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●ぽんぽこ10-32 ボス

「なんだ……、これ……」

 ピューマがゴールを目前にして立ち止まり、ぶるりと震えて言葉を失った。

 そこで待っていたのはヘビの塊。死体になったヘビの塚。この戦中に体力(HP)が尽きたヘビたちが絡まり合って結ばれて、団子にされて置かれている。

「ヘビならではの葬送そうそう方法……、だったりするのか?」

 ピューマが首をかしげると、ボブキャットがのぞき込んで、

「そうそう……、って、んなわけないじゃん。……ないよな?」

 力ないつっこみを入れる。

肉体アバター衝突判定コリジョンで邪魔しようってことだろ。しゃらくさいことしやがるな」

 ハイイロオオカミが嘆息たんそくする。ちょうどゴール地点。ハイイロオオカミの体長ぐらいの直径をした光柱。そのグラフィックの根本の位置にアミメニシキヘビ、ボアコンストリクター、アオダイショウにマムシにコモンデスアダー、その他もろもろ太さも長さも様々な今までに倒したプレイヤーたちの死体が積み上がって団子になっている。ゴール判定は地表にあるので、体力(HP)ゼロの死体とはいえ敵プレイヤーの肉体アバターをどけなければゴールできない。

 アミメニシキヘビだけでもハイイロオオカミ三頭分ほどの重量に、ライオン四頭分ほどの長さ。除去はなかなかの手間になる。

「ゴール前に掃除かあ。……にしてもすごいにおい」

 ボブキャットが毛づくろいでもするような動作で鼻の頭を何度もこする。

「臭いは敵の植物族ドリュアスどものせいだな」

 ライオンが周辺の樹に紛れて花を開かせているラフレシアとショクダイオオコンニャクを鼻先で示す。ボブキャットはその衝撃的な見た目に風船から空気が抜けるような音を出した。

「シマウマ」

 ライオンが点々と分身を増やす林檎と共に追いついてきた仲間に呼びかける。

「なんだいリーダー」シマウマは軽快に駆け寄ってきたものの「うっ」と、死体団子に釘付けになって戦慄せんりつする。

「すぐに終わるとは思うが、これを片付けているあいだ周りの植物族ドリュアスどもを刈っておいてくれ」

 この場で唯一の草食動物。他に任せられる仲間はいない。

「わかったよ」やや弱ったように言って、シマウマは重い足取りでラフレシアたちがいる極彩色の森のなかへと向かっていった。

「ヘビクイワシ。念の為、シマウマの護衛を頼む。なにかあったらすぐに俺様を呼べ」

「ええ。承知いたしました」

 鳥はそれほど嗅覚が鋭くないのでヘビクイワシは特に尻込みする様子もなくシマウマの後を追う。

 シマウマは巨大すぎる花々をどう攻撃しようかとしばし逡巡しゅんじゅんして、おそるおそるひづめを上げた。あまりの臭いに顔をそむける。みつくのは絶対に嫌だった。意を決してひづめを振り下ろすと、踏みつけでダメージを与えて除去していく。

「やめて!」ラフレシアのスピーカーから激しい拒絶。「やめたまえ!」ショクダイオオコンニャクもうったえかける。しかしラフレシアもショクダイオオコンニャクも攻撃能力のない植物。抵抗することはできない。

「僕にはこんな香水は相応しくないよ。リーダー。早くゴールしてくれ」

「急いでる」

 ぐったりとして絡まったヘビの体をライオンが引っ張る。だが、タヌキのパワーなのでなかなかうまくいかない。合成獣になろうかとも考えるが、不要な命力(LP)消耗に思えたのでこのままがんばることにした。ハイイロオオカミたちもいるので、パワーは十分事足りている。それに、複雑に絡まったヘビたちをどけるには力よりも結び目をほどく繊細な肉体アバター操作と根気のほうが必要そうだった。あとはヘビたちの死体をどけて、かき分けないといけない不快感に耐える強い心も。

 作業に明け暮れていると、夜闇のなかからやぶくぐってブラックマンバとナイリクタイパンが現れた。全員が口と足を止めて身構える。

「やる気か。ここまで来たら容赦ようしゃはしてやれないぞ」

 ハイイロオオカミが威嚇いかくうなりを上げながら、スピーカーで警告を発する。

「いや。終戦を見にきただけだ」

「わたしたちのことは気にせず続けて」

 そんな風に二匹のヘビは言うが、獣たちは目は疑わしげ。しかしライオンが、

「そいつらは大丈夫だ」

 と、背を向けたので他の者たちもゆるゆると作業に戻っていった。何名かは作業しながらちらちらと用心深く確認していたが、二匹は離れた木陰で完全に力を抜いていて、本当に戦うつもりはないらしい。

「ケープハイラックスじゃないか」

 リカオンが本拠地に生える大木の根本に丸っこい姿を見つけて思わず駆け寄る。ケープハイラックスは疲れた顔をしており、片付けられるヘビたちをただぼんやりと眺めていた。

「リカオンじゃん」

「よう。さすがにもう戦わないか」

「ボアちがいないぼくだけじゃあね。さすがに戦意喪失ちゅー」

 視線の先には他のヘビと混ざって置かれているボアコンストリクターの死体。

「すまんな。お前の相棒をみ殺して」

「そんなこと言ってちゃ戦えないでしょ。ゲームとして成り立たなくなっちゃう。でもオセロット姐さんには後でごめんって言っといてよ」

「ああ。しかし死体は洞窟に置いてきたはずなんだが、誰が運んだんだ?」

「色々だよ。鳥とか、あとはオオアナコンダさんとか」

「そういえばオオアナコンダに会わなかったな。警戒して川をできるだけ避けてたからかな」

「よくわかんないけど。ワタリガラスが戦うより死体集めの方が優先順位が高いみたいなこと言ってたから、それを真面目に受け取って、あっちこっちふらふらしてたんじゃない?」

 それを聞いたリカオンは不思議そうな顔をして尻尾をぐるぐると回した。

「最後の最後のオジャマにこんなに力を傾けるなんて負け根性だぞ。ほどくのにもそんなに時間はかかってないし、もうすぐゴールできそうだ。普通に戦うべきだったんじゃないのか」

「そんなことはぼくじゃなくてワタリガラスに言ってよね。今回の作戦はワタリガラスが考えてるんだから」

リーダーのキングコブラは指示を出してないのか。……あれ? そう言えばキングコブラは?」

 今頃ながら疑問に思って見回す。だが、周辺はもちろん、死体のなかにもキングコブラの姿は混ざっていない。

「それなら……」と、ケープハイラックスがスピーカーを震わせようとした時、ライオンたちが作業するど真ん中にログインしてきたプレイヤーがいた。

 皆が一斉に後ずさって、警戒態勢に移る。

「おっ?」

 とぼけた声を出したのは話題にあがっていた当の本人、キングコブラ。

 ヘビの死体の山の上で、ぐるんととぐろを巻いて首を回す。

ボス!」

 ブラックマンバとナイリクタイパンが体をくねらせ、そばに走り寄った。

「どういう状況だ? 負けた感じ?」

「これから負けるところ」

 ケープハイラックスが遠くから答える。

「おうしたもいたのか。じゃ、決着はまだ?」

「いちおーね。あとちょびっとは」

「戦の終わり時刻は?」

「日の出」

 そこまで聞くと、ふうん、とキングコブラは、もうほとんどほどかれているヘビの死体団子を見下ろした。

「ログインしてなかったのか」

 ライオンが声をかけると、

「まあね。いつかの王様のマネってとこかな」と、おちょくるように割れた舌先をおどらせる。憮然ぶぜんとするライオンに、

「うそうそ。ホントは用事があっただけ。ひと段落ついたから、ちょっと見にきたんだが、ぴったりだったみたいだな」

「なにがぴったりなんだ」ハイイロオオカミが油断なく肉体アバターをいつでも動かせるようにしながら鋭くたずねる。

 キングコブラは答えずに、ブラックマンバとナイリクタイパンをきょろきょろと見比べた。

「これってお小言くん(ワタリガラス)が集めさせたの?」

 鼻先で示される死体の山。

「そう」

「へえ。やるじゃん」

 やたらと嬉しそうな口調。と、次の瞬間そのまなこが異様な輝きに染まりはじめた。

「いったん距離を取れ!」

 異常を察知したライオンが指示を出す。ライオンの群れクランのメンバーたちが山のふもとに円を作って飛び退いた。しかし、そのなかでハイイロオオカミだけは猛然とキングコブラに襲いかかっていた。やられる前にやる。ハイイロオオカミは即座にそう判断したのだった。

 灰色の毛衣もういが夜闇におどり、死体の山を駆け登る。楕円に広がったキングコブラの頚部けいぶ目指して牙がかれたその時、山がくずれて山中から巨大なヘビが勢いよく頭をもたげた。緑褐色の体に黒の斑点模様。それはいままでライオンの群れクランの前に姿を見せていなかったオオアナコンダ。

「あらら。水浴びちゃん(オオアナコンダ)そんなとこにいたんだ」

 キングコブラがかしいだ足場の上でバランスを取る。

「敵を不意打ちしようと待ってたんだ」

「そりゃご苦労さん」

 キングコブラを守るように体をうねらせるオオアナコンダ。ハイイロオオカミを丸呑みにしようと大口が開けられる。だがハイイロオオカミは退こうとはしない。押し切れば勝ちの状況。が、そこでハイイロオオカミが予想だにしていなかったことが起きた。

 キングコブラの眼が放つ暗い輝きに照らし出された積み重なった死体たち。そのひとつが動き出したのだ。どろりとほどけた山中から、アミメニシキヘビが顔を上げて、オオアナコンダと共にハイイロオオカミを追い払う。

「どういうことだ!」

 ハイイロオオカミはライオンの隣にまで撤退して、確かに死んでいたはずのアミメニシキヘビの姿に目を見張る。

 アミメニシキヘビは背伸びするようにぐぐっ体を伸ばして、

ボス。結局きたのか」

「ああ。感謝しろよ」

 生気を失っていた他のヘビもむくりと起き上がった。コモンデスアダーが死から目覚めて、

「死体状態って疲れるんだよなあ」

 さらにはボアコンストリクター、アオダイショウ、マムシも復活を果たす。

「これは? 私は生き返ったのか?」

「おおっ。ボスのスキルか。ありがたい」

「くそっ。気分が悪い。おれを蹴り殺した鳥はどこだ!?」

 驚愕するライオンの群れクランの面々。ケープハイラックスまでも目を丸くしている。そんななか、オオカワウソがキングコブラの目元に刻まれた特徴的な渦模様に気がついた。

「それは……、ウジャトの目、か。蘇生能力なんてはじめて見た」

 ウジャトの目とはホルス神の左目であり、満ち欠けする月、再生の象徴。そしてウジャトはコブラの姿をした神。

「蘇生? 復元能力って言うんだよ。これは」

 キングコブラが目を向けると、ブラックマンバとナイリクタイパンの裂傷の状態異常すら完全に修復された。

「んなもん反則だろ!」

 急に数を増した敵群から距離を取りながらリカオンが吠えると、キングコブラはシャーシャーと威圧的な噴気音ふんきおんを返す。

「相応の命力(コスト)払ってんのよこっちも。こんだけやったらもうカツカツ。だから許せって」

「やばいよ。こいつはめちゃくちゃヘビーだぜ」

 ボブキャットが急転直下の戦況の変化に後ずさって怯えた声を上げる。よみがえった強敵たちがゴールをはばむ。その中心、ゴール地点の光柱の輝きに照らされながら、キングコブラは高笑いを夜に響かせた。

「これからもっと重たくなるぞ」

 九匹のヘビ。それがライオンたちの目の前で、束ねられ、融合して、巨大なひとつの肉体アバターとなった。

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