●ぽんぽこ10-31 全員集合、情報交換
「ふう」と、リカオンが息をついて、
「地面に下りてたんでなんとかなったな」
有翼のヘビに肉体を変えていたマムシの死体を見下ろす。
「長が引きつけてくれていましたから」
ヘビクイワシがグリフォンに視線を向けて冠羽を揺らした。
「お邪魔だったかしら」
「いや、助かった」ライオンは内心肝が冷えている。
「ご謙遜を」
と、ヘビクイワシはタヌキが化けているなど露とも思っていない態度で、
「長はカウンターを狙っていらしたんじゃありませんか?」
本物のライオンの敏捷性なら、向けられた鼻槍をいなして反撃するぐらいのことはできただろう。それ以前に、分離から背中を取った時点で仕留められていてもおかしくはない。
林檎がまた一本こちらに寄って生えてきた。甘い香りをまとった樹木の周りに仲間たちが集まる。
「ハゲワシちゃんも回復が必要?」
「俺にもくれ」と、リカオン。
「リカオンちゃんはさっき食べたばかりでしょ」
「もう大詰めだからな。全快できるときにしておきたいんだ。暴れられた時にちょいとダメージを食らってる」
リカオンが真面目に言うと、林檎は「そっか。そうね」と、果実を渡した。
「林檎ちゃん、戦に参加するのはじめてだからそこまで気がまわらなかった。そういうものなのね。ヘビクイワシちゃんはどう?」
「私は大丈夫です」ヘビクイワシは断って、優雅な動作で会釈する。
グリフォンから分離したクロハゲワシが、
「ひとつくれ」
と、林檎を見上げる。赤くつやめく果実がすぐに落とされて、青黒いくちばしがついばんだ。
「ライオンちゃんは?」
「俺様はさっき貰ったので十分だ」
サクッ、サクッ、と肉食の獣と猛禽類が林檎を齧る不思議な光景。本物の動物ではありえないが、ピュシスで暮らすふたりはなんら疑問に思うこともない。
ゆったりと食べるクロハゲワシに、すでに食べきったリカオンが声をかける。
「早く食べないと痛むぞ。この場所だと腐敗が進むのが早いみたいだからな」
「きちんと味わって食べてほしいけど」と、林檎。
「自由に食べさせてくれよ」と、クロハゲワシはマイペースにつついて、
「ちょっとばかり熟成したほうがうまいって言うじゃないか。腐る直前がいいって話も聞いたことがある」
「それはイヤよ」と、林檎がスピーカーの声をひん曲げる。「林檎ちゃんの実を腐らせるなんて」
リカオンがフッと笑って、
「そんなこと言っても実が痛むのは止められないだろ。落とし物の果実を拾ったんだが、オセロットが口にして、腐ってるって言って吐き出してたからな」
「まあ」
「それで分かったんだが腐ってると回復効果がなくなるんだ。だから早く食った方がいいってこと。味の話じゃない」
「なるほどな」
クロハゲワシは納得して、ついばむ速度を上げた。
「どうかなさいましたか?」
すこし離れて佇んでいたライオンにヘビクイワシが声をかける。
「なにか、いるような?」
ライオンが首を回す。
「嫌な臭いだ」
「それはさっきのマムシの匂いじゃありませんの? リカオンが臭い、臭いって、しきりに文句を言ってましたよ」
話しながらヘビクイワシが視線を向けると、マムシの死体のそばに一羽の鳥が降り立っていた。青い皮膚が露出した顔に、ぼさぼさ髪が逆立ったような冠羽。光沢のある暗色の羽衣には白い斑紋があり、翼の先は赤褐色。がっしりした首から胸のあたりは黄色い羽毛で、長い尾羽の先も黄色い。体長はヘビクイワシの半分以下でワタリガラスと同等ほど。始祖鳥に形が似た目立つ姿の鳥。
「あっ!」
と、ヘビクイワシが声が上げると、向こうも驚いたような顔をする。そうしてすぐさまマムシを咥えて跳ねるように飛ぶと、しっかりと枝を掴んだ。その鳥、ツメバケイからふわりと漂ってきたウシの糞のようなひどい臭いに、ライオンが渋面を浮かべる。
樹上を器用に歩いてゴールの方へと移動していくツメバケイにヘビクイワシが、
「追いましょうか?」
と、ライオンに指示を仰いだその時、
「おーい」遠くから声が響いてきた。
見るとボブキャット。それからオオカワウソもいる。ライオンはツメバケイと走ってくる仲間を見比べて、
「放っておいてもいいだろう。合流が優先だ。情報共有もしておきたい」
と、ヘビクイワシに頷きかけた。
ボブキャットたちに続いて、ハイイロオオカミたちもやってきた。
シマウマが「おお」と、感嘆の声を上げて、うれしそうに林檎の元へと走る。
樹上を歩いていたピューマも飛び降りてきて、林檎を取り巻く輪に加わった。
「追い抜かれてたか。やっぱり飛んでるやつにはかなわないな」と、ハイイロオオカミ。「それでライオン。ウロボロスは倒せたのか?」
「倒しはしなかったが、この戦ではもう戦闘できないと思う」
アンズーの切り札を使ってウロボロスのスキルは封印している。この戦が終わるまでは発動できない。
「思う……? なんか甘くなったか。お前」
「……かもな」ライオンはあいまいに言って顔をそらした。
林檎の果実での回復。それからお互いの情報を交換する。ブチハイエナとボンゴは戦闘不能。キリンとオカピは復帰不可能な深い窪地の底。他にもボブキャットがここに来るまでにミナミジサイチョウがやられているのを発見している。同時に敵であるカバの死体も見つけており、警戒すべき強敵であっただけにこれは朗報となった。
カバの死体にはシロサイと戦ったと思われる傷が残されていたが、シロサイの姿がないのは懸念点。シロサイと一緒にいたはずの紀州犬の行方も謎だった。ふたりともやられたと考えておいた方が懸命という結論に落ち着く。
敵に関してはブラックマンバとナイリクタイパンが残っているが、ライオンの言では戦闘継続は困難。逃げたケープハイラックスは、相棒を失ったいま合成獣のスキルを使えず、もう戦えないはず。コビトカバはキリンたちと同じ閉鎖された場所にいるので、ゴール地点の防衛には加われない。ツメバケイは先程見かけたばかりだが、とくかく臭い鳥であったというだけで脅威度は低そうだった。
アミメニシキヘビをはじめとして、ワタリガラス、マムシ、コモンデスアダー、ボアコンストリクターなどの強敵は軒並み排除できている。
「こっちで残っているのは十名か」
ライオンが最終メンバーを確認する。
「肉食が八名。うち二名が鳥類」
ライオン、リカオン、ハイイロオオカミ、ピューマ、ボブキャット、オオカワウソ。それにクロハゲワシとヘビクイワシ。
「草食が一名」
シマウマ。
「それから植物族が一名」
林檎。
「ちょいとバランスが悪いな」
「ごり押しなら肉食多めで十分じゃないか」と、リカオン。
「最後の一押しだしな」ハイイロオオカミが林檎の果実を豪快に齧って、ぺっ、と芯を吐き出した。
几帳面に牙で果実の皮を剥いているボブキャットに林檎が、
「ボブちゃん。できれば皮ごと残さず食べて欲しいなあ」
と、優しくお願いする。
「オイラ、果物の皮って苦手なんだ。苦くないか?」
「皮ごと食べたほうが風味がいいよ」
シマウマが発酵しかけの甘ったるさをうっとりと味わってスピーカーを鳴らす。
「熱帯雨林だと痛むのが早いらしいから急いで食べな」ピューマがせっつく。
「足がないのに足が早いのか。ヘビみたいだなあ」
と、ボブキャットはこぼして、言われた通り皮ごと食べていく。
「どう?」
「うーん」すこし言いづらそうにしながら「やっぱり苦手かなあ」
「準備が出来たら足並みをそろえて一気に攻めるぞ!」
ライオンの呼びかけに、すっかり回復を終えた仲間たちが集まる。ボブキャットは口をもごもごと動かし、ほっぺたをリスのように膨らませて招集に応じる。
「ハイイロオオカミ。先導役を頼む」
「ああ。分かった」
このなかではハイイロオオカミとライオンだけが夜行性。他は昼行性なので夜は若干動きづらい。ライオンに化けているタヌキも夜行性。
「俺様とクロハゲワシ、それからピューマ、ボブキャットがハイイロオオカミに続いて前進。他のメンバーは林檎を囲むようにしてバフを維持して一緒に進め。なにかあれば林檎とシマウマの死守を優先しろ」
「林檎じゃなくて林檎ちゃんよ」
ひと言差し挟まれると、ライオンは神妙な顔で青々とした林檎の葉を見上げ、
「……ああ、そうだったな林檎ちゃん」
「皆、僕の護衛を頼むよ」
シマウマが得意になってフフンと鼻を鳴らす。ピューマはなにか言ってからかってやろうかと思ったが、双頭のヘビ、アンフィスバエナ戦においてずいぶんと頑張っている姿を見ていたので、ただずっしりと頷いた。
「よし」空を仰ぐとちょうど天頂に月。視線を下ろすとそう遠くない場所にゴールを示す光柱。時間はたっぷり。
「いくぞ。気を抜くな」
ライオンが歩き出すと、ハイイロオオカミが前に出て鼻耳目の感覚を尖らせた。
群れ全体が一体となって動く。勝利は目前。それぞれに歓喜の時を待ちわびて、爪や蹄を密やかに鳴らしながら、ゴールに向かって最後の行進がはじまった。