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●ぽんぽこ10-35 黄金の林檎アムブロシア

 ヒュドラ―から距離を取って、グリフォンと仲間たちが鼻先を突き合わす。早急に作戦をしぼり出す必要があった。

 やるべきことは単純だが困難。九の頭を持つヘビ、ヒュドラ―の尻の真下にあるゴールを踏むこと。

「切断すると増殖して再生。さらにリカオンが言うには中央の首は不死だったか」

 グリフォンのスピーカーを鳴らしてライオンが確認すると、リカオンがうなずきを返した。

「しかも解毒できないほど強力な毒か……」

 シマウマが肩を落とす。ユニコーンのスキルによる状態異常の治療がここにきて無価値になるとは思ってもいなかった。

「毒を持ってるのは知ってたんだが、ここまで強いとは思ってなかった。あらかじめ用心するように言えたらよかったんだが。スマン」

 リカオンが雨にれた大きな丸耳を垂らして、尻尾をしょげさせる。

「毒を飛ばしてこないだけマシだと思うしかないな」と、ピューマ。

 敵はゴールの上にドンと腰を下ろして動かない。九本の首のうち二本(増殖したのでその二本はいま六本になっているが)の首はグリフォンがぐるぐるに結んだので、団子になって身動きが取れない状態で転がっている。

 リカオンの提案。

「一度に決めようとせず、何度か攻撃を仕掛けて、リーダーがちょっとずつ首を結んでいくというのはどうだ。さっき二本をやったみたいに。邪魔してくる首は俺たちが牽制けんせいする」

「残っている首が多いけど。うまくいくかな」と、ボブキャット。

「私たちさんにんがかりで一本を押さえるのがやっとでした」

 ヘビクイワシも不安をにじませる。

 グリフォンのスピーカーからクロハゲワシの声。

「さっきは敵の一部が暴走して遠い間合いまで首を伸ばしてきたが、今度は相手も用心して狭い間合いで戦おうとするだろう」その言葉を裏付けるようにヒュドラ―はゴールの上でとぐろを巻くように首をたたんで、雨のすだれの向こうから十四の瞳でじっと視線だけを投げかけてきている。

「胴の近くに誘い込まれて乱戦になった場合を考えてみろ。攻撃し過ぎてしまうと首が千切ちぎれて増殖するかもしれないんだ。常にてかげんが求められてるような状況で複数の首を相手するのは難しいぞ」

 クロハゲワシの言葉に同意が広がりはするが、

「じゃあどうするんだ」

 という問いの答えは得られないまま。戦の終了時刻がじりじりと近づいてくる。

「神話では……」

 オオカワウソが鼻先を仲間たちの輪に差し挟む。

「ヒュドラ―は英雄ヘラクレスに敗れた。英雄ヘラクレスはヒュドラ―の傷口を焼いて再生を封じた。と、いうことだったはず。このなかで火を扱えるスキルを持ってるひとがいたりはしない?」

「そんな話だったか」と、リカオンが雨粒をはらうように尻尾を振って「しかし火とはな」

「火?」

「火……」

「ないなあ」

 お互いに顔を見合わせる。誰も心当たりはない。

「そもそも火に関するスキルなんてないんじゃないか? 聞いたことがない」

 リカオンがかぶりを振る。

「植物が焼けてしまうもの。あってはならないわ。火なんて使ったら、この熱帯雨林だってすぐに焼け野原になっちゃうのよ」と、林檎。

「火を扱える動物なんて存在しなかったみたいだしなあ」シマウマがウウムと耳を突き立てて、暗い空を仰ぐ。

「雷なら呼び出せるが……」

 ライオンが思案する。

「雷は熱をともなう。焼くことも可能かもしれないが、スキルで許されているのは発射だけで、狙いがつけられん。首を切断して、再生する前にその切断面に正確に落とすなんてことは到底不可能だ」

 沈黙。それぞれに思考を巡らせる。

 降りしきる雨が静寂に染み込む。分厚いこずえの傘がざわざわと揺れて、破れた隙間をすり抜けた水滴が、獣たちの体にこそばゆく落ちてきた。

 しばらくして、カワウソがするりと肌触りのいい毛衣もういを震わせ、顔を上げた。

「こうなったら取るべき手段はひとつなのかな」

 こくりとうなずき、仲間を見わたす。

「敵の首は七本。リーダーとクロハゲワシさんが分離すれば、林檎さんを除いたこちらの動ける戦力は八名」

 だれもがカワウソが言わんとしていることに気がついた。

「特攻、か……」ライオンの苦い声。

「ええ。八対七。八方向から攻め込めば、ひとりは追えない計算になる。ゴールに滑り込めるんじゃないかと」

「けどヒュドラ―のどでかい胴体がゴールの上に乗っかってる。それをどけてとなるとなあ」

 リカオンが渋い顔で尻尾を垂らす。

リーダーなら、ひとりでもヒュドラ―の胴体を押しのけられませんか?」

 カワウソの言葉に「たしかに」「いけるかも」と、賛同の声が続々と上がった。

 だが、当のライオン、いまはグリフォンの姿をしたプレイヤーは、ウウン、と低く唸り声を上げる。

「ライオンは真っ先に狙われるだろう」クロハゲワシがスピーカーを鳴らす。

「小柄で狙われにくいやつにゴールを担当させて、他の者は囮という役割分担を徹底させておくべきだと思う」

「そうだな」リカオンも同意する。ふたりだけはこの場でライオンの正体を知っている。タヌキの力でヒュドラ―を押しのけられるわけがない。

「このなかで一番小柄、ってなると……」

 皆の視線がボブキャットに集まる。

「オイラかあ」耳も尻尾も猫ヒゲもへたる。

「自信ないよ」と隣を見て、「リカオンはオイラとあんまり体格変わんないじゃない。リカオンがいいよ」

「あー」リカオンは鼻先を振って申し訳なさそうに「俺は拠点を回ってないんだ。だからゴールできない。俺とヘビクイワシ、それに林檎もだな」

「そんなあ」と、がっくり肩が落とされる。

「カワウソ。どう思う」ライオンが意見を求める。「そうですね……」全身を眺めまわされ、ボブキャットは居心地悪そうに身を縮めた。

「ヒュドラ―のお腹の下に潜り込むにはボブさんひとりの力では心もとないように思います。わたしとしては、リーダーを軸として配置と攻撃タイミングをったほうが成功率が上がるかと」

 意見の相違。そこに林檎が声を上げた。

「林檎ちゃんがボブちゃんを手伝ってあげる」

植物族ドリュアスのバフとデバフ込みで計算してもやっぱりボブさんだと、ちょっと」と、言いさしたカワウソに林檎は、

「そうじゃないの」と、葉に溜まった雨粒をこぼして、

「とっても元気になる果実をあげる」

 林檎のこずえがざわめいた。仲間たちが枝を見上げると、葉の森をかき分けて、宝石のようなつぼみふくれた。真っ赤なつぼみがほどけると、ほのかにピンクに染まった可憐な白い花が咲く。それが終わると花は実へと変じはじめたが、それは見たこともない果実であった。青い果実ではない。かといって赤くもない。

 まばゆい輝きと共に生まれのは、黄金の果実。

黄金の林檎(アムブロシア)。これを食べればすごおく力がみなぎってくるはず。ただしひとつ注意しておくけれど、このスキルはとおってもRCT(リキャストタイム)が長いの。一回の群れ戦クランバトルで一個が限界。おかわりはないからね」

 黄金の輝きに魅せられて、獣たちは息を呑み、鼻孔びこうを満たすうるわしくもさわやかなかおりに唾を呑み込んだ。

「とっても元気、とはどのぐらいの能力上昇効果なんだ? 効果時間は?」

 リカオンが確認すると、林檎は「うーん」と困ったようにして、

「分からないの。だって……」

「戦ははじめてなんだからな」ライオンが言葉を引き継ぐ。

「そうなの」

黄金の林檎(アムブロシア)と言えば神の食べ物。効果は期待してもいい、はず」と、カワウソ。

「じゃあ。決まりかい。リーダーおとりになって、ボブがゴールできるなら、意表を突けるし、配分として一番だと思うけど」

 シマウマがグリフォン、リカオン、カワウソへ順に鼻先を向ける。

「ボブはどうだ?」ライオンに言われて、かすかに震えたボブキャットはぐっと四肢ししに力を込めた。

「よし。オイラやるよ」

 枝から垂れる握りこぶしほどの大きさをした黄金の林檎。

「あとで味の感想を聞かせてくれよ」と、ピューマ。

「味わってる余裕あるかな」

「ボブさん」と、カワウソが「効果時間が分からないから、できるだけギリギリで食べるようにね」

「うん」めるようなうなずき。

 グリフォンがスキルを解いて、ライオンとクロハゲワシの体に戻る。

 肉体アバターを確かめるように軽く体をほぐすとライオンが咆哮ほうこうした。夜に炸裂した花火の如きその声は、雨雲をも貫きそうな力強さがあった。

「じゃあ。やるとするか」

 たてがみを湿気でしぼませながらも、なお荘厳そうごんなライオンの体躯たいく群れ員クランメンバーはその威容にはげまされ、心を勇気で満たしていく。


 六頭と二羽が配置につくべく森へと散っていく。それを見送る林檎の植物族ドリュアス

 わざとひづめや翼の音を大きく立てる。相手に気づかせ、全方向を警戒せざるをえないように誘導する。

 ボブキャットは黄金の林檎(アムブロシア)くわえて走っていた。他の仲間からほんの少しだけ遅れて飛び出す予定。遅れすぎてもいけない。狙いがあると気がつかれる。さりげなく、目立たないように。

 ゴールで待ち受ける恐るべき怪物ヒュドラ―。

 無数の柱のように突き立った樹々の向こうをのぞき込んだボブキャット。仮初かりそめの体を動かす仮初の心臓は、雨音をかき消すぐらいにうるさくて、激しくも勇ましく、打ち鳴らされ続けていた。

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