線の先。カンガルーの跳躍であれば二足もしくは三足という距離に、折れて倒れた太い幹が横たわっている。

 その倒木を挟んだ向こう側に、敵の獣を見つけた。

「オオアリクイだ」

 声に出して確認をして、それからヒューと風を切る音に顔を上げる。

「月?」

 そんなわけはない。もう月は見えない場所に沈んでしまっている。それに今夜は満月とは程遠い三日月だった。

「ボール?」

 それぐらい丸いのは間違いない。

 とにかく、丸いなにかが飛来してくる。

 近づいてくる。

 茶色い。そして丸い。

 表面に細かな亀甲模様のようなものがある。そして丸い。まん丸だ。

「あっ!」

 と、ヨーウィーはそれがなんなのか分かった。

 ボールの軌道はヨーウィーの背後にある光柱、ゴールへ飛び込もうとしている。

「アルマジロ!」

 ミツオビアルマジロだ。先程の衝突音はオオアリクイが突進で倒木にぶつかった音。オオアリクイはふっさりとした長毛と太い四肢で鈍重そうに見えるが、人間の陸上選手をも超える走力を持つ。そんな走力からくり出された強力な突進でもって倒木に乗かったアルマジロをかち上げて、最後の希望を託したシュートを放ったのだった。

 アルマジロのボールは放物線を描いて薄明の空を流れる。

 ヨーウィーが首を伸ばす。

 ヘディングで止めなければ。

 空に意識を向けたヨーウィーの腕がわずかに緩んだのを見計らって、水虎が拘束から脱した。そのままヨーウィーの脇腹に噛みつく。

 ざくり、と牙が食い込んだ。あごの力を振り絞る。時間がない。ミツオビアルマジロにゴールさせる。これがセンザンコウの群れクランが勝つ最後のチャンス。

 牙が深く相手の体力(HP)をえぐる。

 アルマジロが飛んでくる。

 いますぐにでも、頭上を通り抜けようとしている。

 ――押し通る! 邪魔はさせん!

 水虎は渾身こんしんの力で相手を地面に引き倒そうとした。

 ぐらりと体が揺れる。

 もう一押し。

 またぐらりと体が揺れる。

 けれど、なにかが妙だった。それは、ぐにゃり、と形容した方が正しい感触。

 次の瞬間、まったく予想だにしていないことが起きた。

 水虎が噛みついているヨーウィーの脇腹から、硬いものが突き出てきたのだ。

 突き出てきたものの先端は二股に分かれた鎌のようで、いくつものトゲと節があり、エナメルのような光沢があった。

 それはまぎれもなく”足”だった。

 ――ヨーウィーが……、ヨーウィーに!?

 と、わけの分からぬ驚きを水虎が心中でこだまさせたのには理由がある。

 ヨーウィーという怪物には同じ名を持つものが二種類いるのだ。

 一種は先程までのヨーウィー。大柄で二足歩行する獣の未確認生物(UMA)であるヨーウィー。

 そして、もう一種はそれよりもずっと古い伝承にあったヨーウィー。このヨーウィーの頭と胴体はトカゲ。尻尾はヘビ。それから六本の足を持っている。この足は昆虫の足。カブトムシの足なのだ。

 カンガルーからヨーウィーになり、そこからヨーウィーになった肉体アバターには、もはや元のカンガルーの面影はひとかけらも残っていない。

 水虎ははじめて目の当たりにした昆虫という、現実はおろか、ピュシスにすら存在しない生き物の足におおいにひるんだ。

 獣のヨーウィーからトカゲ虫のヨーウィーになったヨーウィーは、二本の後足と尻尾で体を支え、二本の中足で水虎を絡めとり、トカゲの牙で水虎の鼻先に噛みついて自分から引きはがすと、更にはトカゲの胴で背伸びをして、残った二本の前足を空中に伸ばし、まんまと頭上を通り抜けようとしていたアルマジロをキャッチした。

 陽が昇る。

 虫の足に捕らえられ、高々とかかげられたアルマジロが朝日を受け、太陽のように輝いた。

「私の、勝ちですね!」

 おぞましい化け物の姿が影からあばかれ、照らし出される。怪物は六本の足をうごめかし、無邪気にはしゃぎまわりながら、勇ましい勝鬨かちどきをその縄張りに響かせた。

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