●ぽんぽこ11-6 地中から迫りくるもの
時刻はトーナメント第一回戦の群れ戦終盤。ピュシスが夜に塗り替えられた頃。
フクロウの群れの縄張り、雑木林では敵の大捜索が行われている真っ最中。
鳥たちの翼の下で、雑多な樹々が根を伸ばす大地は、いまや見るも無残な有様だった。
とにもかくにも穴、穴、穴。
どこもかしこも掘り返されて、レンコンの断面を並べたよりも酷い光景。
「どこまで攻め込まれてるんです!」
長のシマフクロウが仲間の鳥類たちに情報を募る。フクロウの群れは鳥類たちの集団。しかし、情報収集能力に秀でているはずの鳥類がそろいもそろって敵を見失ってしまっていた。
敵は地の底からやってくる。
敵の長エチゴモグラを筆頭に、目撃されただけでも、アナグマ、ホリネズミ、ハリモグラ、ツチブタ、ウッドチャック、ミーアキャット、ミミズトカゲなどがいることが分かっている。分かってはいるのだが、正確な所在は不明。全員が土を掘るのを得意とする動物。土の下に隠れて進行してくるのだ。
ツチブタ以外は比較的小粒な動物ばかり。ほじくり出してやろうかと鳥たちが枝から離れて地上に降り立つ。すると、土を通して鈍い振動が伝わってきた。
そんなに激しく土を掘っているのか、と足元に感覚を集中させ、目を凝らし、耳を研ぎ澄ます。と、地中から突如現れたのは、巨大な白熊、ホッキョクグマ。
ホッキョクグマも穴掘り上手。穴を掘る動物のなかでも最大サイズ。それどころが陸上最大の肉食動物。
地上で足を止めていた鳥たちは驚き竦んでいるうちに蹴散らされ、空の王者たる猛禽類たちが動員されると、束になってホッキョクグマの対応に追われる。その隙にも、地中の敵たちは着実に縄張りを踏破し、進攻を続けていた。
雑木林を覆う土は柔らかく、土壌の質が勝敗を決めたと言ってよかった。
拠点を地下から巡られて、遂には本拠地にまで到達されたフクロウの群れはあっさりと敗北を喫した。
フクロウ側は翻弄されっぱなしの、なんとも悔しい結果。
戦が終わり、中立地帯にふたつの群れの者たちがシステムによって転送される。
中立地帯の大樹の枝にシマフクロウとその群れの面々が鈴なりになって翼を休める。しなった枝に肩を寄せ合うシロハヤブサ、コンドル、ハチクマ、クマタカ、ワシミミズク、オオワシといった猛禽類の博覧会は、小動物がひっくり返ってしまいそうな威圧感。鋭い視線で地面に並ぶエチゴモグラの群れの者たちを見下ろす。
そんな視線の雨あられから逃れるように、ほとんどの者が地中に隠れたが、エチゴモグラだけは土の外に半身を出してその場にしかととどまった。ネズミほどの小さな肉体から長の威厳を漲らせ、鳥たちがとまる太い枝ぶりを見上げる。
曙光の気配に退化している目を細めるような仕草をすると、
「よき戦だった」
と、健闘を称えた。
フクロウは樹上でぐるりと首を回し、若干の不服さを滲ませながら、
「地中とはね」
低く笑ったものの、すぐに咳払いで笑いを打ち消した。
「いえ。モグラが地中からやってくるというのは存じていましたが、あまりに無法な進攻ぶりだったので……」
「優しい土壌だった。素晴らしい縄張りで誠に羨ましく思う」
エチゴモグラの言葉を、フクロウは勝者の余裕からくるお世辞であろうと聞き流しながら、
「勝負運がなかった、というところですかね。もうすこし固い土壌であれば……、それ以前に攻守が逆であれば……」
こぼすフクロウの言葉を遮って、
「エチゴの土竜として言葉を贈ろう」
土を掘り返すために発達した分厚い手に並ぶ丈夫な長爪が樹上に掲げられる。
「なんでしょうか」と、対して鉤型のくちばしが樹下に向けられた。
「”運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし”」
エチゴモグラの言葉はスピーカーを通して風にそよぎ、フクロウとその仲間たちの周囲をただよう。
「ふむ。その心は?」
フクロウの首がぐるぐると回る。他の鳥類たちも首を傾げている。
「戦において運任せなど通用しない。”自らに運を定めるべし”。命を賭して戦い、どんな条件でも私は勝つ。”死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり”だ」
フクロウはしばらく目をつぶっていたが、照りつけてきた太陽にゆっくりとまぶたを開くと、
「なるほど……」
枝を掴み直し、背筋を伸ばす。
「お見事な勝利でした。私の群れに勝ったからにはぜひ優勝を」
「お気持ちはありがたく受け取るが、まずは次の一戦に集中させてもらおう」
頷き合う。そうしてフクロウが翼を広げたのをきっかけにして、鳥たちが一斉に枝から飛び立った。
「それでは」
フクロウも空へ舞い上がる。しばらくエチゴモグラの頭上を鳥たちが竜巻のように旋回していたが、フクロウを先頭にして、中立地帯から自分たちの縄張りへ帰るべく、朝日で翼を温めながら多種多様な鳥類たちが群れをなして飛行していく。
エチゴモグラが去っていく鳥たちに三角の鼻先を向けていると、フクロウたちと入れ替わるようにして次の対戦相手からの使者がやってきた。
くるりんとカールしたかわいらしい冠羽。白い羽衣に苔色の翼を持つ小鳥のタゲリ。みゃう、みゃう、とネコのような声で鳴きながら、エチゴモグラの隣に降り立って、
「どっちが勝ったの?」
地面から顔を出しているエチゴモグラと、空を離れていくフクロウを見比べる。
「私だ」
エチゴモグラが土に浸かったまま答える。並ぶと小鳥のタゲリよりもエチゴモグラはさらに小さい。
「こっちはぼくたち、ギンドロの群れの勝ち。ぼくらが次の対戦相手、ってこと。長は防衛側を希望してるけど、どう?」
「依存ない。こちらは攻略側で結構」
「たすかるー。第二回戦は次の夕方だよ」
「私の方から群れ戦の申請をしておこう」
「そう? ありがとう。じゃあ、よろしく!」
と、タゲリは空に舞い上がり、ギンドロの縄張りである渓谷へと戻っていった。
「聞いていたか?」
エチゴモグラが言うと、周囲の土が盛り上がり、仲間たちが地中から顔を出す。
「聞いてたよ」
副長で参謀のリクガメ科の一種、アナホリゴファーガメが穴のなかから首を伸ばす。
「ギンドロかあ」
と、こちらも副長のアナグマがお風呂にでも入っているかのような恰好で穴の外に前足を投げ出して、
「根っこの張り具合はどんなもんだろう。かじりながらいけば勝てるかな」
「いくら分厚かろうと、車懸りの陣で削り取ればよろしい」と、ゴファーガメ。
するとエチゴモグラが、
「心に貪りなく、心に邪見なく」
「そうですな」と、ゴファーガメは甲羅を背負い直して居住まいを正す。
「奢りなく戦おう」
エチゴモグラが地中に潜ると、仲間たちが続く。穴掘り上手たちは小さな背中に従って、ピュシスの地下にどこまでもトンネルを延長させていった。